エリーと紅い竜

きょん

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第十七話 セレス

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 夜明けと共にそれはやって来た。
 複数の重々しい足音が響いた後、部屋の扉は破られる。
「な、なんだ!?」

 ベッドから飛び上がったジェフは音の方を向く。その瞬間、彼が状況を把握する前に、少年の身体はベッドへと押し倒される。

「大人しくしろ! 貴様らが野盗の一味だという事は分かっている!」
「な、なんだよ、急に! なんかの間違いだろ!」

 軽鎧に身を包んだ兵士に押さえ込まれるジェフは、もがきながら抗議の声を上げた。
 一方で半分眠っているようなミーナと、特段抵抗の素振りを見せないエリーの二人は、両の手に縄を受け、他の兵士に連行されようとしていた。

「ジェフくん、大人しく従いなさい」

 少年とのすれ違い様にエリーはそうとだけ言い残すと、兵士たちに連れられ宿を後にした。
 そして彼はその言葉を受け抵抗を止めると、彼女らと同様に何処かへと連れていかれたのだった。



「出ろ、領主様直々に取り調べがある」

 数刻、それよりも短い時間だったが、牢に入れられていたミーナたちへ兵士が声を掛けた。
 暗くカビ臭い地下牢、鉄格子の扉が重たい音を立てて開き、自由を奪われたままの三人はゆっくりと檻の外へと歩き出る。それとほぼ同時に、隣の牢からセレスティーヌとクレールも両手を縛られたままで姿を現す。

「どういうことなの?」

 姫は上目遣いで睨みつけるように一言言ったが、言葉を受けたエリーは何も言わずに、彼女の方を見つめていた。

「さっさと歩け、貴様らの行いを潔く白状するんだな」

 一行は促されるままに、暗い地下牢を後にした。



 それ程には華美な調度品も無く、落ち着いた雰囲気の部屋の奥に領主オリヴィエ公爵が座っていた。
 そして、両手を前で縛られた五人が彼の目の前に立ち並ぶと、公爵は一人の兵士に目配せする。兵の中でも格上と思しき男は小さく頷き、自身以外の兵士を部屋の外へと追い出すと、扉の鍵を閉めた後に主の横に立ち直した。

「警備が皆無というのは流石に不安でな」

 自分の傍らに立つ屈強そうな男を一瞥したのち、机に肘を乗せた姿勢でオリヴィエは話を始める。

「まず最初に……、セレスティーヌ、良くぞ無事に戻った」

 その言葉を聞いたセレスティーヌと名乗る娘は僅かに目線を泳がせたが、その後口元を僅かに上げた。
 しかしオリヴィエ公の視線と言葉が自分ではなく、隣に立つエリーに向けられている事に気づいたのか、セレスティーヌは驚きの表情へと顔つきを変える。
 そして驚きというよりも憤怒といった目つきでエリーを睨みつけ、震えながら口を開いた。

「叔父様、セレスティーヌはこの私ですわ?」

 けれども、オリヴィエ公がその表情を変えることはなかった。彼は抗議の言葉を口にするセレスティーヌ――を騙る――娘の方を向き直し、おもむろに口を開いた。

「話は全て聞いている。その方がアルサーナ女王の王妹にして我が姪であるセレスティーヌを騙り、人心を煽り兵を挙げ、政権奪取を画策している事を。ちなみにそこに居るエリー・シャリエが本物のセレスティーヌ・シャルパンティエである事は、この私が責任をもって証明しよう」

 領主は眉一つ動かさずに述べると、懐からひしゃげた指輪を取り出した。

「これはフィオレンティーナ、つまり女王がセレスティーヌに贈った物だ。そしてこの指輪は私が、まだ王女だった頃の陛下に頼まれて、城下町の宝飾店に特注で作らせたものだ。これを持っているという事が、本物のセレスティーヌである動かぬ証拠だ」

 それでもエリーは何も言わずに口を真一文字に結んだままだった。
 そんな彼女とオリヴィエ公の様子を見ていた偽セレスティーヌは、ついに観念したのか狂ったように声を上げて笑い始めた。

「……っは、ははははははっ! こりゃ参ったわ! まさかエリーちゃんが居なくなった、とうの昔にくたばったと思っていたセレスティーヌだったなんて!」

 態度を豹変させた偽セレスティーヌに一同は目を見張った。
 そして偽セレスティーヌはその隙を見逃さなかった。馬鹿笑いの表情を、一瞬にして憎しみをたぎらせた顔つきに変えると、皆が驚き、気を取られている隙に練った術、それを拘束されたままの手から正面に居る領主目掛けて放った。

「叔父上!」

 これにはさしものエリーも悲鳴に近い叫びを上げた。矢の如く鋭い氷塊が、オリヴィエ公の胸元へと撃ち出される。
 けれども、立ちふさがる様に飛び出した警護の兵はその一撃を胸元で受け止める。鋼鉄製の鎧は氷の矢の一撃をものともせずに防ぐと、男はそのまま偽セレスティーヌに向かい、刃を向けた。
 だがその瞬間、クレールが大声を上げる。

「やめるんだシルヴィ! 俺たちの負けだ!」
「黙ってろ兄貴! どうせあたしたちは一度死んだ身だ! こうなったら一人でもいいから、貴族のクソッタレをぶち殺してやる!」

 シルヴィと呼ばれた偽セレスティーヌは口汚く吠えると、兵の肩越しに公爵を睨み続ける。彼女の両手は赤く輝きを帯び、次の攻撃に備えて術を構えていることが明白だった。
 だが、それを放てば彼女が即座に切り捨てられる事もまた、明らかであった。

「殺してどうするんだ⁉ それに俺たちの村を襲わせたのは国王軍! この公爵じゃないだろ!」
「そんな事知るか! 貴族なんて皆、平民を食い物にする害虫だ! だいたいこいつは女王の叔父なんだ! だったらこいつを殺せば、女王や他の貴族どもも怖気づくさ!」

 兄クレールの言う事に耳を貸さないシルヴィは、全くの別人の様な言葉遣いでがなり立てる。
 そして、今一度、その手に湛えた術を放とうとした――、その時だった。クレールがシルヴィの前に飛び出し、彼女の放った火球をその胸に受ける。炸裂音の後で青年の倒れる音が響き、肉の焦げる嫌な臭いが部屋に充満した。

「兄貴、なにしてんだよ……」

 倒れて動かない兄を見たシルヴィは、呆然としたまま構えも解かずに立ち尽くした。直後、弾かれたように飛び出した兵は娘へと体当たりをする。
 華奢な彼女の体は人形のように床へと叩きつけられ、そのまま意識を失った。

「セレス、話はまた後程にしよう」

 倒れ込んだ二人を一瞥すると、公爵はエリーにそう言った。



 来賓用の部屋に通された三人は、振る舞われた茶菓子には手も付けずにしばし黙ったままに腰掛けていた。
 ジェフとミーナ――彼女は昨晩の時点でエリーの正体を知っていたのだが――は仲間の真実を知り、どのように振舞えば良いのか分からずに混乱していた。
 壁時計の振り子の音が響く中、いよいよ沈黙を破ったのはジェフだった。

「あの、エリーさ……セレスティーヌ様」

 他人行儀な呼び方にエリーは眉をひそめて不快感を示したが、少年は構わずに言葉を続ける。

「どうして本当の事を言ってくれなかったんですか?」
「言ったら信じてくれたかしら?」

 質問に質問で返されるとジェフは口を尖らせて押し黙った。

「……とは言え、信じてもらえるかは別にして、もっと早く打ち明けるべきだったわ。ごめんなさい」

 謝罪を口にするエリーに、次はミーナが口を開いた。

「別に……その事はもう構いません。それにお姉さんを救いたいって思ってここまで来たのは事実ですから。でも、さっきセレ……じゃなくてシルヴィが言ってた『国王軍が自分たちの村を滅ぼした』って言うのが本当でも、セレスティーヌ様は女王に味方するんですか?」
「俺もそう思います。身内なら何しても良いって思ってるんですか?」

 二人の目には悲しみと失意が満ちていた。時には姉のように、時には親友のように接してきた彼女が、民を嬲り殺しにするような真似をする人間の妹であり、またその行為に対して何ら否定的な感情を表さないような冷酷無残な者だと思い始めていたからだった。
 すると、そんな彼女たちから視線を外して、エリーは窓の外を見遣った。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私自身、分からないのよ」

 常々、冷静に物事を分析把握する彼女の口から出たとは思えない言葉に、ミーナとジェフは少々驚きの表情を浮かべた。

「どういう事?」
「前に言ったわよね、私は家を捨てた、と。でも心の何処かに家族に、姉に対する思慕の念が残っていたみたい。それが今回の私の行動の発端よ。そして、一つだけ確かな私の思いは、私は姉を信じている……いえ、信じたい。あのシルヴィが言ったような、非道な行いをするほど残虐な者では無い、とね」

 春の陽光に照らされた娘は、黄金色の髪を光に煌めかせながら語った。

「じゃあ女王を信じてるから、あの偽セレスティーヌを捕まえて一件落着って事にするんですか?」

 そんな彼女に、納得いかないと言わんばかりにジェフが言葉を返す。

「そうは言ってないわ、私は一番に真実を知りたいの。それに、あの偽者たちに接触を図った『協力者』についても知る必要があるわ。そして、姉様が、女王が本当に悪辣非道というのなら、身内であるとしても私がこの手で……」

 流石に居丈高な彼女でも、これ以上の言葉ははばかられた。
 けれども、その言葉は仲間の心を動かすのには十分だった。少女と少年の瞳には光が戻り、その表情に明るさを取り戻す。

「おっかない王女様ですね、自分のお姉さんをころ……」
「殺すとは言ってないけど?」

 ジェフが言い終える前に、エリーが気取った笑みを浮かべて言った。
 そんな二人を見て、ミーナは思わず噴き出し、そして声を上げて笑い始めた。

「……っははは、やっぱりエリーは怖いなぁ」
「やっぱりって、普段から私をそういう目で見てるのかしら?」
「そりゃ見てるでしょ! 初めて会った時から、エリーさんの事は怖いと思ってますよ」

 おどけた台詞の後に、ジェフは皿の上の焼き菓子を口に放り込む。

「別にそれでも構わないわ。舐められる方が癪に障るもの」

 短く息を吐いたエリーは少年と同じく、甘い菓子を口にする。それを見たミーナも負けじと皿に手を伸ばした。

「で、これからどうするの? お姉さんに会いに行くの?」

 一気に三つ四つ、菓子を手にした少女はそれを口に放り込む前にエリーに問う。
 すると娘は真剣な、けれども先ほどまでの影はすっかり消えた顔つきで言葉を返す。

「流石にこの先の行動は安易に決められないわ。シルヴィとクレールから事情をもう一度聞いて、叔父上とも話し合いが必要ね」
「じゃあ、もうしばらくはのんびりしてられますね」

 普段通りの茶らけた物言いのジェフは、宝石にも似た鮮やかな果物の乗ったクッキーをミーナの手から掠め取るとそれを素早く口に放り込む。

「あっ! それ、わたし好きなのに!」

 いつも通りの調子に戻った二人にエリーは心の中で深く感謝した。また、それと同時に捨てたはずの自身の過去と対峙する覚悟を、口には出さずに胸の内で固く決心した。



 ゆったりとしたソファに沈み込んだ三人。騒ぎの主犯とその相棒である、シルヴィとクレールの二人を問い質す必要があったが、彼らの意識が、特にクレールの意識が戻るまでにはもう少し時間が掛かりそうだった。

「ねえ、エリー」
「なにかしら?」

 姿勢を正したミーナに声を掛けられた娘は、薄いまどろみの霧を払うかのように前髪をかき上げた。

「どうして家を、王女様である事を捨てたかを話して欲しいな」

 上目遣いでの質問。それは機嫌を損ねない為とも、あるいは彼女の触れられたくないであろう心の奥底を窺うかのようでもあった。
 少女が先程見せた、失意のような眼差しはすっかり消えてはいたが、それでも疑念の欠片が彼女の心には未だ棘のように刺さっていたのかもしれない。

「そうね。長くなるけどそれでも良ければ」

 この部屋に通されてから、壁掛け時計の短針は九十度進んだ。けれども、誰かが三人を呼びに来る気配は無かった。
 ミーナが小さく頷くと同時に、ジェフもおもむろに体を起こす。

「俺もエリーさんの、本当の事を知りたいです」

 二人の表情は、出会った頃に見せた無邪気なそれとは違っていた。
 そして、エリーは一度大きくため息をつくと、穏やかな口調で語り始めた。



 それは遡る事、約六年前の事であった――
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