エリーと紅い竜

きょん

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第七話 王妹

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 人だかりという言葉を知らぬ者にその意味を説明するのならば、今この場の状況を見せるのが一番であった。
 一目、この国の王女――正確には女王の妹らしいのだが――を見ようと集まった民衆でごった返す広場の隅に、異国からの冒険者たちは佇んでいた。

「凄い人の量だね」

 自慢の遠眼鏡で辺りを見回しながらミーナは、気怠そうなエリーに話し掛ける。

「そうね。皆、もう昨晩の片づけを終えたようね」

 彼女は皮肉を吐き捨てると、広場中央に設置された演説台に目を遣った。
 そうこうしない内に、騎士風の装いの青年が登壇し、そしてその右手を高く掲げる。すると、民衆は瞬く間にざわめく事を止め、水を打ったような静けさが辺りを包み込んだ。

「これより、セレスティーヌ殿下による演説を始めさせて頂く。殿下はこの国の窮状、ことに政治腐敗による汚職、貧富の差や各地の領主による圧政から国民を救うため立ち上がった。これから述べられる殿下のお言葉に賛同される者は、我々と共に戦って欲しい!」
 前口上が終わると、青年は壇上の隅に身を避ける。それと同時に何とも煌びやかな、金細工の施された若草色の鎧に身を包んだ女性が姿を現す。

「なあ、ちょっと貸してくれよ」

 ジェフは遠眼鏡を借り、登壇した女性の姿を良く見ようとレンズに目を近づけた。少年が眼鏡の焦点を合わせると、その姿はより鮮明に映し出される。
 艶やかな金色の髪と絹の様にきめ細かな肌、瑠璃色の大きな瞳、そして彼女の纏う、およそ戦闘用とは思えないその鎧の胸元は大きく開き、その零れんばかりの豊満な乳房を何とか抑え込んでいた。

「めっちゃ美人じゃん、それにすっげえ巨乳……」
「は?」

 あまりにも場違いで、そして低俗な言葉にミーナは冷淡な言葉すらも出ず、引きつった表情で少年を睨む。
 だがエリーはと言うと、そんな二人のやり取りなど気にも留めず、何とも冷ややかな表情で演説台を、セレスティーヌと呼ばれた姫の方を見つめていた。

「まずはこのような場を設けていただいた事に感謝致します。そして昨晩のドラゴンたちの襲撃で命を落とされた無辜の民に哀悼の意を捧げます……」

 祈りを捧げる姫に倣い、民衆もまた黙祷を捧げる。そんな中で、エリーだけは目を開けたままに無表情で彼女を見つめ続ける。

「ちょっと、エリー?」

 そんな彼女に気付いたミーナは薄目を開けて小声で話し掛けたが、エリーはただ黙ったまま、祈りを捧げる姫をその蒼い瞳に映していた。

「御祈祷、ありがとうございます、それでは本題に。この度、アルサーナ王国先代国王の第二王女である、わたくしセレスティーヌ・シャルパンティエは、現国王にして我が姉であるフィオレンティーナ・シャルパンティエを打倒すべく、兵を挙げる所存です」

 その可憐な容姿からは想像出来ない、大胆な発言に聴衆は戸惑いのざわめきを起こす。
 如何にこの地がアルサーナ王国の都から遠く離れ、その起源を流刑地に持つ、所謂、見捨てられた地であるとは言え、この様な発言が公の場にて為されて良いのだろうか。

「え? どういう事?」
「戦を始めるって事よ」

ミーナは驚きの表情を持って壇上に立つセレスティーヌを見据える。もっともジェフは演説の言葉など耳にも入らず、妖精の如き美しさの姫の艶めかしい肢体に心奪われていたのだが。

「驚かれるのは当然の事です。女王を倒し、新たなる政権を打ち立てるというのは、あまりにも突飛で荒々しい話でしょう。しかし、我が国全土にまん延した政治腐敗によって国民は搾取され、苦しみ、そして命を落としています。昨夜の悲劇も、皆さんをこのように危険な環境で働く事を余儀なくさせる、弱者を食い物にする悪辣な為政者たちや、それに群がる一部の富裕層の行いが元凶では無いでしょうか?」

 美しさと強さを伴う精悍な顔つきで、セレスティーヌは民衆を、そして自身を奮い立たせんとばかりに力強く言葉を進めていく。

「そして、王としての責務を放棄し、悪政を黙認するフィオレンティーナ女王こそが、その諸悪の根源ではないのでしょうか? わたくしが王家を捨てて遁走したという噂を耳にした方も多いと思われますが、それは間違いです。わたくしは来たる日の戦いに備える為に自身を鍛え、学びつつ身を隠し、機を窺っておりました。ですが、それも今日この日この場を以って終わりです。何故なら、今この瞬間より、女王フィオレンティーナに対し、如何に彼女が血を分けた我が姉であろうとも、民を救う為に剣を抜き、立ち上がるからです!」

 言葉を言い終えると同時に、セレスティーヌは握りこぶしを天へと突き上げる。
 社会から爪弾きにされた者たち――それはこの場に集まる民衆の大多数を占める――は眼前に舞い降りた麗しき戦乙女に賛辞と称賛の声を上げた。地鳴りの如き歓声は、前口上で述べられた戦いに賛同する意思表示そのものだった。
 けれども、ミーナは崇高な意思を帯びて立ち上がる麗しき姫に対して、恐ろしさすら感じていた。

「なあ、俺たちはさっさとラドフォードに帰ろうぜ……」
「そうだね。目的は達成したし、戦争なんて嫌だよ」

 先ほどまでは美酒を味わったかのように頬を紅潮させていたジェフだったが、いつの間にか悪酔いでもしたかのような顔色の悪さで眉間にしわを作っていた。
 アルサーナの国民ではない二人は、熱狂する人々にも恐怖を覚えた。それが自由と平等を勝ち取るための戦いとは言え、これから多くの者の血が流され、命の灯が消えゆく事は明白だった。
 だのに、いささか不平等な世とは言え平和を捨てて戦いに走る――、それは本当に正しい行いなのか。幸福と平和に抱かれ生きてきた少女と少年には到底、理解し難い行いだった。
 それに対しアルサーナ貴族の身分を捨てた娘は、母国の行く末になど興味を示さないかのように、けれどもどこか憂いを含む表情で歓声の中心を眺めていた。

「やっぱり、気になる?」
「……いえ、関係無いわ」

 ミーナは心配そうに声を掛けたが、呟くように返答をした元貴族の娘は収まらぬ聴衆の歓声に背を向けて早足に歩き出す。
 そんな彼女の様子を見た二人はしばし顔を見合わせると、その背を追うように駆け出した。
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