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最後の雨の日 side.太陽

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「な...でっ、」


目の前で悔しそうな顔をする俺の愛おしい女の子。


「美雨?」


「なんで、いつも太陽は、本当のことを言ってくれないのっ!?」


俺の腕を力強く握りしめながら、そう言った。


「...っ、」


図星だった。
美雨の言う通り、俺は美雨に何も話していない。
ちゃんと話さないといけないのは、わかってる。


わかってるけど…っ、
それでも、できるなら美雨に話したくない。


話してしまったら。
事実を美雨が知ってしまったら。
美雨の傍にいて、彰と和樹としょうもないことで笑って、
時々、繭にぶつぶつ言われて、
そんな今までの日常が壊れてしまうから―。


いや、違う。
俺が、本当に怖いと思っているのは、美雨の傍にいられなくなること、だ。


美雨に話すのが、本当は怖い。
だから、ずっと避けてきた。
でも、それが返って美雨を苦しめてたんだな...


ちゃんと、話さないといけない。
全てを、美雨に―。


美雨の知らない、真実を―。


俺は、美雨の顔を見て、可愛らしい垂れ目から流れてくる雫をソッと拭う。


「美雨、ちゃんと話すから」


俺がそう言うと、小さくコクリと頷いてくれた美雨。


話すことが多くて、何から話したらいいんだろうか。


そう迷っていたら。


「私は、死んじゃったんじゃ...ないの?」


弱々しい声で、俺を見上げながら聞いてきた。


そんな彼女を愛おしく思いながら、頭を撫でて、
あの日を思い出しながら、ゆっくりと話し始める。


*――――――――――――――――――*

嫌でも忘れることができないあの日。


その日も雨だった。
俺は、美雨からもらった世界にたったひとつの虹色の傘をさして、一緒に帰っていた。


横断歩道を俺より先に美雨が渡っていた、キキキ――ッッ!!!!と、急ブレーキ音が鳴った。


大きなトラックが美雨に向かって突っ込んでいた。
美雨が轢かれそうになった時、俺は、美雨を咄嗟に守ろうと包み込むようにぎゅっと抱きしめた。


その途端、美雨を抱きしめながら空を舞う。
でも、すぐに身体中に激痛がはしった。


いくら美雨を包み込むように抱きしめたとしても、美雨を完全に守れるわけもなかった。


重い瞼を開けて、美雨を見ると、頭からたくさんの赤い水が滝のように流れていた。
なんとかして美雨を助けたいと思うが、体が重くて動いてくれない。


なんで、動いてくんねぇんだよ...っ、
美雨が…っ
美雨が死んじまうっ


その間に、周りが何かを叫んでいたり、バタバタと動いている音が聞こえる。
その音が、とても五月蠅いと感じてしまう。


だって、美雨の声が聞こえないから。
何かを伝えようとしている、美雨の口から―。


美雨は、声にはできなかったが、言いたいことは口の動きで理解できた。


〝太陽が、好き〟って言葉が―。


嬉しい、嬉しい。
美雨も俺のこと、想ってくれてたんだって。
抱きしめて、美雨を感じたいのに、だんだんと眠くなっていく瞼と痛みがなくなっていく体。
だから、最後の力を振り絞って、俺は美雨に聞こえるように言った。


『み....う、っ、好き....だ、愛っ、して...るッ』


〝美雨が好きだ、愛してる〟って―。


でも、やっぱり声が思うように出ない。
声を出す度に身体に響いて、痛みがはしる。


自分の体の限界を感じる。
俺の〝死〟をー。


美雨だけでも助かるのなら、俺の本望。
でも、できるのなら…
もし、神様がいるのなら。
俺も助けてください。


目を覚まして、美雨に伝えたい。
美雨に自分の口から、ちゃんと言いたい。


瞼がさっきよりも重くなっていく。
美雨の顔が、徐々に霞んでいく。


最後に、美雨に伝わっただろうか。
俺の気持ちが。
伝わってたら、いいな。


そう思いながら俺は、意識を失った。

*――――――――――――――――――*


「これが、全部だよ。」


いつの間にか自分の足元にやっていた視線を、恐る恐る美雨の顔の方に向ける。


「...っ、う、そ...」


美雨の顔は、信じられないような顔をしていた。


そりゃあ、信じられないよな。
じゃあ、この世界は、何なんだって話だよな。


お互いに黙ってしまい、シーンとした、この時間が妙に緊張感を高まらせる。


「た、いよ...は、死んだ、の?」


高くもなく低くもない、心地よい美雨の震えた声が、俺の耳に小さく届いた。
俺は、そのままコクリと頷く。


俺は、あの事故で打ちどころが悪かったらしく、病院に着いた頃には、すでに遅かった。


「...ぅ...ふぇ...っ」


愛おしい目の前の彼女の可愛らしい垂れ目から、次々と溢れ出る綺麗な雫たち。


「死んだのは俺だけ。美雨は死んでねえよ。美雨は、まだ生きてる」


それでも、フルフルと横に首を振る。


「美雨?」


「じゃあ、なん...でっ、ここっ、」


...そうだよな。
美雨は死んでねえのに、なんでこの世界がって、思うよな。


俺は、美雨を落ち着かせるように背中を摩る。


「美雨は、ちゃんと生きてるよ。ただ、やべえ状態なんだよ。」


「や、ばい?」


ピタッと涙が止まって、俺を見上げてくる。
そんな美雨に不謹慎ながらもドキリと胸が鳴った。


「ああ。生死を彷徨ってるって、言った方がいいかな」


美雨の今の状態は、死んでもいないし、生きてもいない。
とても、あやふやな状態。


「あやふやな状態の人のための世界が、ここって考えたらいいよ」


できるだけ、美雨に理解してもらえるように伝える。


「そう、なんだ…」


それでも、どこか納得していないような。
そんな表情が美雨の顔を見ていればわかる。
でも、事実だから仕方ない。


「他に聞きたいことは?」


きっと、もう美雨には時間がない。
全てを思い出したってことは、そういうことだと思う。


「あ、うんとね…」


少し考えてから、口を開いた美雨。


「なんで雨男くんになる必要があった、の?」


「この世界には、ルールがあるらしくてな。」


「ルール?」


「ああ。期間内に記憶が戻ったら、生きるってことらしい。でも、そのまま期間内に記憶が戻らなかったら、死ぬ。それで生死を決めてるらしい」


だから


「事故があった日って、雨だったろ?
できるだけ、雨の日に美雨に会えば、記憶が戻ることもなくなるかなって...」


雨の日に会えば、事故の記憶より、俺ー雨男の記憶でいっぱいになる。
これが、雨男になった理由。
これじゃあ、まるで俺が美雨の死を望んでいるように聞こえる。


そんなつもりは、全くない。これっぽちも思っていない。
美雨には、生きて欲しいと思っている。


俺はただ、美雨があの事故のことを思い出すのを怖がると思って―。
...ちげえな。
本当は、自分が死んだことを認めたくなかっただけかも、しれない。


それに、美雨を巻き込んでしまったんだ。
美雨の為にと思って行動していたことが、美雨を傷つけてしまった。


俺は、今までの行動を後悔して、グッと自分の唇を噛む。
その瞬間、小さな可愛らしい手が、俺の頬を包み込むようにして添えられた。


「美雨?」


「大丈夫、だよ」


美雨のその声は、全てを理解しているよと、言われているような優しい声色だった。


愛おしい目の前の彼女が微笑みながら言った彼女に、俺はどこか安心した。
安心した途端、自分の目尻からソッと一粒の涙が頬に伝ったー。


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