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第五章 ヒノボリの神隠し
同郷の仲
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「ここでお待ちください。すぐに、皇宮からの迎えが参りますので」
失礼します、と僕らを都まで案内してくれた兵士の人は、そう言い残すと再び馬を走らせ、来た道を戻っていった。
僕らは今、都の四方に設けられた大門を抜けたすぐ先にいる。
関所から真っ直ぐ、竹藪と木々が入り交じった緑の平原を街道沿いに進むと、この南門に辿り着くのだ。
関所同士は木造の外壁で繋がっているらしく、これもまた四方に設けられているとのこと。
案内をしてくれた兵士さんが言うには、関所や都の玄関を分散することで、人や物の流れを円滑にしているらしい。
そんなわけで、僕らはようやくヒノボリの国に辿り着いたわけだけど。
「・・・・・・日本、みたい」
僕は、木造建築が立ち並ぶ、その街並みを目の前にして、自分の故郷を思い返していた。
きっと、この世界に来てから半年も経っていないけど、既にそれくらいの月日が経ったように感じるほど、懐かしさがこみ上げてきていた。
なんだろう・・・・・・一種のホームシックなのかな。
「ニホン?」
呟いた僕に、クロッキアさんが反応する。
「はい、僕の生まれた国です。それと、すごく似ているというか・・・・・・日本の、昔の時代に似ているんです」
そう、ヒノボリの街並みはまさしく、時代劇や大河ドラマなんかで見る江戸時代のような雰囲気と酷似していた。
驚くなという方が難しい。
丸っきり一緒というわけではないけど、別世界ということを考えれば、驚異的なほど一致している点が多い。
木造はもちろん、屋根は傍目で見る分には、あの瓦そのものだ。
道行く人々の姿格好こそ日本人ではないものの、文化という面で見れば、間違いなく和風の気配を感じる。
「あぁ、たぶんそれはね、ユウスケくん」
ワクナさんが、ぴん、と人差し指を立てて、僕の驚きと疑問を察したように話を始めた。
「ずっと昔、このヒノボリの国にも、異人様が召喚されたことがあるらしいの。その人は、ユウスケくんみたいな若者じゃなくて、険しい顔つきのお爺ちゃんだったらしいわ。そして、そのお爺ちゃんは『ダイク』っていう職人だったそうよ」
もう、それで全てが繋がってしまった。
それくらい、僕にとって「大工」という響きは日本特有のものだったから。
「そのダイクの異人様は、戦場にこそ立たなかったけれど、元々木造文化のあったヒノボリに、革命的な技術を伝えてくれた。それが、この都の街並み。木材の扱い方から、その加工技術に至るまで、あくまでヒノボリの業を土台としながらも、ダイクの知恵っていうのかな? それを、遺してくれたんですって」
「その人、もう亡くなってしまったんですか?」
「うん。確か・・・・・・老衰、だったのかな。けど、その異人様は今もしっかりと、ヒノボリで奉られているわ。ダイクの神様としてね」
「え、じゃあヒノボリにも、大工さんがいるんですか!?」
「もちろん。ユウスケくんの思い描いているダイクと同じかは分からないけど、その方が亡くなってから、技術を受け継いだ建築に関わる人達は、異人様への敬意を込めて自分達を『ダイク』と名乗るようになったの」
そういう歴史があって、この都の街並みが生まれたのよ、とワクナさんはもう一度眺めるように視線を向けた。
それに倣い、自然と僕やターナ、クロッキアさんも同じように都を見渡す。
それなら納得だ。
よもや、異世界でまで日本の技術が息づいているとは、夢にも思わなかったけど。
余計に感慨深くなってしまった僕は、完全にヒノボリの都に気を取られていた。
「失礼。人違いでなければいいのだが、もしや異人の方では?」
だから、そう声をかけられるまで、すっかり気づかなかった。
「あぁ、そうだ。ユウスケ、まずは君から名乗った方がいい」
クロッキアさんに促され、ようやく都の街並みから意識を外し、僕はいつの間にか目の前にいた、男性二人組に向き直る。
なめし革と革紐で編み込まれたような、一風変わった甲冑に身を包んだ彼らは、一人がその腰に一振りを提げ、もう一人は槍を手にしていた。
直感的に、彼らの顔つきに違和感を覚えながらも、僕は自己紹介を始める。
「えっと、ネグロフにて召喚された異人のユウスケといいます」
とはいえ、こういったことを言い慣れていない僕は、そこで言葉が詰ってしまう。
この度はうんぬんかんぬん、と続けばいいのだが、何をどう言葉にすればいいのかさっぱり分からない。
頭が真っ白になり、クロッキアさんへ助けを求めようと観念しかかっていたその時だった。
「やっぱり、ユウスケってどう考えたって日本名じゃんかよ!」
と、槍を手にしていた方の男性が、歓喜――そう聞こえる感じの声音で――の声をあげた。
「聞き間違いかと思っていたが・・・・・・ごめん、名字を含めて名乗ってもらっていいかい?」
「は、はい・・・・・・えっと、朝倉祐介です、けど」
うおぉぉ!――と、今度は二人で顔を見合わせながら驚く。
えっと・・・・・・なんだか、違和感の正体が僕も掴めてきたような気がする。
「も、もしかして・・・・・・日本人の方、ですか?」
「勿の論よ! 俺は立木隆也。んで、こっちが・・・・・・」
槍を手にした人はそう名乗り――。
「俺は、池谷秀司だ。よろしくな、祐介君」
――握手を求めながら、一振りを腰に提げたもう一人が、名乗ってくれた。
半分くらい呆然としながら、ほぼ条件反射的に差し出された手を握り返す。
池谷さん、立木さん両名との握手を終えたものの、未だ僕の意識はふわふわとしている。
「いや、まっさか本当に日本人だとはなぁ。たぶん、この世界に来てから四年くらい経つけど、アジア人にさえ会ったことなかったもんなぁ、秀司」
「それな。外国人なら見かけたことあるが、正直、全員同じに見えるしな。だから俺、今めちゃくちゃ感動してる」
そりゃあ、感動するだろう。
事態が飲み込めてきた僕も、同じような心境だったから。
「祐介君、かなり若く見えるけど、いくつなんだい?」
「十七歳です。今年で高校二年生です」
二人は僕の年齢をもう一度、大声で繰り返した。
「わっけー! 高校二年だってよ、おい! 秀司、俺ら高校ん時・・・・・・何してたっけ?」
「高二だと、えー・・・・・・十五年くらい前だろ? もう碌に覚えてないなぁ。ゲームとカラオケの記憶だけはある」
「それ、社会人になっても変わんねぇから。プラス、社畜の思い出が加わるだけだから」
「・・・・・・日本人の性だな」
一転、お通夜みたいな空気を漂わせた二人は、しばらくして立ち直ったのか頭を振ると、仕切り直すように話を続けた。
「わりぃわりぃ、つい日本人ってことで興奮しちまった。話戻すけど、見ての通り、俺と秀司はここ・・・・・・ヒノボリの異人をやってんだ」
「もっとも、着任してまだ一年も経っていないんだがな。元は西の国家で呼び出されたんだ」
と、「西の国家」にクロッキアさんがぴくりと反応する。
珍しく僕よりも一歩後ろに引いていた剣士が、今度は庇うように前へ踏み出る。
心なしか、池谷さんと立木さんに向けられる視線が鋭さを含んでいるような。
「不躾だが、なぜ召喚された国を離れたのか」
一拍おいた後、二人はすぐにクロッキアさんの様子に気がついたようで、僕の時とは違う引き締まった表情に切り替わる。
最初に受け答えをしたのは、一振りの方――池谷さんだ。
「御仁、安心してほしい。知っての通り、ヒノボリはセントメアと対立関係にある。俺と隆也を召喚した国は、確かに法国と名高いセントメアだが、どうにもあの国は肌に合わなくてな」
「そうそう、お高くとまってるっつーかなぁ。あの極論的な正義感には頷けなくてよ。向こうにとっても、俺らはお望みの人間じゃなかったらしくてな・・・・・・翌年には、次の儀式を執り行うとかで盛り上がってたぜ。んで、それが『成功』したってんで、俺らは晴れてお払い箱ってこと」
「その後は、一旦王都を拠点にしていたが、そこでヒノボリの存在を聞いてな。異人の受け入れも行っているというので、今はここに腰を据えている、というわけさ」
経緯を確認したクロッキアさんは、「なるほど」と頷き、警戒の色を解く。
「失礼した」
「いんや、むしろこっちは安心したぜ。なぁ、秀司」
「あぁ。御仁のような剣士がついているならば、安心して彼を任せられる」
そう言うと、池谷さんと立木さんは踵を返す。
「思わず長話をしてしまった。すまないが、ヒノボリを堪能する前に一度、皇宮へ足を運んでもらえないかい?」
背中越しの言葉に、僕はクロッキアさんを見やる。
「行こう。おそらく、上の人間との顔合わせだ」
「・・・・・・な、なんだか緊張しますね」
そんな僕に代わり、承諾の返事はクロッキアさんがしてくれた。
南門からは、とんでもなく広い大通りが一本、中心まで伸びている。
その両脇には、ひしめき合うようにして商店や家屋が建ち並び、遠くを見渡せば、背の高い櫓のような簡素な塔――いや、足場かな――が、随所に聳えているのが見て取れた。
牛車を引きながら、僕らは案内されるままにヒノボリの都を進んでいく。
賑わいはかなりのもので、ネグロフの城下町よりも人の密度が多いかもしれない。そう、感じるほどだった。
ヒノボリまでの道中、少しばかり薄い衣服に着替えたものの、それでも行き交う人々と比べると、僕ら一行の出で立ちは浮いている。
少なくとも、東よりも北から来たことは、間違いなく分かるほどだ。
人の波を押しのけるようにして、繁華街のような場所を抜けると、今度は徐々に人通りが少なくなっていく。
代わりに、進路の先には一際大きな宮殿が姿を現していた。
サイズ感もさることながら、地形が一段も二段も高くなっている。
ネグロフもそうだったけど、偉い人がいる場所というのは、高い位置に作られるものなのだろうか。
宮殿の周囲からは、目に見えて兵士の数が増え、その雰囲気は関所で感じたものに近い。
けど、池谷さんと立木さんに先導されているおかげか、睨まれている感じは一切なかった。
見上げるような石段の前まで来ると、案内をする二人の足が止まる。
「さて、ここからだが、警備の関係で全員を招くことができないんだ」
振り返り、池谷さんが申し訳なさそうな表情で、そう切り出した。
「・・・・・・え」と、僕は不安げな声をもらしてしまったが、クロッキアさんが半ば予想していたように、すっと口を開く。
「では、牛車もある。私はここで待機していよう。ただ、彼女達はユウスケと共に連れてはもらえないだろうか?」
これには、終始事の推移を見守ることに徹していた女性陣が、きょとんとする。
まぁ・・・・・・そうだよね。僕も同じだもん。
がしかし、クロッキアさんはそんなことはお構いなしに、ずんずんと主張を続けていく。
「彼女、ターナはユウスケの付き人だ。世話役と言い換えてもいい。戦闘の心得はなく、礼節を弁えた立ち振る舞いに問題はない。そして、気づいていたかもしれないが彼女・・・・・・ワクナは、ここヒノボリの民だ。理由あって、北からの道中で保護した。警備の面で見ても、私はともかく、彼女達を拒む必要はないと思うが・・・・・・」
ヒノボリの異人二人が反応したのは、ターナではなくワクナさんの方だった。
「見慣れた顔つきとは思っていたが、本当にヒノボリの民とは・・・・・・」
「ワクナちゃん、ねぇ。身分を証明できるようなものはあるか?」
立木さんに問いかけられると、ワクナさんは緊張した面持ちで首を横に振った。
「んー、じゃあ代わりにそれを証明してくれるような人は?」
「・・・・・・満腹堂の女将さんなら、きっと証明してくれると思います。私、そこで働かせてもらっていたので」
満腹堂。
その名前を聞いた瞬間、二人が「うわっ」という表情を浮かべた。
「あー、こりゃあ早いとこ女将さんとこ連れて行かねぇと、俺らがどやされるやつだなぁ」
「理由あって、というのも・・・・・・まぁ、これでもヒノボリの異人だからな。ある程度察しはついていたが、君・・・・・・ワクナと言ったね?」
「は、はい」
「念のために聞くが、出国の手続きはして都を出たのかい?」
一瞬、ワクナさんは返答をためらうように息を呑んだが、すぐに「いいえ」と答えた。
「やはりか。ということは今頃、女将さんは君をひどく心配していることだろう。加えて、俺達の無能っぷりにさぞご立腹だろうね」
「秀司、俺は皇宮を案内しなきゃなんねぇ。ワクナちゃんは任せたぜ。安心しろ、骨は拾ってやるから」
「甘いな、隆也。おそらく、骨さえ残らない」
たぶん、冗談だとは思うけれど、その女将さんはどれだけ恐ろしい存在なのだろう。
口ぶりからして、池谷さんも立木さんも、それなりに親しい風に感じるけど・・・・・・。
「とまぁ、冗談はここまでにして。事情は後で聞かせてもらうが、俺達の耳に入った以上、身の安全は保証する。安心してくれ」
「あの・・・・・・ですが・・・・・・」
「込み入った背景があるのも、承知の上ってやつよ。ワクナちゃん、まずは女将さんのところに行きな。君を外に連れ出した連中が違法なら、こっちだって別に正規の手順を踏む必要はねぇからな。俺らは異人だけど、聖人でもなんでもねぇ。細かい事は全部悪人のせいにしちまえばいいんだよ」
なんだか、ものすごく物騒なことを言っている気がする。
正直、僕やターナ、ワクナさんはその語気に若干身を引いてしまった。
「存外、話が早くて助かる。こちらも保護の経緯を詰問されるものとばかり思っていたが・・・・・・」
ただ一人、クロッキアさんだけはいつも通り冷静だけど。
「ま、これが初めてじゃねぇからな。ってわけで、この件はひとまず後だ後。あんま話し込むと、別のおっかないのに大目玉くらっちまう」
「そうだな。では、ワクナは俺と一緒に満腹堂へ行こう。秀司、祐介君たちを頼んだぞ」
話がまとまると、後はあっという間だった。
ワクナさんは池谷さんと一緒に都の中心部へ引き返して行ったし、クロッキアさんは皇宮前で待機。
つまり、僕は結局、ターナと二人っきりで偉い人のところへ行かなくてはいけなくなってしまったのだった。
元の世界ではまずお目にかかれないくらい厳重な警備の中を、立木さんが先導となって歩いて行く。
ネグロフの王城と趣こそ違うものの、ヒノボリの皇宮もまた格式ある雰囲気で包まれていた。
赤と金を基調とした内部は、精巧に彫り込まれた木彫りだったり、金色に輝く像や焼き物が至る所に飾られており、まさしく豪華絢爛の様相といったところ。
歩いているだけで身体が縮こまりそうな場違い感に耐えながら、気づけば僕は一際大きな扉の先へと、足を踏み入れていた。
「リュウヤ様、お待ちしておりました」
「おう、遅くなって悪いな」
こちらに歩み寄りながら声をかけてきたのは、着物みたいな羽織り物に身を包んだ女性だった。
一見すると和装に見えるその女性は、腰から刀のような得物を提げており、世話係という出で立ちには見えない。
おまけに、その室内は同じような格好の女性達が何人もいて、一気に視線が僕らへと突き刺さる。
「して、その方々が?」
代表とおぼしき女性が立木さんに問いかけながら、僕とターナを見やる。
「男の方が件の異人だ。もう一人のかわいこちゃんは、そのお付き」
「なるほど。随分とお若いようですが・・・・・・」
意外にも、その女性は表情を曇らせる。
いや、意外でもないか・・・・・・。
異人とはいえ、僕じゃあ何の頼り甲斐もないだろうし。
「ま、そこはしゃーないだろ。お互い相手は選べねぇ」
「しかし・・・・・・」
「辛気くさいこと言っても始まらねぇよ。呼び出された以上、どうにかこうにかこの世界で生きていくしかねぇんだ。んなこと、呼び出した側の連中だって覚悟の上だったろうよ」
立木さんが促しながら言うと、女性は振り払うように頭を振り、再び僕らへ視線を向けた。
「申し遅れました、わたくしは侍女長を務めておりますヒナギと申します。北境からヒノボリへ来られたと聞き及んでおります。さぞ長旅だったでしょう。その上でのご足労、感謝致します」
「あ、い、いえっ・・・・・・そんなことありません」
一拍置き、ヒナギさんは更に続けた。
「ネグロフの件、心中お察し致します。事の子細は存じ上げませんが、さぞ辛い経験をされたことでしょう。・・・・・・申し訳ございません」
「ま、待ってくださいっ。そんな、別にヒナギさんが悪いわけじゃないです。頭をあげてください!」
しかし、そんな僕の言葉を、ヒナギさんは視線を落としたまま「いえ」と返した。
「わたくしどもには、確かな責任がございます」
その言葉の意味を理解しかねていると、立木さんが代わるように口を開いた。
「召喚した責任ってやつさ。ネグロフの滅亡そのものはともかくとして、本当は自分達で始末つけなきゃいけねぇ問題を、異人に背負わせている事実だ。平和に暮らしてた人間を、問答無用で戦乱の世に放り込んだ。言っちまえば、自分達が助かるために他人を地獄の底に引きずり込んだってわけよ」
「た、たつぎさん・・・・・・」
そんな風に言わなくても――そう言いかけた僕を、ヒナギさんの言葉が遮る。
「その通りでございます。だからこそ、我らはあまりにも罪深いのです。例え負い目があろうと、異人様には戦ってもらわねばならない。わたくしがどれほど頭を下げようと、異人の方々に求める内容は変わらないのです」
「だからせめて、詫びくらいはさせてくれってことさ。初めっから選択肢なんてねぇんだよ、俺達にはさ。祐介君はまだ魔族と戦った経験はないよな?」
「は、はい・・・・・・」
「なら、ヒナギの態度が過剰に感じるのも無理はねぇ。けど、一度だってあいつらとやり合えば分かる。そもそも、どうして召喚の儀式なんてもんに頼ったのか、どうしてここまで異人が持ち上げられてるのか・・・・・・そんな疑問が、綺麗さっぱり吹っ飛んじまうぜ」
だから、美人の言葉くらいは素直に受け取っておけよ、と。
立木さんは笑いながら、僕の背を叩いた。
「リュウヤ様、わたくしは脅かすような意図はなかったのですが」
「わりぃわりぃ。ま、貰えるもんは貰っとけって話さ。遠慮するこたねぇよ。そうでもしねぇと、ヒナギみたいな真面目が服着てるような人間は気が済まねぇだろうしなー」
僕は二人の掛け合いをただ聞いているしかできなかった。
けど、立木さんの言葉の意味は伝わってきた。
確かに、ネグロフでもそうだったけど、この異世界における異人の扱いは間違いなく特別なものだ。
けど、それさえ当たり前に感じてしまうくらい、魔族との戦いは苛烈なものということらしい。
「個人的な話が過ぎました。リュウヤ様、案内しても?」
「おう、よろしく頼む」
すると、ヒナギさんの後ろで控えていた数人の女性がこちらに歩み寄り、僕やターナの持ち物を預かった。
「あの、まさか私もユウスケ様とご一緒するのでしょうか?」
控えめな声で、ターナがそう聞く。
それに対し答えたのは、ヒナギさんだった。
「はい、お願い致します。後ろに控えては頂きますが、これはヒノボリなりの敬意でございます。異人様の付き人となれば、同様の客人として我らが皇と謁見する立場にあると考えましたので」
「・・・・・・し、しかし」
「遠慮は無用でございます。ここまで来たのが、その証。ヒノボリの異人であるリュウヤ様が連れてきたということは、それに値する形でなければ双方に泥を塗ってしまうでしょう」
その間も、すでに僕らは歩き出していて、ヒナギさんが言い終わる頃には、後戻りのきかない場所に着いていた。
軽く振り返ると、そこには覚悟を決めた様子のターナが、僕を見返している。
さ、さすが・・・・・・僕と違って、腹を括るのが早い。
「ここから先が、謁見の間となります。ターナ様は、わたくしと共に控えの位置へ。ユウスケ様は、リュウヤ様の先導で御前へお進みください」
「は、はい・・・・・・」
さっきから早まるばかりの動悸に、緊張感もどんどん強まっていく。
ネグロフの時はクラスの皆がいたけど、今は完全に僕一人だ。
緊張するなっていう方が難しい。
正直、吐きそうなくらい胸元が苦しい。
けど、現実は待ったなしで進行していく。
垂れ幕みたいな布の仕切りを越えた先は、板張りの広間だった。
部屋の四隅には腰を下ろした姿勢の女性が待機していて、じっとこちらを見て――いや、監視している。
振り向いてターナの存在を確認する余裕さえなく、僕は立木さんの背中を追うようにして歩いて行く。
広間の奥に辿り着くと、これも立木さんに倣い片膝をついて、頭を垂れた。
「連れて参りました」
立木さんがそう言うと、少ししてから、誰かの足音が聞こえてくる。
広間の奥、僕と立木さんの前には、入り口と同じように垂れ幕のようなもので仕切られており、内側の様子は薄らとしか分からない。
それはまるで、時代劇とかで見る、お殿様とかが座っている場所そっくりだった。
「皇の御前となります」
足音が近くなると、女性がそう口を開いた。
すると、足音は更に近くなり、僕らの前でぴたりと止んだ。
少しの間衣擦れの音が続いた後、声が響く。
「面を上げよ」
高い、女性の声。
言われるまま、僕は顔を上げる。
そこには、小柄な輪郭が垂れ幕の奥に、確かにあった。
「まずは名だ。・・・・・・北の異人よ、名をなんという」
「は、はいっ。朝倉、祐介です。あ、と、申します・・・・・・」
「よい。異人にまで過度の礼節は求めぬ。もう少し、力を抜くが良い」
「は、はっ。あ、ありがとう、ございます」
緊張でうまく回らない口を懸命に動かし、なんとか受け答えをする。
「ユースケ。よくぞ、ヒノボリの地へ参った。余は、ヒノボリを治める皇、名をキキョウという。見知り置け」
「は、はい」
「さて、形式張った問答は名乗りで十分だろう。・・・・・・時にリュウヤ、先に片付けたいことがある」
ここで、ヒノボリの皇――キキョウ様の矛先が、僕から立木さんへシフトする。
「は、どのような内容でございましょうか」
「知れたこと。都の入り口からここまで、随分と長旅だったようだのう。・・・・・・余を待たせるとは、やはり筋金入りの剛胆よ」
ばっ、と扇子――らしきものを広げる音が耳に入る。
「恐れながら、これには訳がありまして・・・・・・」
「言うてみよ」
「はっ。同行した者の中に、ヒノボリの民と思われる者が一名おりました。その者、どうやら違法な人身売買によって国外へ連れ出されたものと見られ、保護の手続きに時間がかかった次第でございます」
「ほう。・・・・・・それだけか?」
「・・・・・・あとは、立ち話などを少々」
「ほう。・・・・・・・・・・・・それだけか?」
「・・・・・・・・・・・・同じ異人同士、ちょっと・・・・・・話が盛り上がったり・・・・・・したかなぁ、とは・・・・・・」
あ、あれ・・・・・・?
なんだか、場の空気が・・・・・・。
「なるほど。余との謁見が控えていると知りながら、世間話に花を咲かせていた、と」
「いや・・・・・・まぁ、その・・・・・・」
「この期に及んで、まだ弁解が必要か?」
僕は、ゆっくりと立木さんの方へと視線を動かす。
隣にいる彼は、しばらく目を伏せて沈黙していたけど、意を決したように垂れ幕の奥を見据えると――。
「久々に日本人に出会って、めっちゃ浮かれてました!」
――そう、心中をありのまますぎる形で言葉にしたのだった。
「なぁに開き直っとるか! 余はせっかくの朝食を後回しにしてまで、待っておったのだぞ!」
「失礼ながら、我が皇よ。今時分では、朝食と呼ぶに遅すぎる気が・・・・・・」
「やかましいわ、この頓馬! 腹の虫が鳴っとるというに、汁物ひとつ啜れぬ余の生き地獄、このツケは高くつくぞ!」
「いや、だから昨日、あれだけ早く寝た方がいいって言ったじゃないっすか」
「あれは仕方がない。ばばぬき、などという面白い札遊びを持ち込んだおぬしらの責任であろう」
「それに最後まで付き合わされてたヒナギは、ちゃんと定刻に起きてましたよ」
「ふん、よく言うわ。ヒナギが起こさねば、おぬしやシュウジも寝坊していたであろう」
「そうっすけど、キキョウ様はそもそも、起こしても一向に起きなかったじゃないっすか」
なぁ?――と、立木さんが背中越しに後ろを見やる。
すると、かなり恐縮した声音で、
「大層、お疲れでいらっしゃられたのでしょう」
と、ヒナギさんの振り絞るような返答が返ってきた。
「如何にも。というわけで、おぬしとシュウジには、後でなんらかの罰を用意しておく。心待ちにしておくがよい」
「えー・・・・・・」
「えー、じゃないわ! おぬしらが余の目を盗んで、城下で憂さを晴らしておることは、すでに知っておるのだぞ」
「いや、憂さ晴らしっていうか、ただ満腹堂で飯食ってるだけなんすけど」
「ええい、やかましい! 余が自ら食べに行けぬと知っていて、よくもそのような悪事が働けるな! 良心が痛まぬのか!? この外道! 悪魔! 色情魔!」
・・・・・・なんだか、最後のは違う気がするけど。
きーっ!、と座りながら器用に暴れるキキョウ様を、周囲がびくびくしながらなだめにかかる。
なんというか、もの凄い場面に出くわしてしまった気がするのだけど、気のせいだろうか。
「いやぁ、もうちょっと格好つけたかったんだけどなぁ。やっぱ、粗ってのは出ちまうもんなんだなぁ」
「・・・・・・い、いつもこういった感じなんですか?」
苦笑いしながら聞くと、立木さんは笑いながら「大体な」と答えた。
「ま、これくらいのが祐介君も気が楽でいいだろ?」
「は、はぁ」
最初の緊張感が嘘みたいに、今では広間全体がふわふわとした空気になっている。
未だキキョウ様の顔さえ分からないけど、声や体格から判断するとかなり幼く思えた。
でも、その点は意外なほどすんなりと受け入れられたように感じる。
少なくとも、僕の元いた世界よりかは生き死にが近いんだ。
ワクナさんのように、先の戦いで親族を失っているが為と考えれば、疑問はなかった。
「さて、ユースケと言ったな」
「は、はい!」
落ち着きを取り戻したキキョウ様から呼ばれ、弛緩しかかっていた背中がぴんと伸びる。
「まずは、歓迎しよう。余を含め、ヒノボリは異人とその一行を喜んで受け入れる。急ぐ旅でもないならば、ここ東方を楽しんでいかれよ」
「はい、ありがとうございます」
「まぁ、この謁見そのものが形式的なものだ。さし当たって余から話すこともないのだが、一つ・・・・・・興味がわいた」
「はぁ・・・・・・興味、でしょうか?」
「うむ。時にユースケ、そなた『自覚はある』のか?」
――――自覚?
唐突な質問であることに重ね、意図の読めないそれに、僕は言葉を詰らせる。
この場合、真っ先に思い浮かぶのは、異人としての自覚ということになるのかな。
「・・・・・・一応、自分が異人だっていう風には、ちゃんと自覚しています。いずれ、人類のために魔族と戦わなければいけないということも・・・・・・」
「そうではない」
違う、とキキョウ様は首を横に振る仕草を見せた。
そうなると、僕には完全に質問の意図が分からなくなる。
当惑する僕を見て、何かが分かったのか、キキョウ様は「なるほど」と呟いた。
「こちら側が先だったか。・・・・・・相変わらず、我が身のことながら境界線があやふやになる」
「・・・・・・?」
「ユースケ、忘れるがよい。今の問いは、余の失言であった。許せ」
終始、僕にはなんのことだかさっぱり検討もつかないけれど、そう言われては追求のしようもなかった。
「リュウヤがニホンジンと言っておったが、それは真か?」
「はい。本当です」
「ほう。巡り合わせとは数奇なものよの。なれば同郷の仲、ヒノボリの異人を護衛につける故、細かいことは二人に聞くがよい」
「え、いいんすか?」
隣から、素っ頓狂な声があがる。
というか、立木さん・・・・・・完全に素が出ちゃってますよ。
たぶん、もう隠す気もないのだろうけど。
「よい。ただし、ユースケとその一行はヒノボリの客人。分かっておるな?」
「お任せを。ばっちり案内しますよ」
「では、謁見はここまでだ」
そう言うと、再び「皇の御前となります」と声があがる。
同時に、立木さん達が改めて姿勢を正し、頭を垂れた。
もちろん、僕もそれに倣う。
「ユースケ」
少し後、ぴたりと足音が止んだと思うと、そんな呼ぶ声が頭上に降りかかってきた。
反射的に顔を上げそうになるけど、それよりも早く次の言葉がやってくる。
「そなたとは、もう一度会う」
そう言い残し、今度は足音が止まることはなかった。
失礼します、と僕らを都まで案内してくれた兵士の人は、そう言い残すと再び馬を走らせ、来た道を戻っていった。
僕らは今、都の四方に設けられた大門を抜けたすぐ先にいる。
関所から真っ直ぐ、竹藪と木々が入り交じった緑の平原を街道沿いに進むと、この南門に辿り着くのだ。
関所同士は木造の外壁で繋がっているらしく、これもまた四方に設けられているとのこと。
案内をしてくれた兵士さんが言うには、関所や都の玄関を分散することで、人や物の流れを円滑にしているらしい。
そんなわけで、僕らはようやくヒノボリの国に辿り着いたわけだけど。
「・・・・・・日本、みたい」
僕は、木造建築が立ち並ぶ、その街並みを目の前にして、自分の故郷を思い返していた。
きっと、この世界に来てから半年も経っていないけど、既にそれくらいの月日が経ったように感じるほど、懐かしさがこみ上げてきていた。
なんだろう・・・・・・一種のホームシックなのかな。
「ニホン?」
呟いた僕に、クロッキアさんが反応する。
「はい、僕の生まれた国です。それと、すごく似ているというか・・・・・・日本の、昔の時代に似ているんです」
そう、ヒノボリの街並みはまさしく、時代劇や大河ドラマなんかで見る江戸時代のような雰囲気と酷似していた。
驚くなという方が難しい。
丸っきり一緒というわけではないけど、別世界ということを考えれば、驚異的なほど一致している点が多い。
木造はもちろん、屋根は傍目で見る分には、あの瓦そのものだ。
道行く人々の姿格好こそ日本人ではないものの、文化という面で見れば、間違いなく和風の気配を感じる。
「あぁ、たぶんそれはね、ユウスケくん」
ワクナさんが、ぴん、と人差し指を立てて、僕の驚きと疑問を察したように話を始めた。
「ずっと昔、このヒノボリの国にも、異人様が召喚されたことがあるらしいの。その人は、ユウスケくんみたいな若者じゃなくて、険しい顔つきのお爺ちゃんだったらしいわ。そして、そのお爺ちゃんは『ダイク』っていう職人だったそうよ」
もう、それで全てが繋がってしまった。
それくらい、僕にとって「大工」という響きは日本特有のものだったから。
「そのダイクの異人様は、戦場にこそ立たなかったけれど、元々木造文化のあったヒノボリに、革命的な技術を伝えてくれた。それが、この都の街並み。木材の扱い方から、その加工技術に至るまで、あくまでヒノボリの業を土台としながらも、ダイクの知恵っていうのかな? それを、遺してくれたんですって」
「その人、もう亡くなってしまったんですか?」
「うん。確か・・・・・・老衰、だったのかな。けど、その異人様は今もしっかりと、ヒノボリで奉られているわ。ダイクの神様としてね」
「え、じゃあヒノボリにも、大工さんがいるんですか!?」
「もちろん。ユウスケくんの思い描いているダイクと同じかは分からないけど、その方が亡くなってから、技術を受け継いだ建築に関わる人達は、異人様への敬意を込めて自分達を『ダイク』と名乗るようになったの」
そういう歴史があって、この都の街並みが生まれたのよ、とワクナさんはもう一度眺めるように視線を向けた。
それに倣い、自然と僕やターナ、クロッキアさんも同じように都を見渡す。
それなら納得だ。
よもや、異世界でまで日本の技術が息づいているとは、夢にも思わなかったけど。
余計に感慨深くなってしまった僕は、完全にヒノボリの都に気を取られていた。
「失礼。人違いでなければいいのだが、もしや異人の方では?」
だから、そう声をかけられるまで、すっかり気づかなかった。
「あぁ、そうだ。ユウスケ、まずは君から名乗った方がいい」
クロッキアさんに促され、ようやく都の街並みから意識を外し、僕はいつの間にか目の前にいた、男性二人組に向き直る。
なめし革と革紐で編み込まれたような、一風変わった甲冑に身を包んだ彼らは、一人がその腰に一振りを提げ、もう一人は槍を手にしていた。
直感的に、彼らの顔つきに違和感を覚えながらも、僕は自己紹介を始める。
「えっと、ネグロフにて召喚された異人のユウスケといいます」
とはいえ、こういったことを言い慣れていない僕は、そこで言葉が詰ってしまう。
この度はうんぬんかんぬん、と続けばいいのだが、何をどう言葉にすればいいのかさっぱり分からない。
頭が真っ白になり、クロッキアさんへ助けを求めようと観念しかかっていたその時だった。
「やっぱり、ユウスケってどう考えたって日本名じゃんかよ!」
と、槍を手にしていた方の男性が、歓喜――そう聞こえる感じの声音で――の声をあげた。
「聞き間違いかと思っていたが・・・・・・ごめん、名字を含めて名乗ってもらっていいかい?」
「は、はい・・・・・・えっと、朝倉祐介です、けど」
うおぉぉ!――と、今度は二人で顔を見合わせながら驚く。
えっと・・・・・・なんだか、違和感の正体が僕も掴めてきたような気がする。
「も、もしかして・・・・・・日本人の方、ですか?」
「勿の論よ! 俺は立木隆也。んで、こっちが・・・・・・」
槍を手にした人はそう名乗り――。
「俺は、池谷秀司だ。よろしくな、祐介君」
――握手を求めながら、一振りを腰に提げたもう一人が、名乗ってくれた。
半分くらい呆然としながら、ほぼ条件反射的に差し出された手を握り返す。
池谷さん、立木さん両名との握手を終えたものの、未だ僕の意識はふわふわとしている。
「いや、まっさか本当に日本人だとはなぁ。たぶん、この世界に来てから四年くらい経つけど、アジア人にさえ会ったことなかったもんなぁ、秀司」
「それな。外国人なら見かけたことあるが、正直、全員同じに見えるしな。だから俺、今めちゃくちゃ感動してる」
そりゃあ、感動するだろう。
事態が飲み込めてきた僕も、同じような心境だったから。
「祐介君、かなり若く見えるけど、いくつなんだい?」
「十七歳です。今年で高校二年生です」
二人は僕の年齢をもう一度、大声で繰り返した。
「わっけー! 高校二年だってよ、おい! 秀司、俺ら高校ん時・・・・・・何してたっけ?」
「高二だと、えー・・・・・・十五年くらい前だろ? もう碌に覚えてないなぁ。ゲームとカラオケの記憶だけはある」
「それ、社会人になっても変わんねぇから。プラス、社畜の思い出が加わるだけだから」
「・・・・・・日本人の性だな」
一転、お通夜みたいな空気を漂わせた二人は、しばらくして立ち直ったのか頭を振ると、仕切り直すように話を続けた。
「わりぃわりぃ、つい日本人ってことで興奮しちまった。話戻すけど、見ての通り、俺と秀司はここ・・・・・・ヒノボリの異人をやってんだ」
「もっとも、着任してまだ一年も経っていないんだがな。元は西の国家で呼び出されたんだ」
と、「西の国家」にクロッキアさんがぴくりと反応する。
珍しく僕よりも一歩後ろに引いていた剣士が、今度は庇うように前へ踏み出る。
心なしか、池谷さんと立木さんに向けられる視線が鋭さを含んでいるような。
「不躾だが、なぜ召喚された国を離れたのか」
一拍おいた後、二人はすぐにクロッキアさんの様子に気がついたようで、僕の時とは違う引き締まった表情に切り替わる。
最初に受け答えをしたのは、一振りの方――池谷さんだ。
「御仁、安心してほしい。知っての通り、ヒノボリはセントメアと対立関係にある。俺と隆也を召喚した国は、確かに法国と名高いセントメアだが、どうにもあの国は肌に合わなくてな」
「そうそう、お高くとまってるっつーかなぁ。あの極論的な正義感には頷けなくてよ。向こうにとっても、俺らはお望みの人間じゃなかったらしくてな・・・・・・翌年には、次の儀式を執り行うとかで盛り上がってたぜ。んで、それが『成功』したってんで、俺らは晴れてお払い箱ってこと」
「その後は、一旦王都を拠点にしていたが、そこでヒノボリの存在を聞いてな。異人の受け入れも行っているというので、今はここに腰を据えている、というわけさ」
経緯を確認したクロッキアさんは、「なるほど」と頷き、警戒の色を解く。
「失礼した」
「いんや、むしろこっちは安心したぜ。なぁ、秀司」
「あぁ。御仁のような剣士がついているならば、安心して彼を任せられる」
そう言うと、池谷さんと立木さんは踵を返す。
「思わず長話をしてしまった。すまないが、ヒノボリを堪能する前に一度、皇宮へ足を運んでもらえないかい?」
背中越しの言葉に、僕はクロッキアさんを見やる。
「行こう。おそらく、上の人間との顔合わせだ」
「・・・・・・な、なんだか緊張しますね」
そんな僕に代わり、承諾の返事はクロッキアさんがしてくれた。
南門からは、とんでもなく広い大通りが一本、中心まで伸びている。
その両脇には、ひしめき合うようにして商店や家屋が建ち並び、遠くを見渡せば、背の高い櫓のような簡素な塔――いや、足場かな――が、随所に聳えているのが見て取れた。
牛車を引きながら、僕らは案内されるままにヒノボリの都を進んでいく。
賑わいはかなりのもので、ネグロフの城下町よりも人の密度が多いかもしれない。そう、感じるほどだった。
ヒノボリまでの道中、少しばかり薄い衣服に着替えたものの、それでも行き交う人々と比べると、僕ら一行の出で立ちは浮いている。
少なくとも、東よりも北から来たことは、間違いなく分かるほどだ。
人の波を押しのけるようにして、繁華街のような場所を抜けると、今度は徐々に人通りが少なくなっていく。
代わりに、進路の先には一際大きな宮殿が姿を現していた。
サイズ感もさることながら、地形が一段も二段も高くなっている。
ネグロフもそうだったけど、偉い人がいる場所というのは、高い位置に作られるものなのだろうか。
宮殿の周囲からは、目に見えて兵士の数が増え、その雰囲気は関所で感じたものに近い。
けど、池谷さんと立木さんに先導されているおかげか、睨まれている感じは一切なかった。
見上げるような石段の前まで来ると、案内をする二人の足が止まる。
「さて、ここからだが、警備の関係で全員を招くことができないんだ」
振り返り、池谷さんが申し訳なさそうな表情で、そう切り出した。
「・・・・・・え」と、僕は不安げな声をもらしてしまったが、クロッキアさんが半ば予想していたように、すっと口を開く。
「では、牛車もある。私はここで待機していよう。ただ、彼女達はユウスケと共に連れてはもらえないだろうか?」
これには、終始事の推移を見守ることに徹していた女性陣が、きょとんとする。
まぁ・・・・・・そうだよね。僕も同じだもん。
がしかし、クロッキアさんはそんなことはお構いなしに、ずんずんと主張を続けていく。
「彼女、ターナはユウスケの付き人だ。世話役と言い換えてもいい。戦闘の心得はなく、礼節を弁えた立ち振る舞いに問題はない。そして、気づいていたかもしれないが彼女・・・・・・ワクナは、ここヒノボリの民だ。理由あって、北からの道中で保護した。警備の面で見ても、私はともかく、彼女達を拒む必要はないと思うが・・・・・・」
ヒノボリの異人二人が反応したのは、ターナではなくワクナさんの方だった。
「見慣れた顔つきとは思っていたが、本当にヒノボリの民とは・・・・・・」
「ワクナちゃん、ねぇ。身分を証明できるようなものはあるか?」
立木さんに問いかけられると、ワクナさんは緊張した面持ちで首を横に振った。
「んー、じゃあ代わりにそれを証明してくれるような人は?」
「・・・・・・満腹堂の女将さんなら、きっと証明してくれると思います。私、そこで働かせてもらっていたので」
満腹堂。
その名前を聞いた瞬間、二人が「うわっ」という表情を浮かべた。
「あー、こりゃあ早いとこ女将さんとこ連れて行かねぇと、俺らがどやされるやつだなぁ」
「理由あって、というのも・・・・・・まぁ、これでもヒノボリの異人だからな。ある程度察しはついていたが、君・・・・・・ワクナと言ったね?」
「は、はい」
「念のために聞くが、出国の手続きはして都を出たのかい?」
一瞬、ワクナさんは返答をためらうように息を呑んだが、すぐに「いいえ」と答えた。
「やはりか。ということは今頃、女将さんは君をひどく心配していることだろう。加えて、俺達の無能っぷりにさぞご立腹だろうね」
「秀司、俺は皇宮を案内しなきゃなんねぇ。ワクナちゃんは任せたぜ。安心しろ、骨は拾ってやるから」
「甘いな、隆也。おそらく、骨さえ残らない」
たぶん、冗談だとは思うけれど、その女将さんはどれだけ恐ろしい存在なのだろう。
口ぶりからして、池谷さんも立木さんも、それなりに親しい風に感じるけど・・・・・・。
「とまぁ、冗談はここまでにして。事情は後で聞かせてもらうが、俺達の耳に入った以上、身の安全は保証する。安心してくれ」
「あの・・・・・・ですが・・・・・・」
「込み入った背景があるのも、承知の上ってやつよ。ワクナちゃん、まずは女将さんのところに行きな。君を外に連れ出した連中が違法なら、こっちだって別に正規の手順を踏む必要はねぇからな。俺らは異人だけど、聖人でもなんでもねぇ。細かい事は全部悪人のせいにしちまえばいいんだよ」
なんだか、ものすごく物騒なことを言っている気がする。
正直、僕やターナ、ワクナさんはその語気に若干身を引いてしまった。
「存外、話が早くて助かる。こちらも保護の経緯を詰問されるものとばかり思っていたが・・・・・・」
ただ一人、クロッキアさんだけはいつも通り冷静だけど。
「ま、これが初めてじゃねぇからな。ってわけで、この件はひとまず後だ後。あんま話し込むと、別のおっかないのに大目玉くらっちまう」
「そうだな。では、ワクナは俺と一緒に満腹堂へ行こう。秀司、祐介君たちを頼んだぞ」
話がまとまると、後はあっという間だった。
ワクナさんは池谷さんと一緒に都の中心部へ引き返して行ったし、クロッキアさんは皇宮前で待機。
つまり、僕は結局、ターナと二人っきりで偉い人のところへ行かなくてはいけなくなってしまったのだった。
元の世界ではまずお目にかかれないくらい厳重な警備の中を、立木さんが先導となって歩いて行く。
ネグロフの王城と趣こそ違うものの、ヒノボリの皇宮もまた格式ある雰囲気で包まれていた。
赤と金を基調とした内部は、精巧に彫り込まれた木彫りだったり、金色に輝く像や焼き物が至る所に飾られており、まさしく豪華絢爛の様相といったところ。
歩いているだけで身体が縮こまりそうな場違い感に耐えながら、気づけば僕は一際大きな扉の先へと、足を踏み入れていた。
「リュウヤ様、お待ちしておりました」
「おう、遅くなって悪いな」
こちらに歩み寄りながら声をかけてきたのは、着物みたいな羽織り物に身を包んだ女性だった。
一見すると和装に見えるその女性は、腰から刀のような得物を提げており、世話係という出で立ちには見えない。
おまけに、その室内は同じような格好の女性達が何人もいて、一気に視線が僕らへと突き刺さる。
「して、その方々が?」
代表とおぼしき女性が立木さんに問いかけながら、僕とターナを見やる。
「男の方が件の異人だ。もう一人のかわいこちゃんは、そのお付き」
「なるほど。随分とお若いようですが・・・・・・」
意外にも、その女性は表情を曇らせる。
いや、意外でもないか・・・・・・。
異人とはいえ、僕じゃあ何の頼り甲斐もないだろうし。
「ま、そこはしゃーないだろ。お互い相手は選べねぇ」
「しかし・・・・・・」
「辛気くさいこと言っても始まらねぇよ。呼び出された以上、どうにかこうにかこの世界で生きていくしかねぇんだ。んなこと、呼び出した側の連中だって覚悟の上だったろうよ」
立木さんが促しながら言うと、女性は振り払うように頭を振り、再び僕らへ視線を向けた。
「申し遅れました、わたくしは侍女長を務めておりますヒナギと申します。北境からヒノボリへ来られたと聞き及んでおります。さぞ長旅だったでしょう。その上でのご足労、感謝致します」
「あ、い、いえっ・・・・・・そんなことありません」
一拍置き、ヒナギさんは更に続けた。
「ネグロフの件、心中お察し致します。事の子細は存じ上げませんが、さぞ辛い経験をされたことでしょう。・・・・・・申し訳ございません」
「ま、待ってくださいっ。そんな、別にヒナギさんが悪いわけじゃないです。頭をあげてください!」
しかし、そんな僕の言葉を、ヒナギさんは視線を落としたまま「いえ」と返した。
「わたくしどもには、確かな責任がございます」
その言葉の意味を理解しかねていると、立木さんが代わるように口を開いた。
「召喚した責任ってやつさ。ネグロフの滅亡そのものはともかくとして、本当は自分達で始末つけなきゃいけねぇ問題を、異人に背負わせている事実だ。平和に暮らしてた人間を、問答無用で戦乱の世に放り込んだ。言っちまえば、自分達が助かるために他人を地獄の底に引きずり込んだってわけよ」
「た、たつぎさん・・・・・・」
そんな風に言わなくても――そう言いかけた僕を、ヒナギさんの言葉が遮る。
「その通りでございます。だからこそ、我らはあまりにも罪深いのです。例え負い目があろうと、異人様には戦ってもらわねばならない。わたくしがどれほど頭を下げようと、異人の方々に求める内容は変わらないのです」
「だからせめて、詫びくらいはさせてくれってことさ。初めっから選択肢なんてねぇんだよ、俺達にはさ。祐介君はまだ魔族と戦った経験はないよな?」
「は、はい・・・・・・」
「なら、ヒナギの態度が過剰に感じるのも無理はねぇ。けど、一度だってあいつらとやり合えば分かる。そもそも、どうして召喚の儀式なんてもんに頼ったのか、どうしてここまで異人が持ち上げられてるのか・・・・・・そんな疑問が、綺麗さっぱり吹っ飛んじまうぜ」
だから、美人の言葉くらいは素直に受け取っておけよ、と。
立木さんは笑いながら、僕の背を叩いた。
「リュウヤ様、わたくしは脅かすような意図はなかったのですが」
「わりぃわりぃ。ま、貰えるもんは貰っとけって話さ。遠慮するこたねぇよ。そうでもしねぇと、ヒナギみたいな真面目が服着てるような人間は気が済まねぇだろうしなー」
僕は二人の掛け合いをただ聞いているしかできなかった。
けど、立木さんの言葉の意味は伝わってきた。
確かに、ネグロフでもそうだったけど、この異世界における異人の扱いは間違いなく特別なものだ。
けど、それさえ当たり前に感じてしまうくらい、魔族との戦いは苛烈なものということらしい。
「個人的な話が過ぎました。リュウヤ様、案内しても?」
「おう、よろしく頼む」
すると、ヒナギさんの後ろで控えていた数人の女性がこちらに歩み寄り、僕やターナの持ち物を預かった。
「あの、まさか私もユウスケ様とご一緒するのでしょうか?」
控えめな声で、ターナがそう聞く。
それに対し答えたのは、ヒナギさんだった。
「はい、お願い致します。後ろに控えては頂きますが、これはヒノボリなりの敬意でございます。異人様の付き人となれば、同様の客人として我らが皇と謁見する立場にあると考えましたので」
「・・・・・・し、しかし」
「遠慮は無用でございます。ここまで来たのが、その証。ヒノボリの異人であるリュウヤ様が連れてきたということは、それに値する形でなければ双方に泥を塗ってしまうでしょう」
その間も、すでに僕らは歩き出していて、ヒナギさんが言い終わる頃には、後戻りのきかない場所に着いていた。
軽く振り返ると、そこには覚悟を決めた様子のターナが、僕を見返している。
さ、さすが・・・・・・僕と違って、腹を括るのが早い。
「ここから先が、謁見の間となります。ターナ様は、わたくしと共に控えの位置へ。ユウスケ様は、リュウヤ様の先導で御前へお進みください」
「は、はい・・・・・・」
さっきから早まるばかりの動悸に、緊張感もどんどん強まっていく。
ネグロフの時はクラスの皆がいたけど、今は完全に僕一人だ。
緊張するなっていう方が難しい。
正直、吐きそうなくらい胸元が苦しい。
けど、現実は待ったなしで進行していく。
垂れ幕みたいな布の仕切りを越えた先は、板張りの広間だった。
部屋の四隅には腰を下ろした姿勢の女性が待機していて、じっとこちらを見て――いや、監視している。
振り向いてターナの存在を確認する余裕さえなく、僕は立木さんの背中を追うようにして歩いて行く。
広間の奥に辿り着くと、これも立木さんに倣い片膝をついて、頭を垂れた。
「連れて参りました」
立木さんがそう言うと、少ししてから、誰かの足音が聞こえてくる。
広間の奥、僕と立木さんの前には、入り口と同じように垂れ幕のようなもので仕切られており、内側の様子は薄らとしか分からない。
それはまるで、時代劇とかで見る、お殿様とかが座っている場所そっくりだった。
「皇の御前となります」
足音が近くなると、女性がそう口を開いた。
すると、足音は更に近くなり、僕らの前でぴたりと止んだ。
少しの間衣擦れの音が続いた後、声が響く。
「面を上げよ」
高い、女性の声。
言われるまま、僕は顔を上げる。
そこには、小柄な輪郭が垂れ幕の奥に、確かにあった。
「まずは名だ。・・・・・・北の異人よ、名をなんという」
「は、はいっ。朝倉、祐介です。あ、と、申します・・・・・・」
「よい。異人にまで過度の礼節は求めぬ。もう少し、力を抜くが良い」
「は、はっ。あ、ありがとう、ございます」
緊張でうまく回らない口を懸命に動かし、なんとか受け答えをする。
「ユースケ。よくぞ、ヒノボリの地へ参った。余は、ヒノボリを治める皇、名をキキョウという。見知り置け」
「は、はい」
「さて、形式張った問答は名乗りで十分だろう。・・・・・・時にリュウヤ、先に片付けたいことがある」
ここで、ヒノボリの皇――キキョウ様の矛先が、僕から立木さんへシフトする。
「は、どのような内容でございましょうか」
「知れたこと。都の入り口からここまで、随分と長旅だったようだのう。・・・・・・余を待たせるとは、やはり筋金入りの剛胆よ」
ばっ、と扇子――らしきものを広げる音が耳に入る。
「恐れながら、これには訳がありまして・・・・・・」
「言うてみよ」
「はっ。同行した者の中に、ヒノボリの民と思われる者が一名おりました。その者、どうやら違法な人身売買によって国外へ連れ出されたものと見られ、保護の手続きに時間がかかった次第でございます」
「ほう。・・・・・・それだけか?」
「・・・・・・あとは、立ち話などを少々」
「ほう。・・・・・・・・・・・・それだけか?」
「・・・・・・・・・・・・同じ異人同士、ちょっと・・・・・・話が盛り上がったり・・・・・・したかなぁ、とは・・・・・・」
あ、あれ・・・・・・?
なんだか、場の空気が・・・・・・。
「なるほど。余との謁見が控えていると知りながら、世間話に花を咲かせていた、と」
「いや・・・・・・まぁ、その・・・・・・」
「この期に及んで、まだ弁解が必要か?」
僕は、ゆっくりと立木さんの方へと視線を動かす。
隣にいる彼は、しばらく目を伏せて沈黙していたけど、意を決したように垂れ幕の奥を見据えると――。
「久々に日本人に出会って、めっちゃ浮かれてました!」
――そう、心中をありのまますぎる形で言葉にしたのだった。
「なぁに開き直っとるか! 余はせっかくの朝食を後回しにしてまで、待っておったのだぞ!」
「失礼ながら、我が皇よ。今時分では、朝食と呼ぶに遅すぎる気が・・・・・・」
「やかましいわ、この頓馬! 腹の虫が鳴っとるというに、汁物ひとつ啜れぬ余の生き地獄、このツケは高くつくぞ!」
「いや、だから昨日、あれだけ早く寝た方がいいって言ったじゃないっすか」
「あれは仕方がない。ばばぬき、などという面白い札遊びを持ち込んだおぬしらの責任であろう」
「それに最後まで付き合わされてたヒナギは、ちゃんと定刻に起きてましたよ」
「ふん、よく言うわ。ヒナギが起こさねば、おぬしやシュウジも寝坊していたであろう」
「そうっすけど、キキョウ様はそもそも、起こしても一向に起きなかったじゃないっすか」
なぁ?――と、立木さんが背中越しに後ろを見やる。
すると、かなり恐縮した声音で、
「大層、お疲れでいらっしゃられたのでしょう」
と、ヒナギさんの振り絞るような返答が返ってきた。
「如何にも。というわけで、おぬしとシュウジには、後でなんらかの罰を用意しておく。心待ちにしておくがよい」
「えー・・・・・・」
「えー、じゃないわ! おぬしらが余の目を盗んで、城下で憂さを晴らしておることは、すでに知っておるのだぞ」
「いや、憂さ晴らしっていうか、ただ満腹堂で飯食ってるだけなんすけど」
「ええい、やかましい! 余が自ら食べに行けぬと知っていて、よくもそのような悪事が働けるな! 良心が痛まぬのか!? この外道! 悪魔! 色情魔!」
・・・・・・なんだか、最後のは違う気がするけど。
きーっ!、と座りながら器用に暴れるキキョウ様を、周囲がびくびくしながらなだめにかかる。
なんというか、もの凄い場面に出くわしてしまった気がするのだけど、気のせいだろうか。
「いやぁ、もうちょっと格好つけたかったんだけどなぁ。やっぱ、粗ってのは出ちまうもんなんだなぁ」
「・・・・・・い、いつもこういった感じなんですか?」
苦笑いしながら聞くと、立木さんは笑いながら「大体な」と答えた。
「ま、これくらいのが祐介君も気が楽でいいだろ?」
「は、はぁ」
最初の緊張感が嘘みたいに、今では広間全体がふわふわとした空気になっている。
未だキキョウ様の顔さえ分からないけど、声や体格から判断するとかなり幼く思えた。
でも、その点は意外なほどすんなりと受け入れられたように感じる。
少なくとも、僕の元いた世界よりかは生き死にが近いんだ。
ワクナさんのように、先の戦いで親族を失っているが為と考えれば、疑問はなかった。
「さて、ユースケと言ったな」
「は、はい!」
落ち着きを取り戻したキキョウ様から呼ばれ、弛緩しかかっていた背中がぴんと伸びる。
「まずは、歓迎しよう。余を含め、ヒノボリは異人とその一行を喜んで受け入れる。急ぐ旅でもないならば、ここ東方を楽しんでいかれよ」
「はい、ありがとうございます」
「まぁ、この謁見そのものが形式的なものだ。さし当たって余から話すこともないのだが、一つ・・・・・・興味がわいた」
「はぁ・・・・・・興味、でしょうか?」
「うむ。時にユースケ、そなた『自覚はある』のか?」
――――自覚?
唐突な質問であることに重ね、意図の読めないそれに、僕は言葉を詰らせる。
この場合、真っ先に思い浮かぶのは、異人としての自覚ということになるのかな。
「・・・・・・一応、自分が異人だっていう風には、ちゃんと自覚しています。いずれ、人類のために魔族と戦わなければいけないということも・・・・・・」
「そうではない」
違う、とキキョウ様は首を横に振る仕草を見せた。
そうなると、僕には完全に質問の意図が分からなくなる。
当惑する僕を見て、何かが分かったのか、キキョウ様は「なるほど」と呟いた。
「こちら側が先だったか。・・・・・・相変わらず、我が身のことながら境界線があやふやになる」
「・・・・・・?」
「ユースケ、忘れるがよい。今の問いは、余の失言であった。許せ」
終始、僕にはなんのことだかさっぱり検討もつかないけれど、そう言われては追求のしようもなかった。
「リュウヤがニホンジンと言っておったが、それは真か?」
「はい。本当です」
「ほう。巡り合わせとは数奇なものよの。なれば同郷の仲、ヒノボリの異人を護衛につける故、細かいことは二人に聞くがよい」
「え、いいんすか?」
隣から、素っ頓狂な声があがる。
というか、立木さん・・・・・・完全に素が出ちゃってますよ。
たぶん、もう隠す気もないのだろうけど。
「よい。ただし、ユースケとその一行はヒノボリの客人。分かっておるな?」
「お任せを。ばっちり案内しますよ」
「では、謁見はここまでだ」
そう言うと、再び「皇の御前となります」と声があがる。
同時に、立木さん達が改めて姿勢を正し、頭を垂れた。
もちろん、僕もそれに倣う。
「ユースケ」
少し後、ぴたりと足音が止んだと思うと、そんな呼ぶ声が頭上に降りかかってきた。
反射的に顔を上げそうになるけど、それよりも早く次の言葉がやってくる。
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【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
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