エリーと紅い竜

きょん

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第十一話 姫

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 思ったよりも会議は順調に進み、明日以降の計画は上手くまとまった。もっともその計画の殆どをエリーが立案し、周りの者たちは意見を言うわけでもなく、それに賛成するだけであった。
 そして、会議は予定よりも早く終了し、解散後は各自、思い思いの時間を過ごしていた。

「エリーって、単なる貴族のお嬢様じゃないよね?」

 姫から与えられた部屋でくつろぐミーナが唐突に口を開いた。

「多少なりとも勉強していれば、あの程度の計画は誰にでも立てられるわ。私に知恵や知識があるのでは無くて、あの姫とその取り巻き連中が無能過ぎるのよ」

 髪を下ろしたエリーは忌々しげにため息をつき、乱暴に眼鏡を置きながら少女の質問にそう答えた。
 すると、その彼女に同調するようにジェフが声を上げる。

「相変わらずキツい物言いしますね。でもエリーさんの言う通り、確かに王女様の取り巻きにしちゃあ鈍臭そうな奴らですよね」
「愚鈍そうで逆に助かったわ。もっと頭が良かったら……」

 言葉を返すエリーは不意に口をつぐむと、黙ったままミーナとジェフに目配せする。その異様な気配を察知した二人も口を閉ざすと、三人はゆっくりと部屋の中央、壁から最も遠い場所へと身を寄せる。

「……聞かれてるわ」

 エリーは囁くような小声で一言言うと一転、彼女らしくない大きめの声量で言葉を続けた。

「側近連中が愚鈍なおかげで、私の賢さが際立つから本当に助かるわ!」
「本当だね! これで上手く行ったら、わたしたち一生遊んで暮らせるよ!」
「上手い事王女様に取り入ってくださいよ! 美女を侍らせて遊んで暮らしたいですからね!」

 馬鹿のように声を張り上げた後、三人はしばし声を上げて笑い続けていた――もちろん、誰一人としてその顔は笑っていなかったのだが。



 その後もエリーたちは他愛もない、それこそ歳相応か、あるいはそれよりも子供じみた話を夕食時まで続けていた。
 そして夕食も済み、真夜中を迎えた頃に三人は再び動き出した。

「流石にもう大丈夫そうね」
「さっきはびっくりしたよ。エリーってば急にあんな事言い出すんだから」
「でも誰が聞いてたんでしょう?」

 灯りも無い真っ暗な部屋、三人は互いの吐息の熱を感じられる程にまで近づき、小声で言葉を交わし始めた。

「もちろん、セレスティーヌの手の者でしょうね。あの女が素直に私たちを信用しているわけ無いもの」
「で、これからどうするの? 信用されてないって事は下手に動けないってことだよね」
「それくらい、想定しているわ。しばらくは従順に、協力的な言動を続けましょう」

 影だけが、その顔の輪郭線だけがようやく見えるような闇の中、小さくため息をついたエリーはさらに言葉を続けた。

「ひとつ言っておくわ。これから先、私がどんな策を講じるかはあなた達にも、必要が無ければ伏せさせてもらうわ」
「え! 何だか信用無いみたいでちょっと嫌だな……」

 きっと頬を膨らせて不満を垂れているのだろう――、そんな風にエリーは思いながら、少女をなだめようと柔らかな声色で説明を続けた。

「敵を欺くには味方からと言う格言もあるわ。ミーナたちの口が軽いと思っているのではなくて、小さな綻びが大きなほころびになる事を危惧しているの」
「確かにエリーさんの言う通りだな。壁に耳ありとも……実際に昼はそうだったし、もちろん最低限必要な事は話してくれますよね」
「当たり前よ。あなた達が焚きつけたのだから、きっちり手伝ってもらうわ」

 優し目な声色とは対照的な、彼女らしい厳しい台詞に、ミーナとジェフは小さく、ふっと息を吐いた。

「任せて! 頑張るよ!」
「俺もエリーさんとお姉さんの為にも頑張りますよ!」

 緊張が解け、不意に声量が上がる少女たちに、いつも通りのため息で返すエリー。

「もう夜中よ、お静かに」

 影は一度肩をすくめると、その身を自身のベッドへと潜り込ませる。

「また明日から忙しくなるわよ」

 残された二つの影もその言葉を受けて、寝床へと滑り込んだ。





 各々の役目を果たそうと、人々は忙しなく殺風景な倉庫を動き回っていた。風通しの悪い建物内は何をしていなくとも汗ばむほどに暑かったが、誰一人として不平不満を垂れる事もなく、与えられた仕事をこなしていく。
 その様子を満足そうに眺めるセレスティーヌの傍らには、昨日と同じ装いのエリーが居た。

「本当にエリーちゃんは有能ね。クレールに任せていたら、いつ出陣出来るかわからなかったわよ」
「お褒めの言葉光栄です。しかしながら、このように円滑に事が運ぶのは、クレール卿があのように率先して指揮をしていただけるお陰ですわ」

 そう言ったエリーの視線の先、伊達眼鏡に映り込んだクレールは文字通り砂埃に塗れて兵たちに指示を飛ばしていた。

「その自信と謙虚さが同居した態度、とても平民のそれとは違う気品に満ち溢れているわ」

 護衛の騎士の姿を一瞥したセレスティーヌは、覗き込むようにエリーの瞳を見つめた。

「そろそろ貴女の正体が知りたいかな。旅人だなんて言って誤魔化してないでさ……」

 正体を見透かされた旅人もとい元貴族の娘はいよいよ観念した、という表情を浮かべると困ったように一度小さく息を吐いた。
 そして、わざとらしく辺りを見回すと、周囲の喧騒にかき消されそうなほどに小さく話し掛ける。

「誰に聞かれているかわかりませんので、そのお話は別の場所で……」

 エリーに提案されたセレスティーヌは頷くと、彼女の手を引いて自室に向かった。



 扉の左右に立つ衛兵を退けたセレスティーヌは内側から鍵を掛けた後に、相変わらず質素な部屋には不釣り合いな豪奢なソファに腰掛けると、自身の影武者にも長椅子に腰掛けるように促した。

「さあ、これで誰にも聞かれないはず。どうかしら?」
「ありがとうございます、これで安心してお話が出来ます」

 腰を下ろしたまま頭を一度垂れたエリーは、顔を上げるとおもむろに口を開く。
 自身が単なる旅の者ではなく、このアルサーナ王国の貴族の階級に出自を持つ事を語った。何よりも、貴族としての身分に嫌気がさして家を飛び出したことを強調するかのように熱弁する。
 そして、一通り話し終えると、エリーは視線を逸らした。

「そっか~、やっぱり私の見立ては間違って無かったみたいね。貴族とは言わないけどそれなりに名の通った家の出じゃないかとは思ってたのよ」
「左様ですか、殿下は聡明なお方ですね。もっと早く私の本当の姿をお伝えすべきでした」

 眉を八の字にしたまま目を伏せるエリーだったが、そんな彼女の傍らにセレスティーヌは座り直す。

「構わないわ、慎重過ぎるくらいが丁度良いんじゃない? それじゃあ私の事も……、どうしてこんな、戦争ごっこみたいな事をし始めた経緯を教えてあげようかな」

 姫のその言葉に、さしものエリーも僅かに笑みを浮かべてしまう。この先に語られる話のどこまでを信用していいのかは分からなかったが、この王妹の信用を僅かとは言え勝ち取った事には変わりなかった。

「じゃあ、どこから話そうかしら? 私もちょっと長くなりそうなんだけど良いかしら?」
「もちろんです殿下。是非とも拝聴させて頂きたく思います」

 どこまでもへりくだったエリーの態度を見たセレスティーヌは、一度鼻を鳴らすと何処か自慢げに語り始めた。



「……という事かな。私もエリーちゃんと大差なく、家が嫌になって飛び出したクチなの。まあ、さっき話したように、貴族どもの横暴が酷いもんで、いい加減我慢出来なくなったんだけどね~、私って偉いでしょ?」
「仰る通り、立派な志です。私もあやかりたいものです」
「またまた~、エリーちゃんだって十分立派だと思うけどなぁ。という事でよろしくお願いね! あと、私とクレールの事は……」
「大丈夫です、殿下の恋路を邪魔するような野暮な真似は致しません」
「ありがとっ! エリーちゃんも良い人見つかると良いね!」

 年頃の娘のような話題で話が締めくくられると、セレスティーヌは立ち上がり、閉めていた窓を開け放った。

「うーん、良い天気……」

 雲一つない晴天。吹き込む爽やかな風に晒されたセレスティーヌの横顔が一瞬、今までの作り物の様な笑みではなく、まるで村娘が浮かべた屈託の無い笑みのように、エリーには見えた。

「殿下、もう少しお話し宜しいでしょうか? 関を超えた後の事ですが……」

 けれども、その表情は春風が見せた幻だとエリーは自身に言い聞かせると、再び今後の策について説明を始めた。
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