どん底だった少女は努力で幸せを手に入れる

レモン🍋

文字の大きさ
5 / 26

閑話

しおりを挟む


 雅也が初めて萌の小説を読んだのは、まだ編集者として萌の担当になる前だった。

彼女はモエというペンネームで活動しており、何気なく読んだネット小説の中に彼女の作品はあった。
 
 一目で他の作者とはレベルが違うと感じた。
 文章力もさることながら、こちら側に何かを訴えるようなストーリーが圧倒的で、引き込まれずにはいられなかった。


 ネット小説で人気なのは異世界ものや恋愛もので、現実社会をテーマにした萌の作品は当初はなかなか好評化を得られず、雅也は編集者としてではなく一ファンとして悔しく思った。

 しかし、良い作品というのはどんなジャンルであれ見出されるものだ。
 一年も経たないうちに萌の作品は注目されるようになり、今ではネット上で人気を博すと共に、桜道社主催のコンテスト入賞者の常連だ。



 萌に担当編集が付くことが決まった時、雅也は編集長である大泉洋太に直訴した。
「編集長、モエの作品を一番好きなのは私です。ぜひ担当につかせてください」

「はは、言われなくてもそのつもりだったよ。君ならきっとあの子を上手にサポートしてあげられるだろう」

 大泉のその言い方に、知り合いか?と少し疑問に思ったが、嬉しさもあり、その疑問はすぐにうやむやになった。

「雅也、よかったな。モエの担当に付けて」
デスクに戻ると雄星が声をかけてきた。

――原田雄星、同僚であり高校時代からの親友だ。

「ああ、ありがとう。念願かなったよ」

雄星には何度もモエの作品の良さを力説していたため感謝する。


 そこへ一つ後輩の米澤真紀が話に混ざる。

「川崎先輩すごいですぅ~。担当編集に抜擢されるなんて!」

「ああ、ありがとう。」

雅也は少しそっけなく答えた。


 真紀はきゃぴきゃぴしていてあからさまに雅也狙いなのが分かり、辟易とする。
 雄星も横で苦笑いだ。


「でもぉ~、モエってどんな人なんでしょうねっ。名前的に女の人だろうけどぉ、暇を持て余したおばさんだったりして~」

その言い草にカチンとくる。
「その言い方は良くないよ。どんな人であれ君がけなしていい理由にはならないし、モエは素晴らしい作者だ」
雅也の強い口調に真紀はあわてて自分の席へと戻っていった。

「彼女、もう少し仕事ちゃんとしてほしいよな、フォローするこっちの身にもなれよ。人事もなんで採用したんだか」
雄星の言葉に頷くが、頭の中はモエのことでいっぱいだ。

「ははっ、モエのことしか頭にないって顔だな。まあ、お前ほどのファンはいないだろうし、適任だと思うよ。頑張れよ」

「さんきゅっ」
 モエがどんな人であれ、精一杯サポートしようと決意する雅也だった。



 喜びよりも驚き。
 
 初めて萌に会った時、雅也は本当に驚いた。

 色々な人物像を想像していたが、まさか中学生だとは思っていなかった。
 しかも美少女。

「萌ちゃん、この人が担当編集の大橋雅也さん。
大橋、この子がモエとして小説を書いている工藤萌さんだ」

大泉の声にハッとなる。

 慌てて背筋を伸ばし、自己紹介する。

「担当編集としてサポートさせていただく大橋雅也です。これからよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 丁寧に頭を下げられ、礼儀正しいいい子だなと思う雅也。


 この初めての顔合わせの場で、雅也は萌の家庭事情を知った。

 両親の死、虐待、そして施設での暮らし。

 痛ましいと思った。
 けれど納得もした。
 
 萌のその経験があったからこそ、あんなにも心を揺さぶる物語が書けるのだろう。
 圧倒的なパワーで訴えかけ、心を強く揺さぶったものが何だったのか、雅也は少しだけわかった。

――愛情を求める悲痛な叫び。

きっと、彼女が幼き頃より欲してきた愛情を求める叫びが、雅也の、そしてその他大勢の読者の心に響いたのだろう。


話し合いを終え、萌を見送った後、雅也は大泉に詰め寄った。

「編集長、萌さんと知り合いなんですか?」

 最初は気のせいかとも思ったが、話しているうちに二人の親しそうな様子に確信した。
「ああ、知り合いだよ。一か月に一回は会う仲だな。もっと言うと、彼女が小説を投稿し始める前から知ってるよ」


 大泉いわく、彼女との付き合いは一年にもなるそうで、小説投稿を勧めたのも彼らしい。
「萌ちゃん可愛くていい子で、俺独身だけど娘みたいに思ってるんだよなー」

「どうりで。すごい親しげだったんで、驚きましたよ」

「萌ちゃん、まだ子供だし、事情が事情だし、しっかりサポートしてあげろよ、大橋」

 大泉の言葉に雅也は力強く頷いた。



 
 当時のことを思い出し、雅也がぼうっとしていると、雄星がニヤニヤしながらこっちを向いた。

「愛しの萌ちゃんのことでも考えてたー?」

 図星を突かれて言葉に詰まる。
 雄星は何度か雅也と一緒に萌に会ったことがあり、今では雅也と同様に、彼女に名前呼びしてもらえるほど打ち解けている。
そして、雅也が萌に抱く思いを知っている唯一の理解者だ。
たまにこういう風にからかってくるのはいただけないが、それでも雅也は雄星に感謝している。

「初めて萌ちゃんに会った時を思い出してただけだ」
 雅也は少し顔を赤くしながら、それ以上聞くなとばかりにパソコンに向き直った。

 雄星はそんな雅也をみてニヤニヤしながらも引き下がる。
 雅也の反応が面白くてついついからかってしまう雄星だが、雅也の恋を応援しているのは本当だ。

 女に対してそっけなく対応する雅也しか見たことがなかったため、萌に対して必要以上に優しく、甘く対応する雅也を見たときは驚いた。
けれどいい変化だと思った。
雅也の甘々攻撃に全く気付いていない萌ちゃんは鈍感すぎると思うが。




 二人は、その会話を米澤真紀が聞いていたことに気づかなかった。
 彼女が憎々しげに目を細めたことも。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

皇帝陛下の愛娘は今日も無邪気に笑う

下菊みこと
恋愛
愛娘にしか興味ない冷血の皇帝のお話。 小説家になろう様でも掲載しております。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結】戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました

水都 ミナト
恋愛
最高峰の魔法の研究施設である魔塔。 そこでは、生活に不可欠な魔導具の生産や開発を行われている。 最愛の父と母を失い、継母に生家を乗っ取られ居場所を失ったシルファは、ついには戸籍ごと魔塔に売り飛ばされてしまった。 そんなシルファが配属されたのは、魔導具の『メンテナンス部』であった。 上層階ほど尊ばれ、難解な技術を必要とする部署が配置される魔塔において、メンテナンス部は最底辺の地下に位置している。 貴族の生まれながらも、魔法を発動することができないシルファは、唯一の取り柄である周囲の魔力を吸収して体内で中和する力を活かし、日々魔導具のメンテナンスに従事していた。 実家の後ろ盾を無くし、一人で粛々と生きていくと誓っていたシルファであったが、 上司に愛人になれと言い寄られて困り果てていたところ、突然魔塔の最高責任者ルーカスに呼びつけられる。 そこで知ったルーカスの秘密。 彼はとある事件で自分自身を守るために退行魔法で少年の姿になっていたのだ。 元の姿に戻るためには、シルファの力が必要だという。 戸惑うシルファに提案されたのは、互いの利のために結ぶ契約結婚であった。 シルファはルーカスに協力するため、そして自らの利のためにその提案に頷いた。 所詮はお飾りの妻。役目を果たすまでの仮の妻。 そう覚悟を決めようとしていたシルファに、ルーカスは「俺は、この先誰でもない、君だけを大切にすると誓う」と言う。 心が追いつかないまま始まったルーカスとの生活は温かく幸せに満ちていて、シルファは少しずつ失ったものを取り戻していく。 けれど、継母や上司の男の手が忍び寄り、シルファがようやく見つけた居場所が脅かされることになる。 シルファは自分の居場所を守り抜き、ルーカスの退行魔法を解除することができるのか―― ※他サイトでも公開しています

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...