ジゴロな魔王を拾いましたが!

泉野ジュール

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新生活のようなもの

魔王、名乗る。

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「は……?」
「ミスター・デビル!」
 ミスター・ビングリーがつぶやき、アンが声を上げたのはほぼ同時だった。
 しまったと思ったものの、すでにときは遅し。ミスター・ビングリーは「デビル」という呼称を聞いてしまった。普通の人間なら疑いを持つ名前だろう。

 いや、気にするべきなのは名前だけじゃなくて!
 魔王の存在そのものだから……!

「お前はわたしをこの世にいるわけがないと断言したな」
 ニヤリと微笑むと、ミスター・デビルは言った。
 ミスター・ビングリーは目を白黒させている。無理もない。そもそもその存在を目にするだけで万人に息を飲ませるであろう容姿の男が、ついさっき男っ気がないことをディスったオールドミス小説家の田舎屋敷にいきなり現れ、おまけに、「いるわけがない」と評したキャラクターと瓜二つなのだから。

 しかも!
 魔王は勝手に、自分がエドワードであるかのような発言を!

「き……君は……君が、このエドワードなのか……?」
 ミスター・ビングリーの声は震えている。
「わざわざ聞く必要もあるまい」
 魔王の答え(らしきもの)は自信に満ちていた。まさにエドワードのキャラクターと一致する……と言ってしまえば、そうなのだろう。

「ちょっと待ってください、ミスター・デビル。勝手に話を進めないで! ミスター・ビングリーとわたしは仕事の話をしているのよ。ここには来ないでと言ったでしょう?」
「アン」
「だから……! そうやって顔を近づけてこないで!」
「この男に教えてやろう。お前がどのように『孤独に苛まれて』、日々『妄想を激しくしている』のか」

 魔王の腕は慣れたふうにするりとアンを抱き寄せる。
 アンは重心を見失って、魔王に身体を預ける体勢になった。重力の自然で顔が上を向くと、魔王の完璧な唇が重なってきてアンの唇を奪う──一瞬の出来事だった。
「ふ……、はぁ……っ」
「人前だからと恥じる必要はない、アン……。いつものように、わたしにすべてを預けるがいい」
「あ……」
 アンは咄嗟に抵抗できず、クチュ、と唾が水音を立てるような濃厚な口づけになった。魔王の巧みな動きに誘われて口を開かされ、深く舌に侵入される。

 すぐ目の前ではミスター・ビングリーが呆然と目を見開き、アンの大切な原稿をかろうじて持っている状況だ。
 しばらくして魔王はやっとアンを接吻から解放したが、腰を抱く腕はそのままだった。

「ミ……ミスター……デビル……もう」
 まるで可憐な乙女のようなか弱い震えた声しか出せないのが悔しい。
「どうした。お前が書いた男ならどうするのか、言うといい。わたしがすべて叶え、この男にこれが現実だと教えてやろう」
 魔王はその目に痛いくらい完璧な顔に、さらに魔性の艶やかな笑みを浮かべ、アンではなく……ミスター・ビングリーを見据えている。
 確信犯だ!
 しかも『現実だと教える』とか、飛躍しすぎでは! エドワードは小説のキャラクターで、ただ共感できるかどうかの話だったのに! 勝手に現実化するとか!

「アン……まさか君に、その、こんな……恋人がいるとは」
 ミスター・ビングリーはどこか傷ついたような顔をしていた。どこに傷ついたんだろう。編集者としてのプライドだろうか?
 都会でも顔が広く、方々と交流関係のあるミスター・ビングリーに魔王の存在が知られたとあっては、世間でのアン・グレイスウッドの評判は著しく汚されることになる。
 ──あって無いような評判ではあるけれど、それでもなけなしの自分の人望を傷つけたくない。
「こ、恋人なんかではありませんわ」
「……と言うと?」
「こちらは……こちらは……」こちらは、なんだろう? 魔王を名乗るトーストが好物のジゴロ?「作品のモデルになっていただいた方ですの」
 アンは嘘をついた。
「モデル? まさか本当に……侯爵なんじゃないだろうな……?」
「いいえ、彼は──」
 魔王です、とは言えない。
 アン自身、ミスター・デビルのこの主張を100%完全には信じていない。でも彼は、ただの普通の平民ですというより、はい、高貴な血筋の由緒正しき侯爵ですといった方がよっぽど現実味のある容姿をしているのも事実だ。むしろどこかの王族だと言ってしまった方がしっくりくるかもしれない。魔王だし。
 もう、本当に魔王なの?

 アンが答えられずにいると、ミスター・ビングリーは魔王に向き直った。
 魔王に比べれば見劣りするとはいえ、ミスター・ビングリーもそれなりに美形で、それなりに傲慢で気の強い男である。負けていなかった。少なくとも、完全なる敗北ではなかった。

「貴殿はミスター・デビルと言うのだな」
 魔王は答える代わりにフンと短く鼻を鳴らした。
 もしこんなにきつく腰を抱かれていなかったら、アンはもう逃げ出すところだ。このさい原稿さえどうでもいい。
「自分はアーネスト・ジョン・ビングリーだ。君の名前を知りたい」

 アンはヒュッと鋭く息を飲んだ。
 一瞬、アンも知りたいと思ってしまった──魔王の名前。ファーストネーム。アンが考えたミスター・デビルではなくて、彼がどう己を名乗るのか。

「エドワード」
 魔王は短く答えた。
「エドワード……デビル」
 ミスター・エドワード・デビル誕生の瞬間だった。
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