13 / 31
第十二話 異形
しおりを挟む
兵たちの準備は予定通りに整い、作戦決行の時がやって来た。こちらの軍勢は千に僅かに届かないが、敵は二十余り――、の筈だった。
「少し気掛かりだな」
雲一つない夜空に浮かぶ月に照らされた関所には大型の馬車が一台、そしてその護衛と思しき兵が数人ほど見て取れる。険しい岩山の谷間に作られた、石造りの砦の様な関所。そこから左右に伸びた身の丈の二倍程の高さはありそうな柵が一団の行く手を阻んでいた。
遠眼鏡から目を離すと、自身の主の方を向いたクレールが状況を報告する。
「殿下、如何なさいますか? 不審な馬車もありますが、このまま作戦を決行しますか?」
林に身を潜める、セレスティーヌの率いる軍勢は、開戦の合図を今かと待っていたが、前以って入手していた情報と違う状況に、彼らは足踏みを余儀なくされていた。
「うーん、ちょっと不安だけどやるしかないでしょ?」
一軍の将とは思えない発言に、傍らで話を聞いているエリーは内心苛立ちを覚えた。
「エリーちゃんはどう思う?」
すると、当然のように助言を求めるセレスティーヌだったが、そんな彼女への不満などはおくびにも出さず、エリーは冷静に言葉を返す。
「今更引き返せば、我々が行動を開始した事を何某かに嗅ぎつけられる可能性は高まるばかりです。小競り合い程度の戦闘は覚悟の上、作戦は予定通りに進めるべきかと」
「私も同感です。このまま先発部隊の行動を開始しましょう」
彼女が言葉を終えると同時にクレールも口を開く。ぽっと出の女に負けまいと、他の側近の前で自身の勇猛さを強調する若き騎士は、木々の合間から差し込む月明かりに照らされたまま、拳を突き上げた。
「じゃあそうしましょう。みんな、くれぐれも気を付けてね」
こうして、関所破りの作戦が開始された。
「なんだお前らは?」
セレスティーヌ選りすぐりの兵――それは素人に毛が生えた程度と思える程度の面々であったが――、数人はクレールに引き連れられ、関を守る兵たちに近づいた。
訝し気な表情で声を掛けられたクレールだったが、顔色を変える事無く凛とした表情で言葉を返す。
「すまないがここを通して欲しい」
「こんな夜ふけに? 通行許可は?」
「無い」
「では通せんな、出直すが良い」
淡々とした会話の傍らで、先発隊に参加していたジェフは周りを見渡していた。遠眼鏡で確認していた馬車は間近で見れば妙に大きく、それを護るように佇む兵たちは、今、クレールの話している関の衛兵とは様子が違っていた。
「どうしても駄目か?」
「当たり前だ、それとも力づくで通るとでも言うのか?」
何となく嫌な予感を感じたジェフではあったが、彼の横目で進むクレールと衛兵の会話を聞き、そちらへと意識を向け直し、そして身構えた。
「残念だが、そう言う事になるな」
そう言い放った若き騎士が左手を挙げると、一団の中に居た一人の男が、彼らの後方空高くへと術の光弾を放ち、クレールたちも各々の得物を抜き放った。
「な、何の真似だ……、ああっ⁉」
光弾が夜空に爆ぜると同時に、林に潜んでいた本隊が煌々と燃え立つ松明を手に関へと向かって来た。その数は千に満たなかったが、槍や剣を構えた衛兵たちの顔は一瞬で色を失う。
「さあ、通してもらおうか? 降伏すれば命までは奪わないでおこう」
クレールは作戦の成功を確信した。それこそ、ここで抵抗されようとも、後方から迫るセレスティーヌたちが来るまでの数分持ちこたえるなど造作もないと考えた。
「降伏するほかなさそうだな」
武器を下ろした兵はそう言うと、両手を高く上げた。筋書き通りの展開にクレールは口元を僅かに歪めたが、この後に予想外の出来事が起きた。
セレスティーヌたちとの合流の後、関の衛兵を拘束し、速やかにこの場を離れる予定だった。しかし、一部の者が暴徒化し、略奪や破壊活動を始めたのだった。
「殿下、早めに収束させないと後々に響きますよ。統制の無い軍など、野盗と何ら変わりません」
王妹の傍らに立つエリーは、呆れた表情を浮かべて忌々しそうに言ったが、苦言を呈された本人はといえば、それ程困ったようにも、ともすればこの暴挙は仕方なしとも思えるような素振りを見せるばかりだった。
だが、悪行は長くは続かなかった。耳をつんざく絶叫が聞こえた後、蜘蛛の子を散らすように暴徒化した王妹の兵たちは逃げ出した。
声の方をすぐさまに見遣るエリーたち。その目に映ったのは例の大型の馬車の傍らで、二本の足で立つドラゴンにも似た生き物の姿だった。
「ドラゴン……なの?」
怯えた表情でエリーの顔を見遣るミーナ。先日戦ったドラゴンや、ここに来るまでに色々と書物で調べたものとはまるで違う姿に少女は恐れおののいた。
そして、それはミーナだけでなくエリーも同様だった。
「道具を使えるドラゴンなんて聞いた事が無いわ、一体あれは……?」
その怪物は大した猫背でありながらも人間と変わらぬ身の丈で、手にはどこで手に入れたのか大振りの斧が握られていた。斧の刃はべったりと鮮血に塗れており、先ほどの悲鳴の主がそれによって危害を加えられた事を現していた。
「ど、どうしてあいつがこんな所に居るのよ……」
青ざめていたのはミーナとエリーだけでは無かった。数日前には居丈高とも思える程、勇猛な言葉を語っていたセレスティーヌも同じだった。
既に兵たちの殆どは散り散りになり、気付いた時に娘たちの周囲に残っていたのは、先発隊に参加した数人の者たちとクレール、そしてジェフだけであった。
「何とか逃げて、生き延びる事が最優先の様ね」
眼前の怪物を知っているかのような姫の発言には触れずにエリーは、そしてミーナにジェフも臨戦態勢をとった。
「少し気掛かりだな」
雲一つない夜空に浮かぶ月に照らされた関所には大型の馬車が一台、そしてその護衛と思しき兵が数人ほど見て取れる。険しい岩山の谷間に作られた、石造りの砦の様な関所。そこから左右に伸びた身の丈の二倍程の高さはありそうな柵が一団の行く手を阻んでいた。
遠眼鏡から目を離すと、自身の主の方を向いたクレールが状況を報告する。
「殿下、如何なさいますか? 不審な馬車もありますが、このまま作戦を決行しますか?」
林に身を潜める、セレスティーヌの率いる軍勢は、開戦の合図を今かと待っていたが、前以って入手していた情報と違う状況に、彼らは足踏みを余儀なくされていた。
「うーん、ちょっと不安だけどやるしかないでしょ?」
一軍の将とは思えない発言に、傍らで話を聞いているエリーは内心苛立ちを覚えた。
「エリーちゃんはどう思う?」
すると、当然のように助言を求めるセレスティーヌだったが、そんな彼女への不満などはおくびにも出さず、エリーは冷静に言葉を返す。
「今更引き返せば、我々が行動を開始した事を何某かに嗅ぎつけられる可能性は高まるばかりです。小競り合い程度の戦闘は覚悟の上、作戦は予定通りに進めるべきかと」
「私も同感です。このまま先発部隊の行動を開始しましょう」
彼女が言葉を終えると同時にクレールも口を開く。ぽっと出の女に負けまいと、他の側近の前で自身の勇猛さを強調する若き騎士は、木々の合間から差し込む月明かりに照らされたまま、拳を突き上げた。
「じゃあそうしましょう。みんな、くれぐれも気を付けてね」
こうして、関所破りの作戦が開始された。
「なんだお前らは?」
セレスティーヌ選りすぐりの兵――それは素人に毛が生えた程度と思える程度の面々であったが――、数人はクレールに引き連れられ、関を守る兵たちに近づいた。
訝し気な表情で声を掛けられたクレールだったが、顔色を変える事無く凛とした表情で言葉を返す。
「すまないがここを通して欲しい」
「こんな夜ふけに? 通行許可は?」
「無い」
「では通せんな、出直すが良い」
淡々とした会話の傍らで、先発隊に参加していたジェフは周りを見渡していた。遠眼鏡で確認していた馬車は間近で見れば妙に大きく、それを護るように佇む兵たちは、今、クレールの話している関の衛兵とは様子が違っていた。
「どうしても駄目か?」
「当たり前だ、それとも力づくで通るとでも言うのか?」
何となく嫌な予感を感じたジェフではあったが、彼の横目で進むクレールと衛兵の会話を聞き、そちらへと意識を向け直し、そして身構えた。
「残念だが、そう言う事になるな」
そう言い放った若き騎士が左手を挙げると、一団の中に居た一人の男が、彼らの後方空高くへと術の光弾を放ち、クレールたちも各々の得物を抜き放った。
「な、何の真似だ……、ああっ⁉」
光弾が夜空に爆ぜると同時に、林に潜んでいた本隊が煌々と燃え立つ松明を手に関へと向かって来た。その数は千に満たなかったが、槍や剣を構えた衛兵たちの顔は一瞬で色を失う。
「さあ、通してもらおうか? 降伏すれば命までは奪わないでおこう」
クレールは作戦の成功を確信した。それこそ、ここで抵抗されようとも、後方から迫るセレスティーヌたちが来るまでの数分持ちこたえるなど造作もないと考えた。
「降伏するほかなさそうだな」
武器を下ろした兵はそう言うと、両手を高く上げた。筋書き通りの展開にクレールは口元を僅かに歪めたが、この後に予想外の出来事が起きた。
セレスティーヌたちとの合流の後、関の衛兵を拘束し、速やかにこの場を離れる予定だった。しかし、一部の者が暴徒化し、略奪や破壊活動を始めたのだった。
「殿下、早めに収束させないと後々に響きますよ。統制の無い軍など、野盗と何ら変わりません」
王妹の傍らに立つエリーは、呆れた表情を浮かべて忌々しそうに言ったが、苦言を呈された本人はといえば、それ程困ったようにも、ともすればこの暴挙は仕方なしとも思えるような素振りを見せるばかりだった。
だが、悪行は長くは続かなかった。耳をつんざく絶叫が聞こえた後、蜘蛛の子を散らすように暴徒化した王妹の兵たちは逃げ出した。
声の方をすぐさまに見遣るエリーたち。その目に映ったのは例の大型の馬車の傍らで、二本の足で立つドラゴンにも似た生き物の姿だった。
「ドラゴン……なの?」
怯えた表情でエリーの顔を見遣るミーナ。先日戦ったドラゴンや、ここに来るまでに色々と書物で調べたものとはまるで違う姿に少女は恐れおののいた。
そして、それはミーナだけでなくエリーも同様だった。
「道具を使えるドラゴンなんて聞いた事が無いわ、一体あれは……?」
その怪物は大した猫背でありながらも人間と変わらぬ身の丈で、手にはどこで手に入れたのか大振りの斧が握られていた。斧の刃はべったりと鮮血に塗れており、先ほどの悲鳴の主がそれによって危害を加えられた事を現していた。
「ど、どうしてあいつがこんな所に居るのよ……」
青ざめていたのはミーナとエリーだけでは無かった。数日前には居丈高とも思える程、勇猛な言葉を語っていたセレスティーヌも同じだった。
既に兵たちの殆どは散り散りになり、気付いた時に娘たちの周囲に残っていたのは、先発隊に参加した数人の者たちとクレール、そしてジェフだけであった。
「何とか逃げて、生き延びる事が最優先の様ね」
眼前の怪物を知っているかのような姫の発言には触れずにエリーは、そしてミーナにジェフも臨戦態勢をとった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました
東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。
王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。
だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。
行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。
冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。
無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――!
王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。
これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。
王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~
しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。
それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること!
8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。
どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ!
「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」
かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。
しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。
「今度こそ、私が世界を救って見せる!」
失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!
剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。
イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。
小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~
小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ)
そこは、剣と魔法の世界だった。
2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。
新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・
気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。
転生先の異世界で温泉ブームを巻き起こせ!
カエデネコ
ファンタジー
日本のとある旅館の跡継ぎ娘として育てられた前世を活かして転生先でも作りたい最高の温泉地!
恋に仕事に事件に忙しい!
カクヨムの方でも「カエデネコ」でメイン活動してます。カクヨムの方が更新が早いです。よろしければそちらもお願いしますm(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる