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【春子の章】
『月の綺麗な夜ですね』③ ☆
ふたりがはじめて肌を重ねたのも、その静かな川辺で、もちろん夜の薄闇の中だった。
誘ったのは春子だった。
ウィリアムはあくまで、結婚……せめて婚約が成立するまで待ってくれようとした。でも、目の前に大好きな男性がいて、明日がどうなるかわからない日々を生きていて、どうしてそんなに待つことができるだろう?
春子はウィリアムとの確かな繋がりが欲しかった。
おそらく、ウィリアムの片想いからはじまったこの恋は、思想相愛を経て、身を焦がすような春子の切ない恋慕へと『シフト』している。
ウィリアムが教えてくれた単語だ。
変化とも、進化とも少し違う。
自然と横に流れるような移り変わりだと彼は説明してくれたが、合っているだろうか……。
「ハル、コ……」
この頃になると、ウィリアムはカタコトながら多少の日本語を話せるようになっていた。「る」に重い調子を置いた妙な呼び方から、日本人が普通に言う「春子」に近い調子になってきているけれど、でもまだ少し違って、くすぐったい。
おそらく、春子が呼ぶ彼の名前も、そんなふうに変わってきている。
いつか互いに流暢になる日が、くるだろうか……。
「コワク……ナイ、デスカ……」
垢抜けないモンペの襟ぐりに、ウィリアムの冷たい手が入ってくる。
季節はすでに秋で、湿度の高い川べりは特に気温が下がる。外気は肌寒いはずなのに、春子の身体は火に炙られたように熱くて、息が上がった。
「いいえ、ウィリアム。熱い……。熱いわ。怖くは、ないの」
素肌に触れられると、その熱はもっと勢いを増して春子のすべてを奪っていった。常識とか、将来とか、貞操とか……この業火の前に、焼かれずに残るものなんてない。
『俺は怖いよ』
ウィリアムは静かに英語で言った。
「どうして?」
『これで、この想いは永遠になるから。俺はもう二度と、君から離れられなくなる』
──それは女である春子の台詞では?
そんな指摘をしたかったが、うまく英語にできない。
モンペの前が開けて、春子の素肌がウィリアムの目にさらされた。
ウィリアムの腕は春子の背を抱き、ぐいっと強引に引き寄せる──彼のものと重なった腹部がじんと痺れて、これは欲望による反応だと本能が悟った。
ところがウィリアムは決して急かさず、春子がジレてしまうほどゆっくり慎重に、コートと呼ばれる外套を脱ぐとそれを河川敷に敷いた。
「アナタヲ、キズツケル……シタクナイ」
ああ……。
春子が選んだ、このひとは。
どこまで優しくて、どこまで誠実でなんだろう。
『傷つけても、いいのに』
今度は春子が英語でささやく番だった。
ウィリアムはもうそれ以上会話というものを続けず、静かに春子の唇を彼の唇で塞いだ。
ふたりの身体は、春子を下にして、外套を敷いた地面に沈んでいく。
宵とはいえ、まだ深夜ではなかったから、遠くから人家の喧騒が聞こえた。離れたところに掛かっている橋を、提灯を持って渡る人影が豆粒のように小さく浮かんでいる。
目を……開けているべきだろうか。
閉じたほうがいいの?
ウィリアムは瞼を半分伏せて、うっすらとしか目を開いていないのに、春子は彼の反応を見たくてたまらない。
正解がわからなくて、春子はただ求めるままに……そして求められるままに身をよじった。湯気がのぼりそうな熱い息が混ざり合い、互いの匂いまでがひとつになる。
うっすらと、曖昧な知識しかなかった行為なのに、欲する気持ちは止まらなかった。
春子のモンペも、ウィリアムの軍服も肌けて、腕や太ももに絡んでいる。すべてを脱ぎ捨てられる状況ではなかったから、ふたりとも大事なところだけをさらけ出した。
胸元。
下腹部。
そして、心。
ずっと静かだと思っていた川のせせらぎが、湿った地面を通じて聞こえてくる気がした。時々、ウィリアムは春子の名前を呼んだが、春子はもう息が上がるばかりでなにも答えられない。
ふたりの魂が繋がった瞬間、春子は体内を貫くその圧に首を仰け反らした。
「は……っ」
ぶわりと吹き出す汗が、肌を伝う。
春子の唇は、無意識にウィリアムの唇を探していた。まるで彼と口づけをしている間だけ、空気が得られるかのように。
「アイシテ……イマス」
自身のものを春子の最奥に穿ちながら、ウィリアムは荒い呼吸と共にそうささやいた。
「本当……に?」
ウィリアムは日本語で返そうと一語、二語、聞き取れない言葉をつぶやいたが、このような行為の真っ最中に、心の機微を表現できるほどの語彙はまだなく、すぐに英語に切り替えた。
『どうして……聞くんだい? もう何度も……伝えたはずだ』
春子は閉じかけていた目を見開いた。
『知らない、わ』
『月が綺麗だ、と……』
『え?』
『それが日本人にとっての、愛しているという表現では……?』
──ああ、もう。このひとってば。
どこでそんなことを調べてきたのだろう? 春子が月に嫉妬していたあの宵は、一体なんだったんだろう。
もしまだ十分に恋に落ちていなかったとしたら、この瞬間、春子の心は完全にウィリアムのものになった。永遠に。
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