死者の恋

泉野ジュール

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第三章 あなたがいるから

淡き想い 3

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 食卓を片付けて自室に戻ったローサシアは、落ち着かない気持ちで窓の外を眺めて過ごした。
 もう高齢の域に入っている両親は、久しぶりのご馳走作りやお祝いの席に疲れたのだろう、すでに眠入ってしまっている。

 外の寒さのせいで窓ガラスには霜がかかっていて、見えるのは漆黒の闇だけだ。
 墨で塗ったような冬の闇。

 でも、家の中は温かい。
 どうして温かいのか、ローサシアは知っている。デラールフが居間の暖炉の火を保ってくれているからだ。彼の《能力》は日に日に増していく。もう火を操るせいで頭痛がするとか、間違って焼くつもりのないものを焼くとか、そういった間違いをすることもなくなっていた。

 デラールフは強い。
 強すぎるくらいに、彼の《能力》は異能だ。
 多分……彼はもうこんな田舎の集落にいるべきではないのだろう。王都へ行けばいくらでも仕事が見つかるはずだ。大工としても……「火」を操る戦士としても。

(いつかそんな日が来るのかな……。デラールフがいなくなってしまう日……)

 そんな未来を想像するだけで、ローサシアの目頭は熱くなる。
 彼はもう二十四歳。
 結婚していてもおかしくない歳だし、独立できるだけの技術も能力もある。デラールフとローサシアの間に秘密はなかったが、彼がなぜこの小さな集落を離れないでいるのかについては、答えを知るのが怖くて聞けなかった。

 ローサシアはデラールフが好きだ。
 そして今日、ローサシアは十六歳になった。もう大人だ。少なくとも、子供ではない。彼に女として意識して欲しい……そんなに贅沢なことだろうか?

「?」

 窓の外の漆黒に、突然小さな白いものが揺らめいて、ローサシアは立ち上がった。
 すーっと揺れ動いたと思うと窓に近づき、ぼんやりとした白い光が大きくなっていく。ローサシアは窓を開けた。

「デラ」
 獣の毛を使った外套をまとったデラールフが、右手に白っぽい炎を宿して立っていた。
「ローサ」
 彼は炎のない左手をローサシアに差し出した。
 多くを語る必要はなかった。ローサシアは自然に手を伸ばし、デラールフも自然にそれを握る。革手袋に覆われた大きな手にぐっと掴まれると、ローサシアの体は急にふわりと浮いた。
「わっ」
 デラールフの炎がローサシアの足元で渦を巻き、熱風を吹き上げてローサシアを持ち上げたのだ。
 もちろん、ローサシアがその熱に焼かれるようなことはない。
 ローサシアはすとんと窓の外に着地した。

「デラ……! いつのまに、こんなことができるようになったの?」
「お前が女学校に行っている間、暇だったんだ」
「すごいのね」
「さあ……。そんなに使い道もないしな」

 デラールフが《能力》を自慢したことは一度もなかったから、その無頓着さは不思議ではなかったけれど、これは驚くべき技能だ。しかも彼はまったく難なくそれをやってのけた。
 驚きに目を見開くローサシアに、デラールフは静かなため息を吐いた。彼の口から白い靄が立ち上る。ローサシアは思わずその様子に見惚れた。

「風邪を引くといけないから」
 と、ぼそっとつぶやくと同時に、デラールフの炎が薄い膜として広がり、ローサシアの全身を覆った。
 部屋の中が温かかったので、ローサシアは冬の夜に外に出るには薄着すぎる格好だった。それでも、デラールフの炎に守られたローサシアの体は心地よい温もりに包まれている。

 火を残忍だと言ったのは誰だろう。
 こんなに優しいのに。
 こんなに温かいのに。

「デラは寒くないの?」
 デラールフの手を握りながら、ローサシアは彼を見上げた。
「まさか」
 デラールフは少女の手を握り返して、彼女を森へいざなう。
 ふたりは手を繋いで、森の中へ入っていった。

 デラールフの右手には、まるでランタンのように足元を照らす炎がある。ローサシアの体は炎の膜に淡く発光しながら、森の奥へ吸い込まれるように小さくなっていく。

 雪がないのが不思議なくらいに冷たい夜だった。

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