二度目の永遠 ~ある夏にコロラドで見つけた牧場主との運命の恋~

泉野ジュール

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【乃亜の章】

ウィリアムとダグラス①


「はじめてこの牧場に流れ着いたとき、俺は七歳だった」
 眩しいわけではないのに目を細めて、ダグラスは静かな声で語りはじめた。
 夏とはいえ夜の湖畔は涼しくて、乃亜はふるりと震える。

「実の父親と一緒にテキサスから流れ着いたんだ。父親はシングル・ファザーで、母親は俺が三歳のときに亡くなっている。ウィリアムが住み込みの従業員を探していて、それで雇われてここに住みはじめた」

 まさかそこから話を聞かせてもらえるとは思わなかったので、乃亜はぱちぱちと瞳をまたたいた。

 ダグラスはずっと一貫してウィリアムを「親父おやじ」と呼んでいたから、血の繋がった父親の話はなんだか妙な感じがしてしまう。
 ただ、テキサスというのには納得した。
 ダグラスの英語にはわずかな南部訛りサザン・ドロールがあって、ネイトのようなコロラド育ちとは少し違うアクセントがあったからだ。

「父親は……悪いばかりの人間だったとは思わない……ただ、色々と問題のある男だった。酒を飲み過ぎたし、飲むと俺に暴力を振るった」
「そんな……」

「腕っぷしは強くて、酒さえ飲まなければひと一倍の仕事はしたし、カウボーイや牧場の従業員なんていうのは荒っぽい連中の集まりだ。そういうのは珍しくない。ただ親父……ウィリアムだけは違った。俺の父親に代わってウィリアムが俺の学校の送り迎えをしてくれるようになったのも、ここに住みはじめてひと月も経たないうちだ。俺の父親はそういうのはほぼ放棄していたから。それに──」

 ダグラスはそっと乃亜を見下ろした。

「うちの従業員があの家で夕食を取る習慣も、ウィリアムが俺のためにはじめてくれたんだ。俺の父親はまともに息子に食事を与えなかったから、俺が食えるようにと。他の従業員も呼んだのは俺に居心地の悪い思いをさせないためだ。ウィリアムはそういう男だった──いや、男だ」

 過去形にしてしまったことを後悔するように、ダグラスはすぐ言い直した。
 乃亜はダグラスのその誠実に心が熱くなるのを感じた。

「あなたはそれを今も守っているんですね」
「ああ。そして今晩、その調理をしてくれたのは君だ。ありがとう」
「いえ……光栄です」
 なんだかくすぐったくて、乃亜ははにかみ笑いをした。そうしないと泣いてしまいそうだったから。
「とにかく──」
 ダグラスは続けた。

「ウィリアムはすぐ俺の父親代わりになってくれた。俺もウィリアムを慕った。本物の父親がすぐそばにいたのに可笑しな話だが、親子や家族なんていうのは、血の繋がりだけじゃない。わかるだろう」
「それは……わかります」

 ……と、言ってしまってから、口をつぐんだ。
 乃亜にとっての「血の繋がらない」曽祖父はウィリアムにとっての恋敵である。あの時代は仕方なかったとはいえ、ダグラスや……ましてやウィリアムにとって、聞いて気持ちのいい話ではないだろう。
 だから黙っていた。

「俺が九歳のとき、俺の父親は俺を牧場に置いたまま行方不明になった……そして数カ月後に隣の州で死体になって見つかった。あとでわかったことによると、マフィアとの抗争に巻き込まれていたとのことだった……。ドラッグではないよ。痴情のもつれだとか、そんな話を聞いた」
「そんな……」
「ろくな父親じゃなかったが……最後にひとつだけいいことをしてくれた。ウィリアムのところに俺を残したことだ。ウィリアムはすぐに俺を養子にする手続きをしてくれた。すでに結構な高齢だったから、健康診断まで散々させられて……なかなか大変だったよ。でも最終的には養子縁組が成立して、俺は正式に親父の……ウィリアムの息子になった」

 ダグラスはもう一度足元の小石を拾って、さっきと同じように湖に向かって投げた。
 今度は二度ほど水面を跳ねただけで落ちてしまう。
 乃亜は彼の真似はしなかった。

「ごめんなさい……」
「どうして謝る?」
「最初に疑うようなことを言ってしまったから。本当にウィリアムの息子なのかって」
「謝る必要なんてないよ。当然の疑問だ。特に君はウィリアムの本当の血縁なんだから、知りたいと思って当然だろう──」
 と、まで言ってから、ダグラスは乃亜の顔をのぞき込んだ。

「そうだろう? 君は、ウィリアムの血筋の方の『ハルコ』の子でいいんだよな?」

 乃亜は鼻をすすりながらうなずいた。
 ダグラスは知っているんだ。曾祖母が別の男性と結婚したことと……その男性との間にも子供がいること。

 だからこそ『許さない』と言ったのだ。
 それはひとつの愛の形で、乃亜はこの男性を愛しいと思った。信頼できるひとだと。

「そうです。わたしの祖母は、月子……ウィリアムと春子の娘です」
「そうか」

 もしかしたら乃亜の思い違いかもしれないけれど、ダグラスの声には安堵があった。
 ──そんなこと、ありえるだろうか?

 乃亜が本当にウィリアムの血統であることを、ダグラスが安堵してくれる。ダグラスとウィリアムに血の繋がりはないから、ダグラス自身との血縁云々ではない。
 しばらくの沈黙があって、ダグラスはぽつりとささやいた。

「亡くなっていると聞いたよ。お悔やみをアイム・ソーリー
「ありがとうございます。でも、わたしが生まれるずっと前の話ですから……あまり実感がなくて。わたしにとってのおばあちゃんは春子おばあちゃんなので」
「ああ」

 夜の湖畔からは少し墨に似た水の匂いがする。
 こんなに涼しくなるとは思わなくて、乃亜は半袖だったから、夜風が吹くと小さなくしゃみが出た。

 ダグラスの反応は早かった。
 彼は例のチェック柄の長袖シャツを脱ぐとそれを乃亜の肩にかけた。おそらくフランネル生地のそれは、柔らかく乃亜を包んでくれる。

 説明しがたいくらいにいい匂いがした。おそらく日本のものよりちょっと強い洗濯洗剤の芳香と、ダグラスのコロン、それから彼自身の匂い。
 普通の薄い半袖シャツ一枚の姿になって、彼の上半身の線がくっきりと浮き上がる。ジムで鍛えている種類のものとは違う、本当の働く男のたくましさがそこにはあった。

「それで……?」
 続きが聞きたくて、乃亜は彼にねだった。
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