婚約破棄された子爵令嬢ですが、溺愛してくれる婚約者と最高の就職先を手に入れました。

天木奏音

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求婚の舞台裏と、そのおまけ

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◇◇◇



「レオ兄!上手くやったな!!」

「クスト、見てたのかい?」


クストディオはレオカディオの二歳年下の弟で、同じ学園に通っている。普段は朝食の時間を共にしているが、今朝に限っては愛しの婚約者のためにその時間を空けたいという健気な兄の意向を汲んだのだった。


「アイディリア・レルネ子爵令嬢かぁ。言語学の権威レルネ教授の秘蔵っ子らしいな。そんな子が研究所に来てくれるなんてありがたいなー!」

「クスト、アイディリアの勤務先はまだ未定だよ。図書館に来てくれたら一番いいんだけど…」

「いっそ兼務してもらえばいいんじゃねぇの?どっちも人手不足なんだし」

「彼女が激務になるのは許容できないよ。僕と過ごす時間だって必要なんだから」

「婚約者が出来た男は言うことが違うなぁ…」

ハーヴェイ伯爵家は、今でこそ伯爵家だが元は王家から分家した家門だ。学問を司る一族として政治からは遠ざけられ、領地を持たず王立図書館と王立研究所の運営を領地経営の代わりとし、長い時間を掛けてその立場を盤石なものとした。王立の機関を王家の代理人として治める一族だと敬意を払われることがほとんどだが、歴史の浅い貴族家からは王宮に出仕せず武力を持たない一族として軽んじられることもしばしばある。その影響もあり、また相応の知識を必要とすることもあって職員に求められるものは多く、どちらの職員も常に不足していた。


「陛下からは、あまり選り好みせず一から育てる気概で人を雇いなさいと言われているようだけど…」

「そんな時間があったら研究していたいよなぁ」

「そもそも僕らみたいな人間って、人を育てることに向いてないよね。第一王女殿下が学園入学と同時にセラ叔母さんに師事するらしいけど、大丈夫かなぁ?」

「かの優秀な王女殿下なら、案外なんとかなるんじゃね?ついでに叔母さんにいい感じの伴侶を斡旋してくれないもんかな」

「人の事はいいから、クストも早くお相手を見付けなよ」

「ホント言うことが違うな!昨日まで同じ立場だったのに!!」


クストディオは移動の魔術遺産の研究と魔道具への技術転用に没頭しており、目下の野望は飛行の魔道具の開発だそうだ。

「どっかにいないかな…空を飛ぶ浪漫をわかってくれる好奇心旺盛で快活な女の子……」

「貴族のご令嬢では難しいかもね。いっそ特待生の平民の子から探してみたら?他の伯爵家と違って、うちなら平民からの伴侶も気質次第で受け入れられるでしょう」


なんせ一族の全員が何かしらの研究に没頭しており、その中で暮らしていくのだから並の感覚の貴族令嬢が馴染むのには相応の努力がいるだろう。


「兄さんはいつからレルネ子爵令嬢に目を付けてたんだ?」

「二学年に上がった頃かな。彼女、ノルディラ王国の古い絵本を辞書もなくさらっと読んでいたんだ。しかもその本は実家から持ち出した蔵書だって言うんだから、婚約者がいなければその場で申し込んでたよ!」


南方の大国ノルディラは継承争いが苛烈で、長い歴史で幾度となく内乱が起こった結果、失われた書物や言語が数えきれないほどあると言われている。アイディリアはその国の、絵本とはいえこの国とはまったく異なる言語で書かれた物語を食後の読書時間に楽しんでおり、聞けば幼い頃に祖父に読み聞かせてもらった思い出の一冊だと教えてくれた。


「教授、引退後の楽しみは孫と遊ぶことだって言ってたらしい。今は領地で二番目の孫と遊んでるんだろうな」

「弟さんも是非うちに欲しい人材だね。今から根回ししておこうか」

「いやマジで、オル子爵がレルネ子爵家との縁を惜しまずにあっさり手放してくれてよかったな~」


オル子爵は、たまたま領地が近く年齢もちょうどいいという理由だけでアイディリアと息子を婚約させたようで、イグナーツが学園でもっといい条件の令嬢と縁を結べたらレルネ子爵家との婚約は解消させたいと考えていたようだ。イグナーツもそれを承知しており、野心をもってさまざまな令嬢に粉を掛けていた。留学してきたばかりで彼の素行不良を知らない時期にまんまと篭絡されたツベルト男爵令嬢は、彼との婚約を隣国の両親から反対されているという。オル子爵はそのことを知っているのだろうか。


「今夜は両家の顔合わせを兼ねた夕食会だから、クストも遅くならないうちに屋敷に戻ってくれるかな」

「勿論!エルディオも楽しみにしてるだろうし、早めに帰るとするわ」

「アイディリアの弟さんも来るから、うちの末っ子と仲良くなってくれるといいな」


幸せな未来予想図を脳裏に描きながら、アイディリアと合流し自邸に向かうべく歩き出した。


◇◇◇


その後のアイディリアは、全員が何かしらの学問オタクなハーヴェイ伯爵家一同に大歓迎された上、彼女の勤め先をどちらにするかで図書館長の伯爵と研究所長の伯爵夫人の間で揉めに揉めた。最終的には祖父の後押しで研究所の言語学教室に所属し、数年後に二人は結婚した。

お互いを「リア」「レオ」と呼び合うようになり、末永く仲睦まじく暮らしたという。


なお、ツベルト男爵令嬢は隣国の幼馴染から「君が戻ってきたら求婚するつもりでいた。どうか僕を選んでくれないか?」と求婚され、イグナーツに別れを告げて早々に帰国したようだ。オル子爵家がその後どうなったのかはここでは割愛させていただく。
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