エリーと紅い竜

きょん

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第二十二話 女王

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 玉座から見下ろすフィオレンティーナはミーナとジェフなど気にも留めずに、ただひたすらにエリーを睨むかのように見据えていた。

「六年ぶりだな。生きているとは思わなかった」

 一国の女王が纏うものとしては質素なドレスに身を包んだフィオレンティーナ。
 まるで少女のような面立ちの彼女から発せられたその言葉からは、容姿とは不釣り合いな一国の君主たる重みの様な物をミーナは感じる。
 思わず少女は隣に居るエリーの顔を見たが、彼女は何を言おうとすることもなく、口を真一文字に結んでいた。

「いつまで黙りこくっているんだ?」

 そんな妹の姿を見ていた女王はおもむろに立ち上がると、玉座からこちらへ向かい歩みを進めた。深紅のドレスを翻し歩くその姿は、背丈こそエリーよりも頭半分小柄ではあるものの、何者にも屈する事の無い、支配者としての佇まいを漂わせていた。
 そして、フィオレンティーナはエリーの眼前へと立つと、いよいよ険しい表情を浮かべて言葉を発する。

「散々偉そうな口を利いておいて、逃げ出したと思ったら、前触れも無く戻って来るとは」
「迷惑を掛けた事は謝るわ」

 これにはさしものエリーもだんまりを押し通せなかった。心中がどのようであるにしろ表面上の謝罪を行う。
 けれども、フィオレンティーナはその謝罪の言葉を受け入れずに、続けて口を開いた。

「そんな言葉を待ってはいない。あたしが聞きたいのは、この期に及んでお前が何をしに現れたかという事だ」

 事の詳細までは伝わっていないのか、女王は説明を要求する。
 だがそれはまるでエリーとの、消息不明になっていた妹との六年ぶりの再会に何の感銘も受けていないかのようでもあった。

「なら簡潔に言うわ、姉様を助けに来たのよ」

 まさに委細を切り捨てた発言だったが、事の本質を端的に表したその言葉を聞いたフィオレンティーナは、呆れの表情を浮かべると三人に背を向ける。

「帰れ、お前の助けなど要らん」

 女王の恐ろしい程に落ち着き払った声色からは、まるでその心の内が見て取れるかのようであった。

「ですって。六年経とうが王位に就こうが、独りよがりで自己中心的な性格が簡単に変わるはずもないわね。ミーナ、ジェフくん、帰りましょう」

 けれどもエリーは売り言葉に買い言葉を返すと――それは姉の心中を察さないかのように――仲間たちに声を掛けて立ち去ろうとする。
 だが、それを制したのはミーナとジェフの悲鳴にも似た訴えだった。

「女王様! もう少しちゃんと話を聞いてください! エリー……セレスティーヌ様は女王様の為に命懸けでここまで来たんです!」
「エリーさんもここまで来てそれは酷いですよ! 人に命懸けでやれって言っておいて、自分がちょっと機嫌悪くなったからって帰るなんてあんまりです!」

 この豪奢な謁見の間に響くのは、平々凡々とした旅する少年少女の声。
 普段、このような言葉を投げ掛けられることの無いフィオレンティーナは、振り返ると、どこか悪戯っぽい、もしくは何か企むような笑みを浮かべた。

「お前らセレスのお守りだったな。面白い、もう少し話してみろ」

 発言を許可されたミーナとジェフは、エリーを傍目に嘆願を続ける。

「女王様に対して、偉そうにこんな事言いたくないんですけど、セレスティーヌ様と仲直りして下さい! 一度は偽王女の事なんて放っておこうともしたんです、けどやっぱり心配だし、たった一人の家族だからってここまで頑張って来たんです!」
「俺からも頼みます、お願いします仲直りして下さい! それにこのまま放っておいたら、女王様を倒したい奴らが来ちゃいますよ」

 彼女らの言葉は支離滅裂にも程があって、事の詳細など殆どフィオレンティーナには伝わってはいなかった。
 だが熱意だけは、そしてこの二人がエリー、つまりは王妹セレスティーヌの事を一人の人間として大切に想っている事だけは伝わった。

「……はっ、良い友達じゃないか」

 片方の口元を僅かに上げて捻くれた笑みを作った女王は、三人の話に耳を傾けるために、再び玉座へと腰を下ろした。



 座したフィオレンティーナを囲む様にミーナたちは立っていた。

「で、何が起きてるのか分かるように説明してもらおうか? 叔父上の使いから詳細は聞いてないからな」

 足を組んだ女王は肘掛けに頬杖をついたまま、ぶっきらぼうに質問をする。
 そして、威圧感こそあれど気品は感じられない、良く言えば思った以上に親しみやすい、先ほどまでとは打って変わった雰囲気の彼女に説明をする三人。
 主にミーナとジェフが話し、時折エリーが補足する。
 そんな会話をしばらくして説明が一通り終わると、フィオレンティーナは大きくため息をついた。

「寝耳に水だな。ジェラルドが何かしら動き回っている事は感づいていたが、偽者のセレスなどとはな……」
「分かってもらえましたか? 姉妹で協力して悪者をやっつけないと!」

 若干困り顔の女王に対してミーナは口を開くが、その言葉を受けたフィオレンティーナは目つき鋭く言葉を返す。

「悪党退治のお伽話とは違うんだ。誰かが悪で、誰かが正義とかそんな単純な話じゃない。それに諸侯の全てが自身の利益や保身の為だけに動いているわけでは無い。領民や臣下の幸福の為、多少汚れた事もするのが為政者だ。だからそんな風に、自分の価値観に反する者を悪党呼ばわりなどするな。それだけは肝に銘じておけ」

 一国の君主たる身だからこそ言える重たい言葉にミーナは身を震わせた。

「……だが、ジェラルドだけは何とかしないと。奴との因縁は断ち切らねば」

 少女から視線を外したフィオレンティーナは、遠い目をして呟くように言った。
 そんな姉の姿を見たエリーは、一度俯いたが、おもむろに顔を上げると意を決したかのように尋ねる。

「ところで、例の約束はどうなったの?」
「……よく覚えていたな。まああの日の出来事だ。あたし自身、事細かに覚えているが」

 小さく息を漏らし、バツが悪そうに苦笑を浮かべる女王は言葉を続ける。

「どうにか無かった事にしたよ、もっともそれが禍根の元になったんだが。あの約束は言葉だけ取れば、あたしが即位すれば禁術の研究を公式に認め、ジェラルドに王家の秘術を触れさせるという内容だ。だが一番肝要な母様の事について、奴ははぐらかすばかりだった。交換条件が不成立ならあの約束も無し、と言い張って、約束は反故にしてやったよ」
「姉様らしいわね。それで先生は納得したの?」

 褒めているのか貶しているか分からないエリーの台詞を気にも留めることなく、フィオレンティーナは言葉を返した。

「納得するわけがないだろ? あたしが思うに、奴は母様の事など何一つ進めてはいない。ジェラルドの狙いは実権を手にして、国を思うように操る事だけのはずだ。おおかた、禁術の研究というのも武力強化の一環だろう。奴には黒い噂が相当あるからな」

 姉の口から出た、六年前に聞いた台詞とさほど変わらない言葉に、エリーは小さくため息をついた。

「分かったわ。でもそこまで反発されるなんて、随分と姉様は嫌われているのね。一体どんな政策を推し進めればそうなるのかしら?」

 あの日は師を貶され、感情的に怒鳴り返した娘だったが、今はそんな様子を微塵も見せずに淡々と言葉を発する。エリーは歯に衣着せぬ物言いで更に質問を続けた。

「時に嫌われるのは為政者として致し方のない事だ。しかもそれが新しい風を取り込もうとするのなら尚更だ。ジェラルドを始めとした東の諸侯たちは古い考えに囚われ過ぎている、もはや過去の遺物だ。奴らは家系や血統に重きを置き、平民は上流階級に従うことが幸福だと信じている。だがその結果、我がアルサーナは時代に取り残されて衰退の一途だ。そこであたしは隣国グレンフェル王国の、新しい考えや知識を取り入れようとしたが、それが反発を招いた。そこにジェラルドは付け入ったというわけだ。嫌われているとか、好かれているとか、そんな表面上の事象などはどうでも良い事だ」

 平静を崩さないのは姉も同様だった。一通り話し終えたフィオレンティーナは、大きくため息をつくと天を仰いだ。

「……もはや衝突は避けられないところまで来ているのね」
「前々から政争は激化していたよ。諸侯としても既得権益を手放さざるを得なくなる政策など受け入れ難いだろ
う。もはや民の為の政ではなく、互いの足の掬い合いだ。ただ、互いに決め手に掛けていたからな。あたしもジェラルドを筆頭とした反対勢力を完全に失脚させるだけの材料は無かったし、奴とて東の諸侯の協商をまとめたところで、自身が国政に強く口出し出来るわけでは無かった。だが、今回の偽セレス騒ぎで、大きく勝負に出たというわけだ。もっとも……」

 フィオレンティーナは覚悟を決めたかのように立ち上がると、三人の顔を見回してさらに口を開く。

「時に、この場に居てこの話をあたしに伝えに来たという事は、こちら側につくと捉えて良いんだな?」

 その言葉にミーナとジェフは深く頷くが、エリーは視線を逸らす。

「セレス」

 姉は真っすぐに妹を見据え、再度声を掛けた。

「……ええ、姉様に協力するわ」

 躊躇いを感じさせる間の後にエリーは言葉を返す。妹の言葉に女王は唇をきつく結んだまま頷くと、それ以上何も言わずに謁見の間を後にした。
 残された三人は再び訪れた静寂の中に、しばらくその身を置いていた。
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