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第十二話 異形
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兵たちの準備は予定通りに整い、作戦決行の時がやって来た。こちらの軍勢は千に僅かに届かないが、敵は二十余り――、の筈だった。
「少し気掛かりだな」
雲一つない夜空に浮かぶ月に照らされた関所には大型の馬車が一台、そしてその護衛と思しき兵が数人ほど見て取れる。険しい岩山の谷間に作られた、石造りの砦の様な関所。そこから左右に伸びた身の丈の二倍程の高さはありそうな柵が一団の行く手を阻んでいた。
遠眼鏡から目を離すと、自身の主の方を向いたクレールが状況を報告する。
「殿下、如何なさいますか? 不審な馬車もありますが、このまま作戦を決行しますか?」
林に身を潜める、セレスティーヌの率いる軍勢は、開戦の合図を今かと待っていたが、前以って入手していた情報と違う状況に、彼らは足踏みを余儀なくされていた。
「うーん、ちょっと不安だけどやるしかないでしょ?」
一軍の将とは思えない発言に、傍らで話を聞いているエリーは内心苛立ちを覚えた。
「エリーちゃんはどう思う?」
すると、当然のように助言を求めるセレスティーヌだったが、そんな彼女への不満などはおくびにも出さず、エリーは冷静に言葉を返す。
「今更引き返せば、我々が行動を開始した事を何某かに嗅ぎつけられる可能性は高まるばかりです。小競り合い程度の戦闘は覚悟の上、作戦は予定通りに進めるべきかと」
「私も同感です。このまま先発部隊の行動を開始しましょう」
彼女が言葉を終えると同時にクレールも口を開く。ぽっと出の女に負けまいと、他の側近の前で自身の勇猛さを強調する若き騎士は、木々の合間から差し込む月明かりに照らされたまま、拳を突き上げた。
「じゃあそうしましょう。みんな、くれぐれも気を付けてね」
こうして、関所破りの作戦が開始された。
「なんだお前らは?」
セレスティーヌ選りすぐりの兵――それは素人に毛が生えた程度と思える程度の面々であったが――、数人はクレールに引き連れられ、関を守る兵たちに近づいた。
訝し気な表情で声を掛けられたクレールだったが、顔色を変える事無く凛とした表情で言葉を返す。
「すまないがここを通して欲しい」
「こんな夜ふけに? 通行許可は?」
「無い」
「では通せんな、出直すが良い」
淡々とした会話の傍らで、先発隊に参加していたジェフは周りを見渡していた。遠眼鏡で確認していた馬車は間近で見れば妙に大きく、それを護るように佇む兵たちは、今、クレールの話している関の衛兵とは様子が違っていた。
「どうしても駄目か?」
「当たり前だ、それとも力づくで通るとでも言うのか?」
何となく嫌な予感を感じたジェフではあったが、彼の横目で進むクレールと衛兵の会話を聞き、そちらへと意識を向け直し、そして身構えた。
「残念だが、そう言う事になるな」
そう言い放った若き騎士が左手を挙げると、一団の中に居た一人の男が、彼らの後方空高くへと術の光弾を放ち、クレールたちも各々の得物を抜き放った。
「な、何の真似だ……、ああっ⁉」
光弾が夜空に爆ぜると同時に、林に潜んでいた本隊が煌々と燃え立つ松明を手に関へと向かって来た。その数は千に満たなかったが、槍や剣を構えた衛兵たちの顔は一瞬で色を失う。
「さあ、通してもらおうか? 降伏すれば命までは奪わないでおこう」
クレールは作戦の成功を確信した。それこそ、ここで抵抗されようとも、後方から迫るセレスティーヌたちが来るまでの数分持ちこたえるなど造作もないと考えた。
「降伏するほかなさそうだな」
武器を下ろした兵はそう言うと、両手を高く上げた。筋書き通りの展開にクレールは口元を僅かに歪めたが、この後に予想外の出来事が起きた。
セレスティーヌたちとの合流の後、関の衛兵を拘束し、速やかにこの場を離れる予定だった。しかし、一部の者が暴徒化し、略奪や破壊活動を始めたのだった。
「殿下、早めに収束させないと後々に響きますよ。統制の無い軍など、野盗と何ら変わりません」
王妹の傍らに立つエリーは、呆れた表情を浮かべて忌々しそうに言ったが、苦言を呈された本人はといえば、それ程困ったようにも、ともすればこの暴挙は仕方なしとも思えるような素振りを見せるばかりだった。
だが、悪行は長くは続かなかった。耳をつんざく絶叫が聞こえた後、蜘蛛の子を散らすように暴徒化した王妹の兵たちは逃げ出した。
声の方をすぐさまに見遣るエリーたち。その目に映ったのは例の大型の馬車の傍らで、二本の足で立つドラゴンにも似た生き物の姿だった。
「ドラゴン……なの?」
怯えた表情でエリーの顔を見遣るミーナ。先日戦ったドラゴンや、ここに来るまでに色々と書物で調べたものとはまるで違う姿に少女は恐れおののいた。
そして、それはミーナだけでなくエリーも同様だった。
「道具を使えるドラゴンなんて聞いた事が無いわ、一体あれは……?」
その怪物は大した猫背でありながらも人間と変わらぬ身の丈で、手にはどこで手に入れたのか大振りの斧が握られていた。斧の刃はべったりと鮮血に塗れており、先ほどの悲鳴の主がそれによって危害を加えられた事を現していた。
「ど、どうしてあいつがこんな所に居るのよ……」
青ざめていたのはミーナとエリーだけでは無かった。数日前には居丈高とも思える程、勇猛な言葉を語っていたセレスティーヌも同じだった。
既に兵たちの殆どは散り散りになり、気付いた時に娘たちの周囲に残っていたのは、先発隊に参加した数人の者たちとクレール、そしてジェフだけであった。
「何とか逃げて、生き延びる事が最優先の様ね」
眼前の怪物を知っているかのような姫の発言には触れずにエリーは、そしてミーナにジェフも臨戦態勢をとった。
「少し気掛かりだな」
雲一つない夜空に浮かぶ月に照らされた関所には大型の馬車が一台、そしてその護衛と思しき兵が数人ほど見て取れる。険しい岩山の谷間に作られた、石造りの砦の様な関所。そこから左右に伸びた身の丈の二倍程の高さはありそうな柵が一団の行く手を阻んでいた。
遠眼鏡から目を離すと、自身の主の方を向いたクレールが状況を報告する。
「殿下、如何なさいますか? 不審な馬車もありますが、このまま作戦を決行しますか?」
林に身を潜める、セレスティーヌの率いる軍勢は、開戦の合図を今かと待っていたが、前以って入手していた情報と違う状況に、彼らは足踏みを余儀なくされていた。
「うーん、ちょっと不安だけどやるしかないでしょ?」
一軍の将とは思えない発言に、傍らで話を聞いているエリーは内心苛立ちを覚えた。
「エリーちゃんはどう思う?」
すると、当然のように助言を求めるセレスティーヌだったが、そんな彼女への不満などはおくびにも出さず、エリーは冷静に言葉を返す。
「今更引き返せば、我々が行動を開始した事を何某かに嗅ぎつけられる可能性は高まるばかりです。小競り合い程度の戦闘は覚悟の上、作戦は予定通りに進めるべきかと」
「私も同感です。このまま先発部隊の行動を開始しましょう」
彼女が言葉を終えると同時にクレールも口を開く。ぽっと出の女に負けまいと、他の側近の前で自身の勇猛さを強調する若き騎士は、木々の合間から差し込む月明かりに照らされたまま、拳を突き上げた。
「じゃあそうしましょう。みんな、くれぐれも気を付けてね」
こうして、関所破りの作戦が開始された。
「なんだお前らは?」
セレスティーヌ選りすぐりの兵――それは素人に毛が生えた程度と思える程度の面々であったが――、数人はクレールに引き連れられ、関を守る兵たちに近づいた。
訝し気な表情で声を掛けられたクレールだったが、顔色を変える事無く凛とした表情で言葉を返す。
「すまないがここを通して欲しい」
「こんな夜ふけに? 通行許可は?」
「無い」
「では通せんな、出直すが良い」
淡々とした会話の傍らで、先発隊に参加していたジェフは周りを見渡していた。遠眼鏡で確認していた馬車は間近で見れば妙に大きく、それを護るように佇む兵たちは、今、クレールの話している関の衛兵とは様子が違っていた。
「どうしても駄目か?」
「当たり前だ、それとも力づくで通るとでも言うのか?」
何となく嫌な予感を感じたジェフではあったが、彼の横目で進むクレールと衛兵の会話を聞き、そちらへと意識を向け直し、そして身構えた。
「残念だが、そう言う事になるな」
そう言い放った若き騎士が左手を挙げると、一団の中に居た一人の男が、彼らの後方空高くへと術の光弾を放ち、クレールたちも各々の得物を抜き放った。
「な、何の真似だ……、ああっ⁉」
光弾が夜空に爆ぜると同時に、林に潜んでいた本隊が煌々と燃え立つ松明を手に関へと向かって来た。その数は千に満たなかったが、槍や剣を構えた衛兵たちの顔は一瞬で色を失う。
「さあ、通してもらおうか? 降伏すれば命までは奪わないでおこう」
クレールは作戦の成功を確信した。それこそ、ここで抵抗されようとも、後方から迫るセレスティーヌたちが来るまでの数分持ちこたえるなど造作もないと考えた。
「降伏するほかなさそうだな」
武器を下ろした兵はそう言うと、両手を高く上げた。筋書き通りの展開にクレールは口元を僅かに歪めたが、この後に予想外の出来事が起きた。
セレスティーヌたちとの合流の後、関の衛兵を拘束し、速やかにこの場を離れる予定だった。しかし、一部の者が暴徒化し、略奪や破壊活動を始めたのだった。
「殿下、早めに収束させないと後々に響きますよ。統制の無い軍など、野盗と何ら変わりません」
王妹の傍らに立つエリーは、呆れた表情を浮かべて忌々しそうに言ったが、苦言を呈された本人はといえば、それ程困ったようにも、ともすればこの暴挙は仕方なしとも思えるような素振りを見せるばかりだった。
だが、悪行は長くは続かなかった。耳をつんざく絶叫が聞こえた後、蜘蛛の子を散らすように暴徒化した王妹の兵たちは逃げ出した。
声の方をすぐさまに見遣るエリーたち。その目に映ったのは例の大型の馬車の傍らで、二本の足で立つドラゴンにも似た生き物の姿だった。
「ドラゴン……なの?」
怯えた表情でエリーの顔を見遣るミーナ。先日戦ったドラゴンや、ここに来るまでに色々と書物で調べたものとはまるで違う姿に少女は恐れおののいた。
そして、それはミーナだけでなくエリーも同様だった。
「道具を使えるドラゴンなんて聞いた事が無いわ、一体あれは……?」
その怪物は大した猫背でありながらも人間と変わらぬ身の丈で、手にはどこで手に入れたのか大振りの斧が握られていた。斧の刃はべったりと鮮血に塗れており、先ほどの悲鳴の主がそれによって危害を加えられた事を現していた。
「ど、どうしてあいつがこんな所に居るのよ……」
青ざめていたのはミーナとエリーだけでは無かった。数日前には居丈高とも思える程、勇猛な言葉を語っていたセレスティーヌも同じだった。
既に兵たちの殆どは散り散りになり、気付いた時に娘たちの周囲に残っていたのは、先発隊に参加した数人の者たちとクレール、そしてジェフだけであった。
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