二度目の永遠 ~ある夏にコロラドで見つけた牧場主との運命の恋~

泉野ジュール

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【春子の章】

『月の綺麗な夜ですね』①

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 過去──春子の章




『月の綺麗な夜ですね』
 くっきりと空に浮かんだ夏夜の満月を見上げながら、異国の兵隊は春子にわかりやすいように、ゆっくりとそうささやいた。
 まったくその通りだと思ったので、春子はこくりとうなずいた。

『でも、暑い、ですね。日本の夏は、あなたには、厳しい、でしょう』

 どこまで合っているかわからない。
 春子の口から出る英語は、彼が口にする滑らかな調子とはうってかわって朴訥としていた。もっと上手に喋れたらと思うけれど、いくら単語を勉強しても、重い発音はなかなか直らなかった。

『僕の故郷も夏はとても暑いですよ。ここまで蒸し暑くはないが』と言って、異国の男は春子に視線を移した。
 彼の青い瞳は月の光を浴びてさらに澄んで見えた。
 春子の鼓動はトクトクと高鳴った。

『君にもいつか見て欲しい。コロラドの自然は美しいから』

 ころ、らど。
 どんな場所なんだろう。彼はそこで育ったという。彼のような大きなひとが育つのだから、きっと雄大な大地と、豊富な食料があるのではないかと思う。

『はい。わたしでも、いつか行けますでしょうか』
 春子は切なくささやいた。
 そういった希望がないわけではない。でも、夢を見るには春子は厳しすぎる現実を生きてきた。みんなそうだ。
 戦争は終わったのかもしれないけれど、春子のような市井の人間にとって、生き残りを賭けた戦いはこれからなのだ。

『僕が連れていってあげます。ハルコさん。僕と一緒に来てくれますか?』
『まあ』

 春子はコロコロと笑った。彼の表情が、ちょっと可哀想になるくらい真剣だったからだ。
 もしかしたら彼は緊張しているのだろうか? だってほら、彼の両手は脇できつく握られている。
 異国の兵隊さんというのは、もっと無節操な気分屋で移り気なのかと思っていた。実際、みんなそうだと言う。でも彼はまったく違った。

 彼はまっすぐだった。移り気なところはひとつもなく、生真面目すぎるくらいに春子を大事に扱ってくれた。
 巷には異国の兵隊に弄ばれた子女の話が溢れているし、こちらの女も、一夜の慰みと少しばかりの食料のために彼らを利用することがある。
 それが現実だった。
 でも彼は違う。

 少なくとも、違うと、春子は思っている。
 そう思いたいだけかもしれないけれど。

 コオロギの鳴き声が遠くから聞こえて、残暑の夜に風情を加える。ひと気のない川べりで、大きな満月と水面に映る光だけが頼りの中、彫りの深い彼の輪郭がさらに際立っていた。

『ころらど……。きっと連れていってくださいね。いつか』
 春子は微笑んだ。
『いつか必ず。そう遠くない将来に』
 誓いを立てるように、彼は軍帽のツバをクイっとわずかに持ち上げた。

 軍服の胸元にはいくつかの立派な階級章がある。ばっじ、というらしい。本人は大した階級ではないと言っているが、どうだろう。
 満月に視線を戻した彼は、再びつぶやいた。
『月の綺麗な夜ですね』

 確かに美しいけれど、こうしてふたりきりでいるのに、彼が褒めるのは春子ではなくて月ばかり。
 春子は少しふくれて『そうですね』とだけ答えた。

 彼の頬が赤く火照っているのに、そのときは気づけなかった。


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