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第二章 異人であること
こころのきょり
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轟君との組打ちから、数日が経った。
その間、クラスメイトを含め、色々な人達から色々な言葉をもらったけれど、どれも既に色褪せた過去みたいにぼやけてしまっている。
相手が悪かった。
運がなかった。
仕方がないさ。
次に活かせばいい。
どれも、決して響かなかったわけじゃない。
僕自身、挫折だって初めてじゃないから。
けど、逆にいえば・・・・・・今回は、それこそが決定打になっていたのかもしれない。
異世界というだけで、僕はきっと無意識の内に希望を持っていた。
ここでなら、もしかしたら生まれ変われるかもしれない。
今までダメだった僕だけど、少しはマシになれるかもしれない。
元の世界ではないからこそ、そんな変化は起こりうると。
(・・・・・・それで、この有様か)
だが、蓋を開けてみればこの通り。
結果は無残なもので、見られたものではない。
ここで諦めれば、今までの努力が無駄になると分かっていてもなお、心は努力と距離を置こうとしている。
それでも僕が日課となる訓練を続けていられるのは、ひとえに惰性そのものだった。
聞こえは悪いが、習慣というものは大したものだ。
生活の一部になりかけていたからこそ、僕の心情に関係なく、体は覇気を失いながらもなんとか動いてくれる。
今日も、そうして朝の訓練を終えた僕は、図書館から借りた本を自室でぼんやりと眺めていた。
「・・・・・・・・・・・・」
あれ以降、めっきり口数が減ってしまった。
早く立ち直ってしまえばいいものを、そう思えば思うほど、どんどん気持ちが沈んでいくのだ。
それだけじゃない。
きっと、僕の様子はターナにも余計な心配をかけているに違いない。
けれども、分かっていながら具体的に動けない自分に、更なる嫌気が差してしまう。
我ながら、隙のない負のスパイラルだよね、ほんと・・・・・・。
「失礼致します」
ノックはおそらく、僕が聞き逃したのだろう。
なのに違う雰囲気を感じたのは、今までは僕の返事がなければドアノブを回すことだってしなかった彼女が、問答無用で扉を開いたことからだった。
緩慢な動作でその人を見やる。
ターナだ。それも、いつもと違う服装の。
「ターナ・・・・・・どうしたの?」
「はい。勝手は承知の上で、外出用の服装に着替えさせて頂きました」
手に持った上着は、今では見慣れた使用人用のもの。
しかし、本来はメイド服であるはずの部分が、随分と大人しいものになっていた。
なんというか・・・・・・北国の民族衣装っぽいというか・・・・・・。
動物の革と毛皮であしらわれたそれは、たっぷりとしていながらも着膨れしておらず、ターナによく似合っている。メイド服と比べると、おそらくは格式を意識していないのだろう。
よく見ると、まるで別人みたいだ。
「けど、どうしてまた・・・・・・」
「ユウスケ様、今日は大変良い天気です」
「う、うん」
「城下町に行きましょう」
・・・・・・・・・・・・え?
ちょっと待って。ターナにしては、随分と話が急というか。
目をぱちくりさせる僕に歩み寄ると、その手をとるターナ。
「ご安心ください。私が案内致しますので」
「い、いや、そうじゃなくて・・・・・・わっ、待ってターナ! ひ、引っ張らないでよ!」
「ご心配には及びません。本日のお洋服も、この時を想定してお選びしておきましたので。そのまま外出されても、何の問題もございません」
「だ、だから――僕の話聞いてってばぁ!」
すれ違うメイドさんや兵士の人達に、何事か?と注目されながら、傍目にも立場が逆転している二人が城内を行く。
ターナの足取りは、普段からは想像もつかないくらい力強く、僕の足取りはその反対だ。
王城の出入り口に到着すると、僕らは一度立ち止まった。
声をかけようとするが、残念――僕が話しかけるよりも早く、ターナは持ち場の兵士とやり取りを始めてしまう。
「外出か?」
「はい。申請書はこちらになります」
そう言うと、ターナは大きめのショルダーバッグから一枚の紙を取り出して、手渡した。
「ふむ。・・・・・・護衛の記載がないが、よいのか?」
「はい。貧困街には立ち入りません」
「では、目的は観光と受け取っておくぞ。まぁ、城下も警備は固めているから心配はないと思うが、あまり油断せぬように」
「はい。承知致しました」
「それと、日没までには戻るように。遅ければ、城の兵が捜索に向かう羽目になる。大事を避けたいのは、お互い様だろう?」
「心得ております」
「うむ。では、ネグロフを楽しまれよ」
続けて僕に対し、「どうぞ、ネグロフをご堪能ください」と敬礼する兵士の人。
いや、この僕の様子を見て、よくそんな生真面目に送り出せるなぁ。
これ、相手がターナじゃなくて強面の男の人だったら、絶対誘拐か何かだと思われるだろうに。
そうして、僕はターナの強行突破ばりの勢いに連れられるがまま、ネグロフの城下町へとやってくるのだった。
「・・・・・・一体、どういうことなの?」
口を尖らせて抗議する僕の手をひき、ターナは「ユウスケ様、大丈夫です」と笑顔で歩を進める。
城から伸びる馬鹿広い通路を抜けると、その先にはこれまた規格外な石像・・・・・・なのか、鉄の像なのか分からないけど・・・・・・が、どっしりと広場の中央に鎮座ましましていた。
その像の足下には、多くの人達が行き交っており、活気たるや中々のものである。
特に、この寒空の下、露店なんて開いている人が沢山いるのに僕は驚いた。
「あ、あれ、寒くないのかなぁ・・・・・・」
「ふふ、寒いと思います。でも、見てください。ああして、温かい食べ物や飲み物を露店で売るのは、ネグロフではよく見られるのですよ」
ターナが用意していてくれた防寒具を着ている僕だけど、それでも肌が出ている部分は否応なく冷えていく。
そりゃあ、外に出てればこそ、温かいものも欲しくなるわけだ。
「でも、冷めちゃいそうなのに・・・・・・どうやって、温めてるんだろうね」
「気になりますか? じゃあ、行ってみましょう」
「へ? わっ、ちょ・・・・・・タ、ターナっ」
ぐいぐい。
ここまで来ると、ちょっとした疑問が鎌首をもたげる。
ターナって、意外と力あるのかな・・・・・・。
いや、僕が非力なだけだってことも十分あり得るのだけどもさ。
「すみません」
「あいよ」
ターナが声を掛けたのは、露天商を営む一人の老婆だった。
「ありゃ・・・・・・もしかして、ターナちゃんかい?」
「はい。お久しぶりです、タルミアさん」
「はっは、久しぶりだねぇ! いや、見ないうちに随分と綺麗になったんじゃないかい?」
「もう、そんなに時間経ってませんよっ。相変わらず適当なことばっかり言うんですから」
「そうだったかい? いやはや、ばばあにはなりたくないもんだねぇ」
けらけらと笑う老婆――タルミアさんは、どうやらターナの知り合いらしい。
言動を目の当たりにする限り、どうもターナをからかうのが日常茶飯事だったのかもしれない。
「しかし・・・・・・ってことは、そこの坊ちゃんが噂の?」
「はい。私がお仕えしている異人の方で、ユウスケ様です」
「あ・・・・・・どうも、はじめまして」
ふぅん、と僕をじろじろと見るタルミアさん。
うわぁ・・・・・・すごく・・・・・・品定めされてるみたいな気分。
「なんだか、どうにもぱっとしないねぇ。この前城から歩いてきた、やたらと目つきの悪い人もあんたくらい若かったけど、ありゃあ修羅場をくぐり抜けている感じだったけどねぇ」
あぁ・・・・・・きっと、轟君だろうなぁ。
それと比べれば、僕なんてそれこそ小動物みたいなものだろう。
悲しいけど、タルミアさんの意見は正論ど真ん中だった。
が、そんな僕自身さえ認めている中、異論を唱える人がただ一人。
「そんなことありません。ユウスケ様は、とても素晴らしいお方です」
そのうちスポットライトでも当てられるのでは、というくらい感情を込めた声と笑顔で、ターナは堂々と言い切る。
勘弁して-! もう許して-!
と、僕は心中でむせび泣きそうになっていた。
「あぁ・・・・・・そうかい。ターナちゃん、あんた、良い人と出会えたんだねぇ」
なのに、そんな僕を蚊帳の外に、タルミアさんはしみじみと頷いていた。
まるで、さっきのからかいようが嘘のようであり、どこか・・・・・・祝福するような温かさを滲ませながら。
「じゃあ、お二人さん。ここは景気よく、なんか買っていってくれるんだろうね?」
しかし、それも一瞬のこと。
すぐに商魂逞しい老婆へと戻り、僕らに商品を促してくるのだった。
とはいえ、確かに話しかけておいて何も買わないというわけにもいかない。
見てみれば、タルミアさんが露店で売りに出しているのは、湯気立ち上るスープの数々だった。
遠目から焚き火っぽいのは見えていたけど、常に火にかけて温めながら売っているのかぁ。
ふとタルミアさんの後ろに視線を向けると、うずたかく積まれた木材が目に入った。
「タルミアさん、今日のおすすめってありますか?」
「そうだねぇ、最近は鹿肉のスープがよく出るよ。今年は随分と狩りがうまくいってるのか、鹿肉だけは安く手に入るんだよ」
「わぁ、珍しいですね! じゃあ、私は鹿肉のスープで。ユウスケ様はどうされますか?」
う、そう言われても、正直僕は見ただけじゃあ、どれがどれだか分からない。
お祭りみたいに商品名が書いてあるわけでもなく、ただ火に掛けられた鍋が四つ並んでいるだけなのだ。
「んー・・・・・・おばあさん、」
「タルミアだよ」
ぴしゃりと牽制され、「ごめんなさい、タルミアさん」と言い直し、僕は続ける。
「この一番右のってなんですか?」
「野菜スープだね。右から二番目が鹿肉のスープ。三番目が棘鼠の煮込みスープ、四番目が蛇鍋だよ」
「野菜スープをください」
即答だった。
三番目と四番目は一体なに!?
鼠も蛇も、スープとしてはこの世界に来てからも初めてだった。
そもそも、ぱっと見でさえ姿形が残らないくらい煮込まれている様子なのが、尚のこと恐ろしい。
そんな僕の答えに、やれやれ、と肩をすくめるタルミアさん。
「根性がないねぇ。男なら蛇鍋でも食って精力つけなきゃ、隣のお嬢ちゃんに失礼だろうに」
「タルミアさんっ! ユウスケ様に変なこと言わないでください!」
「おお、こわいこわい」
おどけてみせながらも、タルミアさんは慣れた手つきでスープをよそう。
「あ、ターナ・・・・・・ぼく、」
「ご心配には及びません、ユウスケ様。お金の方は、王城からでておりますので」
本当に、今日のターナは更に抜かりがないのである。
支払いを済ませると、僕らはそれぞれがスープを手に再び歩き出すのだった。
タルミアさんと別れた後は、人でごった返す商店街や繁華街を避け、広場とは別のベンチが並ぶ通りに、腰を落ち着ける。
そこは、僕らみたいに露天で買った食べ物を楽しむ人や、良い雰囲気のカップル・・・・・・っぽい二人組、雑談に花を咲かせる女性やお年寄りで賑わう通りだった。
「あちっ」
いい加減、ネグロフの食べ物が熱いのは慣れてきたけど、やっぱりついつい声は出てしまうものらしい。
そんな僕を見て、どこか楽しげに笑うターナ。
思えば、いつの間にかそれも「いつもの光景」になっていたんだなぁ、と気づく。
「・・・・・・おいしいね」
「はい。王城で食べるものとは、また違うおいしさがあります」
「うん。あったかい」
沁みる、という表現がこれほど似合うこともないんじゃないだろうか。
極寒だからこそ、この温もりは貴重なもので、こんなにもほっとさせてくれる。
「あ、ターナ。野菜スープ食べてみる?」
「・・・・・・・・・・・・」
あれ、なんでか固まるターナ。
「いや、一口食べてみたらって思って・・・・・・へ、変かな?」
「い、いえっ! へ、へへ、変だなどございません! 是非、頂きます!」
すごく気合いの入った返事を返してくれる。
気合いが入りすぎて、言葉が乱れている気もするけど、気にしないでおこう。
実は、僕も鹿肉のスープは飲んでみたかったんだよね。
鼠とか蛇よりは、ずっと身近なお肉だし。元の世界じゃあ、食べたことないけど。
お互い器を交換し、それぞれ口に運ぶ。
「ん、これもおいしい。思ったより濃厚だね」
「よ、喜んで頂けて幸いですっ。・・・・・・野菜スープも、とてもおいしいです」
きっとユウスケ様がお飲みになったからですね、と謎発言を飛ばすターナ。
たぶん、それは違うと思うなぁ。
もしかして、ターナって食べ物分け合うのあんまり得意じゃないのかな。
「ターナ」
「は、はい。なんでしょうか?」
「もしかして、分け合いっこ苦手だった? ごめん、僕つい元の世界の癖で・・・・・・」
「い、いいい、いえ! そういうことではございません、ユウスケ様! むしろその逆です、今の心境は!」
ってことは、別に平気ということか。
それにしては、随分と取り乱しているというか、まるで僕みたいな・・・・・・。
「その・・・・・・この世界では・・・・・・お互いに食べ物を分け合う行為は、大変親しい仲でのみ行われるものでして・・・・・・」
家族を除けば、例えば恋人同士とか――とは、ターナの弁。
(こいびと、どうし?)
あえて心中で繰り返すのは、脳みそが理解していながら、心が追いついていない時に現れる症状の一種だ。
そう、僕はつい、恋人同士とかでやる行為を、「いつものノリ」というやつでやってしまっていたのだった――!
「あ、謝らないでください、ユウスケ様」
「・・・・・・・・・・・・」
口を開けたまま、先んじて言葉を封じられた僕は、実に間抜けな表情で硬直する。
少し俯き加減のまま、ターナは野菜スープを更に一口すすると、何度か深呼吸をした後に続けた。
「わ、私は・・・・・・ユウスケ様とは、そういう間柄になれる身分ではございません。ですが、それくらい親しく思って頂けるなら・・・・・・大変、光栄なことでございます」
今のターナの言葉を解析するのに、僕の脳は後先を考えずにフル回転する。
「・・・・・・ぼ、僕は・・・・・・ターナがいいなら、分け合いっこくらいどうってことないよ」
「そ、そんな・・・・・・っ」
って、僕は何を言っているんだー!?
人間、正常な判断ができないとこうなるんだ、という良い例を実演してしまう自分に、頭を抱えそうになる。
けど、ここで前言撤回しても、それはそれで絶対まずい予感がある。
となれば・・・・・・ここは一つ、腹をくくるしかない。
「だって、僕は身分とか気にしてないし。・・・・・・正直、そういうのはよく分からないよ。だから、ターナもあんまり気にしないで欲しい。そりゃあ、城内じゃあ色々な人達の目があるからしょうがないけど、僕はその・・・・・・えっと、ターナと・・・・・・親しい方が、嬉しいから」
言ってしまった、というやつである。
けど、これはこれで本心なのだから仕方ない。
別にターナと恋人関係になりたいとかというほど直接的なものではなく、僕とターナの間に身分なんてものは必要ないよ、と言いたかったのだ。
もっとも、今の流れからすると、それは十分に告白と受け取られそうなものだけど・・・・・・。
おそらくは耳まで真っ赤になっている僕を、ターナが真っ直ぐに見つめ返してくる。
その頬は紅潮しており、双眸はどこか潤んでいるようにも見えた。
「ユウスケ様ったら・・・・・・お戯れが過ぎます」
一度だけ、ターナは僕の肩口に体を預けると、すぐに離れていく。
その時には、もう潤んだ瞳はなかった。
「さぁ、ユウスケ様。そろそろ行きましょう。ネグロフの城下は広いですから、きっと時間が足りないくらいですよ」
「あ・・・・・・う、うん」
お互い、少しぬるくなったスープを呑み干し、立ち上がる。
再びターナは僕の手をとり、僕はその導きのままに歩き出す。
言うとおり、ネグロフの城下町はとんでもない広さだった。
歩けど歩けど先が見えず、商店街だけでどんだけあるんだかってくらいだ。
一度、王城の見張り台みたいなところから見下ろした時は、ここまでには感じなかったけど、実際に歩くのとはえらい違いである。
おまけに、店の数というか・・・・・・種類がすごいのだ。
「ターナ、あれはなに?」
「あれは薬屋さんです」
「じゃあ・・・・・・あれはー?」
「あ、そのお店は錬金術用品店です。似たような看板で・・・・・・あ、あのお店は錬金術店ですよ」
「え、どこが違うの?」
「用品店は、錬金術用の素材や器具を専門としているお店です。錬金術店は、錬金術そのものを扱うお店です。兼用しているお店もありますが、そういったところは稀です」
「へぇ・・・・・・え、じゃあじゃあ――」
こんな感じで、僕はついついターナを質問攻めにしてしまったのだった。
生活用品店から食料品店、鍛冶屋、武器屋、防具屋に装飾品店、宝石屋から骨董、魔道具店なんてものまで。
これでも、あくまで覚えている範囲であって、厳密にはまだまだ種類があるそうな。
そもそも、傍目に鍛冶屋と武器・防具屋の区別がつかないあたり、いかにも異世界だと思った。
なんというか、元の世界でいう、工場の入り口はどこも似た光景なのと近い部分がある。内装や設備までよく見れば違うんだろうけど、外見や看板じゃあ異人の僕ではさっぱりだよ。
「ターナ! ターナ!」
「はい、どうされましたか、ユウスケ様」
「あの焼き鳥みたいなのはなんでしょうか!」
ヤキトリ?、と疑問符を浮かべながらも、僕が指差す方を見やるターナ。
「あぁ、あれはプーバッカという動物の串焼きです。この一帯主流のお肉です。王城だと逆に珍しいかもしれませんね」
「あれ、お城だと出てこないっけ?」
「はい。庶民食なので、王城ではコグナルという大型の山牛のお肉がほとんどです。・・・・・・食べてみますか?」
「はいっ!」
プーバッカなる生き物が分からないけれど、この見た目――完全に焼き鳥そのものなのだ。
おまけに、素焼きではなくソースみたいなタレで付け焼きしているので、その芳ばしい香りたるや、たまらないものがある。
二本買い、人の流れから外れた道の端っこで並んで食べる。
「・・・・・・どうでしょうか?」
もぐもぐする僕を横目に見ながら、「おいしいですか?」と聞いてくるターナ。
食感は固いというよりも歯応えがある感じで、噛めば噛むほど味が出てくるようだ。そして、当初の予想通り、このタレが格別にうまい。
正直、味としてはほとんど焼き鳥。というか、異世界版焼き鳥。
日本人なら、まず間違いなくノスタルジックな気持ちに浸れる逸品だった。
「おいしい! すごくおいしい。元いた世界での食べ物に、そっくりな味だよ」
「ふふ、喜んで頂けて、私も嬉しいです」
そんなこんなで、最初はまったく気乗りのしていなかった僕だったけど、気づけば恥ずかしいくらいはしゃいでしまっていた。
楽しい時間は、本当にすぐ過ぎてしまう。
ふと空を見上げた頃には、青々としていた空がオレンジ色に染まり始めていた。
「ターナ、そろそろ戻ろうか」
「そうですね。今からゆっくり戻れば、ちょうどよいと思います」
結局、僕は最初から最後までターナに手をひかれっぱなしだった。
まぁ、あの人混みじゃあ、はぐれたりしたら大変だし、僕自身よかったなって思ったけど。
商店街を抜け、再びタルミアさんと出会った広場への通りを並んで歩く。
(あれ・・・・・・今、思ったけど・・・・・・)
これ、並んで歩くとまるっきり・・・・・・カップ、ルみたいじゃ・・・・・・。
「ユウスケ様」
「は、はいっ!」
沸騰しかけた頭のまま、隣のターナを見る。
「今日は、楽しかったでしょうか?」
けど、その言葉を聞いて、僕の変な気持ちはすぐに消えていく。
そっか・・・・・・そうだよね。むしろ、なんで僕はすぐに気がつかなかったのか。
「うん、すごく楽しかった」
「・・・・・・よかった。ユウスケ様に笑顔が戻って、私も嬉しいです」
ターナは、僕を元気づける為に、わざわざ城下町へ連れ出してくれたのだ。
塞ぎ込んでいてはダメだと、気分転換の場を用意してくれたんだ。
そう思うと、あらためて自分の不甲斐なさを痛感する。
けど、ここで肩をすくめては台無しだ。
事実、僕は確かに元気を取り戻していた。
「ありがとう。僕、心配かけてたよね。ターナが城下町に連れてきてくれなかったら、まだ落ち込んでたかもしれない」
「そんな・・・・・・。お礼を賜るほどのことではございません。・・・・・・私は、何かユウスケ様のお役に立てればと思ったまでです」
立ち止まり、僕は首を振った。
違う。これは確かに、僕がお礼を言わなきゃいけないことだよ、と。
「ターナ、今回は譲れない。僕は、確かに君に支えてもらったんだ。僕は感謝したいし、ターナにもそれを受け取って欲しい」
「・・・・・・ユウスケ様」
けど、やはりターナにはターナの生きてきた環境があるのだろう。
すぐに頷くことはなく、困ったように考え込んでしまう。
特に、今は王城という場所で異人という僕に仕えている面もある。そもそも、身分をないがしろにする、という考えさえないのかもしれない。
「ねぇ、ターナはどうして、僕に優しくしてくれるの?」
「・・・・・・それは、ユウスケ様が私のお仕えする方であり、素晴らしいお方だからです」
「なら、僕だって一緒だよ。僕にとって、ターナは代わりのいない人なんだ。だから、自分が異人であっても、ターナに失礼な真似なんてできない。僕にとって、ターナはそういう存在なんだよ」
もっとも、うっかり地雷を踏んじゃうところは・・・・・・謝るから、目をつむって欲しいけど。
けど今度はしっかりと言えたと思う。
結構強引だったかもしれないけど、僕はターナにしてもらって当然、なんて間違っても思いたくないもの。
「・・・・・・実は、頑固なお方だったのですね、ユウスケ様は」
くすり、と笑い、彼女はそんなことを言った。
「では、身に余る光栄ですが、ユウスケ様からのお言葉・・・・・・ありがたく頂きます」
ターナの空いた片手が、形のないものを包むように胸元へ添えられる。
それは、まるで大事な宝物をしまい込むかのような仕草だった。
「さぁ、戻りましょう、ユウスケ様。遅くなると、門番の方に心配をかけてしまいます」
「はっ、そうだった。ごめん、立ち止まっちゃって――」
言いながら、僕らは走り出した。
傾く夕日をその身に受けて――駆ける僕は、独りではなかった。
その間、クラスメイトを含め、色々な人達から色々な言葉をもらったけれど、どれも既に色褪せた過去みたいにぼやけてしまっている。
相手が悪かった。
運がなかった。
仕方がないさ。
次に活かせばいい。
どれも、決して響かなかったわけじゃない。
僕自身、挫折だって初めてじゃないから。
けど、逆にいえば・・・・・・今回は、それこそが決定打になっていたのかもしれない。
異世界というだけで、僕はきっと無意識の内に希望を持っていた。
ここでなら、もしかしたら生まれ変われるかもしれない。
今までダメだった僕だけど、少しはマシになれるかもしれない。
元の世界ではないからこそ、そんな変化は起こりうると。
(・・・・・・それで、この有様か)
だが、蓋を開けてみればこの通り。
結果は無残なもので、見られたものではない。
ここで諦めれば、今までの努力が無駄になると分かっていてもなお、心は努力と距離を置こうとしている。
それでも僕が日課となる訓練を続けていられるのは、ひとえに惰性そのものだった。
聞こえは悪いが、習慣というものは大したものだ。
生活の一部になりかけていたからこそ、僕の心情に関係なく、体は覇気を失いながらもなんとか動いてくれる。
今日も、そうして朝の訓練を終えた僕は、図書館から借りた本を自室でぼんやりと眺めていた。
「・・・・・・・・・・・・」
あれ以降、めっきり口数が減ってしまった。
早く立ち直ってしまえばいいものを、そう思えば思うほど、どんどん気持ちが沈んでいくのだ。
それだけじゃない。
きっと、僕の様子はターナにも余計な心配をかけているに違いない。
けれども、分かっていながら具体的に動けない自分に、更なる嫌気が差してしまう。
我ながら、隙のない負のスパイラルだよね、ほんと・・・・・・。
「失礼致します」
ノックはおそらく、僕が聞き逃したのだろう。
なのに違う雰囲気を感じたのは、今までは僕の返事がなければドアノブを回すことだってしなかった彼女が、問答無用で扉を開いたことからだった。
緩慢な動作でその人を見やる。
ターナだ。それも、いつもと違う服装の。
「ターナ・・・・・・どうしたの?」
「はい。勝手は承知の上で、外出用の服装に着替えさせて頂きました」
手に持った上着は、今では見慣れた使用人用のもの。
しかし、本来はメイド服であるはずの部分が、随分と大人しいものになっていた。
なんというか・・・・・・北国の民族衣装っぽいというか・・・・・・。
動物の革と毛皮であしらわれたそれは、たっぷりとしていながらも着膨れしておらず、ターナによく似合っている。メイド服と比べると、おそらくは格式を意識していないのだろう。
よく見ると、まるで別人みたいだ。
「けど、どうしてまた・・・・・・」
「ユウスケ様、今日は大変良い天気です」
「う、うん」
「城下町に行きましょう」
・・・・・・・・・・・・え?
ちょっと待って。ターナにしては、随分と話が急というか。
目をぱちくりさせる僕に歩み寄ると、その手をとるターナ。
「ご安心ください。私が案内致しますので」
「い、いや、そうじゃなくて・・・・・・わっ、待ってターナ! ひ、引っ張らないでよ!」
「ご心配には及びません。本日のお洋服も、この時を想定してお選びしておきましたので。そのまま外出されても、何の問題もございません」
「だ、だから――僕の話聞いてってばぁ!」
すれ違うメイドさんや兵士の人達に、何事か?と注目されながら、傍目にも立場が逆転している二人が城内を行く。
ターナの足取りは、普段からは想像もつかないくらい力強く、僕の足取りはその反対だ。
王城の出入り口に到着すると、僕らは一度立ち止まった。
声をかけようとするが、残念――僕が話しかけるよりも早く、ターナは持ち場の兵士とやり取りを始めてしまう。
「外出か?」
「はい。申請書はこちらになります」
そう言うと、ターナは大きめのショルダーバッグから一枚の紙を取り出して、手渡した。
「ふむ。・・・・・・護衛の記載がないが、よいのか?」
「はい。貧困街には立ち入りません」
「では、目的は観光と受け取っておくぞ。まぁ、城下も警備は固めているから心配はないと思うが、あまり油断せぬように」
「はい。承知致しました」
「それと、日没までには戻るように。遅ければ、城の兵が捜索に向かう羽目になる。大事を避けたいのは、お互い様だろう?」
「心得ております」
「うむ。では、ネグロフを楽しまれよ」
続けて僕に対し、「どうぞ、ネグロフをご堪能ください」と敬礼する兵士の人。
いや、この僕の様子を見て、よくそんな生真面目に送り出せるなぁ。
これ、相手がターナじゃなくて強面の男の人だったら、絶対誘拐か何かだと思われるだろうに。
そうして、僕はターナの強行突破ばりの勢いに連れられるがまま、ネグロフの城下町へとやってくるのだった。
「・・・・・・一体、どういうことなの?」
口を尖らせて抗議する僕の手をひき、ターナは「ユウスケ様、大丈夫です」と笑顔で歩を進める。
城から伸びる馬鹿広い通路を抜けると、その先にはこれまた規格外な石像・・・・・・なのか、鉄の像なのか分からないけど・・・・・・が、どっしりと広場の中央に鎮座ましましていた。
その像の足下には、多くの人達が行き交っており、活気たるや中々のものである。
特に、この寒空の下、露店なんて開いている人が沢山いるのに僕は驚いた。
「あ、あれ、寒くないのかなぁ・・・・・・」
「ふふ、寒いと思います。でも、見てください。ああして、温かい食べ物や飲み物を露店で売るのは、ネグロフではよく見られるのですよ」
ターナが用意していてくれた防寒具を着ている僕だけど、それでも肌が出ている部分は否応なく冷えていく。
そりゃあ、外に出てればこそ、温かいものも欲しくなるわけだ。
「でも、冷めちゃいそうなのに・・・・・・どうやって、温めてるんだろうね」
「気になりますか? じゃあ、行ってみましょう」
「へ? わっ、ちょ・・・・・・タ、ターナっ」
ぐいぐい。
ここまで来ると、ちょっとした疑問が鎌首をもたげる。
ターナって、意外と力あるのかな・・・・・・。
いや、僕が非力なだけだってことも十分あり得るのだけどもさ。
「すみません」
「あいよ」
ターナが声を掛けたのは、露天商を営む一人の老婆だった。
「ありゃ・・・・・・もしかして、ターナちゃんかい?」
「はい。お久しぶりです、タルミアさん」
「はっは、久しぶりだねぇ! いや、見ないうちに随分と綺麗になったんじゃないかい?」
「もう、そんなに時間経ってませんよっ。相変わらず適当なことばっかり言うんですから」
「そうだったかい? いやはや、ばばあにはなりたくないもんだねぇ」
けらけらと笑う老婆――タルミアさんは、どうやらターナの知り合いらしい。
言動を目の当たりにする限り、どうもターナをからかうのが日常茶飯事だったのかもしれない。
「しかし・・・・・・ってことは、そこの坊ちゃんが噂の?」
「はい。私がお仕えしている異人の方で、ユウスケ様です」
「あ・・・・・・どうも、はじめまして」
ふぅん、と僕をじろじろと見るタルミアさん。
うわぁ・・・・・・すごく・・・・・・品定めされてるみたいな気分。
「なんだか、どうにもぱっとしないねぇ。この前城から歩いてきた、やたらと目つきの悪い人もあんたくらい若かったけど、ありゃあ修羅場をくぐり抜けている感じだったけどねぇ」
あぁ・・・・・・きっと、轟君だろうなぁ。
それと比べれば、僕なんてそれこそ小動物みたいなものだろう。
悲しいけど、タルミアさんの意見は正論ど真ん中だった。
が、そんな僕自身さえ認めている中、異論を唱える人がただ一人。
「そんなことありません。ユウスケ様は、とても素晴らしいお方です」
そのうちスポットライトでも当てられるのでは、というくらい感情を込めた声と笑顔で、ターナは堂々と言い切る。
勘弁して-! もう許して-!
と、僕は心中でむせび泣きそうになっていた。
「あぁ・・・・・・そうかい。ターナちゃん、あんた、良い人と出会えたんだねぇ」
なのに、そんな僕を蚊帳の外に、タルミアさんはしみじみと頷いていた。
まるで、さっきのからかいようが嘘のようであり、どこか・・・・・・祝福するような温かさを滲ませながら。
「じゃあ、お二人さん。ここは景気よく、なんか買っていってくれるんだろうね?」
しかし、それも一瞬のこと。
すぐに商魂逞しい老婆へと戻り、僕らに商品を促してくるのだった。
とはいえ、確かに話しかけておいて何も買わないというわけにもいかない。
見てみれば、タルミアさんが露店で売りに出しているのは、湯気立ち上るスープの数々だった。
遠目から焚き火っぽいのは見えていたけど、常に火にかけて温めながら売っているのかぁ。
ふとタルミアさんの後ろに視線を向けると、うずたかく積まれた木材が目に入った。
「タルミアさん、今日のおすすめってありますか?」
「そうだねぇ、最近は鹿肉のスープがよく出るよ。今年は随分と狩りがうまくいってるのか、鹿肉だけは安く手に入るんだよ」
「わぁ、珍しいですね! じゃあ、私は鹿肉のスープで。ユウスケ様はどうされますか?」
う、そう言われても、正直僕は見ただけじゃあ、どれがどれだか分からない。
お祭りみたいに商品名が書いてあるわけでもなく、ただ火に掛けられた鍋が四つ並んでいるだけなのだ。
「んー・・・・・・おばあさん、」
「タルミアだよ」
ぴしゃりと牽制され、「ごめんなさい、タルミアさん」と言い直し、僕は続ける。
「この一番右のってなんですか?」
「野菜スープだね。右から二番目が鹿肉のスープ。三番目が棘鼠の煮込みスープ、四番目が蛇鍋だよ」
「野菜スープをください」
即答だった。
三番目と四番目は一体なに!?
鼠も蛇も、スープとしてはこの世界に来てからも初めてだった。
そもそも、ぱっと見でさえ姿形が残らないくらい煮込まれている様子なのが、尚のこと恐ろしい。
そんな僕の答えに、やれやれ、と肩をすくめるタルミアさん。
「根性がないねぇ。男なら蛇鍋でも食って精力つけなきゃ、隣のお嬢ちゃんに失礼だろうに」
「タルミアさんっ! ユウスケ様に変なこと言わないでください!」
「おお、こわいこわい」
おどけてみせながらも、タルミアさんは慣れた手つきでスープをよそう。
「あ、ターナ・・・・・・ぼく、」
「ご心配には及びません、ユウスケ様。お金の方は、王城からでておりますので」
本当に、今日のターナは更に抜かりがないのである。
支払いを済ませると、僕らはそれぞれがスープを手に再び歩き出すのだった。
タルミアさんと別れた後は、人でごった返す商店街や繁華街を避け、広場とは別のベンチが並ぶ通りに、腰を落ち着ける。
そこは、僕らみたいに露天で買った食べ物を楽しむ人や、良い雰囲気のカップル・・・・・・っぽい二人組、雑談に花を咲かせる女性やお年寄りで賑わう通りだった。
「あちっ」
いい加減、ネグロフの食べ物が熱いのは慣れてきたけど、やっぱりついつい声は出てしまうものらしい。
そんな僕を見て、どこか楽しげに笑うターナ。
思えば、いつの間にかそれも「いつもの光景」になっていたんだなぁ、と気づく。
「・・・・・・おいしいね」
「はい。王城で食べるものとは、また違うおいしさがあります」
「うん。あったかい」
沁みる、という表現がこれほど似合うこともないんじゃないだろうか。
極寒だからこそ、この温もりは貴重なもので、こんなにもほっとさせてくれる。
「あ、ターナ。野菜スープ食べてみる?」
「・・・・・・・・・・・・」
あれ、なんでか固まるターナ。
「いや、一口食べてみたらって思って・・・・・・へ、変かな?」
「い、いえっ! へ、へへ、変だなどございません! 是非、頂きます!」
すごく気合いの入った返事を返してくれる。
気合いが入りすぎて、言葉が乱れている気もするけど、気にしないでおこう。
実は、僕も鹿肉のスープは飲んでみたかったんだよね。
鼠とか蛇よりは、ずっと身近なお肉だし。元の世界じゃあ、食べたことないけど。
お互い器を交換し、それぞれ口に運ぶ。
「ん、これもおいしい。思ったより濃厚だね」
「よ、喜んで頂けて幸いですっ。・・・・・・野菜スープも、とてもおいしいです」
きっとユウスケ様がお飲みになったからですね、と謎発言を飛ばすターナ。
たぶん、それは違うと思うなぁ。
もしかして、ターナって食べ物分け合うのあんまり得意じゃないのかな。
「ターナ」
「は、はい。なんでしょうか?」
「もしかして、分け合いっこ苦手だった? ごめん、僕つい元の世界の癖で・・・・・・」
「い、いいい、いえ! そういうことではございません、ユウスケ様! むしろその逆です、今の心境は!」
ってことは、別に平気ということか。
それにしては、随分と取り乱しているというか、まるで僕みたいな・・・・・・。
「その・・・・・・この世界では・・・・・・お互いに食べ物を分け合う行為は、大変親しい仲でのみ行われるものでして・・・・・・」
家族を除けば、例えば恋人同士とか――とは、ターナの弁。
(こいびと、どうし?)
あえて心中で繰り返すのは、脳みそが理解していながら、心が追いついていない時に現れる症状の一種だ。
そう、僕はつい、恋人同士とかでやる行為を、「いつものノリ」というやつでやってしまっていたのだった――!
「あ、謝らないでください、ユウスケ様」
「・・・・・・・・・・・・」
口を開けたまま、先んじて言葉を封じられた僕は、実に間抜けな表情で硬直する。
少し俯き加減のまま、ターナは野菜スープを更に一口すすると、何度か深呼吸をした後に続けた。
「わ、私は・・・・・・ユウスケ様とは、そういう間柄になれる身分ではございません。ですが、それくらい親しく思って頂けるなら・・・・・・大変、光栄なことでございます」
今のターナの言葉を解析するのに、僕の脳は後先を考えずにフル回転する。
「・・・・・・ぼ、僕は・・・・・・ターナがいいなら、分け合いっこくらいどうってことないよ」
「そ、そんな・・・・・・っ」
って、僕は何を言っているんだー!?
人間、正常な判断ができないとこうなるんだ、という良い例を実演してしまう自分に、頭を抱えそうになる。
けど、ここで前言撤回しても、それはそれで絶対まずい予感がある。
となれば・・・・・・ここは一つ、腹をくくるしかない。
「だって、僕は身分とか気にしてないし。・・・・・・正直、そういうのはよく分からないよ。だから、ターナもあんまり気にしないで欲しい。そりゃあ、城内じゃあ色々な人達の目があるからしょうがないけど、僕はその・・・・・・えっと、ターナと・・・・・・親しい方が、嬉しいから」
言ってしまった、というやつである。
けど、これはこれで本心なのだから仕方ない。
別にターナと恋人関係になりたいとかというほど直接的なものではなく、僕とターナの間に身分なんてものは必要ないよ、と言いたかったのだ。
もっとも、今の流れからすると、それは十分に告白と受け取られそうなものだけど・・・・・・。
おそらくは耳まで真っ赤になっている僕を、ターナが真っ直ぐに見つめ返してくる。
その頬は紅潮しており、双眸はどこか潤んでいるようにも見えた。
「ユウスケ様ったら・・・・・・お戯れが過ぎます」
一度だけ、ターナは僕の肩口に体を預けると、すぐに離れていく。
その時には、もう潤んだ瞳はなかった。
「さぁ、ユウスケ様。そろそろ行きましょう。ネグロフの城下は広いですから、きっと時間が足りないくらいですよ」
「あ・・・・・・う、うん」
お互い、少しぬるくなったスープを呑み干し、立ち上がる。
再びターナは僕の手をとり、僕はその導きのままに歩き出す。
言うとおり、ネグロフの城下町はとんでもない広さだった。
歩けど歩けど先が見えず、商店街だけでどんだけあるんだかってくらいだ。
一度、王城の見張り台みたいなところから見下ろした時は、ここまでには感じなかったけど、実際に歩くのとはえらい違いである。
おまけに、店の数というか・・・・・・種類がすごいのだ。
「ターナ、あれはなに?」
「あれは薬屋さんです」
「じゃあ・・・・・・あれはー?」
「あ、そのお店は錬金術用品店です。似たような看板で・・・・・・あ、あのお店は錬金術店ですよ」
「え、どこが違うの?」
「用品店は、錬金術用の素材や器具を専門としているお店です。錬金術店は、錬金術そのものを扱うお店です。兼用しているお店もありますが、そういったところは稀です」
「へぇ・・・・・・え、じゃあじゃあ――」
こんな感じで、僕はついついターナを質問攻めにしてしまったのだった。
生活用品店から食料品店、鍛冶屋、武器屋、防具屋に装飾品店、宝石屋から骨董、魔道具店なんてものまで。
これでも、あくまで覚えている範囲であって、厳密にはまだまだ種類があるそうな。
そもそも、傍目に鍛冶屋と武器・防具屋の区別がつかないあたり、いかにも異世界だと思った。
なんというか、元の世界でいう、工場の入り口はどこも似た光景なのと近い部分がある。内装や設備までよく見れば違うんだろうけど、外見や看板じゃあ異人の僕ではさっぱりだよ。
「ターナ! ターナ!」
「はい、どうされましたか、ユウスケ様」
「あの焼き鳥みたいなのはなんでしょうか!」
ヤキトリ?、と疑問符を浮かべながらも、僕が指差す方を見やるターナ。
「あぁ、あれはプーバッカという動物の串焼きです。この一帯主流のお肉です。王城だと逆に珍しいかもしれませんね」
「あれ、お城だと出てこないっけ?」
「はい。庶民食なので、王城ではコグナルという大型の山牛のお肉がほとんどです。・・・・・・食べてみますか?」
「はいっ!」
プーバッカなる生き物が分からないけれど、この見た目――完全に焼き鳥そのものなのだ。
おまけに、素焼きではなくソースみたいなタレで付け焼きしているので、その芳ばしい香りたるや、たまらないものがある。
二本買い、人の流れから外れた道の端っこで並んで食べる。
「・・・・・・どうでしょうか?」
もぐもぐする僕を横目に見ながら、「おいしいですか?」と聞いてくるターナ。
食感は固いというよりも歯応えがある感じで、噛めば噛むほど味が出てくるようだ。そして、当初の予想通り、このタレが格別にうまい。
正直、味としてはほとんど焼き鳥。というか、異世界版焼き鳥。
日本人なら、まず間違いなくノスタルジックな気持ちに浸れる逸品だった。
「おいしい! すごくおいしい。元いた世界での食べ物に、そっくりな味だよ」
「ふふ、喜んで頂けて、私も嬉しいです」
そんなこんなで、最初はまったく気乗りのしていなかった僕だったけど、気づけば恥ずかしいくらいはしゃいでしまっていた。
楽しい時間は、本当にすぐ過ぎてしまう。
ふと空を見上げた頃には、青々としていた空がオレンジ色に染まり始めていた。
「ターナ、そろそろ戻ろうか」
「そうですね。今からゆっくり戻れば、ちょうどよいと思います」
結局、僕は最初から最後までターナに手をひかれっぱなしだった。
まぁ、あの人混みじゃあ、はぐれたりしたら大変だし、僕自身よかったなって思ったけど。
商店街を抜け、再びタルミアさんと出会った広場への通りを並んで歩く。
(あれ・・・・・・今、思ったけど・・・・・・)
これ、並んで歩くとまるっきり・・・・・・カップ、ルみたいじゃ・・・・・・。
「ユウスケ様」
「は、はいっ!」
沸騰しかけた頭のまま、隣のターナを見る。
「今日は、楽しかったでしょうか?」
けど、その言葉を聞いて、僕の変な気持ちはすぐに消えていく。
そっか・・・・・・そうだよね。むしろ、なんで僕はすぐに気がつかなかったのか。
「うん、すごく楽しかった」
「・・・・・・よかった。ユウスケ様に笑顔が戻って、私も嬉しいです」
ターナは、僕を元気づける為に、わざわざ城下町へ連れ出してくれたのだ。
塞ぎ込んでいてはダメだと、気分転換の場を用意してくれたんだ。
そう思うと、あらためて自分の不甲斐なさを痛感する。
けど、ここで肩をすくめては台無しだ。
事実、僕は確かに元気を取り戻していた。
「ありがとう。僕、心配かけてたよね。ターナが城下町に連れてきてくれなかったら、まだ落ち込んでたかもしれない」
「そんな・・・・・・。お礼を賜るほどのことではございません。・・・・・・私は、何かユウスケ様のお役に立てればと思ったまでです」
立ち止まり、僕は首を振った。
違う。これは確かに、僕がお礼を言わなきゃいけないことだよ、と。
「ターナ、今回は譲れない。僕は、確かに君に支えてもらったんだ。僕は感謝したいし、ターナにもそれを受け取って欲しい」
「・・・・・・ユウスケ様」
けど、やはりターナにはターナの生きてきた環境があるのだろう。
すぐに頷くことはなく、困ったように考え込んでしまう。
特に、今は王城という場所で異人という僕に仕えている面もある。そもそも、身分をないがしろにする、という考えさえないのかもしれない。
「ねぇ、ターナはどうして、僕に優しくしてくれるの?」
「・・・・・・それは、ユウスケ様が私のお仕えする方であり、素晴らしいお方だからです」
「なら、僕だって一緒だよ。僕にとって、ターナは代わりのいない人なんだ。だから、自分が異人であっても、ターナに失礼な真似なんてできない。僕にとって、ターナはそういう存在なんだよ」
もっとも、うっかり地雷を踏んじゃうところは・・・・・・謝るから、目をつむって欲しいけど。
けど今度はしっかりと言えたと思う。
結構強引だったかもしれないけど、僕はターナにしてもらって当然、なんて間違っても思いたくないもの。
「・・・・・・実は、頑固なお方だったのですね、ユウスケ様は」
くすり、と笑い、彼女はそんなことを言った。
「では、身に余る光栄ですが、ユウスケ様からのお言葉・・・・・・ありがたく頂きます」
ターナの空いた片手が、形のないものを包むように胸元へ添えられる。
それは、まるで大事な宝物をしまい込むかのような仕草だった。
「さぁ、戻りましょう、ユウスケ様。遅くなると、門番の方に心配をかけてしまいます」
「はっ、そうだった。ごめん、立ち止まっちゃって――」
言いながら、僕らは走り出した。
傾く夕日をその身に受けて――駆ける僕は、独りではなかった。
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本当に、ありがとうございます。
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