婚約破棄されたので、悪役令嬢は聖女を元の世界に戻します~殿下が恋した聖女は幼馴染に片想い中~

天木奏音

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「あの日何よりも悲しかったことは、麗しのご令嬢たちを悲しませてしまった上に、夜会を機に親しくなろうと思っていた方々と触れ合えなかったことよ……あぁ、ビオラ商会のアレッタ様や、メルヴィン子爵家の双子令嬢とお話する予定だったのに……」
「王子殿下を惜しまずご令嬢方とのお時間を惜しむだなんて、大陸広しと言えどうちのお嬢様くらいですよ。さすがですね」
「それって褒めてるのかしら……?殿下を惜しむ理由は特にないのだけど、婚約破棄は困ったな~とは思ってるわよ」

 あれから一週間が経過した。

 アデリア王国の四大公爵家であるベスター公爵家の長女、ディアレイン・ベスター。それが私だ。
 貴族の義務として通っていた魔術学園をいつの間にか休学扱いにされた挙句寮を追い出されたため、王都の公爵邸に居を移し沙汰を待っている。

 この国には、広い大陸の中でも一部の国にしか存在しない古の魔術遺産が残されており、各国の王族には代々遺産を管理するお役目がある。貴族社会では広く普及し一部の物は平民でも手に取れる魔術具や魔道具と違い、魔術遺産は魔力を多く保有する王族とそれに連なる一部の上位貴族にしか扱えない極めて重大な代物だ。

 現国王陛下の妹を母に持つ私は生まれつき王族並みの魔力を保有していたため、二歳年下のローハルト第一王子殿下が生まれて間もなく婚約者と定められた。それが突然の、一方的な婚約破棄である。

「よりによって国王陛下ご夫妻が第二王女の隣国へのお輿入れでご不在のときを狙ってのことですもの。今頃陛下方にお叱りを受けているのではないでしょうか?」
「普通に考えたらそうよね。すぐには怒られなさそうなタイミングを狙って、その上学生ばかりの場での宣言……発覚を遅らせたかったのかしらね」
「公爵家が正式に抗議したら王家もお困りでしょうに」
「お父様も陛下に同行していて不在だから、ちょうどいい!と思ったのかしら。愚かよねぇ」
「未練がないのでしたら、このまま婚約解消でよいのではないでしょうか。お嬢様を逃したらどうなるか、愚かすぎる殿下に現実を見せてやりましょう……!」

 一緒に状況を整理してくれるのは、専属侍女のミリアだ。私の乳母の娘で幼い頃から尽くしてくれており、輿入れにもついてきてくれる予定の頼もしい存在である。

 彼女が怒りを向けるのは、第一王子ローハルト殿下。

 三人の姉を持つアデリア王国唯一の王子だ。周りの女性たちに大層可愛がられ慈しまれて育った彼はとても真っすぐな気質で、人を疑うことを知らず、他者から言われたことをそのまま鵜呑みにしてしまうところがある。とはいえ愛されて育った分他者を慈しむことにも長けており、民にも愛される得難い気質をそのまま伸ばすために、婚約者の私は彼の不足を補うべく厳しく教育された。

「殿下がのんきに学園生活を楽しんでいられるのはお嬢様のお陰だというのにこの仕打ち、許しがたいことです」
「私も美少女揃いの学園生活を堪能するあまり殿下の優先度は下がっていたし、入学後は学年も違うし居住区も離れていて顔を合わせる機会も減っていたから、あちらの動きを把握していなかったはのはこちらの失態ね」
「だからと言って、一足飛びに婚約破棄はおかしいです。入学前は「ディアに後れを取らぬよう精進せねばな、よろしく頼む!」なんておっしゃっていたのに!」
「それはまぁ、そうよね……はー……正直言ってなにもかも面倒くさい……今すぐ物凄い美女に疲れを癒して欲しい……」

 幼い頃に殿下との婚約が決まった私は他の異性に心を揺らすことなど許されず、王族になる者としてその辺りはしっかりと躾けられた。お母様や王妃殿下からは「王家の姫たちと手を取り合い、民たちを導いて欲しい」「貴族令嬢の手本となり、先頭に立つことが当たり前の存在となりなさい」「身内以外の異性に近寄るべからず」などと教えられてきた。それを「義姉とはいくらでも親しくしてよし!貴族のご令嬢とはいくら仲良くしてもよし!なんなら平民女子とも親しくすべし!男性には興味を持たなくてよし!」と解釈した結果、女性大好きな己が出来上がった。みなさん素敵な方ばかりで、いつも笑顔で優しくしてくれるので本当に大好きだ。王子妃として必要な社交力が身についてるとお母様も王妃殿下も褒めてくれるし、いいことしかない。私にとって、王子妃教育や殿下の補佐で疲れた心身を癒し潤いを与えてくれる女子寮生活はまさに天国だった。それを取り上げた殿下、許すまじ。

「潤いが足りない……夜会の翌々日には伯爵家のナターリア様主催の同学年女子だけのお茶会もあったのに……うっ泣きたい…………殿下のこと異性としては特に好きでも嫌いでもなかったけど、今は結構嫌い寄りの気持ちよ。こんな感情があの方に芽生えたのはちょっと驚きだわ……」
「お嬢様には他の殿方と添う選択肢が与えられなかったのですから、好きでも嫌いでもないくらいがちょうどよかったのでしょう。どちらに天秤が傾いてもお辛いことはありますから……」
「今の辛い気持ちは、殿下そのものはまったくさっぱり関係ないものね。不幸中の幸いってこういうことを言うのかしら?」

 ご令嬢方と触れ合えない以外の辛いことはほぼないので、落ち着いてこれからのことを考えようと思うのだった。
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