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貴女はクビですっ!!

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「弥生、あなたはクビです」
「なんでっ!? 私頑張ったよ!! それに養わなきゃいけない二人がいるの!! お願いだからチャンスを!! オルトリンデ監理官!!」

 悲壮な弥生の顔を直視できないオルトリンデが……珍しく言葉を詰まらせ、机の上で組んだ両手の指をせわしなくうごかす。
 わずか就任後2週間も経たない内にその任を解かねばならなくなるとは、誰もが思っていない。
 それでも、オルトリンデは告げねばならなかった。

「だめです。誰が何と言おうとクビです……残念なことですが」
「そんなぁ……せっかく一級書記官になったのに」

 涙目の弥生、実は監理官室の扉の前にいる衛兵さんたちも盗み聞いていて……心が締め付けられる思いだ。しかし、誰もがこの判断に異を唱えることができない。
 そんなことをすればかなりの数の書記官が職を失ってしまう。

「という訳で弥生一級書記官、明日から私……監理官付きの秘書官として勤務よろしくお願いします」
「……どういうこと? そもそも秘書官なんて部署なかったんじゃ」
「作ったんですよっ!! 大至急で!!」
「なんで?」

 自覚がない弥生にどうやって伝えるか、オルトリンデはこめかみに居座る鈍痛と闘いながら一言一言丁寧に説明した。

「それはですね、弥生……あなたがブラックガールだからです」
「な、なんだってー……ぶらっくがーる?」
「ご飯も食べずひたすら仕事仕事仕事仕事!! しかもなまじ成果を上げまくるから周りまで触発されて……見なさい! 事務棟への苦情がこんなに来てるんですよ!?」

 がたん! と乱暴にオルトリンデが机の引き出しから引っ張り出したのは大量の紙束。
 これ全てが苦情だということを知り、弥生がひきつった笑いを浮かべる。

「特に建築ギルドと鍛冶ギルド! それから王城の監獄監視員からの嘆願状たんがんじょう!! これみーんな書記官宛です!! 良いですか! 読みますよ!! 異常なくらい早い返送に戸惑っている、新卒の技術者が自信を無くしかけている。次は今まで何年も懸案に上がっていた合金比率を簡単に割り出されて親方が旅に出ようとしている何とかしてくれ。労働力の確保といっても限界がある。いくら咎人でもかわいそうだ。工事日程の再考を!! などなどなどなどなどなどなど!! あなたは書記官を開発員に改造でもするつもりですか!?」

 その小さな体のどこに大量の空気をとどめていたのか気になりそうなほどオルトリンデは一息で言い切った。
 そんな言葉の弾幕に弥生はあうあう、と言葉にならない声をだしながら両手の指を胸の前でつんつんと合わせる。

「み、みんな長期休暇がとれてよかったね!」
「私が二次チェックするんですよ!! これ全部! 半年分の図面や書類を!!」
「ふぁ、ふぁいとー!」
「あなたも道連れです。なあに、死んでも不死族に仲間入りするだけですよ……ふふふ」

 つまりそういうことだった。
 あまりにも一気に承認が必要な書類がなだれ込んでくる未来にオルトリンデ一人ではキャパシティオーバーなのでその責任を弥生にも負担してもらう事となった。

 弥生から書記官たちを引きはがして今までと同じペースに戻すという意味合いもある。
 現在事務棟は臨時救護棟になってカウンセラーが総出で適正な仕事のペースとは何なのか、生きがいは仕事以外にもあるんだよ。等々……必死の矯正を強制していた。
 このままでは今度から入ってくる新人がみんな潰れてしまう。

「そ、そんな大げさな……」
「いえ割と大事なんですよ……国王が」

 そう、この件で最も割を食うのが国王になる。
 半年分の予算を一気に持っていかれてしまうと今後の財政がめちゃくちゃになってしまう……かといって正式に認可された工事にお金を出さないわけにもいかない。
 
「う……ごめんなさい」
「はあ……まあいいですよ。私たちでコントロールできる部分が大きいですし、悪い事だけではないので」

 副産物として書記官全体の技量が跳ね上がったのは大きい。
 今まで時間をかけて蓄積したノウハウが弥生という添加物で一気に花を咲かせた形になる。

 元々最先端を行く鍛冶国家の箔が上がったという点ではうれしいことだ。
 最近ヨトゥンヘイム大陸にあるヘイムダルでは技術革新ともいえる改革ラッシュが続いていると行商人から報告が上がっていてオルトリンデの頭を悩ませていた。

「自重しますぅ……」
「いえ、私も弥生の力量を見誤ってました……その点については不甲斐ないばかりですがね。一体何があれば弥生みたいになれるんです??? 特級書記官が束になってようやく勝負になるかなぁ、と呆れています」
「お父さんのお仕事をいつも見てて……面白そうだなーってよく手伝ってました」
「是非お会いしたい所です。確か……亡くなられてるんでしたよね?」
「うん、2年前に事故で両親二人とも……」
「そうでしたか。すみません、つらいことを聞いてしまいましたね」
「大丈夫、ちゃんと飲み込んでるもん。お父さん生きてたらここは天国だーって大喜びで働くんだろうなぁ」
「ちょ、恐ろしいこと言わないでください! 弥生よりすごい人が来たら今度こそ私がアウトですよっ!!」

 割と本気で危機感を覚えるオルトリンデが冷や汗を浮かべながら弥生をいさめる。
 弥生の言葉は本気ではあるが、本人が居ない以上実現することはないから言えることではあった。

 それからオルトリンデは新しく開設する秘書部について弥生とすり合わせをして帰宅させる。
 せっかくだからと弥生に晩御飯に誘われたが彼女にはまだやることがあった。

 日差しが傾き、薄暗くなる執務室で冷めた紅茶を飲みながら……オルトリンデは待った。

 どれくらい待ったのだろう、すっかり暗くなった執務室に……ほんの小さな光がともる。
 ゆらり、影に動きを与えながらそれは執務室の真ん中まで滑るように動いた。

「調べものです」

 誰か、とも何か、とも言葉にせず。
 オルトリンデは命ずる。

「日下部弥生の両親、可能な限り調べ上げてできるだけ早く結果を持ってきなさい」

 暗がりにオルトリンデの表情は読めない。
 淡々とした命令を下した後、椅子を立ち。コートを羽織り、部屋から出ていく。

 灯りはいつの間にか掻き消えて、蝋の溶けるにおいを残してすべてが夜の帳に包まれた。
 
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