通学電車

室生沙良

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始業前。

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朝の、駅のホームで。
てっきり昨日、失恋したと思っていた男子が、私の手を握って歩いてる。


信じられない。
夢なのかな?

学校の反対側はオフィス街もあるので、通勤中の人たちもたくさんいるし、学校の生徒もいる。


織田君は、いいのかな。
私と手をつないでいるところを見られても。

「あ、定期…」

もう改札目前で、ICカードを出さなきゃいけない。
ふとつぶやいたら、織田君は歩みを止めて、するりと手を解いた。

離れちゃった……。


改札を出た後は、一人分の距離を開けて、並んで歩く。
それだけでも夢のような状況なんだけど。

織田君の手にばっかり目が行ってしまう。
何を話していいかもわからないし、告白はできても会話ができないなんて……。

つまんないヤツだと思われたらどうしよう。


すると、突然誰かに背中を叩かれ、思わずむせた。


「愛梨、おはよ!……って、えっ!?織田君じゃん!」

同じクラスの平野澪(ひらのみお)が、織田君が隣にいる姿を見て硬直していた。
彼女だけは、私が昨日、彼に振られたことを知っている。

「……おす」

織田君は表情を変えずにぺこと頭を下げた。

「……えっ?なんで?ふたり、友達になったの?」

「あ~、えーと、澪っ、行こっ!じゃあ織田君、またね!」

私は慌てて澪の腕をつかみ、学校まで走った。






「なにそれ、一変してイイ感じじゃん……!」

教室に鞄を置き、予鈴が鳴るまで自動販売機横のベンチで澪と話しこむのは毎朝の日課。

今朝、地下鉄であった出来事を聞いた澪はニヤニヤが止まらないようだ。

「だからね、まだつきあうとかじゃないのっ。あんまり言わないでね、ヘンなこと…」

「何よ、ヘンなことって」

少しでも望みがある以上、外野に壊されたくないの!


二人で隅っこでこそこそしていたら、同じクラスの立花君がやってきた。
織田君の友達だ。

「うわっ、お前らいたのかよ!」

「いて悪かったね」

澪の頬が、ほんわりさくら色。
澪は恋心すら否定するけど、立花君と澪は両思いな気がする。

立花君は、パックのレモンティーを買い、私たちの向かいに座った。

「なんでここに座んの」と澪が言う。

「俺がどこに座ろうと自由だろー。そんなに俺のこと気になるか」

にかっと笑う立花に、澪は軽く唇を噛んだ。

「…立花、自信過剰すぎ」

「何だ。俺の気のせいか」

澪のつれない返事にも、軽く笑いながらぷすりとストローを指す立花君。
そして、澪のちょっとだけ嬉しそうな顔。拗ねたような顔をしてるつもりだろうけれど、私にはわかる。

こ、これは…私がおじゃまなんじゃ?


「あ、あのう……私、教室戻ろうかな……」

立ちあがろうとすると、廊下から誰かがやってきた。
お、織田君だ!

「あ?高瀬さん…立花は?」

「おー、ここここ」

立花君は織田君に手を振っているけど、ここは織田君もおじゃまな気がする…!


「織田君っ……あっち行こう!」

「えっ?う、うん」

「澪、私たち先、戻ってるから!」

勢いを借りて、織田君の手首を握る。
そのまま歩き出すと、織田君もついて来てくれた。


「あ、ごめん、勝手に…織田君、立花君に用事あったのかもしれなかったのに」

「いや、用事はないけど」

織田君らしいクールな返し。
階段まで来て、おずおずと手を離した。


「ま、いいんじゃね。立花は喜んでると思う」

あ…やっぱり!?
やっぱり立花君、澪のこと…!

ぱあっと明るい気持ちになって、織田君を見上げたら、ぶっと吹き出されてしまった。


「あいつらに気ー使ったんだ?」

「うん……」

「ははっ」

織田君の笑顔がかわいくて、見たいのに直視できない…。


「高瀬さんて、優しいよね」

「そ、そんなことは…」

ちらりと、織田君を見る。
すると、織田君も私を見ていて、さっと視線を外される。

……代わりに、手が、ぎゅっと握られた。
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