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自分のために

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「えー、この文は紫式部が―...」


先生の声が少しずつ遠くなっていく。


だめだめ...っ!
手の甲を自分で抓る。


今は、古典の授業中。
私は、絶賛、眠気と戦い中。


私が暴れてしまった日から、さらに数日がたった。
気付けば、5月が終わろうとしていた。


今年は、梅雨の始まりが遅く、雨の日があまり続かないと、今朝のニュースでやっていた。
ただ、それだけ。
それだけなのに、私はそれを。


太陽のことは、これ以上、詮索するな。
そう言っているように聞こえてしまった。


ニュースなんだから、そんなことはないってわかっているのに。


太陽に私の気持ちを避けられてから、私たちの関係は何も変わらなかった。
本当に何もなかったような態度の太陽。
だからこそ、私はどうしたらいいのか分からなかった。


どうするもなにも、いつもの私に戻ればいいのだけの話なんだけど…。
そんな簡単なことではない。


はたから見たら、何も変わってないように見えるかもしれない。
でも、私の心は、反対で。
雨男くんの理由も、太陽の気持ちも、何もわからないままだった。


そのことで私なりにいろいろ考えてしまう。


そのせいなのか、最近はあまり眠れなく、こうして、授業中に眠気が襲ってくる日々。


「えー、では、この問題を...上野!上野美雨!!」


大きな声で私の名前をフルネームで呼んだ先生。
その声にハッとして、急いで立ち上がる。


立ち上がった途端、グラリと目の前が真っ暗になった。


このままじゃあ、倒れるっ


自分の体を支えるように足に力を入れようが、足に上手く力が入らない。
体が横に倒れていくのがわかる。


ああ、このまま倒れちゃうな。


そう思った瞬間、私は意識を失った。







「...んっ」


カーテンの隙間から、太陽の眩しい日差しが私の目を照らし、目が覚める。
ゆっくりと上半身を起こし、ここがどこか確かめる。


真っ白い綺麗なベットに、ベットを隠すような薄いカーテン。
そして、微かに臭うアルコールの匂い。


「保健室...」


ポロッと、ここがどこなのか声を出してしまった。
私の声が届いたのか、タイミングよくシャーッとベットのカーテンが開けられた。


「大丈夫か?」


心配そうな顔をしながら、私の寝ているベットに腰かけた太陽。
私は、太陽の問いかけにコクリと頷いた。
そして、疑問に思っていることを太陽に聞く。


「なんで私...保健室にいるの?」


先生に授業中に当てられて…
その後、私って授業中に倒れた、よね…?


「俺が保健室まで運んだんだ」


太陽が?


その瞬間、バッと顔が赤くなる。


「何で、顔真っ赤にしてんだよ」


クスクスと可笑しそうに笑う太陽。


だって…!
保健室に運んだってことは、私を持ったってことだよね?


「重く、なかった...?」


だいぶ前に体重を計ったら、前よりも少しだけ体重が増えていた。
もしかしたら、ここ最近眠れていないし、ご飯もあまり食べれていないから、少しだけ体重が減ってるかもしれない。


そんなことを思っていると、私の頭の上にゆっくりと伸びてくる太陽の大きな手。
それに少しだけ、ピクリと体が反応してしまった。
その反応を見て、少しだけ困ったように、悲しそうに微笑んだ。


その顔は、どういう顔なの?
その顔の裏には、何を思ってるの?


そう聞きたい言葉が喉まで出てくるけど、それを言わないように唇をグッと噛む。


「美雨、唇を噛むな。」


優しい声色で、頭に伸びていた手を、今度は私の唇に落とす。
太陽の親指が優しくソッと私の唇をなぞった。


「...っ」


「ご飯ちゃんと食べてないだろ?」


太陽の言葉にビクリと体が反応してます。


何でわかったんだろう?


私は、太陽に心配をかけたくなくて、目を逸らしてしまいたくなった。
逸らしたいのに、太陽から目をなかなか逸らすことができない。
だって、太陽の目がちゃんと話せと言っているみたいで、私を逃がしてくれない。


私は、太陽の目に逆らえなくて、コクンと首を縦にした。


「ごめんな」


私の反応を見て、太陽はそう言った。
顔を下に向け、それがどこか悔しそうに見えるのは、気のせいだろうか。


「俺のせい、だよな…」


そう言った太陽の言葉に、自分の顔がひきつったのがわかる。
違うよって言いたい。
けど、それを言ってしまえばしまうほど、太陽は自分を責めてしまう気がして、私は何も口に出来なかった。


「美雨」


「ん?」


「ちゃんと話すから。だから、もう少しだけ時間をくれないか」


太陽のその言葉で、なんのことを言っているのかわかる。
あの時は、いきなりだったもんね。
いろいろ考えることがあるよね。


「ちゃんと待つね。太陽が話してくれるまで」


太陽がちゃんと話そうとしていることがよく伝わった。
話そうとしてくれるための準備が必要なのなら、私は、太陽が話してくれるまで待つだけ。


「そういえば、今って何時?」


私、結構寝てた気がする。


「もう放課後だよ」


あ...また、だ。
雨男くんと重なった。


雨男くんは、太陽だってわかっているのに…
なのに、太陽と雨男くんは実は別の人なんじゃないかって、思うときがある。


「ほう、か、ご?」


結構寝てしまった自覚はあるけど、そんなに寝ちゃってたの?
倒れたのって、午前の授業の時だったよね...?


そこで、やっと本当に自分が睡眠不足だったんだってことに気付かされる。


「これからは、ちゃんと寝ろ」


心配だから、と最後に付け足して言った太陽。
太陽を安心させたくて、「ちゃんと寝るね」と微笑みながら言う。


「帰るか?」


「うん、帰る」


ベットから立ち上がって、太陽は私に手を差し伸べてくれる。
私は、それに掴みながら、ベットから降りた。


「あっ、私、教室に鞄を置いてきたままだ」


鞄をとりに、教室に戻らなくちゃ。


「美雨が寝てる時に、ちゃんと美雨の分の鞄も持ってきた」


そう言って太陽は、私の鞄を見せながら自分の肩に私の鞄をかける。


「太陽!私自分で持つよ?」


太陽が私の鞄を持つなんて悪いしね。
それに自分の鞄は自分で持つ。


「いいんだよ。美雨は、病人だろ?」


私の頭をクシャリ微笑みながら撫でた。


―ドキドキ。
身体がブワッと熱くなる。
もう、やめてほしい。
これ以上、太陽への気持ちを大きくさせないでほしい。


私たちは、保健室を出て、下駄箱に向かう。
下駄箱に着くと、上履きから靴に履き替えて校門まで一緒に歩く。


「太陽、やっぱり鞄返して?」


太陽の肩にかかっている鞄に手を伸ばしてみるけど、なかなか返してくれない。
私の家と太陽の家は、真逆のところにある。
だから、校門でばいばいをしないといけない。


それは太陽もわかっているはずなのに。


「太陽?」


なんで鞄を返してくれないんだろう?


「行くぞ」


太陽はそう言って、私の家の方に向かって歩き始めた。


え? 
太陽?


「太陽の家、あっちだよ?」


太陽の横に並び、視界に入るよう太陽の家がある方向に指をさす。


「美雨を家まで送るから、こっちであってる。」


その瞬間、また胸がグッと掴まれたような感覚に陥った。


...っ、


「ずるい...」


太陽には、聞こえないようにボソッと呟く。
だって。
そう言ってくれた太陽の顔は、まるで大切なものを守るかのような、
そんな慈愛に満ちた顔をしていたから。


「なんか言ったか?」


「ううん、何も言ってないよ。ありがとうっ!」


私は、何もなったようにそのまま太陽の横を歩く。


ねえ、太陽。
太陽が、ちゃんと全てを話してくれたら。
私に伝えてくれたら。
もう一度だけ、自分の気持ちを言ってもいいかな?


今度は、避けられても、ちゃんと伝えたい。
今度こそ逃げずに、自分の気持ちを、太陽に―。


じゃないと、私...ずっと勘違いしてしまう。
好きな人に1度期待してしまうと、今まで意識していなかったことまで、自分のいいように解釈してしまう。
だから。自分が進むためにも、ちゃんと太陽に伝えなくちゃ。


〝太陽が好きです〟って―。



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