二度目の永遠 ~ある夏にコロラドで見つけた牧場主との運命の恋~

泉野ジュール

文字の大きさ
12 / 41
【乃亜の章】

フクロウの鳴く夜①

しおりを挟む

 牧場の従業員だという初老のヒスパニック系男性・ホセに案内されて、乃亜は与えられたキャビンに入った。

 小さい丸太造りのログキャビンが三棟ほど連なっていて、ウィリアムとダグラスの邸宅から徒歩で二分とかからない距離に並んでいる。
 乃亜はそのうちのひとつを使わせてもらえるという。

「あんまり豪華じゃないけどさ、ダグラスの旦那は自由に使っていいって言ってるよ。若い子が楽しむようなもんは少ないが、景色はいいし空気はうまいし、この牧場での滞在を楽しんでくれ。キッチンはここで……」
 ホセはちょっと舌を巻くスペイン語訛りの英語で、にこやかにキャビン内を説明して回ってくれた。

「ありがとうございます、ホセ。しばらくお世話になります」
「こちらこそよろしくな、かわい子ちゃん」
 ちょっとコンプラ的に怪しいことを言い放つホセを見送ったあと、乃亜はキッチン兼居間にあるソファに座り込んだ。

「ふぅ……」
 どうしよう。

 まだ心臓がドクドクと痛いくらい強く脈打っている。
 まさかこんな……。こんなことになるなんて。
 乃亜は気だるい体を投げ出すようにして、八十年代の香りがプンプンする焦茶色の革張りソファにどさりと寝転んだ。

 たかがコロラド、されどコロラド。文字通り地球の裏側からの長旅に、乃亜は疲れ果てて天井を仰ぎ見た。

(そりゃあ、なんでもかんでもとんとん拍子に進むとは思っていなかったけど……)

 まさかレンタカーがなにもない牧草地で煙を吹いて昇天し、ウィリアムの息子に助けられた挙句、そのウィリアムが心臓発作で入院中……いつまでここに残ればいいのかわからない状況になるとは、夢にも思わなかった。

(なにもなければ今頃、ウィリアムさんとちょっと感動的な面会をして、パゴサで温泉を見たあと、コロラド・スプリングで観光中だったはず……)

 しかし、お洒落な観光地の代わりに乃亜の目の前にあるのは、古色に染まった丸太の壁と、そこに掛けられたのは埃を被ったバッファローの頭部の剥製……。

(ほ、本物……?)
 無料で提供された宿に文句を言うつもりはないが、さすがにバッファローの頭はどうにかして欲しい気がする。

 ここは従業員用の住まいで、全体的に必要最小限の家具しか置いていないが、壁だけは様々な……馬への愛に溢れた品々が飾られていた。
 馬の写真。馬の絵。使い古した馬の蹄。馬のオブジェ。馬の……。
 幸いキッチンだけは比較的馬フリーの空間で、ちょっとレトロなポットやコーヒーメーカーが並んでいるだけだった。
 小さい冷蔵庫もきちんとある。馬のマグネットがいくつか貼られているけど。

 来週になればもっと綺麗な客用のコテージを空けてくれるとのことだが、乃亜はそこまで長居するつもりはなかった。
 乃亜をあまり快く思っていないダグラスに、迷惑をかけるわけにはいかない。

「養子……。そっか、養子だったんだ」

 ポツリと独り言をつぶやいて、床に置いておいたバッグから曽祖母の手紙を取り出した。
 ソファに座り直すと、じっと封筒を見つめる。

 ──ウィリアムはずっと独り身だった。この牧場に「春」の名をつけて、他の女性の影は一切なく……。

「俺は許さない、か……。うん、でも、そうなっちゃうよね……」
 曽祖母とウィリアムが離れ離れになってから実に八十年近くが経っている。その間、少なくとも乃亜の知る限り、ふたりは一度しか顔を合わせていない……それも一瞬だけ。
 曽祖母は結婚してひ孫までいるのに、ウィリアムはおそらく、そんな彼女を思い続けて生涯独り身で、家族は養子のダグラスだけ。

 ウィリアムを父と慕うダグラスが、春子とその子孫の系譜を恨めしく思ったとしても、それはごく人間的な反応なのだろう。
 だから乃亜は、ダグラスが多少自分にきつく当たってきても、一種の自然の摂理として甘受する覚悟をした。

「春子おばあちゃん……なにを書いたのよぉ……」
 乃亜は突っ伏して、曽祖母のしたためた手紙に向かって泣き言をつぶやいた。乃亜は手紙の内容を知らない。開封していいのはウィリアムだけだと念を押されたのだ。

 ──なんで今更なんだ、とダグラスは言った。
 おそらく彼は正しくて、お互い百歳に近くなった現在、いったいなにを告げる必要があるのだろう。

 たとえ一度は血の繋がった子を成した仲といっても、半世紀以上も会っていなかった相手に、地球の裏側にひ孫を仕向けてまで伝えたいことが……?

(でも……それはそれで……羨ましい、かな)

 ひるがえって自分の恋を思い出す。
 そもそも乃亜が、お盆でもないこんな時期に日時の制限なくアメリカ渡航できるのは、ひとつの恋があっけなく終わったからだ。
 あまりにもあっけなさすぎて、スマホのメッセージひとつで終わりになった恋。

(でもこの世には、八十年間ひとりの女性を想い続けられる男性が、本当にいるかもしれないんだ……)

 それはひとつの救いだった。
 この世には永遠の愛も誠実な男性もいないと絶望していた乃亜にとっての、一縷の希望……。

「誠実な男性……か」
 と、ポツリとつぶやいてみた途端に、あるアビエイター・サングラス姿の長身カウボーイの姿が乃亜の脳裏に現れる。
 そして、彼がサングラスを外した瞬間のあの衝撃が、手に取るように蘇ってきて……。
「……なっ、なんであのひとなの!」

 乃亜は慌ててブンブンと首を振った。
 ダグラス。
 ウィリアムの息子……もとい、養子。

 おそらく彼は乃亜の存在そのものを疎ましく思っているだろうし、住む世界の違うひとだ。乃亜は彼のことをまだほとんど知らないし、知らないままで終わってしまうのかもしれない。

 でも……これは予想と、想像に過ぎないけれど……ダグラスはきっとウィリアムに負けず劣らず一本気なひとだ。
 いわゆる「いいひと」ではないかもしれないけれど、外面の殻は恐竜の卵よりも硬いけれど、一度愛した相手には生涯誠実でいるひとだろう。
 そんな気がする。
 なんといってもウィリアムに育てられたひとだ。

 しかし、悲しいかな……彼が乃亜を好きになってくれる可能性は百にひとつもないけれど……。

(か、「悲しいかな」って、なんで! なんでそこで悲しむ必要があるの!)

 ひとりであれこれ勝手に想像して、落ち込んだり舞い上がったり真っ赤になったり、かなり重症である。相当疲れているのかもしれない。

 乃亜はひとまずベッドで寝かせてもらうことにして、寝室に入った。
 日本でいうなら八畳くらいの小さい部屋で、ひとり用のベッドと箪笥があるだけのシンプルな空間だった。
 もちろん、ヘッドボードの上には馬のキャンバスプリント大判写真が飾られていたけれど、なんだかもう気にならなくなってきた。

 こんなに馬グッズがあるのだから、きっとこの牧場には沢山馬がいるのだろう。明日になったら見て回れるかもしれない……そんなことを思いながら、倒れるようにベッドの上に身を投げる。
 そして目を閉じたが最後、気を失うように眠りに落ちた。
 ……はずだった。
 そんな乃亜が目を覚ましたのは、周囲が真っ暗闇の深夜になってからだった。

『ギャアアアアアア!!! キャアアァァァ!!!』

 そんな、鼓膜を突き抜けて心臓まで刺さるような激しい悲鳴が、漆黒の夜空に響く。
 乃亜は飛び起きた。
 これは──誰かが殺されている! それも信じられないほど残忍な方法で……間違いない!

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生涯俺に添い遂げろ〜極道の本気の恋

ラヴ KAZU
恋愛
江崎えみりは恋人に騙されて借金の連帯保証人になって取り立てに追われる。 キャバクラで働くように強要され、ヤクザに連れて行かれそうになった時、一人の男性が助けてくれた。 登龍修吾、登龍組の若頭である。 実はえみりと修吾は初対面ではない。修吾に借金の肩代わりをするかわり、妻になれと強要される。 えみりは修吾のことは覚えていない。でも優しく接してくれる修吾に惹かれていく。 お互いの気持ちが交錯し、二人は距離を縮めていくが、相手の本当の気持ちに気づかない。 果たしてふたりの運命はいかに

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

「君はいらない」と捨てられた夜、天敵の冷徹社長に「なら、俺が貰う」と拾われました。――手を出さない約束でしたが、彼の理性が限界のようです

ひふみ黒
恋愛
【婚約破棄から始まる、不器用なライオン(冷徹社長)の猛烈な求愛!】 「俺の妻になるなら覚悟しろ。……もう、指一本逃がすつもりはない」 ★あらすじ★ 「美月は完璧すぎて、可愛げがないんだよ」 28歳の誕生日。 一流ホテルのウエディングプランナーである相沢美月(あいざわ みつき)は、婚約者の裏切りにより、結婚目前ですべてを失った。 雨の降る路地裏。 ヒールも折れ、心も折れてうずくまっていた美月の前に現れたのは、かつての高校時代の天敵であり、現在は勤務先の冷徹な社長 一条蓮(いちじょう れん)だった。 「捨て猫以下だな」 そう憎まれ口を叩きながらも、彼は泥だらけの美月を躊躇なく抱き上げ、最高級ペントハウスへと連れ帰る。 そして、彼が突きつけたのは、あまりにも強引な提案だった。 「住む場所がないなら、俺の家に来い。その代わり――俺の『婚約者』役を演じろ」 利害の一致した契約関係。 条件は「お互いに干渉しないこと」、そして「決して手を出さないこと」。 ……のはずだったのに。 「髪、濡れたままだと風邪を引く」 「あんな男のために泣くな。顔が台無しだ」 同居生活で見えてきたのは、冷徹な仮面の下に隠された、不器用すぎるほどの優しさと独占欲。 美月が作った手料理を誰よりも美味しそうに食べ、元婚約者が復縁を迫ってくれば「俺の女に触れるな」と徹底的に排除する。 天敵だったはずの彼に守られ、凍っていた美月の心は次第に溶かされていく。 しかし、ある雷雨の夜。 美月が不用意に彼に触れた瞬間、一条の理性のタガが外れてしまい――。 「……手を出さない約束? 撤回だ」 「そんな無防備な顔で見つめて、何もしないでいられるほど、俺は聖人君子じゃない」 10年越しの片思いをこじらせたハイスペック社長 × 仕事熱心で恋愛に臆病なプランナー。 契約から始まった二人の関係が、本物の愛(溺愛)に変わるまで。 元婚約者への痛快な「ざまぁ」も収録した、極上の大人のシンデレラストーリー! 【登場人物】 ◆相沢 美月(28) ホテルの敏腕ウエディングプランナー。真面目でお人好しな性格が災いし、「つまらない女」と婚約破棄される。実は家事万能で、酔うと少しだけ甘えん坊になる(本人は無自覚)。 ◆一条 蓮(28) ホテルグループの社長。美貌と才覚を併せ持つが、他人に興味を示さないため「氷の貴公子」と呼ばれる。実は高校時代から美月を一途に想い続けており、彼女のこととなると冷静さを失う。

恋が温まるまで

yuzu
恋愛
 失恋を引きずる32歳OLの美亜。 営業課のイケメン田上の別れ話をうっかり立ち聞きしてしまう。 自分とは人種が違うからと、避けようとする美亜に田上は好意を寄せて……。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

Pleasure,Treasure

雛瀬智美
恋愛
同級生&身長差カップルの片思いから結婚までのラブストーリー。 片思い時代、恋人同士編、新婚編ですが、 どのお話からでもお楽しみいただけます。 創作順は、Pleasureから、Blue glassが派生、その後Treasureが生まれました。 作者の趣味により、極上dr~、極上の罠~シリーズともリンクしています。

処理中です...