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第一章 招かれた者達
出会い
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僕らが最初にいた場所は、どうやら随分と大きな建物の地下だったようだ。
石造りのそこを案内されるがまま通り抜けた先は、しっかりと明るさが確保された場所だった。
石造りである点は変わらないものの、敷かれた赤い絨毯と等間隔で壁にかけてある松明、そして天井には立派なシャンデリアのような硝子造りの照明がある。
思わず息を飲むような城内の雰囲気に、足を止めてしまいそうになりながらも、僕らは案内に従って広い一室へと辿り着いた。
そこは、ともすれば最初の地下の一室よりも遙かに広い部屋で、端や隅には長テーブルや椅子が積まれている。もしかすると、慌てて備品をどかして用意した部屋なのかもしれない。
しかし、それ以上に目を引いたのは、そこで列を成す人達だった。
「え、嘘だろ。・・・・・・めっちゃ可愛くないか?」
「いや、冗談抜きで可愛い。ってか、あれ本物のメイド?」
そう、そこにはざっと三十人以上はいるのでは、というほどのメイド服姿の女性達がいたのだ。
顔立ちからして明らかに日本人ではないし、髪色も様々。
当然、クラスの男子達が騒がしくなるのだが、女子は女子でざわついている様子だ。
「へ、下手なアイドルよりかわいいんだけど・・・・・・」
「やばい。やばいって。・・・・・・自分に自信なくなる・・・・・・並んで歩きたくない」
「分かる。そもそも、顔のパーツの配置っていうか、素からして完成されてるじゃん、あれ」
中には喜んでいる様子の子もいるようだが、半分以上は何らかのショックを受けていた。
僕はというと、恥ずかしながらじっと見ることさえままならなかった。
クラスの女子と話す時でさえ、ドキドキするのに・・・・・・そりゃあ、視線でも合おうものなら手汗が大変なことになりそうだ。いや、手汗ですめばまだいい方かも。
「異人の諸君! これより陛下からのお言葉を、再度賜る。今一度、静粛にされよ」
一瞬、緩慢していた空気が張り詰め、思い出したように僕らが口を噤んだ。
「正式に諸君らを迎え入れることができ、大変嬉しく思う。これより数日間は、諸君らにとって退屈なものになるかもしれぬ。だが、ここは諸君らが暮らしていた世界とは似ても似つかぬ異世界。どうか、しっかりと聞いて欲しい。・・・・・・そこでだ」
クロム王は一度話を切ると、横で整列するメイドさん達を一瞥する。
「諸君らには、一人一部屋を原則とし、世話役の者を一人、専属として就ける。見ての通り、この城内で働くことを許された者達を選りすぐった。身の回りの世話や生活の中での疑問点や困り事は、この者達に聞くとよい」
わっ、と男子勢から歓喜の声が沸き上がる――といったことはなかったが、表情を盗み見ると、既に大半がメイドさん達に視線が釘付けだった。
「本来ならば男女の選択を設けるべきなのかもしれぬが、男は戦時ゆえ皆が兵役優先となっている。どうか理解してもらいたい」
が、そんな下心も、クロム王の「戦時」あるいは「兵役優先」という言葉の前では、一気になりを潜めてしまった。
元々は男のメイドさん――いや、こういう場合は執事って言うのかな――もいたけど、みんな戦争に駆り出されたっていうことだから。
ということは、このメイドさん達も、自らの意思でここにいるわけじゃないのかな。そんな風に考えてしまった。
「今日は、これで重苦しい説明を終わりにしようと思う。この後は、各々の部屋へと案内させるゆえ、しばし身体を休めて欲しい。慣れない環境の中だ、まずは落ち着ける場所もなければ困るであろう。これは私の我が儘であるが、夕食はみなでとるつもりだ。今は少しでも諸君らと、言葉を交わしたい」
川崎君とのやり取りを見たからか、最初よりもクロム王の言葉が親睦を含んでいるように感じる。
その後は、幾人かに別れたまま兵士らしき人達に案内され、それぞれが割り当てられた部屋に収まっていった。
「では、こちらが貴方様のお部屋になります」
「あ・・・・・・はい、ありがとうございます」
「すぐに世話役の者が参りますゆえ、そのままお待ちください」
そう言葉を残し、案内役の人はゆっくりと部屋の扉を閉めた。
数人の足音が遠ざかり、静寂がすぐにやってくる。
僕はとりあえず部屋を見渡してみた。
「・・・・・・うわぁ、石で出来てる建物なんてはじめてだ」
所々木々で補強されている部分も見受けられるが、ほとんどは石造りだ。
これがどんな風な技術で建造されているかは分からないけど、コンクリートに慣れている僕は、ただただ圧倒されるばかりだった。
「なんか、本当に物語の中にやってきたみたいだなぁ」
まぁ、夢ではない以上、「やってきたみたい」ではなく実際に「やってきた」、ということになるのだが。
部屋の広さは十分すぎるもので、机とベッドで半分近くを占める僕の部屋とは比べものにならない。置いてあるものにも無駄がなく、余計な装飾などはなかった。
しっかりとした木製の丸テーブルと背の高い椅子。壁際には洋服入れらしきタンスが、二つどっしりと構えている。大きな家具は、ほとんどが木製らしい。
あとざっと見回して目につくものは、陶器製らしき茶具・・・・・・だと思うものくらいか。
はじめは緊張感が勝っていたせいか、今は一人になったこともあって僕は緩んでいたのだろう。じゃあ、次はベッドの具合でも、なんて考えていたところに――。
――コンコン。
と、ノックの音が僕の背中を叩いた。
一瞬で緊張感が戻ってきた僕は、間接の動きが悪い人形みたいにぎこちなく、ゆっくりと扉の方へと向き直った。
「失礼してもよろしいでしょうか?」
木製の扉の先から聞こえてきたのは、高い女性の声。
緊張のせいなのか、随分と若く聞こえるが・・・・・・まぁ、さっき見たメイドさん達の誰かとしても、全員若く見えたからおかしくはないか。
ぐるぐると余計な考えが頭の中を占領しつつも、僕はなんとか言葉を返す。
「ど、どうぞ!」
思わず声がうわずりそうになりながらも、絞り出したその一言に。
「失礼致します」
と、丁寧な返事とともに扉を開けて入って来たのは、一人の少女だった。
「お待たせ致しました、異人様」
そう言いながら向けられた柔和な笑みに、どくん、と鼓動が一段階早まった気がした。
栗色の髪は、風が吹けば一本一本まで靡きそうなほどサラサラとして見え、それは肩ほどで切り揃えられている。身につけているメイド服――って言っていいのかな?――も、漫画やアニメで見るほどやらしくないというか、扇情的ではない感じだ。黒を基調としたその服は、どちらかと言えば落ち着きをイメージさせる。
けど、それは僕がこの少女の可憐さとか、黒いメイド服から伸びる白い腕に見とれたりとか、そういうことがなければの話だ。
「本日より、貴方様の世話役を仰せつかりました、ターナと申します」
深くお辞儀をする少女――ターナを前に、僕は呆気なく動きを止めてしまった。
それはもう、文字通り凍りついたのかってくらい脳も身体も停止してしまっている。
「それで、差し支えなければ、異人様のお名前を教えて頂けないでしょうか?」
「・・・・・・ぁ」
僅かに唇が開くが、何よりも言葉が出てこない。
緊張もそうだし、笑みを向けられただけで頭が痺れたみたいに、使い物にならなくなっているんだ。
僕自身、女の子に慣れてないという自覚はあったけれど、これってなんていうのだろう・・・・・・一目惚れってことになるのだろうか。
ともあれ、聞かれているのだから答えなければ、という条件反射を頼みの綱に、なんとか我を繋ぎ止めた僕を、ターナが不安げな表情で見返している。
「あの・・・・・・もしや、どこか具合が悪いのでしょうか? お医者様でしたら、すぐに――」
「い、いやっ! だ、大丈夫っ・・・・・・大丈夫、ですっ!」
しどろもどろになりながらも、賢明に否定する。
その甲斐あってか、ターナにその意図は伝わったようだが、以前として僕を心配する表情までは変わらない。
いけない。こんなことで、この子を煩わせてどうするのか。
「え、えーっと・・・・・・そうだ、僕の名前、ですよね?」
「は、はいっ! お名前があるのに、いつまでも異人様とお呼びしては失礼と思いまして・・・・・・」
差し支えなければ、と小さく添えながらターナは頷いた。
「ぼ、僕は、朝倉祐介、です」
「アサクラ、ユウスケ様・・・・・・ですね。では、ユウスケ様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「――っ!」
い、いきなり名前で!?
一瞬、脳内が再び緊急事態を発令しそうになるが、ここが異世界ということを思いだし、踏みとどまる。
そうだ、この世界では、これが普通なんだ。うん、きっとそうだ。僕の世界の常識を持ち込んだって、それは役に立たないってことだ。
無論、現段階では僕が僕を落ち着かせる為だけの詭弁でしかないのだが、事ここに至っては手段を選んではいられない、というやつである。
「じゃ、じゃあ、それでお願いしますっ」
「はい、ではユウスケ様、と。あ、私のことはターナとお呼びください」
「タ、ターナさん、です、ね?」
「いえ、その・・・・・・ターナ、と呼び捨てにしてください。私はあくまで、貴方様の世話役でしかありません。それに、ユウスケ様から敬語を賜るほどの身分でもありませんので・・・・・・」
どうかお気遣いなさいませんよう、と彼女は深く頭を下げた。
自己紹介からの、いきなり呼び捨て&タメ口とは・・・・・・正直、僕には試練に次ぐ試練なのだが、何度か言葉を交わすことで少しずつ冷静になれてきたのかもしれない。
僕は本をよく読む方で、こんな異世界を舞台にした小説では、身分の差というのは顕著なものだった印象が強い。確かに、昔の日本だって身分制度はあったわけだし、僕が変に気を遣っては逆効果なのかも。
「う、うん。そういうなら・・・・・・じゃあ、よろしくね、ターナ」
言い慣れないためか、後半声が震えてしまったけど、これが今の僕の精一杯だった。
「はい。よろしくお願い致します、ユウスケ様」
けれども、そんなことなど気にする様子もなく、ターナは笑顔でそう返してくれた。
「では、早速ですが、お召し物をお持ち致しました。種類も幾つかございますので、まずはご覧になってください」
「お、おめしもの?」
聞き慣れない言葉に素っ頓狂な声がこぼれるが、ターナは自身の後ろに置いてあった籠のようなものを手にすると、手早くその中身をベッドの上に並べていく。
どうやら、お召し物というのは服のことだったらしい。
(・・・・・・ん、服ってことは?)
考えてもみれば当然か。そりゃあ、日帰りなんて呑気な話は一度だって出てきてない。
今は学校の制服を着ているけど、普通に考えれば今日の寝る前には着替えなきゃいけないだろう。
ということは、ここでこれから着ていくだろう服を選ぶというのは、これもまたごく自然な流れといえる。
「これらが全てではございませんが、ユウスケ様の好みをここで把握致しますので、今後はそれに沿ったものを私がお選びしたいと思います」
ではどうぞ、と服屋さんでも中々見れないくらい眩しい笑顔で、ターナは僕を促した。
「え、えっと・・・・・・これって」
「あ、ご安心ください、ユウスケ様。もし丈や幅に違和感があれば、それもこちらの方でお直しさせて頂きますので」
「あ、ありがとう。それはいいんだけど・・・・・・その、ここで着るの?」
「はい。ご安心ください、ここはユウスケ様のお部屋です。例え兵士の方でも、無断で立ち入るようなことは出来ません」
僕は思う。たぶん、ターナは自分をまったく意識していないんだろうなって。
僕はね、君の目の前で着替えなきゃいけないという事実に、今確かな絶望を覚えているよ。
そう心中で涙を流しながら、僕は避けようのない運命へと足を踏み出したのだった。
そう、服選びという、まったく予想していなかった一大試練へ。
石造りのそこを案内されるがまま通り抜けた先は、しっかりと明るさが確保された場所だった。
石造りである点は変わらないものの、敷かれた赤い絨毯と等間隔で壁にかけてある松明、そして天井には立派なシャンデリアのような硝子造りの照明がある。
思わず息を飲むような城内の雰囲気に、足を止めてしまいそうになりながらも、僕らは案内に従って広い一室へと辿り着いた。
そこは、ともすれば最初の地下の一室よりも遙かに広い部屋で、端や隅には長テーブルや椅子が積まれている。もしかすると、慌てて備品をどかして用意した部屋なのかもしれない。
しかし、それ以上に目を引いたのは、そこで列を成す人達だった。
「え、嘘だろ。・・・・・・めっちゃ可愛くないか?」
「いや、冗談抜きで可愛い。ってか、あれ本物のメイド?」
そう、そこにはざっと三十人以上はいるのでは、というほどのメイド服姿の女性達がいたのだ。
顔立ちからして明らかに日本人ではないし、髪色も様々。
当然、クラスの男子達が騒がしくなるのだが、女子は女子でざわついている様子だ。
「へ、下手なアイドルよりかわいいんだけど・・・・・・」
「やばい。やばいって。・・・・・・自分に自信なくなる・・・・・・並んで歩きたくない」
「分かる。そもそも、顔のパーツの配置っていうか、素からして完成されてるじゃん、あれ」
中には喜んでいる様子の子もいるようだが、半分以上は何らかのショックを受けていた。
僕はというと、恥ずかしながらじっと見ることさえままならなかった。
クラスの女子と話す時でさえ、ドキドキするのに・・・・・・そりゃあ、視線でも合おうものなら手汗が大変なことになりそうだ。いや、手汗ですめばまだいい方かも。
「異人の諸君! これより陛下からのお言葉を、再度賜る。今一度、静粛にされよ」
一瞬、緩慢していた空気が張り詰め、思い出したように僕らが口を噤んだ。
「正式に諸君らを迎え入れることができ、大変嬉しく思う。これより数日間は、諸君らにとって退屈なものになるかもしれぬ。だが、ここは諸君らが暮らしていた世界とは似ても似つかぬ異世界。どうか、しっかりと聞いて欲しい。・・・・・・そこでだ」
クロム王は一度話を切ると、横で整列するメイドさん達を一瞥する。
「諸君らには、一人一部屋を原則とし、世話役の者を一人、専属として就ける。見ての通り、この城内で働くことを許された者達を選りすぐった。身の回りの世話や生活の中での疑問点や困り事は、この者達に聞くとよい」
わっ、と男子勢から歓喜の声が沸き上がる――といったことはなかったが、表情を盗み見ると、既に大半がメイドさん達に視線が釘付けだった。
「本来ならば男女の選択を設けるべきなのかもしれぬが、男は戦時ゆえ皆が兵役優先となっている。どうか理解してもらいたい」
が、そんな下心も、クロム王の「戦時」あるいは「兵役優先」という言葉の前では、一気になりを潜めてしまった。
元々は男のメイドさん――いや、こういう場合は執事って言うのかな――もいたけど、みんな戦争に駆り出されたっていうことだから。
ということは、このメイドさん達も、自らの意思でここにいるわけじゃないのかな。そんな風に考えてしまった。
「今日は、これで重苦しい説明を終わりにしようと思う。この後は、各々の部屋へと案内させるゆえ、しばし身体を休めて欲しい。慣れない環境の中だ、まずは落ち着ける場所もなければ困るであろう。これは私の我が儘であるが、夕食はみなでとるつもりだ。今は少しでも諸君らと、言葉を交わしたい」
川崎君とのやり取りを見たからか、最初よりもクロム王の言葉が親睦を含んでいるように感じる。
その後は、幾人かに別れたまま兵士らしき人達に案内され、それぞれが割り当てられた部屋に収まっていった。
「では、こちらが貴方様のお部屋になります」
「あ・・・・・・はい、ありがとうございます」
「すぐに世話役の者が参りますゆえ、そのままお待ちください」
そう言葉を残し、案内役の人はゆっくりと部屋の扉を閉めた。
数人の足音が遠ざかり、静寂がすぐにやってくる。
僕はとりあえず部屋を見渡してみた。
「・・・・・・うわぁ、石で出来てる建物なんてはじめてだ」
所々木々で補強されている部分も見受けられるが、ほとんどは石造りだ。
これがどんな風な技術で建造されているかは分からないけど、コンクリートに慣れている僕は、ただただ圧倒されるばかりだった。
「なんか、本当に物語の中にやってきたみたいだなぁ」
まぁ、夢ではない以上、「やってきたみたい」ではなく実際に「やってきた」、ということになるのだが。
部屋の広さは十分すぎるもので、机とベッドで半分近くを占める僕の部屋とは比べものにならない。置いてあるものにも無駄がなく、余計な装飾などはなかった。
しっかりとした木製の丸テーブルと背の高い椅子。壁際には洋服入れらしきタンスが、二つどっしりと構えている。大きな家具は、ほとんどが木製らしい。
あとざっと見回して目につくものは、陶器製らしき茶具・・・・・・だと思うものくらいか。
はじめは緊張感が勝っていたせいか、今は一人になったこともあって僕は緩んでいたのだろう。じゃあ、次はベッドの具合でも、なんて考えていたところに――。
――コンコン。
と、ノックの音が僕の背中を叩いた。
一瞬で緊張感が戻ってきた僕は、間接の動きが悪い人形みたいにぎこちなく、ゆっくりと扉の方へと向き直った。
「失礼してもよろしいでしょうか?」
木製の扉の先から聞こえてきたのは、高い女性の声。
緊張のせいなのか、随分と若く聞こえるが・・・・・・まぁ、さっき見たメイドさん達の誰かとしても、全員若く見えたからおかしくはないか。
ぐるぐると余計な考えが頭の中を占領しつつも、僕はなんとか言葉を返す。
「ど、どうぞ!」
思わず声がうわずりそうになりながらも、絞り出したその一言に。
「失礼致します」
と、丁寧な返事とともに扉を開けて入って来たのは、一人の少女だった。
「お待たせ致しました、異人様」
そう言いながら向けられた柔和な笑みに、どくん、と鼓動が一段階早まった気がした。
栗色の髪は、風が吹けば一本一本まで靡きそうなほどサラサラとして見え、それは肩ほどで切り揃えられている。身につけているメイド服――って言っていいのかな?――も、漫画やアニメで見るほどやらしくないというか、扇情的ではない感じだ。黒を基調としたその服は、どちらかと言えば落ち着きをイメージさせる。
けど、それは僕がこの少女の可憐さとか、黒いメイド服から伸びる白い腕に見とれたりとか、そういうことがなければの話だ。
「本日より、貴方様の世話役を仰せつかりました、ターナと申します」
深くお辞儀をする少女――ターナを前に、僕は呆気なく動きを止めてしまった。
それはもう、文字通り凍りついたのかってくらい脳も身体も停止してしまっている。
「それで、差し支えなければ、異人様のお名前を教えて頂けないでしょうか?」
「・・・・・・ぁ」
僅かに唇が開くが、何よりも言葉が出てこない。
緊張もそうだし、笑みを向けられただけで頭が痺れたみたいに、使い物にならなくなっているんだ。
僕自身、女の子に慣れてないという自覚はあったけれど、これってなんていうのだろう・・・・・・一目惚れってことになるのだろうか。
ともあれ、聞かれているのだから答えなければ、という条件反射を頼みの綱に、なんとか我を繋ぎ止めた僕を、ターナが不安げな表情で見返している。
「あの・・・・・・もしや、どこか具合が悪いのでしょうか? お医者様でしたら、すぐに――」
「い、いやっ! だ、大丈夫っ・・・・・・大丈夫、ですっ!」
しどろもどろになりながらも、賢明に否定する。
その甲斐あってか、ターナにその意図は伝わったようだが、以前として僕を心配する表情までは変わらない。
いけない。こんなことで、この子を煩わせてどうするのか。
「え、えーっと・・・・・・そうだ、僕の名前、ですよね?」
「は、はいっ! お名前があるのに、いつまでも異人様とお呼びしては失礼と思いまして・・・・・・」
差し支えなければ、と小さく添えながらターナは頷いた。
「ぼ、僕は、朝倉祐介、です」
「アサクラ、ユウスケ様・・・・・・ですね。では、ユウスケ様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「――っ!」
い、いきなり名前で!?
一瞬、脳内が再び緊急事態を発令しそうになるが、ここが異世界ということを思いだし、踏みとどまる。
そうだ、この世界では、これが普通なんだ。うん、きっとそうだ。僕の世界の常識を持ち込んだって、それは役に立たないってことだ。
無論、現段階では僕が僕を落ち着かせる為だけの詭弁でしかないのだが、事ここに至っては手段を選んではいられない、というやつである。
「じゃ、じゃあ、それでお願いしますっ」
「はい、ではユウスケ様、と。あ、私のことはターナとお呼びください」
「タ、ターナさん、です、ね?」
「いえ、その・・・・・・ターナ、と呼び捨てにしてください。私はあくまで、貴方様の世話役でしかありません。それに、ユウスケ様から敬語を賜るほどの身分でもありませんので・・・・・・」
どうかお気遣いなさいませんよう、と彼女は深く頭を下げた。
自己紹介からの、いきなり呼び捨て&タメ口とは・・・・・・正直、僕には試練に次ぐ試練なのだが、何度か言葉を交わすことで少しずつ冷静になれてきたのかもしれない。
僕は本をよく読む方で、こんな異世界を舞台にした小説では、身分の差というのは顕著なものだった印象が強い。確かに、昔の日本だって身分制度はあったわけだし、僕が変に気を遣っては逆効果なのかも。
「う、うん。そういうなら・・・・・・じゃあ、よろしくね、ターナ」
言い慣れないためか、後半声が震えてしまったけど、これが今の僕の精一杯だった。
「はい。よろしくお願い致します、ユウスケ様」
けれども、そんなことなど気にする様子もなく、ターナは笑顔でそう返してくれた。
「では、早速ですが、お召し物をお持ち致しました。種類も幾つかございますので、まずはご覧になってください」
「お、おめしもの?」
聞き慣れない言葉に素っ頓狂な声がこぼれるが、ターナは自身の後ろに置いてあった籠のようなものを手にすると、手早くその中身をベッドの上に並べていく。
どうやら、お召し物というのは服のことだったらしい。
(・・・・・・ん、服ってことは?)
考えてもみれば当然か。そりゃあ、日帰りなんて呑気な話は一度だって出てきてない。
今は学校の制服を着ているけど、普通に考えれば今日の寝る前には着替えなきゃいけないだろう。
ということは、ここでこれから着ていくだろう服を選ぶというのは、これもまたごく自然な流れといえる。
「これらが全てではございませんが、ユウスケ様の好みをここで把握致しますので、今後はそれに沿ったものを私がお選びしたいと思います」
ではどうぞ、と服屋さんでも中々見れないくらい眩しい笑顔で、ターナは僕を促した。
「え、えっと・・・・・・これって」
「あ、ご安心ください、ユウスケ様。もし丈や幅に違和感があれば、それもこちらの方でお直しさせて頂きますので」
「あ、ありがとう。それはいいんだけど・・・・・・その、ここで着るの?」
「はい。ご安心ください、ここはユウスケ様のお部屋です。例え兵士の方でも、無断で立ち入るようなことは出来ません」
僕は思う。たぶん、ターナは自分をまったく意識していないんだろうなって。
僕はね、君の目の前で着替えなきゃいけないという事実に、今確かな絶望を覚えているよ。
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楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
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そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
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