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【乃亜の章】
「ダグラス・ジョンソン・マクブライト」②
しおりを挟む乃亜はその名の響きを咀嚼するように、口の中で小さく復唱した。
ダグラス……。
なんとなく彼にぴったりの名前だと思った。おそらくあまり今時なネーミングではないのだろうけれど、男らしさと堅実さと……ちょっと近寄り難さを感じる名前。
ダグラスは乃亜のレンタカーの屋根を軽く叩いた。
「この辺ではこんなもの誰も盗もうとは思わないだろうが、一応このポンコツの鍵を閉めておいてくれ。荷物はどこにある?」
「トランクの中です。といっても、小さなスーツケースとリュックがひとつだけですけど」
「じゃあトランクを開けてくれ」
さすがにトランクの開け方くらいはわかったので、乃亜は言われた通りにトランクを開くレバーを引いた。
乃亜が「自分でやれます」という短いセンテンスを英語で言い終わる前に、ダグラスはすでに助手席側の窓から消えて、トランクの中身を物色していた。
空港で乃亜が必死で持ち上げたスーツケースは、ダグラスの手によってまるで空気しか入っていないかのようにヒョイっと取り出された。
もちろんリュックも。
荷物はすべてピックアップトラックの後部座席に置かれ、残りは助手席にある手荷物のバッグだけ。
少なくともこれくらいは自分で運ばなければと乃亜が手を伸ばしたとき、ダグラスが戻ってきて同時に手を出そうとした。
「こ、これは自分で持てます」
「……そうしたいなら」
乃亜は自分でバッグを持ち、降車して鍵をかけた。
言葉にして誘われたわけではないが、彼のピックアップトラックに乗せてもらえるということだと……思う。
思いたい。
無言でピックアップトラックに戻るダグラスに、乃亜はついていった。
先にピックアップトラックに辿り着いたダグラスは、助手席側の扉の前に立って乃亜を待っていた。当然、ダグラスが運転手側に乗り込むだろうと思っていたので、乃亜は首をかしげる。
「あの、わたし……こんな大きい車、上手く運転できるかどうかわかりませんけど……」
ダグラスは首を逸らして灰色の瞳を空に向けて、なにか乃亜に聞き取れない単語をつぶやいた。多分、いわゆる英語の汚い四文字熟語だと思う。
失礼な。
「君に運転してもらおうとは思わないよ」
そして、助手席側の扉を開ける──乃亜のために。
「あ……」
乃亜は赤面した。
せずにはいられなかった。
このダグラス氏は第一印象よりずっと紳士だ。
愛想はないかもしれないけれど、レンタカーは直そうとしてくれたし、荷物は運んでくれたし、泊めてくれるようだし、おまけに助手席の扉まで乃亜のために開いてくれる。
「ありがとうございます」
それをわざわざ指摘するよりも、素直に彼の親切を受け入れるべきだと思って、乃亜は大人しくピックアップトラックに乗り込んだ。
日本ではあまり見ない種類のフルサイズだから、かなりの高さだった。
ダグラスはパタンと静かに乃亜側の扉を閉めて、自らは運転席に移った。エンジンがかかると想像していたよりずっと落ち着いた振動がはじまる。
「シートベルト」
と、指摘されて乃亜は急いでシートベルトを締めた。
「は、はい。締めました」
白いピックアップトラックはふたりを乗せて急なUターンをすると、一車線の車道をゆっくりと走った。
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