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第1章 クソ勇者からはじまる簡単なお仕事

第28話 護衛の護衛

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 談話室のソファの上でツバサはぐったりとしていた。
 シャルロットに抱きしめられたせいで、かなり体力が奪われてしまったようだ。ひょっとしたらツバサの戦闘レベルが上昇してしまったかもしれない。クラウとフェルはツバサを心配そうに見つめている。
 そんなツバサたちを横に、龍王、リディア、そしてシャルロットの三人は侃々諤々と話し合いをしていた。

「ツバサくんが勝ったのだから、潔く解放するべきです」

 リディアはツバサを擁護する立場に立っている。

「勝利の報酬は解放だからね。わたしもツバサくんが負けたら処刑すると嘘を言ったことだし、多少の引け目はあるしね」

 龍王はリディアの意見に賛成のようだ。

「お父さま! ツバサは不可解なスキルをたくさん持っています。すべて白状させるべきではないですか?」

 シャルロットはツバサに傷を治してもらったにもかかわらず、拘束することを主張している。

「あんなに泣いて感謝していたのに酷くないですか、シャルロット?」

「そ、それとこれとは話が別です。このままツバサを解放してしまったら……」

 シャルロットは何か言いかけたが口籠った。

「まあまあ、二人とも落ち着いて。シャルロットの言うことも解らないではないよ」

「「お父さまはどちらの味方なのですか?!」」

 年頃の娘たちに責められる龍王たちのやり取りを聞いていると、普通の家庭でよくある父親と娘たちの会話ではないかと錯覚してしまう。もちろん話の内容は非日常的なのだが……。

 対立する姉妹と、間に入ってオロオロする父親の構図はしばらく続いたが、龍王がある提案をした。

「これ以上話しても堂々巡りだ。この件はわたしに一任してくれないか」

 周りの空気が変わった――

 これは提案などではなく、龍王の命令だった。
 異を唱えていいはずはない。龍王の威厳がそうさせない。
 龍王の娘たちはすぐに話のステージが変わったことを理解して龍王の前に跪いた。
 そして声を揃えて「御身のままに」と言い、部屋から出ていった。
 いまこの部屋にいるのはツバサ、フェル、クラウ、そして龍王の四人だけだ。

「ツバサくん。もう大丈夫なのだろう? ちょっと話をしないか?」

 聞き耳を立てていたツバサはすぐに起き上がり、龍王の前に跪いた。

「どうか俺たちを解放して下さい。やらねばならないことがあるのです」

 龍王は両手を開き、肩をすぼめた。まるで、そんなこと判っているさ、というような仕草だ。
 ちょっと前に垣間見た龍王の威厳は、いつの間にか消失していた。

「その前に、知りたいことがあるんだ。ツバサくん」

「俺に答えられることなら……、答えていいことなら……」

「ツバサくんとわたしが戦ったらどちらが勝つかな?」

「龍王さまです。疑いの余地がありません」

 ツバサの鑑定スキルで龍王の戦闘レベルを調べることはできない。つまり、ツバサの戦闘能力よりも圧倒的に上のレベルなのだろう。もっとも、戦闘レベルよりも経験値で圧倒的に負けている。
 ただし、ツバサが真っ向勝負した場合だ。彼には瞬間移動で逃げるという手段が残されている。もちろん、龍神族が結界を張っていたら、遠くに逃げる方法はない。

「わたしがツバサくんを完全に消滅させなければ勝ったことにならないよね?」

(ど、どこまで知っているんだ!)

「え~と……」

 ツバサは動揺した。
 即死しなければ自動超回復が起動し、今まで以上に強くなる精霊の、いや、黎明樹の加護を持つツバサ。
 その秘密を龍王は知っているのだろうか?

「君をはじめてみたときから気になっていたんだ。君の周りにはエメルがいつもいる。君を守るように」

 龍王はツバサの周り飛び回る精霊虫エメルに目線を逸した。

「ツバサくん、君は〈精霊の紋章〉を持っているね?」

 ツバサは溜息を吐いた。
 精霊紋のことを知っているのは大賢者グランだけではなかったのだ。もっとも、グランが知っているなら他にも知っている者がいてもおかしくはない。
 そしてツバサは立ち上がって言った。

「そこまで知っているなら仕方ないですね」

 ツバサは精霊紋を胸の前に顕現させた。
 精霊紋がホログラムのように浮かび上がる。

「何故か解りませんが、これは生まれた時から俺の体に宿っていました」

 龍王は穏やかな表情で言った。

「詳しく話してくれないか?」

 龍王がツバサの話を信じてくれるかどうか分からなかったが、自分が元地球人であることから話をした。
 自分の秘密を他人に話してはいけない。それは重々承知の上でだ。
 それに、ミストガルの住人からすれば、地球人が異世界人である。龍王がそれを受け入れてくれるかどうかも分からない。

 これはツバサの賭けだった――

 ツバサは自分の直感を信じることにした。
 龍王は信頼できる相手のように思えたし、ツバサの使命を理解してくれそうだ。
 もしかしたら、援助してくれるかもしれない。

 「わっはっはっ!」ツバサがすべてを話し終えると、龍王は声を上げて笑いだした。見た目の柔らかさと違って豪快な笑い方だ。

「ごめん、ごめん、ツバサくん。これですべての点が線で結ばれたよ」

「すべての点ですか?」

「ひょっとしたら君は誰かの手先ではないかと思っていた。でもね。それだと辻褄が合わないんだ。だって君ったら、まったく隠密行動する気がないだろ?」

「でも、極論すると黎明樹の手先ですし、隠密行動といわれたら……そうですね」

「黎明樹の手先は言い過ぎだよ。たとえ精霊紋が刻印されていたとしても」

 確かにツバサが黎明樹の手先というのは間違っているかもしれない。彼にはガーディアンの役割を拒否することができるのだから。

「それよりも問題なのが邪神の存在だ」

 龍王はミストガルに歪み生じていることを漠然と感じていたようだ。それが何なのか具体的には知らなかったし、それを誰が矯正しているのかも解らなかった。
 龍王の疑問はツバサの話でほとんど理解できたらしい。

「シルキーは邪神の存在を間接的に認めていましたけど、それが脅威であるとは言ってませんでしたが」

「天空族、魔族、魔獣、エルフ、そして人間……。彼らがミストガルに及ぼす影響についてはある程度把握できるし、脅威の種類も知っている。だが、邪神についてはまったく判らない。それが問題なんだ」

「俺は……何も解かっていない……」

 ツバサのミストガルの知識など、龍王が持っている情報量の一割にも満たないだろう。
 それに龍王はミストガル全体のことを理解しているのに対して、ツバサは自分の役割しか理解していない。

「俺って、無責任ですよね」

「君が自分の責務をどのように感じているのか、わたしには判らない。しかし、その責務はミストガルの未来を左右する」

 ツバサは興味本位でガーディアンを引き受けた訳ではなかった。
 もちろん、簡単なお仕事だと言われていた引き受けたのは確かだが、自分なりにミストガルを救いたいと思っているのも確かだ。
 もし、ミストガルがツバサにとって腰掛け程度の世界でしかない、つまり他人事のように感じていたのではないかと訊かれたら、否定出来ないだろう。
 だが、龍王たちにとってはミストガルが唯一の世界なのだ。

「ツバサくん、君を解放するよ」

「えっ、本当ですか?」

「ただし、条件がある」

 龍王からすればミストガルの運命を握っているかもしれないツバサをそのまま解放する道理はなかった。

「定期的に状況を報告すること。もし、助けが必要ならば龍神族は支援を惜しまないだろう」

「それは助かります。俺には全く後ろ盾がないものですから」

 支援の点においてツバサは賭けに勝ったように思えるが、具体的な支援がどのようなものなのか、この時点では想像もしていなかった。

「ツバサくんの責務の範囲で収まるようならば、我々の支援は必要ないだろうね。でもね、そう簡単にはいかないと思うよ」

「邪神の存在ですか?」

「いや、ツバサくんの力が強大過ぎるから……とでも言っておこう」

「力を隠せばいいだけのように思いますが?」

「隠せたの?」

「いえ……」

 龍神族の牢獄から逃げるときと、シャルロットとの決闘では能力を見せてしまった。

「ツバサくんを解放するにはもう一つ条件がある」

「はい、何でしょう」

「シャルロットを嫁にもらって欲しい」

「「えっ?!」」

 フェルとクラウが飛び上がって驚いた。

(なんでお前たちが驚く?)

「嫌かい? まあ、それは半分冗談だよ。でも、シャルロットをツバサくんの護衛として連れて行って欲しい」

 エルフの巫女を護衛するツバサが、龍神族の戦姫に護衛される……。ちょっと笑える構図である。

「その理由を聞かせて下さい」

「シャルロットが君のことを気に入っているからだよ。彼女は自分より強い者としか結婚しないと言ってたしね」

(そっちかよ!)

「それについては考えさせて下さい。護衛の理由が知りたいのです」

「それはね……」

 龍王の考えはシンプルだった。
 弱い人間を護衛する最強の冒険者という体裁にしたかったのだ。
 もし、ツバサたちが外敵に遭遇しても、冒険者に扮するシャルロットが守る。そうすればツバサが人間離れした自分の力を使う必要がない。
 ツバサはミストガルの戦闘に不慣れなので、シャルロットに任せればボロは出さないというわけだ。
 それに、ワケありの人間――高い階級層の人間――が逃亡するときに冒険者を護衛につけることなど、この世界では日常茶飯事のことなのだ。だれも、必要以上に怪しむことはない。

「なるほど……、解りました」

 いくらフェルやクラウと一緒だと言っても、ツバサは外敵をうまく躱していけるのか不安を持っていた。

「シャルロットを受け入れてくれるんだね。よかった。彼女も喜ぶことだろう」

「龍王さま……。なんか違う意味に聞こえるんですけど……」

「似たようなものだろ?」

「違いますって!」

 変なところで大雑把な龍王であるが、おそらくそれは故意にそう見せているのだろう。

(でも、シャルロットって戦闘狂だよな?)

 不安は尽きないツバサであった――

【後書き】
ワールドカップは面白かったですね~(いや、終わってませんが)。
最近はF1に凝っているので、週末がいつも楽しいです。
小説のほうももっと力を入れていきますので、
ご支援よろしくお願いします。
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