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第四章 汝、燃え尽きるまで
嫉妬の焔 2
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──デラールフ二十五歳、ローサシア十七歳──
手のひらに意識を集中すると、それだけで瞬く間に青白い炎が出現する。
デラールフはその炎の大きさを自在に操ることができた。火花のような極小のものから、大地を舐め尽くす業火まで、やってやれない技はほとんどない。
大抵の者は、凄まじい火勢ですべてを焼く大火を褒め称えたが、実際のところ扱いが難しいのはもっと小さい火だ。
しかし、そんなことは噯にも出さない。
デラールフが欲しいのは羨望でも賞賛でもなく、ただひとりの少女を護ることだけだった──あらゆるものから。
なにより……デラールフ自身から。
「全員位置につけ……あの魔物を仕留めた者には銀貨五枚を約束しよう。さあ、はじめろ!」
指揮官の号令に、集められた《能力》者達は一斉に各々の技を繰り出した。
自ら空を飛ぶ者、水を操る者、物質を遠隔移動できる者。そして……デラールフの炎。あらゆる《能力》の中で、それでもデラールフのそれに敵う力はひとつとしてなかった。
「はあああ……!」
「うぉぉッ!」
気合いを入れるための怒声を上げる者は多かった。デラールフも、もっと若い頃は声を漏らすこともあった。しかし現在、デラールフはこの程度の《能力》の発動で声を必要とすることはない。
標的とされた小さな魔物に、いくつもの牙が一斉に襲いかかる。
しかし、それらが到達するずっと前にデラールフの炎が一直線に地を走り、魔物を業火で焼き尽くして灰にしてしまった。
しん……と沈黙が流れる。
デラールフの力は圧倒的だった。本来、人間にはあってはならないほどの勢い、速さ、殺傷力……。
「よくやった、デラールフ・センティーノ。約束通り銀貨はお前のものだ。他の者はまだまだ鍛錬が足りぬ。訓練に戻れ!」
羨望と嫉妬の両方の視線を浴びながら、デラールフは指揮官から労いの言葉と銀貨を受け取った。
──これでローサシアになにを買ってやれるだろう。それだけがデラールフの脳裏に浮かぶ人間らしい考えだった。
磨けば磨くほど、デラールフの炎は精度を増した。
これはもうヒトのものではない……。そう噂する声に対し、デラールフ本人でさえ否定する気になれないほどに。
* * * *
特殊《能力》訓練隊と称される国王軍の集まりには、国中から特殊な《能力》を持つ者が集まり、その技を切磋琢磨している。もしくは……させられている。
デラールフは荷物をまとめながら、厩舎とさえ揶揄される、戦士達が寝食を共にする宿舎を見回した。
騎士と呼ばれる身分の高い軍人と比べ、デラールフのような平民戦士に与えられる部屋は質素である。
数十人が二段のバンクベッドに押し込まれ、特に制服のようなものもなく、朝から晩まで似たようなごった煮のスープが供されるだけだ。それを不満に思ったことはなかったが、他の連中のようにありがたがることもない。
デラールフには帰る場所があるからだ。
帰る、理由が。
今回の上都で手に入れた銀貨の数を静かに数えながら、故郷で自分を待っている水色の瞳の少女のことを考える。
それだけで脈拍が上がった。
「デラールフ、お前はまた帰るのか? なぜここに残らないんだ? 世間じゃ、俺達《能力》者に居場所なんかねえだろう。少なくともここは俺達の力を買ってくれている。不味いが飯も出る。なにが不満なんだ?」
ローテム……。
デラールフと同年代であるが、細身の黒髪でまったく雰囲気の違う、水を操る《能力》を持つ戦士だ。
デラールフはあまり他の《能力》者や戦士と交わることを好まなかったが、このローテムとだけは、この一年の訓練続きで友人と呼べる仲になってきていた。
炎と水。
思えば因果な組み合わせだ。
「その理由はもう知っているはずだ」
デラールフはそうそっけなく答えた。
すでに何十回も同じ質問を受け、同じ答えを出している。それでも毎回デラールフが帰ろうとする度に聞いてくるのは……疑問に思っているからではなく、不満に思っているからなのだろう。
「故郷に残したいい子か。なんてありがちな」
「なんとでも言え」
「お前みたいな男に惚れるなんてよっぽど気の強い大女なんだろうな。いつかこの目で見てみたいものだ」
「…………」
ぶつぶつと文句のようなものをつぶやいているローテムを横目に、デラールフは帰省の準備を終えた。
すでに一年、デラールフはこの生活を続けている。
はじめて国王軍に赴いたとき十六歳になったばかりだったローサシアは、すでに十七歳になっていた。
もう少し伸びるかと思った背は思うほど伸びず、ローサシアは小柄で華奢なままだった。しかし女性らしい丸みを帯びた体つきになり、小鹿のような優美な姿勢はそのまま、日に日に色香を増していく。
大きな水色の瞳ばかりが目を惹くいつまでも童女のようだった輪郭が、年頃になり頬がすっきりしていくことで、さらに美しくなった。
「お前には会わせないよ」
デラールフは静かに告げた。
「なんでだよ」
「なんででも、だ」
それでなくても、すでに少なくない男がローサシアに惚れている。ひとりだって増やす気はなかった。自らの安眠を妨げるような真似をするほど、デラールフは酔狂ではない。
バンクベッドの下段に腰掛けていたローテムは、麻布のリュックを背負って宿舎の部屋を出て行こうとするデラールフの背中に向かって声を上げた。
「俺達みたいな化け物は普通の恋なんかできない。それを忘れるな」
──それを忘れるな。
なにを今更。
忘れられるはずがない。デラールフはそれを誰よりも理解して……苦しんでいる。
地獄にいる者に、お前は地獄にいるぞとわざわざ教える必要などないのだ。本人が一番わかっているのだから。
デラールフは肩越しに友人を振り返った。
ローテムはなにか言いたげに口を開いたが、デラールフの表情を見て、また口を閉じた。
それ以上の会話はなく、デラールフは首都を後にした。
一刻も早くローサシアの顔を見ないと、息をすることさえ難しくなる。……いつもそうだった。
手のひらに意識を集中すると、それだけで瞬く間に青白い炎が出現する。
デラールフはその炎の大きさを自在に操ることができた。火花のような極小のものから、大地を舐め尽くす業火まで、やってやれない技はほとんどない。
大抵の者は、凄まじい火勢ですべてを焼く大火を褒め称えたが、実際のところ扱いが難しいのはもっと小さい火だ。
しかし、そんなことは噯にも出さない。
デラールフが欲しいのは羨望でも賞賛でもなく、ただひとりの少女を護ることだけだった──あらゆるものから。
なにより……デラールフ自身から。
「全員位置につけ……あの魔物を仕留めた者には銀貨五枚を約束しよう。さあ、はじめろ!」
指揮官の号令に、集められた《能力》者達は一斉に各々の技を繰り出した。
自ら空を飛ぶ者、水を操る者、物質を遠隔移動できる者。そして……デラールフの炎。あらゆる《能力》の中で、それでもデラールフのそれに敵う力はひとつとしてなかった。
「はあああ……!」
「うぉぉッ!」
気合いを入れるための怒声を上げる者は多かった。デラールフも、もっと若い頃は声を漏らすこともあった。しかし現在、デラールフはこの程度の《能力》の発動で声を必要とすることはない。
標的とされた小さな魔物に、いくつもの牙が一斉に襲いかかる。
しかし、それらが到達するずっと前にデラールフの炎が一直線に地を走り、魔物を業火で焼き尽くして灰にしてしまった。
しん……と沈黙が流れる。
デラールフの力は圧倒的だった。本来、人間にはあってはならないほどの勢い、速さ、殺傷力……。
「よくやった、デラールフ・センティーノ。約束通り銀貨はお前のものだ。他の者はまだまだ鍛錬が足りぬ。訓練に戻れ!」
羨望と嫉妬の両方の視線を浴びながら、デラールフは指揮官から労いの言葉と銀貨を受け取った。
──これでローサシアになにを買ってやれるだろう。それだけがデラールフの脳裏に浮かぶ人間らしい考えだった。
磨けば磨くほど、デラールフの炎は精度を増した。
これはもうヒトのものではない……。そう噂する声に対し、デラールフ本人でさえ否定する気になれないほどに。
* * * *
特殊《能力》訓練隊と称される国王軍の集まりには、国中から特殊な《能力》を持つ者が集まり、その技を切磋琢磨している。もしくは……させられている。
デラールフは荷物をまとめながら、厩舎とさえ揶揄される、戦士達が寝食を共にする宿舎を見回した。
騎士と呼ばれる身分の高い軍人と比べ、デラールフのような平民戦士に与えられる部屋は質素である。
数十人が二段のバンクベッドに押し込まれ、特に制服のようなものもなく、朝から晩まで似たようなごった煮のスープが供されるだけだ。それを不満に思ったことはなかったが、他の連中のようにありがたがることもない。
デラールフには帰る場所があるからだ。
帰る、理由が。
今回の上都で手に入れた銀貨の数を静かに数えながら、故郷で自分を待っている水色の瞳の少女のことを考える。
それだけで脈拍が上がった。
「デラールフ、お前はまた帰るのか? なぜここに残らないんだ? 世間じゃ、俺達《能力》者に居場所なんかねえだろう。少なくともここは俺達の力を買ってくれている。不味いが飯も出る。なにが不満なんだ?」
ローテム……。
デラールフと同年代であるが、細身の黒髪でまったく雰囲気の違う、水を操る《能力》を持つ戦士だ。
デラールフはあまり他の《能力》者や戦士と交わることを好まなかったが、このローテムとだけは、この一年の訓練続きで友人と呼べる仲になってきていた。
炎と水。
思えば因果な組み合わせだ。
「その理由はもう知っているはずだ」
デラールフはそうそっけなく答えた。
すでに何十回も同じ質問を受け、同じ答えを出している。それでも毎回デラールフが帰ろうとする度に聞いてくるのは……疑問に思っているからではなく、不満に思っているからなのだろう。
「故郷に残したいい子か。なんてありがちな」
「なんとでも言え」
「お前みたいな男に惚れるなんてよっぽど気の強い大女なんだろうな。いつかこの目で見てみたいものだ」
「…………」
ぶつぶつと文句のようなものをつぶやいているローテムを横目に、デラールフは帰省の準備を終えた。
すでに一年、デラールフはこの生活を続けている。
はじめて国王軍に赴いたとき十六歳になったばかりだったローサシアは、すでに十七歳になっていた。
もう少し伸びるかと思った背は思うほど伸びず、ローサシアは小柄で華奢なままだった。しかし女性らしい丸みを帯びた体つきになり、小鹿のような優美な姿勢はそのまま、日に日に色香を増していく。
大きな水色の瞳ばかりが目を惹くいつまでも童女のようだった輪郭が、年頃になり頬がすっきりしていくことで、さらに美しくなった。
「お前には会わせないよ」
デラールフは静かに告げた。
「なんでだよ」
「なんででも、だ」
それでなくても、すでに少なくない男がローサシアに惚れている。ひとりだって増やす気はなかった。自らの安眠を妨げるような真似をするほど、デラールフは酔狂ではない。
バンクベッドの下段に腰掛けていたローテムは、麻布のリュックを背負って宿舎の部屋を出て行こうとするデラールフの背中に向かって声を上げた。
「俺達みたいな化け物は普通の恋なんかできない。それを忘れるな」
──それを忘れるな。
なにを今更。
忘れられるはずがない。デラールフはそれを誰よりも理解して……苦しんでいる。
地獄にいる者に、お前は地獄にいるぞとわざわざ教える必要などないのだ。本人が一番わかっているのだから。
デラールフは肩越しに友人を振り返った。
ローテムはなにか言いたげに口を開いたが、デラールフの表情を見て、また口を閉じた。
それ以上の会話はなく、デラールフは首都を後にした。
一刻も早くローサシアの顔を見ないと、息をすることさえ難しくなる。……いつもそうだった。
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