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虹がかかる日

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目の前で綺麗な雫を流している私の大好きな人。
太陽が泣いているところを初めて見た。


私は、ギュッと太陽に抱きつき、背中に腕で回す。
だって、太陽が怯えたような小さな子供に見えて…
包み込んであげたいって、そう思ってしまった。


私は、大丈夫。
太陽のことだもん。
私のことを考えてくれたんだよね?


私、嬉しかったよ?
私のこと考えてくれていたんだなって。
ちゃんと伝わってるよ?


ー伝わってるんだよ、太陽。


「み、う...っ」


もう、こうやって太陽に名前を呼んでもらうこともないのかな。
話すことも。
触れることも。
もう、できないの―?


太陽は、記憶が戻ったら生きるってことだって、言ってた。
じゃあ、記憶が戻った私は、生きるってこと。


――太陽のいない世界で?


そんなの、嫌だ。
太陽のいない世界なんて、嫌。
太陽と、いたい…っ


それなら...


「私も、死にたい...」


自然とポロリと口から出た、この言葉。
その言葉を聞こえた途端、バッと私の体を離され、太陽と重なった視線。


「なに、言ってん、だ?」


透き通った綺麗な目から涙が止まり、戸惑った声で言葉を紡いだ。


「太陽と、一緒にいたい...っ」


これが、私の本当の想い。
太陽がいない世界なんて、考えられない。


私の隣には、いつも太陽がいたんだから。


言葉遣いは悪いし、見た目はチャラい。
だけど、だれよりも優しいあなたが―。


それにね?
太陽と一緒なら、死ぬのなんて怖くないよ。


なにより。


「太陽の、傍に...いさせて?」


太陽の隣に、私がいたいー。


太陽は目を大きく開け、そして悲しそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。


「っ、ありがとう。でもな、美雨...」


「たい、よ?」


「俺は、美雨に生きて欲しい。俺がいなくても。
じゃないと、俺が美雨を守った意味が...なくなるだろ?」


「...っ」


そう...かもしれない。
太陽の言った通り、私を守ってくれた。


だから、私は太陽の分まで生きるべきなんだと思う。
それでも、私は。


「太陽のいない世界なんて、私が嫌なの!だって、私は...っ!!」


君のことが―。


「太陽のことがっ!」


こんなにも―。


「好き、なの...っ」


大好きなのだから―。


「...っ、」


私の思いを伝えた瞬間、私の腕をグイッと引っ張り、太陽の大きな胸にスッポリと治ってしまった。
私の大好きな太陽のあたたかい匂いが、鼻を掠める。


えっ、え?
私、なんで太陽に抱きしめられてるの!?


今の状況に戸惑う私。
なのに、太陽は反対なようで。


「俺も、だ」


「え?」


「俺も、美雨が好きだよ。」


太陽が、私...を?
ううん、違うに決まってる。
だって、太陽の〝好き〟は恋愛感情の〝好き〟じゃない。
友達としての〝好き〟。


「私は、太陽を、男として...好きなんだよ?」


ちゃんと、伝わって欲しい。
私の気持ちを、太陽に―。


すると、私の想いが届いたのか、ぎゅっときつくきつく私を抱きしめた太陽。


「た、いよ?」


「俺も...」


「え?」


「俺も、美雨のこと...ちゃんと女の子として、好きだ」


バッと太陽の顔を見るように見上げると、頬を真っ赤にして、微笑んでいた。
その顔に、胸がキュッと締め付けられる。


嬉しくて、嬉しくて。
言葉で表すことができない。
ただただ、目の前の太陽が愛おしく思う。


「え、泣いてる!?」


太陽は、少し焦ったような声色で言った。


自分の頬に手を添えると、いつの間にか零れていた涙。


「ははっ、なんで...っ」


太陽と同じ気持ちが嬉しかったから、涙が零れたのかな。
自分でも、涙が出た理由がわからない。


「美雨」


この声が―。


「太陽」


ぎゅっと、私も太陽をきつく抱きしめる。


この安心できる匂いが―。


「好きだ」


「私も」


好きで、好きで。
ー愛おしい。


でも、私には、気になっていることが1つある。


私は、太陽から少しだけ離れ、太陽に目線を合わせる。


「太陽」


「ん?」


「ひとつだけ、聞いてもいい?」


ずっと、気になっていることをー。


「ああ」


「私のこと、好きじゃなかったんじゃ、ないの?」


中学生の時、聞いたあの言葉。
太陽は、私のことなんて、好きじゃないと思っていた。


最近、私のことが好きになったのなら、別に気にすることでもない。
でも、あの言葉が気になって、モヤモヤしてしまっているのも事実。


「何の話だ?」


「中学の時に、太陽が友達に『美雨のこと、好きじゃない』ってのを、聞いちゃって...」


自分で言って、チクリと痛む私の心。
太陽は、当時のことを思い出すかのように、指を顎にやる。


「あっ」


思い出したみたい。


「あの時のか…。
俺な、中学の時から美雨のことが好きだったんだ」


ん?


「だから、友達に美雨のこと好きなんだろって当てられて、それが恥ずかしくてな。
照れ隠しのつもりで友達にそう言ったんだよ。」


ごめんな、と最後に申し訳なさそうに言った。


その表情と声色で太陽が嘘をついていないことは容易に理解できる。


ふふっ、なんだ。
そうなんだ...っ


なんだろう、胸の中にずっとあったモヤモヤがなくなった感じがする。


それに。


「私のこと、ずっと好きでいてくれてたんだね」


私も、太陽のことがずっと好きだったよ。と、心の中で呟いてみる。


「...っ!まあ、な」


手で覆うように、顔を隠した太陽。
それが照れ隠しだと分かっている私は、嬉しくてさらに口元が緩んでしまう。


だけど、そんな幸せな時間は刻刻と過ぎていく。


「雨、止んだな...」


名残惜しそうに、太陽は、空を見上げながらそう言った。
私も太陽につられて、空を見上げる。


「うわあ...」


いつの間にか綺麗に止んでいた雨。
そして、それを祝福するかのように虹がかかっていた。


まるで、この世界には、あと少ししかいられないとでもいうかのようなー。
そんな虹。


「これ、返すな」


世界にたったひとつの虹色の傘を私に渡す。
この傘って、確か―。
事故の二週間前に私が太陽にあげた傘。


たまたま、その日も今日みたいに急に雨が降ってきた。
太陽は、傘を持ってきてなくて、そこで私があの虹色の傘をあげたんだ。


どこか懐かしくて、ふふっと思い出して一人で笑ってしまう。


「太陽が、持っていて?」


この傘をさしていたら、どこに太陽がいてもわかるから。
それに、雨の日に虹色の傘をさして、私に会いに来てくれていたのは、私があげた傘だと思うから。


どこかで俺だよって気づいてほしい証なんじゃないかと、思うから。
それなら、太陽がどこにいてもわかるように。
私が見つけられるように。
太陽に持っていてほしい。


「じゃあ、持っとくな」


どこか嬉しそうな顔で、大事に鞄にしまってくれた太陽。


なんでだろう。
さっきから胸のザワザワが消えないのはー。


雨が上がってから。
虹がかかってから。
この胸のザワザワが消えないのだ―。


それは、太陽も同じみたいでー…。


「美雨...っ」


何かを噛み締めるように、私の名前を呼ぶ。


「太陽?」


「もう一度、抱きしめていいか?」


「うん、抱きしめて...ほしい」


私たちは、お互いに背中に手を回し、抱きしめ合う。


お互いの体温が感じられるように。
ぬくもりを忘れないように。


「美雨、俺の分まで生きて。」


ーああ。


「俺、美雨が生きて生きて生きてから、俺のところに来るの待ってっから。」


嫌でも、わかってしまう。


「だから」


もう、私たちに。


「俺のいない世界でも、生きて。」


時間がないのだと―。


「...っ、」


そんなこと言わないで。
太陽がいないと、私...っ!


そう口にしたい。
だけど、言うこが出来なくて。


喉まで出かけている言葉を、飲み込んだ。
この言葉を口にしてしまうと、また太陽を困らせてしまう。


そのかわり。


「すき、たいよ...っ、好き」


私の気持ちをたくさん伝える。


もう、私たちに時間がないのは、わかってる。
だからこそ、伝えるんだ。
ううん、違う。
伝えることしか、できないー。


「美雨...っ」


お互い、顔を合わせる。
だけど、私の視界は歪んでいて。
急いで零れ出る涙を拭う。


目の前では、私と同じく泣いている太陽。
それがなんだか可笑しかった。


「ふふっ」


たくさんの涙が頬に伝っているのに、笑ってしまった。


太陽は、私の頬に伝った涙をソッと親指で拭ってくれる。


「美雨」


大好きなその声で、自然と止まった私の涙。
視界がクリアになると、慈しむように見つめてくる太陽のその瞳に、胸がいっぱいになる。


私は、太陽に愛されているのだと。
好きでいてもらえているのだとわかる。


次の瞬間、首元にヒンヤリとした何かを感じた。


え?


首元を見てみると。


「うわあ...き、れい」


雫の形をした、薄い青っぽいとてもシンプルで綺麗なネックレスがあった。


いつ用意したんだろうか。
そんな素振りなんて、なかったのに。


「俺からの、最後のプレゼントだ」


さい、ご...


改めて、そう言われるとまた涙が出てきそうになる。


「...っ、」


「これからは、これを俺だと思って。」


「これ、を?」


自分の首元にあるネックレスにソッと手を添える。


「俺は、美雨の傍にいつでもいるから」


―ああ。


「美雨は、一人じゃない」


もう、本当に。


「俺には、これくらいしかできないから」


きみは。


「泣くな、美雨」


嬉しい言葉を、物を、ぬくもりを―。


「...ぅ、ヒック...ふぇ...っ」


私に、くれるんだから―。


「美雨」


こんなの、泣いてしまうに決まっている。


目から涙が零れ落ちて、頬に伝っていく。


「た、いよ...っ」


「美雨」


太陽は、私の涙をもう一度優しく拭ってくれる。


「だい、じに...するっ」


大事にする。
絶対に、なくさない。


このネックレスは、太陽が私の傍にいてくれてるっていう印だからー。


「それは、嬉しいな。選んだ買いがあった」


そう言って、私の顔を見ながら、嬉しそうにクシャリと微笑んだ。
その顔を見ると、自然とこっちまで口元が緩んでしまう。


「太陽」


私が最愛の人の名前を呼ぶと、太陽は、慈愛に満ちた瞳でゆっくりと片手を私の頬に添えた。


太陽、私ね?


「美雨、好きだ。愛してる。」


頬を真っ赤にして、微笑んだきみを―。


「私も、好き。愛してる。」


そう言ったら、嬉しそうに笑った君の顔を―。


私は、一生忘れない。


私たちは、自然とお互いに目を閉じ、チュッとリップ音を鳴らして、唇を重ねた。


大好きな人との最初で最後のキスは、切なくて。
だけど、どこかあたたかくて。
太陽の全てが感じられた、そんなキスだった―。


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