僕らと異世界

山田めろう

文字の大きさ
36 / 41
第五章 ヒノボリの神隠し

寺院

しおりを挟む
 クロッキアは、満腹堂の二階にある客室から、夜の帳がおりた街並みを眺めていた。
 昼間の物資調達は難なく終わり、ユウスケとターナも衣服の仕立てを無事依頼できた様子だった。
 もっとも、ヒノボリの異人二人がわざわざ紹介した職人であることからして、別段心配はしていなかったのだが。
 さすがに、衣服を含めて全費用を丸々皇宮持ちで支払う、という提案には驚いたが、どうやらユウスケの出自が影響しているようで、可笑しな話ではあるがクロッキアの根負けという形で事は収まったのである。

「・・・・・・・・・・・・」

 静かであった。
 昼間の喧噪が嘘のような静寂は、ごっそりと人通りの減った大通りに目をやるだけで納得がいく。
 獣憑きだか神隠しだかの噂が影響しているのかは分からないが、それを考慮しても些か過ぎた静寂と言えた。
 一旦視線を外から内へ向ける。
 そこには、ヒノボリ特有の寝具だという大きな敷物に横たわる、二人の男女が穏やかな寝息を立てている。
 ネグロフを経ち、それなりの月日が流れていた。
 あの悲劇を忘れるには短すぎるが、クロッキアが守るべきこの二人がそれなりの疲労を抱えるには、十分すぎる長旅といっていいだろう。
 故に、ほんの僅かではあるが、自分でも無意識の内に口の端が緩むのが分かった。
 今の彼にとって、その二人は全てといって過言ではない。
 だからこそ立ち上がり、用事を済ませるために客室の外へと出て行く。

「よっ」

 一階まで降りてくると、夜は酒場として機能する食堂の一角から声が向けられた。
 そこには、ヒノボリの異人が二人。

「無理を言ってすまない」
「気にすんなって。俺らも護衛に任命されてんだ、どっちみちってやつだよ」

 リュウヤは座敷に腰を下ろしたままだが、その傍らに立て掛けられた槍に触れながら、陽気に笑ってみせる。
 その相棒、シュウジもまた得物であろう鉄刀を手にした。
 それが、「ユウスケとターナの守護は任せろ」という意味を持っていることは、考えるまでもない。

「しかし、御仁。本当に一人でいいのか?」
「あぁ。気持ちは有難いが、単独の方が慣れている」

 受け答えをしながら衣服や長剣、持ち物に不足がないかを確認する。
 とはいえ、これから殺しをするわけでも戦争をするわけでもない。
 時間にしてほんの数十秒で確認を終わらせ、クロッキアは満腹堂を後にした。
 薄手の外套を揺らしながら大通りを横切り、昼間通った道をなぞっていく。
 元々寒さに強い体質のクロッキアは、ユウスケやターナと違い、すでに東部でも目立たない服装に着替えていた。
 巡回や物見櫓で監視の任についている兵士たちから視線を受けるが、それもすぐに流れていくのが分かる。
 特別注目されることもないということは、少なくともクロッキアに違和感を覚えていないという反証だろう。

(しかし、随分と厳重な警備だな)

 クロッキアは自然な動きのまま、各所に配置された兵士たちの様子を伺っていた。
 まず思うのは、その数である。
 ネグロフの城下と比べて、街中に配備されている兵士の数が段違いであった。
 列や群れを成している、とまではいかないが、監視の目を盗んで街中を暗躍するのは容易ではないと分かる。
 特に夜であるにも関わらず、ヒノボリの城下は比較的視界が確保されていた。
 それは、街中や軒先に設置されている灯台の数が物語っている。
 これでは、仮に獣憑きが夜の街を蠢くとしても、よほど隠密に長けたものでなければ、すぐさま見つかってしまうだろう。
 事実、クロッキア自身もこの環境では隠密行動をとる選択肢を、諦めざるをえなかった。

(となると、獣憑きはやはり人の姿で動き回っている可能性が高いか)

 用事とは、まさにそのことであった。
 始まりは北の辺境。
 狩人の集落で耳に挟んだ程度の噂であったが、クロッキアはそれをただの噂とは見ていない。
 殊更、自らも魔人である彼にとって、獣憑きはお伽噺でも伝承でもないからだ。
 人々は噂と言うが、火のない所に煙は立たないともいう。
 多くの人々は、真っ当な人間であるから信じないのである。
 そこから外れた彼にとって、獣憑きは目下の不安、あるいは見過ごせぬ不穏の種なのだ。
 家屋が建ち並ぶ路地を抜けると、そこには昼間も来たような開けた空間が現れた。
 そして、その視界の先には、幾つもの明かりを提げた寺院と呼ばれる建物が、辛うじて輪郭を保っていた。
 無論、ここにも巡回する兵士らの姿はあるが、クロッキアは気にすることなく真っ直ぐに寺院へと歩を進めていく。
 上へと伸びる石段を見上げると、両脇には一定間隔でランタンが置いてあり、ぼんやりと足下を照らし出している。
 歩調を乱すことなく石段を登り、再び視界が開けると、そこには木造の寺院がぽっかりと口を開けて待っていた。
 金と赤を基調とする内装は、煌びやかでありつつも派手過ぎず、眩いというよりも暖かみのある明るさを帯びている。
 建物そのものを見渡していると、次に気になったのは香り。
 不快感を抱かせる類いではないが、まるで寺院全体を覆うようにその香りは漂っている。
 鋭い嗅覚を持つクロッキアにとっては、少々くどく感じた。
 これ以上の情報は汲み取れないと判断すると、彼は一度止めた足を再び動かし始める。
 ヒノボリの城下が比較的明るいとはいえ、やはり夜は深い。
 しかし、寺院の内部はそれを拒むかのように鮮明であった。
 他の来客がいないせいもあるだろう。
 クロッキアが声を出すまでもなく、座敷のように一段高くなった広間の奥から一人の男性が姿を現した。

「おや、夜分に珍しいお客人ですな」

 初老と思しき剃髪の男性は、白い法衣に身を包み、ゆっくりとした足取りでクロッキアの元までやってくる。

「急な来訪、失礼する」
「いえいえ、構いませんよ。寺院はいつでも何人にも開かれております」

 言いながら、「ささ、どうぞ」と初老の男性は広間へと案内する。
 足下を見れば、男性は靴ではなく裸足の上に布状の履き物をはいているようだ。

「重ね重ね失礼だが、靴を脱ぎたくないのでな」
「あぁ、そうでしたか。では、わたくしがそちらに参りましょう」
「申し訳ない」
「いえいえ。旅の方はほとんどがそうですよ。それに、靴まで脱ぐのはヒノボリでも寺院くらいなものでしょうから」

 気にする素振りもなく、藁で編んだ履き物を持ってくると、初老の男性はクロッキアと対面した。
 その表情は柔和であり、当然ながら武装している様子は一切見受けられなかった。

「して、このような夜分に寺院へどのような御用でしょうか」
「あぁ・・・・・・実は二、三聞きたいことがあり足を運ばせてもらった次第だ」
「ほぅ。わたくしにお答えできることならばよいのですが」

 姿勢を正し、初老の男性はクロッキアの言葉を待つ。

「裏寺、というものをご存知だろうか」

 単刀直入に質問をぶつけてみると、意外にも初老の男性は表情を崩すことなく、慌てた素振りも見せなかった。
 それどころか、隠すこともなく言葉を選んでいるように沈黙し、やがて口を開く。

「失礼ですが、それはどこかで聞きかじったものでしょうか」
「まぁ、そんなところだ」
「なるほど・・・・・・参りましたな。裏寺の入り口は正面ではないのですが・・・・・・」

 と、そこでクロッキアは制止に入る。

「いや、恩恵を受けに来たわけではない。寄付の手持ちもないしな」
「・・・・・・とすると、なぜ裏寺を?」
「存在自体を話で聞いた。私自身、その有無を確かめたい目的がある」
「なるほど。そうでございましたか」

 納得したように頷くと、初老の男性は「裏寺は実在いたします」と答えた。
 態度には表さないものの、クロッキアは揺さぶりが効果を示さないことに、違和感を覚える。
 通常、この手は表沙汰になることを極度に嫌うものだが、こうもあっさり認めるには何か理由があるのだろうか。

「失礼だが、司祭殿――」
「――わたくしのことは、祭司とお呼びください。宗教上の違いでしかございませんが・・・・・・」
「いや、こちらが慣例に従う立場だ。では、祭司殿。・・・・・・なぜ、素直にお認めになる?」

 お話しましょう、と初老の男性――祭司は理由を述べ始めた。

「第一に、裏寺そのものは秘匿の存在ではない、ということです」
「秘匿ではない?」
「えぇ。御仁、ヒノボリの歴史についてはご存知でしょうか?」
「いや・・・・・・偉そうに語れるほどの知識は持ち合わせていない」

 ふむ、と祭司は一息置くと、その視線を外へと向けながら続けた。

「ヒノボリは今でこそ東部最大の国家ですが、かつては中堅国家の一角に過ぎませんでした。今よりも東部が広大な領土を有していた時代、『皇』と呼ばれる存在はヤタガミという国を統治していたのです」

 しかし、そのヤタガミも、やがては魔族との戦いで消耗し国家としての体を成さなくなっていく。
 ヤタガミを失った後は、勢力の序列として二番手にあったハザマという国に、皇は腰を落ち着ける。

「ハザマが滅びた後は、クツルギ、ヤサカノと皇は移り、最終的にはここヒノボリに番が回ってきた、というわけなのです」
「つまり、他の強大な国家が滅びていった結果、ヒノボリが東部最大の国家として生き残った、と」
「まぁ、当時はそう単純な話ではなかったでしょうが、結論から言えばその通りでございます」
「しかし、それが裏寺とどう関係がある」
「はい。こうして、国々が移り変わっていっても、東の国家にとって『皇』は絶対なのでございます」
「・・・・・・では、裏寺の存在自体、皇は把握しているということか」

 それに、祭司は丁寧に頷いた。

「次に、裏寺の成り立ちについてお話しましょう。御仁は、飢餓というものを味わったことはございますかな」
「いや・・・・・・空腹に頭を悩ませたことはあるが、飢餓と呼べるほど状態になったことはない」
「それはよかった。あれは、経験すべきような苦しみではない。・・・・・・外征大戦より数年後、ここ東部に魔族からの侵攻がございました」
「・・・・・・・・・・・・」
「不運にも田園地帯が戦場となり、東方は深刻な食糧不足に喘ぐこととなります。無論、各国は食料調達に全力を尽くしましたが、それも中々進まず・・・・・・」
「あの頃は、外征大戦の敗走が全土に影を落としていた時期だ。どの国も英雄や勇者の死に絶望し、貿易どころではなかった。行き過ぎた自国優先の思想が暴走し、ほとんどの国家が疑心暗鬼に陥っていたと聞く」
「まさしく。当時、秩序の崩壊が叫ばれる中、それを首の皮一枚で繋ぎ止めていたのがセントメアでございました。運の悪いことに、ヒノボリは外征大戦における戦力抽出のおり、この法国と対立関係にありそれを解消できていなかったのです」
「なるほど・・・・・・法国は王都とも同盟関係にある。連中ならば、理由をつけて経済制裁を敷いてもおかしくはない」

 そこから、今まで柔和な表情を崩さなかった祭司が、深くため息を吐いた。

「そうして貿易の生命線を経たれた東部は、瞬く間に内乱の色を強めてゆきました。初めは国家間だったものが、やがては派閥同士、最終的には国や派閥、血族の垣根さえ壊れ、略奪と流血が蔓延する魔境と化してしまったのです」
「それは・・・・・・惨劇であったな」
「えぇ。飢えとは、それほどまでに恐ろしいものなのです。人が人を見失い、多くの民が昼夜問わず殺し殺されたと。その中でも、特に弱者にある立場の女、子供、老人は悲惨なものでした」

 更に言えば、若い女の最期ほど筆舌し難いものはなかったと。

「飢えを凌いだからと、狂気に落ちた人間が戻るわけではございません。多くの女性は、僅かな食料と命のため、男たちの言いなりになるほかなかったのでございます」
「その最悪の事態を解消するため、裏寺が生まれたと?」
「そうです。確かに身売りは許されるものではございません。わたくしも神に仕える身、普通であれば背徳者と罵られるべき者であろうことも承知しております。ですが、第三者を介することで事態は少しずつ落ち着いていったことも事実です」

 そして当時、結果以上に力を持つものはなかった。
 クロッキア自身も、その混乱を考慮すれば頷かざるを得ない。
 何百何千という者達が神に祈っただろう。
 だが、それを救ったのは神ではなく、断腸の思いででも決断し実行した人間だったのである。
 となれば、誰も文句のつけようもあるまい。

「わたくしも男の端くれ。こうして自ら言葉にすることさえ情けないですが、理性を失った男というのはケダモノも同然でございます。そのケダモノから守るため、裏寺は必要な場だったのです」
「守るため、か」
「はい。身売りの場であろうと、そこは一定の秩序が保たれた場所です。善人悪人問わず、寄付と引き替えに恩恵を受けられる場所は必要でした。悪人にとってさえ、理性を失った者達は同類ではなく、ただの狂人だったのでしょうな」
「それが、こうして今に至るまで続いてきた、というわけか」
「その通りでございます。もっとも、わざわざ公にするものでもございませんゆえ、都でも知らぬ者は少なくないでしょう。秩序を取り戻し、ヒノボリの統治が行き届いた今となっては、昔ほど必要とする者も減りました」

 祭司の話は、筋が通っていた。
 極限の飢餓状態だ。
 おそらく、ただ犯されるだけならばまだ救いのある方で、祭司は言葉にはしなかったが、その後に食人された者も少なくなかったのではないだろうか。
 だとすれば、その当時の光景は地獄絵図と言っても足りないほどのものだったことは、想像に難くない。
 いや、ある意味では想像が困難な、「実在した地獄」であろう。
 人が人を食うなど、正気の沙汰ではない。
 むしろ、裏寺という仕組みを発端としたとはいえ、ここまで持ち直したこと自体が奇跡のようである。

「長くなりましたが、ご納得頂けましたかな?」
「あぁ、悲劇ではあるが納得以外に選択肢がない。私も戦場を知る者だ。他に方法はなかったのか、などと眠たいことを言えるほど純粋でもない」
「いえ、そう自らを貶めるような物言いはおやめください。わたくしも、そのような意図でお話したつもりではありませんゆえ」

 多く、惨状や地獄と比喩される状況は生きている。
 刻一刻と肥大し、暴走に暴走を重ねるそれを食い止めるには、正しさが重要なのではなく結果が全てであることを、武人であるクロッキアは知っていた。
 それに正誤をつけるのは、後の世の仕事であり、当時に生きる者達の仕事ではないのだから。

「祭司殿、長話ついでにもう一つ、聞いても構わないか?」
「えぇ、どうぞ遠慮なく」
「裏寺のことは分かった。納得もした。・・・・・・では、その裏寺で人身売買の動きはないか」

 と、そこで祭司の表情が目に見えて曇る。
 焦るというよりも、自らの不足を悔いるような雰囲気があった。

「お話することは構いませんが、こちらも理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
「名前は伏せたい。だが、私が北からこちらへ来る際、道中で一人の女を保護した。その女は、裏寺に出入りしていたという」
「なるほど。確かに、人身売買を取り扱う商人と、関わりがあったことは事実でございます。しかし、こちらが強制して人身売買を取り付ける、といったことはございません」
「・・・・・・というと、女自らが望んだと」
「いえ、望むはずがないでしょう。裏寺で金銭を得ることさえ、納得して身体を預けている者は一人もいないと信じております。ですが、曲がりなりにも人身売買でございます。身売りをしても手に入らないような大金が、一瞬で動くのです。女性の多くは、自らの生活のためだけに身体を許しているわけではございません。自分とは別に、養いたい誰か、あるいは助けたい誰かがいるのです。その為に、彼女達は仕方なく自らに値札をつけたのでしょう」
「・・・・・・・・・・・・」
「御仁、どうかご理解頂きたい。違法な人身売買は重罪も重罪。ですが、それを禁じれば・・・・・・裁かれる者達と覚悟の上で踏み出した者達以上に、救われないままに消えていく者達がいるということを」

 一言でいえば、答えのない問題であった。
 罪を犯した者達と自ら犠牲になった者達を未然に防げば、それを超える数の犠牲が別の形で生まれる。
 命は数ではない。
 だが、失われた数だけ悲しみは生まれる。
 どちらをとっても、全てが救われることはない。
 苦渋の決断の末であると、祭司は重々しく語った。
 名前どころか身の上さえ明らかでないクロッキアに、不自然なほど包み隠さず語ったのも、それが故であろうことは容易に分かった。
 祭司は既に覚悟しているのだろう。
 これで裏寺もろとも自らが裁かれても、元より覚悟の上。
 あるいは見逃されたとしても、元より覚悟の上。
 善悪は別として、神に仕える祭司としては、全てを背負う大した心持ちであることは認めるほかない。

「・・・・・・祭司殿、私は罪人だ。正義に生きるには遅すぎるほど、この手は血に染まっている」

 首を横に振り、クロッキアは自身の考えを伝える。
 そもそも、間違いを正しに来たわけではないのだから、当然と言えば当然であった。

「その代わりというのもおかしいが、最後の質問をしたい」
「・・・・・・心して聞きましょう」
「祭司殿、獣憑きの噂はご存知か?」

 歴史を語る長い話の中、クロッキアはようやく本命を切り出した。
 祭司は神妙な顔つきのまま、何度目かになる丁寧な頷きを繰り返す。

「もう随分と長く、その噂も都に流れておりますな」
「行方不明者が多数出ているというが、これの元凶が裏寺そちらということはないな?」
「難しい質問でございます。違法な人身売買で姿を消した、という意味合いで言えば、裏寺が噛んでいることは考えるまでもないでしょう。ですが、即刻打ち首になるような危ない橋をそう何度も渡ろうとする商人は、未だ出会ったことがありません。わたくしが記憶する限りでも、明らかに裏寺とは無関係な者も姿を消しております」

 これもまた、筋の通った答えだった。
 ヒノボリの異人が言っていた通り、裏寺を疑うということは、あくまで通過点でしかない。
 事の真相は、その遙か先にある。

「御仁。貴方様は、獣憑きの噂を信じておいでですか?」
「あぁ。加えて、私には守るべき者が二人いる。正直、裏寺そのものは重要ではない。ここに事実を確かめに来たというのも、本当に獣憑きの仕業かどうか判断しかねたからだ」
「おぉ、なんと・・・・・・日の出の加護があらんことを」

 司祭はその場で目を伏せ、祈りを捧げる。
 しかし、祭司である男性の言葉を信じるならば、やはりただの噂ではなく、むしろ確かに何かの暗躍を感じさせた。
 ユウスケとターナに危険が及ぶ可能性としては、この獣憑きが群を抜いている。
 標的の一貫性もなければ、姿を見られた確たる証言もない。
 詰る所、警戒したくとも警戒のしようがないのである。

「祭司殿、このような夜分に長話をさせてすまなかった」
「いえいえ、逆でございます。このような夜更けだからこそ、こうしてお話できたことでございましょう」
「違いない。では、これで失礼する」

 そう言い、クロッキアは祭司と寺院へ背を向ける。
 とそこで、ふと思い立ったように立ち止まると、背中越しに「祭司殿」と口を開いた。

「ずっと気になっていたのだが、この香り・・・・・・」

 すると、「あぁ」とすぐさま理解した様子の祭司は、寺院の奥に鎮座している神像の方を見やり、答えた。

「お香でございます。あの御神像が手にしている器で焚いておりまして、人によっては少々合わないかもしれませんな」
「いや、良い香りだ」
「それはよかった。白檀の香でございます。商店でも特産品として扱ってございますから、よろしければお求めになられてはいかがでしょう」
「あぁ、ありがとう。折角だ、明日にでものぞいてみるとしよう」

 それを別れの挨拶とし、クロッキアは石段を下る。
 鼻に残る香りを確かめながら、寺院から十分距離が離れるまでの間、その背に受ける視線の意味を探っていた。
 常人よりも鋭敏な感覚を持つクロッキアは、その視線が見送りにしては鋭さを含んでいることを見逃しはしなかった。

「・・・・・・やはり、くさいな。ただの寺院ではない」

 呟くように言い、クロッキアは月の位置を確かめる。
 夜明けまではまだ長い。
 都の各所を歩いて回るには、なんの不都合もなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...