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閑話
しおりを挟む雅也が初めて萌の小説を読んだのは、まだ編集者として萌の担当になる前だった。
彼女はモエというペンネームで活動しており、何気なく読んだネット小説の中に彼女の作品はあった。
一目で他の作者とはレベルが違うと感じた。
文章力もさることながら、こちら側に何かを訴えるようなストーリーが圧倒的で、引き込まれずにはいられなかった。
ネット小説で人気なのは異世界ものや恋愛もので、現実社会をテーマにした萌の作品は当初はなかなか好評化を得られず、雅也は編集者としてではなく一ファンとして悔しく思った。
しかし、良い作品というのはどんなジャンルであれ見出されるものだ。
一年も経たないうちに萌の作品は注目されるようになり、今ではネット上で人気を博すと共に、桜道社主催のコンテスト入賞者の常連だ。
萌に担当編集が付くことが決まった時、雅也は編集長である大泉洋太に直訴した。
「編集長、モエの作品を一番好きなのは私です。ぜひ担当につかせてください」
「はは、言われなくてもそのつもりだったよ。君ならきっとあの子を上手にサポートしてあげられるだろう」
大泉のその言い方に、知り合いか?と少し疑問に思ったが、嬉しさもあり、その疑問はすぐにうやむやになった。
「雅也、よかったな。モエの担当に付けて」
デスクに戻ると雄星が声をかけてきた。
――原田雄星、同僚であり高校時代からの親友だ。
「ああ、ありがとう。念願かなったよ」
雄星には何度もモエの作品の良さを力説していたため感謝する。
そこへ一つ後輩の米澤真紀が話に混ざる。
「川崎先輩すごいですぅ~。担当編集に抜擢されるなんて!」
「ああ、ありがとう。」
雅也は少しそっけなく答えた。
真紀はきゃぴきゃぴしていてあからさまに雅也狙いなのが分かり、辟易とする。
雄星も横で苦笑いだ。
「でもぉ~、モエってどんな人なんでしょうねっ。名前的に女の人だろうけどぉ、暇を持て余したおばさんだったりして~」
その言い草にカチンとくる。
「その言い方は良くないよ。どんな人であれ君がけなしていい理由にはならないし、モエは素晴らしい作者だ」
雅也の強い口調に真紀はあわてて自分の席へと戻っていった。
「彼女、もう少し仕事ちゃんとしてほしいよな、フォローするこっちの身にもなれよ。人事もなんで採用したんだか」
雄星の言葉に頷くが、頭の中はモエのことでいっぱいだ。
「ははっ、モエのことしか頭にないって顔だな。まあ、お前ほどのファンはいないだろうし、適任だと思うよ。頑張れよ」
「さんきゅっ」
モエがどんな人であれ、精一杯サポートしようと決意する雅也だった。
喜びよりも驚き。
初めて萌に会った時、雅也は本当に驚いた。
色々な人物像を想像していたが、まさか中学生だとは思っていなかった。
しかも美少女。
「萌ちゃん、この人が担当編集の大橋雅也さん。
大橋、この子がモエとして小説を書いている工藤萌さんだ」
大泉の声にハッとなる。
慌てて背筋を伸ばし、自己紹介する。
「担当編集としてサポートさせていただく大橋雅也です。これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げられ、礼儀正しいいい子だなと思う雅也。
この初めての顔合わせの場で、雅也は萌の家庭事情を知った。
両親の死、虐待、そして施設での暮らし。
痛ましいと思った。
けれど納得もした。
萌のその経験があったからこそ、あんなにも心を揺さぶる物語が書けるのだろう。
圧倒的なパワーで訴えかけ、心を強く揺さぶったものが何だったのか、雅也は少しだけわかった。
――愛情を求める悲痛な叫び。
きっと、彼女が幼き頃より欲してきた愛情を求める叫びが、雅也の、そしてその他大勢の読者の心に響いたのだろう。
話し合いを終え、萌を見送った後、雅也は大泉に詰め寄った。
「編集長、萌さんと知り合いなんですか?」
最初は気のせいかとも思ったが、話しているうちに二人の親しそうな様子に確信した。
「ああ、知り合いだよ。一か月に一回は会う仲だな。もっと言うと、彼女が小説を投稿し始める前から知ってるよ」
大泉いわく、彼女との付き合いは一年にもなるそうで、小説投稿を勧めたのも彼らしい。
「萌ちゃん可愛くていい子で、俺独身だけど娘みたいに思ってるんだよなー」
「どうりで。すごい親しげだったんで、驚きましたよ」
「萌ちゃん、まだ子供だし、事情が事情だし、しっかりサポートしてあげろよ、大橋」
大泉の言葉に雅也は力強く頷いた。
当時のことを思い出し、雅也がぼうっとしていると、雄星がニヤニヤしながらこっちを向いた。
「愛しの萌ちゃんのことでも考えてたー?」
図星を突かれて言葉に詰まる。
雄星は何度か雅也と一緒に萌に会ったことがあり、今では雅也と同様に、彼女に名前呼びしてもらえるほど打ち解けている。
そして、雅也が萌に抱く思いを知っている唯一の理解者だ。
たまにこういう風にからかってくるのはいただけないが、それでも雅也は雄星に感謝している。
「初めて萌ちゃんに会った時を思い出してただけだ」
雅也は少し顔を赤くしながら、それ以上聞くなとばかりにパソコンに向き直った。
雄星はそんな雅也をみてニヤニヤしながらも引き下がる。
雅也の反応が面白くてついついからかってしまう雄星だが、雅也の恋を応援しているのは本当だ。
女に対してそっけなく対応する雅也しか見たことがなかったため、萌に対して必要以上に優しく、甘く対応する雅也を見たときは驚いた。
けれどいい変化だと思った。
雅也の甘々攻撃に全く気付いていない萌ちゃんは鈍感すぎると思うが。
二人は、その会話を米澤真紀が聞いていたことに気づかなかった。
彼女が憎々しげに目を細めたことも。
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