僕らと異世界

山田めろう

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第五章 ヒノボリの神隠し

到着

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「見渡す限り、だなぁ」

 果てしなく続くような緑を前に、僕は感嘆を含んだ言葉をもらした。
 雪原を抜けると、あの身を切るような寒さが嘘のように暖かくなってくる。
 地形は緩やかな起伏以外、特に目立つところもなく、所々に自生する木々くらいしか視界を遮るものはない。
 足下が隠れる程度しかない緑草の絨毯は、一般に街道と呼ばれる村や街、国同士を繋ぐ道を除き、辺り一面を覆っている。
 僕がこれに感動を覚えるのは、やはり自然そのままだからだろう。
 電柱や電線はおろか、街道そのものもコンクリートで舗装されているわけではない。
 人により自然が保たれているのではなく、自然の中で人の文明が息づいている感覚。
 僕の生まれた地球でも、世界規模まで視野を広げればこれに近い景色は存在するのかもしれないけど、日本では中々難しいのではないだろうか。
 少なくとも、今は田舎でだって車は普通に走っているし、道も舗装されている。
 ここまで圧倒的な規模で自然を感じるというのは、僕にとっては異世界ならではだ。

「ユウスケ様にとっては、この光景も新鮮なものなのですね」

 荷台から外を眺め、しきりに感心する僕を、ターナが面白そうに見た。
 まぁ、この世界で生まれた人々にとっては、この光景が基準なのだから当然か。

「うん。僕の元いた世界・・・・・・というか、僕の生まれた国はさ、こんなに広々とした自然の風景、中々ないんだ」
「と、仰いますと?」

 首を傾げるターナ。
 どうやら、ターナには僕のいた世界の「文明規模」が想像できないようだった。
 けど、それはごく自然のことだろう。
 僕が異世界の自然そのものに心打たれるように、ターナにとっては僕の生まれた世界や時代は、まさしく「異世界」なのだろうから。

「なんていうのかな・・・・・・僕の元いた世界ではね、文明がすごく発達していて、コンクリート・・・・・・じゃあ、伝わらないか。えっと、鉄みたいに固い材質でできた建造物が、それこそ視界いっぱいに広がるくらい乱立しているんだよ」
「し、視界いっぱいに、ですか?」
「うん。街の中心部なんかは、自然の中に文明があるっていうよりも、文明の中に自然があるって感じだね。僕もそうだけど、世界のありのままの姿で感動できるんだよ? それだけ、普段から人工物に囲まれて生活している証拠さ。異人にとって、世界っていうのは自然そのものっていうよりも、自分の生きる環境や社会、文明のことだと思う」
「そ、それはすごいですね・・・・・・。私には想像が追いつかない世界です」
「あはは、お互い様だよ、きっと。その代わりっていうのも変だけど、僕にとっては魔法なんて空想上のものだから。この世界に来るまでは、実在しないものの代名詞みたいなものだったんだよ?」

 世界そのものが全くの別物なのだから、理解が追いつかないのは一緒。
 でも、僕はそれを悪くは思っていなかった。
 その方が自然だろうし、だからこそ、こうして話にも花が咲く。
 ターナも含めて、本来なら出会うことが許されなかった人達と交流することができる。
 危険な世界ではあるけれど、僕はそれが密かに好きなのだ。

「へぇ、意外ねぇ。異人の人達って、なんでもすぐに覚えたり上達するって聞いていたから、てっきり武術や魔法にも明るいのかと思っていたわ」

 ワクナさんが、僕の話に目を丸くする。
 まぁ、普通ならそう思うよね。
 ネグロフでは、異人というものをよく知った人達に囲まれていたから自分達の異質さが幾分薄れていたが、これが一般的な反応だろう。

「ヒノボリでも、異人って有名なんですか?」
「うーん、まぁ異人っていう呼び名そのものは知れ渡っているかなぁ。けど、実際にどういう人達かって聞かれると、返答に困るわね。見かけることはあっても、実際にユウスケくんみたいに面と向かって話すことはないだろうし」
「あ、でも異人はいるんですね」
「そうね。ヒノボリでも、過去に召喚の儀式が執り行われたことはあるみたいだし。ただ、外部からも異人の受け入れをしているみたいで、詳しいことは皇宮の人に聞かないと分からないわ」

 ワクナさん曰く、やはり異人は特別な地位にあるようで、見たこともないとまではいかないまでも、そうそうお近づきになれる相手ではないのだとか。
 そんな風に話していると、時間はあっという間に過ぎていく。
 僕らはお互いにお互いの話が珍しいというのもあり、話題はまだまだ尽きないようだ。
 そうしていると、何かを外に見つけたワクナさんが、「あ!」と声を上げた。

「あれを見て! あの、竹藪!」

 たけやぶ?――と、僕もワクナさんに場所を譲ってもらい、荷台の窓から顔を覗かせる。
 隣で、ワクナさんが遠くを指差した。
 その方向には、確かに見覚えというか・・・・・・まさしく、竹藪があった。
 そう竹藪だ。タケノコが採れる、あの竹である。

「ほ、本当だ・・・・・・うそ、この世界にも竹ってあるんだ・・・・・・」

 ま、まぁ、パンもお酒もあったのだから、竹があっても理屈上は不思議ではないけど・・・・・・。

「竹は東部の特産物なのよ」
「あ、そうなんですか?」
「ええ。つまり、もうヒノボリはすぐそこってことよ。あれが一番分かりやすい目印なの」

 すると、相変わらずゆっくりとながら、僕らを乗せる牛車も方向を転換していく。

「ヒノボリを初めとして、東部は木材の宝庫と呼ばれているの。きっと、ターナちゃんなんかは都を見たら驚くわよ」
「わぁ、楽しみです。ネグロフは石造りが基本でしたから、木造の建築物が溢れる城下なんて、なかなか想像できないです」
「へぇ、東部以外では木造建築って珍しいんですか?」

 僕が質問すると、ワクナさんは腕組みをしながら悩ましげに首を捻った。

「うーん、私・・・・・・ヒノボリしか知らないのよねぇ。北部は焼石の産地で有名だから、石造りなのは知っているけど・・・・・・」

 と、そこに御者台から助け船がやってくる。

「王都や南部は石造りが多いな。西部は、また別の文化がある影響で、石造りと木造が混在していると聞く。東部は木材資源が豊富なことに加え、その加工技術にも歴史がある。逆に、南部は石工や彫り師を多く輩出している。これが中央に流れたことで、石造りの建物が多く見られる、というわけだ」
「クロッキア様は何でも知っておられますね」

 これはターナの言葉だが、僕とワクナさんも胸中はまったく同じだった。

「私は南部の生まれだからな。西部はあまり詳しくないが、それ以外は足を運んでいる。まぁ、元々は目的のある旅路でもなかった故、放浪時代に蓄えた知識というやつだ」
「それは、さぞ厳しい旅だったのでは?」

 ワクナさんは、荷台の窓から御者台へ向き直ると、不安げな口調で返した。
 しかし、その重たい雰囲気を払拭するように、クロッキアさんは「いいや」と首を振る。

「決して、悪い旅ではなかった。確かに、失うもののない旅ではなかったが、振り返ってみれば人生の一部と呼べるものだったよ。今の私の大部分は、その旅の中で作られたものだからな」

 そう語る剣士の背は、同じくつるぎのように真っ直ぐだった。
 それは、旅というものを経験したことのない僕にとって、比喩でもなく本当の鋼に思える。
 筋肉の強さを言っているのではない。
 その大きな背中から感じ取る、いわば雰囲気が、錬磨に錬磨を重ねた人生を物語っているのだろう。
 僕の生まれた世界では、到底考えられない生き様だ。
 否定ではなく、そもそもそういった環境が存在しないと思うのだ。
 だからこそ、人は異世界に魅力を感じるのかもしれない。
 剣と魔法の世界でなければ、クロッキアさんのような「武人」にはなれない。
 僕に剣の才能はないけれど、それでも教本で得た知識から、その理由は自分なりに見えていた。
 剣道と剣術の共存。
 僕の元いた世界では、剣道――剣の道しかなかった。
 実際に相手を斬り伏せる剣の術は、時代と共に消えてしまったのだ。
 だが、異世界では違う。
 剣の道も、剣の術も――むしろ、この二つを兼ね備えてようやく一人前であり、この二つを極めてこその達人、という感じを受けた。
 クロッキアさんは、まさにそれを体現しているのだと思う。

(剣の道が鞘ならば、剣の術は剣身である。合わさり、ようやく一振りとなる、かぁ)

 教本の一節だ。
 道だけでは実力が伴わず、術だけでは自身を滅ぼす。
 だが、この両立こそが高みに近づけば近づくほど、難しくなるのだと書いてあった。
 僕も、今の旅でどこまで成長できるのだろう。
 考え始めれば不安ばかりが顔を上げるが、それらとまともに付き合っては思う壺だ。
 ネガティブに傾きかける自身を整え、再びターナやワクナさん、クロッキアさんとの会話に戻っていく。
 道なりということもあり、時々同じような馬車や牛車、または旅人らしき数人とすれ違いながら、三日が過ぎていった。
 ネグロフからだと、どれくらい経ったのだろうか。
 一週間は経っていると思うけど、詳しい日数までは記憶していない。
 ただ、時間のほとんどを移動に費やしているだけあって、周囲の自然環境はまるで別物になっている。
 距離としてはもうちょっとあるものの、関所のようなところの大きさを考えれば、もう目の前といってもいいだろう。
 そこから伸びる行列に辿り着いた頃も、連日の快晴から太陽の位置はばっちり。
 時刻は昼よりも前。ぎりぎり朝と呼べる時間帯かな。

「ワクナさん、あれって検査とかしているんですか?」

 僕が荷台から身を乗り出し、行列の先に目を細める。

「うん、入国審査よ。あそこを通らないと、ヒノボリの国へは入れないの」
「わぁ・・・・・・海外旅行みたい・・・・・・」

 生まれてこのかた国内しか経験のない僕としては、テレビとかで見たワンシーンでさえ憧れだった。
 冒険家だって真っ青な、まさかの別世界での体験だが、それでも入国審査は入国審査である。
 普通であれば最大の壁であろう、言語の問題は解消されているものの、それでも何を検査されるのかと思うと、ドキドキしてくる。

「はっ・・・・・・け、剣とか持ってて大丈夫なのかな・・・・・・」

 腰に提げたままのショートソードを思い出し、ワクナさんを見る。

「大丈夫。向こうがちゃんと言ってくれるから。むしろ、丸腰だと身ぐるみ剥がされたのかって心配されちゃうわよ?」
「そ、そうなんですか」
「ええ。魔族との戦争もあるし、武装していない人の方が珍しいかもね。それに、危険度で言えば、武器が目で見えない魔法使いとかの方が厄介よ、きっと」
「あぁ・・・・・・言われてみれば、確かに」

 悲しいことに、魔法とは一切合切縁のない僕は、この世界での魔法事情をさっぱり把握していないのだけど、想像はできた。
 一見武装していなくても、詠唱一つで火の玉が生み出せるなら、それは随分と物騒な話である。
 そう考えると、まだ実物が肉眼で把握できる剣とかの方が、安心といえば安心なのかも。
 そんな風に話していると、思ったよりも早く僕らにも順番が回ってきた。
 ここまで来ると、木造の関所は見上げるほどの大きさであり、そこには防具を着込んだ人達が何人もいるのが分かる。

(あれ、ネグロフとはまた違う兜や鎧だ)

 所変われば品変わる、というやつだろうか。
 ネグロフは鉄製の防具が主流のように思えたけど、ここ東部――ヒノボリでは革製のものが多く見受けられる。
 一言でいえば、軽戦士といった感じだ。
 大きな門の前に三人の兵士らしき男性がおり、その内の一人が手で合図をしながら、それに従い僕らを乗せた牛車が動きを止める。

「ご苦労。まずは、人数と手持ちの品を検めさせて頂きたい」

 牛車から降りてきた僕らを一瞥しながら、兵士はクロッキアさんへ、そう切り出した。

「こちらは四人。北部から、このヒノボリを目指して来た旅人だ」

 言いながら、クロッキアさんは腰に提げた長剣を剣帯ごと外し、どこに忍ばせていたのか、短剣も手渡していた。
 クロッキアさんが終わると、僕、ターナ、ワクナさんの順番で、兵士はさっと検査を終えていく。

「見た所、変わった組み合わせだが、不用心なほど軽装だな」
「私以外は、戦闘に不慣れなものでな。男手ということで、彼には武器を持ってもらっているが、あくまで護身用となる」
「ふむ。まぁ、怪しげな動きも武器もない。貴方の言葉は信じよう。では、中で荷台の検査と対人での問答審査をしても構わないか?」

 よろしく頼む、とクロッキアさんは頷く。
 すると、兵士の人の合図で大きな門が開き、僕らは誘導されるままに中へと足を踏み入れていく。
 関所の内部は、そのほとんどに天井がなく、空間も随分と開けている。
 高台では弓を手にした兵士が随所に配置され、怪しい者がいないか目を光らせているようだ。
 なんというか、思った以上に物々しい雰囲気である。
 敵意を向けられている感じはないが、一挙手一投足を見張られている感覚をひしひしと感じる。

「では、ここで貴方がたの入国審査を行う」

 誘導された先は、広場のような空間の一角。
 青空の下、質素な木製の机と椅子がぽつりとあり、そこには書記担当らしき兵士の人が座っていた。
 加えて、僕らを誘導してくれた兵士の人と書記の人を除けば、三人の兵士に囲まれる形になる。
 なんというか・・・・・・あからさまな重圧に、変な緊張感が高まっていく。

「さて、荷台の検査だが、何か取り扱いに注意するものはあるか?」
「いや、特にはない。旅に必要なものしか乗せていない故、商売品もなければ魔法の品もない」
「そうか。では、同伴は必要なし、と受け止めてよいのか」
「あぁ。好きに調べてもらって構わない」

 クロッキアさんは、相変わらず落ち着き払った口調で答えていく。

「おい、荷台の検査を始めてくれ」

 僕らを見張っていた三人の内、二人が牛車の荷台へ入っていくのを見届けると、質問が再開される。

「荷物を検査している間に、済ませてしまおう。次は、身分を明かしてくれ。口答で構わないが、偽らぬように」
「クロッキアだ。見ての通り、旅の剣士をしている」
「貴方の連れとは、どういった関係か」
「護衛、というのが適当だろう。ヒノボリへは、観光が目的だ。見ての通り、まだ世界もよく知らない年頃だ。旅は良い経験になると思ってな」
「ふむ・・・・・・本当に観光か? この時勢、男であれ女であれ、徴兵の令は珍しくない。我がヒノボリでも、若者は貴重な財産だ。失礼だが、北部のどこから来たのか、聞かせてもらえないか?」
「ネグロフからだ」

 瞬間、ぴしっと空気が凍りついたような気がした。
 ネグロフは、既に滅びた国家だ。
 僕だって妙案があったわけじゃないけれど、それにしたって正直に言うのはまずいのではないだろうか。
 表面上の平静を装うだけでも精一杯な僕をよそに、それでもクロッキアさんは眉一つ動かす気配さえない。

「・・・・・・ネグロフ、とな」
「そうだ。北境の大国、ネグロフから東の森を越えて、ここまで来た」
「私の記憶違いでなければ、ほんの先日・・・・・・同じく北境を監視するルカルディ王国より、ネグロフ滅亡の知らせを耳に挟んだのだが・・・・・・それでも、ネグロフから来た、と言うのか」
「偽るな、と言ったのはそちらだろう。私は、元ネグロフの兵士だ。彼は、ネグロフの地において召喚された異人。名をユウスケという」

 そう言い、クロッキアさんは、ちらりと僕に視線を向ける。
 当然、兵士の人達の視線も、同じように僕へと集まる。

「なんと・・・・・・では、貴方がたは・・・・・・」
「あぁ、ネグロフの生き残りだ。既に国家を維持できないとの判断で、私は異人の守護を命ぜられた。王命ではないが、ベルサー将軍から直々に任されたものだ」
「その将軍の名は聞き覚えがある。そうか・・・・・・しかし、疑いたくはないが、その言葉を証明するものがない。ベルサー将軍から、何か我々を納得させるようなものを受け取ってはいないか?」

 すると、クロッキアさんは懐から布を取り出すと、それを兵士へと手渡した。
 どうやら、何かがくるまれているようだ。
 「失礼する」とクロッキアさんに確認した後、兵士の人の手の平で、布が丁寧にめくられていった。
 はやり、というべきか。
 その下から現れたのは、見事な金貨。
 兵士の人が息を呑み、声を殺すのが分かった。

「・・・・・・なるほど。貴殿の大命、承知した」

 びしっ、と兵士の人達の姿勢が更に引き締まる。
 旅人と兵士の対面だったものが、今や他国の兵士同士のやり取りに変わったようだった。

「重ね重ね失礼だが、貴殿らの立場は私どもの独断では扱えない。これより兵長を呼んで来るので、応接室で待っていてはもらえないだろうか?」
「いや、できるならば避けたい」
「・・・・・・理由を聞いても?」
「この旅は、彼が世界を知るためのものだ。異人として、いずれは未来を背負って魔族と戦うことになる。そのためにも、自分が救うべき世界を、ありのままに感じて欲しい。そういった目的がある」
「なるほど。しかし、それならば尚のこと、このような雑多な扱いはできない。召喚された国が違おうと、異人は異人。人類の希望であることは、貴殿が何よりも理解しているはず」

 ヒノボリの兵士は、食い下がった。
 もっとも、それが普通だと思う。
 ネグロフでの扱いを考えれば、何も不思議なことはなかった。
 まして、亡国の滅びを逃れて辿り着いたとあっては、それこそ一大事なのかもしれない。
 だから、僕は意を決して口を開いた。

「あ、あのっ」

 視線の集まる気配に、足下が震えそうになる。
 それを無理矢理抑え込み、僕は拳を握りながら、自身を鼓舞した。

「僕が、そうして欲しいって頼んだんです」
「い、異人様が・・・・・・ですか?」
「はい。クロッキアさんが紹介してくれた通り、僕はユウスケといいます。ネグロフで召喚された異人です。それで・・・・・・僕は、特別扱いが受けたいわけじゃなくて、あくまでこの世界で生きる人達と、同じ目線で世界を回ってみたいんです」
「・・・・・・・・・・・・」
「そうじゃないと・・・・・・きっと、この世界の人達が、どんな気持ちで生きているのか、とか・・・・・・本当の意味で分からないと思うんです」

 自分が何を言っているのか。
 僕自身、それこそ本当の意味で理解しているわけではなかった。
 クロッキアさんからの受け売りにしたって、それでも僕のために言ってくれた言葉であることに、違いはない。
 まだ、その立ち振る舞いは未熟でも、ちゃんと伝えなければいけない、そう思ったからこその発言だった。

「僕は、ちゃんと世界を知りたいんです。だから、お願いします。普通の人達と、同じように対応して欲しいんです」

 お願いします、と気づけば頭を下げていた。
 最期、感情が入りすぎた部分もあるけど、半分くらいは日本の教育の影響だと思う。

「異人様、どうか頭を上げてください」

 言われ、僕はゆっくりと姿勢を元に戻す。

「異人様のお考え、確かに承知しました。・・・・・・私も兵士、覚悟の程はしっかりと伝わりました」
「じゃ、じゃあ・・・・・・」
「ひとまず、このまま入国審査を行いましょう。ですが、同時に・・・・・・私もヒノボリの端くれ。兵長には事の次第を説明した上、同席させて頂きたく思います。ご安心ください、人目につくような立ち振る舞いは致しません。ですが、このまま上への報告もなく異人様を通したとあっては、後に知れた際、多くの者が不敬の罪を問われるでしょう」

 例え、それが僕の望むところではなかったとしても、と兵士の人は言う。
 彼らにも彼らの立場がある。
 僕の意見を汲んだ上で、それでも譲れない部分が、今この人の発言として出てきたのだろう。

「分かりました。ごめんなさい、わがままを言ってしまって・・・・・・」
「いえ、滅相もありません」

 その後、一人一人がいくつか質問をこなした頃に、一人の兵士に連れられて、壮年の男性がやってきた。
 周囲の兵士達が姿勢を正して敬礼をする様子から、この関所を統括する立場に人物と予想できた。

「大変お待たせしました。事の詳しい事情は、既に聞き及んでおります。異人様のご要望となれば、こちらも考えねばなりません。入国審査に関しては、ご安心ください。どうやら荷物も旅の品ばかりですし、特別入国を渋るほどの経歴や様子もない。仮に異人様でなかったとしても、ヒノボリへの立ち入りは歓迎致します」

 ここで、僕やターナ、ワクナさんからは安堵のため息が小さくもれた。

「ただ、我々も国軍に属する身。ただ唯一、皇宮への報告をお許しください。おそらく、迎えの者が都で待っている形になるかと思いますが・・・・・・よろしいでしょうか?」

 壮年の男性は、確認するように僕を見やる。
 とはいえ、僕はお願いをしている側だし、ヒノボリの人達はそれに応えてくれているわけで。
 当然、これ以上負担をかける気にはなれなかった。

「はい。大丈夫・・・・・・ですよね、クロッキアさん」
「あぁ。異人として旅をするならば、ある意味では避けて通れない部分でもある。これも含めて、良い経験になるだろう」
「それは、よかった。では、この関所を抜けても、都まではもう少し距離があります。案内の者を一人就けますので・・・・・・もう、出発されますか?」

 確認に、クロッキアさんが頷く。
 気づけば荷台の検査も終わっており、僕らを囲むように立っていた兵士の人達も、ぴしっとした姿勢で直立していた。
 その表情からは警戒の色が抜け、代わりに張り詰めるくらいの敬意があった。
 既に一般の人と扱いが違う気もするけど、きっとこれが最大限の譲歩なのだと、僕は自身を納得させた。
 事実、こちらに注目する人の視線はほとんど感じることはなく、他の入国者達も自分の対応に集中しており、僕らを気にかける様子はない。

「兵長殿」

 クロッキアさんが、壮年の男性へ声を掛ける。

「歓迎、痛み入る。余計な負担を強いてしまった」
「いや、北境の剣士殿・・・・・・貴方の祖国を考えれば、気の利いた言葉一つ送れぬ、我らの不徳を謝らねばならないところ。せめて、貴方がたに日の出の加護があらんことを」

 僕も、改めて兵長さんと兵士の人達にお礼を言うと、牛車へ戻っていく。
 変に怪しまれない為、審査が終わると兵長さんはすぐにその場を去って行った。
 そうして、馬に乗った兵士の先導を受けながら、僕らはヒノボリの国の中心部――都へと向かうのだった。
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