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改めて、これからよろしくお願いします。
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◇◇◇
「で、それからどうなったの!?」
「いいお話だし、有難くお受けしますって返事したよ。とはいえまだイグナーツとの婚約解消が成立してないから、まずはそれからだよね」
「そうだけど、そうじゃなくてー!!!!リアってばなんでそんな平然としてるのよ!!!!!」
あの後ハーヴェイさんと二人でパーティー会場に戻った私は、婚約者と仲睦まじく過ごしていたはずの友人たちから質問攻めに遭い、なんとかそれを躱しながらごちそうを堪能した。開始早々にイグナーツに連れ出されて何も口にしていなかったので、学生食堂のコックさん渾身のパーティー料理は骨身に染み渡る美味しさだった。そのまま大満足で寮に戻ったところ、ルームメイトからものすごい勢いで詰め寄られて今に至る。
「今聞かれても答えられることはないし、お父様にもハーヴェイさんにも迷惑かけたくないもの。だったらご飯食べるしかないなって」
「そんなこと言っておきながら、ハーヴェイさんと最初のダンスを踊っていたじゃない!イグナーツも口開けてあなたたち二人を見てて、ツベルトさんに叱られてたわよ」
「そうなの?せっかくツベルトさんと婚約できそうなんだし、余所見なんてしてたら彼女に失礼だよね」
「最初に言うことがソレでいいの!?」
「マリアベルはパーティーの後だっていうのにそんな大きい声出して、元気ね」
「これが出さずにいられますかっての!!!!!」
この国の作法では、夜会の最初のダンスは伴侶か婚約者と踊ることになっている。相当する人物が居ない場合は親族と踊るか、輪に加わらないのが一般的だ。なので、傍から見たら私とハーヴェイさんは婚約者同士に見えただろう。
「たぶんだけど、ハーヴェイさんも決まったお相手がいなくて焦ってたんじゃないかな。それに、私から急にイグナーツとの婚約解消の話を聞かされて、同情してくれたんだと思うの」
「要するにリアは、ハーヴェイさんは自分の事を好きなワケじゃないって思ってるの?」
「彼って本以外のことに興味ないんじゃないかなぁ。私は言語学をかじってるから話が合うところもあるけど、基本的に人間に興味がない人に見える」
どんな相手とも当たり障りなく接しているし、クラス委員を務めていたこともあって大勢から慕われている人だけど、彼が一番生き生きとしているのは読書中だと思う。いつもいい笑顔で読んでいるし、異国の言葉で書かれた古い物語本を持ってきて「ここの解釈ってこれで合ってるかな?レルネさんはどう思う?」と質問してきたときも、頬を薄っすら紅潮させていた。よほど本が好きなのだろう。
「私としては、なんなら婚約の話はその場しのぎのことでも構わないから、就職の斡旋は本気の言葉であってほしい。書面にしておけばよかった!」
「フツー逆じゃないー…?」
あははと笑いながら、私はベッドに潜り込んだ。
今日という一日の最後に考えるのが婚約解消のことじゃなかっただけでも、ハーヴェイさんには感謝したい。
◇◇◇
翌朝はスッキリと目が覚めた。卒業パーティーを終えると最終学年の生徒たちは一度王都の屋敷か領地に戻り、卒業後の進路のための準備期間に入る。本来だったら私はオル子爵夫人から必要なことを学び、イグナーツが騎士団の見習い期間の三年を終えたのちに正式に婚姻を結ぶ予定だった。そのため今日から領地の屋敷に帰り、数日ゆっくり過ごしてからオル子爵家の領地を訪ねる予定だったが、どうしたものか。ハーヴェイさんは詳しいことは追って連絡すると言っていたけど、その連絡は寮に来るのか屋敷に来るのか聞いていなかった。
「リア、おはよう。私は今日から領地に戻る予定だけど、そっちの予定が決まるまで一緒にいようか?」
「ううん、大丈夫よ。妹さんも待ってるだろうし早く帰ってあげて」
「水臭いこと言わないでよー!せめてハーヴェイさんから連絡来るまではいてもいい?それか、カミロにお願いしてハーヴェイさんを呼び出してもらう?」
カミロはマリアベルの婚約者で、ハーヴェイさんと親しくしている男子のうちの一人だ。お願いしようか迷っていると、魔術具のメモが家族からのメッセージが来ていることを示す淡いピンク色になっていた。
「ごめん、家族から何か連絡が来てるみたい。ちょっと待ってて」
「イグナーツのことかしらね…?困ったことが書いてないといいのだけど」
この国には王族とそれに連なる者だけが起動できる古の魔術遺産と、少量でも魔力を有する貴族なら使用できる魔術具がある。各国がそれぞれ異なる魔術遺産を保有しており、そこから派生した魔術具の性質が国の在り方を決めていると言っても過言ではない。
私が暮らすアデリア王国は生活を豊かにするような便利な魔術遺産を多数保有していて、家事全般をはじめとする暮らしを助けてくれるものから、長距離の移動や通信を簡単に行えるようなものまで、用途は幅広い。このメモもそのうちの一つだ。近年では更なる改良が進んでいて、魔力を持たない平民でも使える短いメッセージをやり取りできる魔道具が普及し始めている。これらを主に研究するのが王立研究所で、魔術遺産を魔術具や魔道具に転用するためには様々な言語や魔法陣の知識が必要なのだ。
『アイディリアへ
昨夜、ハーヴェイ伯爵家の執事の方が我が家においでになり、レオカディオ・ハーヴェイ伯爵令息からの求婚をリアが承諾したので明日にでも顔合わせの場を設けたいと申し入れがありました。
半年ほど前からオル子爵の我が家への態度が横柄になっていたので、このままイグナーツ君と婚約させておくのは心配だと思っていたところです。既に彼から婚約解消の申し入れがあったと聞いたので、オル子爵と手続きをしておきます。この件で困ったことがあればハーヴェイ伯爵がお力添えくださるそうなので、リアは何も心配しなくていいからね。伯爵はおじい様の元で学んだこともあり、この婚約を歓迎してくださっているそうです。
ふがいない父だけど、リアが幸せな結婚が出来るよう頑張るからね!
お父様より』
ぽやっとした父だけど、娘の幸せを願ってくれているのが伝わってくる。そしてハーヴェイさんの動きが早くてびっくりだ。お陰でお父様が婚約解消に責任を感じて落ち込んでしまわずに済んだので、後でお礼を言わなくては。
「お父様やレルネ家の皆が心配しなくて済むよう、早めに根回ししてくれたのかな」
「それもあると思うけど、サッサと外堀を埋めて婚約を確実なものにしようとしてるんじゃない?ハーヴェイさんって思った以上にリアに本気なのかも」
「卒業しちゃったら、同年代でちょうどいい結婚相手を探すのって難しいからね。私も昨日焦ったもの」
「んんー?それだけじゃないんじゃないかなぁ…?」
ニヤニヤするマリアベルを横目に見つつ、身支度を整え食堂に向かった。運が良ければ食堂でハーヴェイさんに会えるかもしれない。
◇◇◇
食堂に着くと、窓際の席に座っていたハーヴェイさんがこちらを見付けて手を振ってくれた。いつもは二学年下の弟さんと一緒にいるけど、今日は一人のようだ。
「アイディリア、おはよう。ラウレーさんも、よかったらこちらの席で一緒にどうかな?」
「おはよう、ハーヴェイさん。もしかしたら私もレオカディオって呼んだ方がいいのかな?」
「そうしてくれると嬉しいな。ゆくゆくはレオって呼んでくれると一番嬉しい」
「段階を踏んでいくって、親しくなっていく実感が持てていいね。じゃあ、今日からレオカディオって呼ぶね。いつかはリアって呼んで欲しい」
「イグナーツは君を愛称で呼んでなかったし、早くそうなれるよう頑張りたいな」
「ヤダこの二人、相性バツグンじゃない…?」
ニヤニヤするマリアベルと共に食事を受け取りに向かうと、昨夜と同じように友人たちから再びの質問攻めに遭った。
「ねぇねぇねぇ!なんでアイディリアがハーヴェイさんと一緒にご飯食べてるの!?初めのダンスも踊ってたし、婚約するの!!??」
「ていうかイグナーツはどうしたのよ!婚約解消したの!?」
「どうせイグナーツはツベルトさんに夢中なんだからどうでもいいでしょ!そんなことよりどうやってハーヴェイさんを射止めたの!?」
理解のある友人たちで何よりだけど、私が射止めた訳じゃないのでなんと答えたらいいものか。そして早くレオカディオのところに戻りたい。
「アンタたち、仮にも淑女なんだから落ち着きなさい!ハーヴェイさんがリアを待ってるんだから、早く行かせてあげなさいよ!!」
「あ、だったらマリアベルはこっち来て色々教えてちょうだい。リアはハーヴェイさんと二人っきりにさせてあげましょ」
マリアベルが快くみんなを引き受けてくれたので、一人でハーヴェイさんのいる席に戻ることにした。厚い友情に感謝だ。
「ごめんね。人目につかないところで話せたらよかったんだけど、あまり時間もなかったから…」
「ううん、大丈夫。魔術具のメモを分け合っておけばよかったね」
「用意してあるから後で渡すよ。とりあえず、食べながらこれからの話をしようか」
レオカディオは昨夜のうちに伯爵家に遣いを出し、婚約が決まったことと、相手のレルネ子爵令嬢は元婚約者との婚約解消手続き中なので、そちらが円滑に済むよう口添えしてほしいと伯爵であるお父様に頼んでくれていた。伯爵夫妻と弟さんはこの報せを大いに喜んでくれて、早急に正式な婚約を結ぶため各所に連絡を取り、オル子爵家にはなるべく早く婚約解消の手続きをして欲しいと伝えたようだ。
「オル子爵はイグナーツからまだ何も聞いていなくて慌てていたけど、レルネ子爵家との婚約は解消する予定で動いてたから支障はないそうだ。よほどツベルト男爵家と縁を結びたいらしい」
「勢いもお金もある男爵家だし、なにより隣国との縁を結べる機会なんてめったにないから、オル子爵の考えは当然のものだわ。それにしたって、もっと早く言ってくれればよかったのに…」
「その通りだね。そしたらもっと早くアイディリアと婚約出来て、恋人同士として学園生活を楽しめたのにと思うと、僕も残念だよ」
「え…恋人同士?として?」
レオカディオは、ただの婚約者として私を受け入れるんじゃないのだろうか。私だってイグナーツと婚約していたからわかるけれど、婚約者イコール恋人同士とは限らないのが貴族社会というものだ。婚約はあくまで家同士の結び付きや貴族としての義務を果たすためのものであり、そこに心が伴っているとは限らない。そういったことを説明すると、レオカディオは初めて見るような物凄くいい笑顔でこう言った。
「それってさ、逆もアリだよね?貴族同士の婚約でも恋人同士にはなれるし、心が伴っていて悪いことなんて一つもないだろう?それに僕はイグナーツと違って、婚約者は自分の意思で選ぶ。将来を共にしたい相手としか結婚する気はないからね」
その言葉を聞いて、途端に胸が高鳴った。
「レオカディオは…私の事が好きで、ずっと一緒にいたくて婚約を申し込んだの…?」
「もちろんそうだよ。信じがたいなら、改めてここで申し込もうか」
昨夜はあまりに急だったしねと言うと彼は席を立ち、私の前に跪いた。
「アイディリア・レルネ子爵令嬢。僕、レオカディオ・ハーヴェイは初めて言葉を交わした日からあなたをお慕いしていました。既にイグナーツという婚約者がいたのでこの想いは秘めていたけど、彼との婚約が解消されたので、正式に婚約を申し込みます。僕と結婚してくれますか?」
昨夜婚約を申し込まれたときは余りにさらっとしていたし、何よりその後に提示された勤め先が魅力的過ぎてそちらにばかり気を取られていた。
「え、えっと、私の、一体どこがいいの…?イグナーツには、見た目も家柄も趣味も地味で面白くない女だって言われ続けていたから、男性から見た私が魅力的だとはとてもじゃないけど思えないの」
「僕はアイディリアのふわふわの巻き髪もキラキラした緑の瞳も可愛いと思ってる。レルネ領の領民の暮らしは安定していて堅実な領地経営をしていることがわかるから、お父上には凄く好感が持てるよ」
「そんな風に言ってもらったの、はじめてだわ…」
「それに、君が学んでいる言語学は魔道具の発展に必要不可欠な学問だ。地味の一言で片付けるような人間はうちには居ないから、安心してほしいな」
「そっかぁ……なんだか、凄く嬉しい。容姿を褒められてドキドキしているし、家の事を悪く言われなくてホッとした」
私はレオカディオが差し出してくれた手を取った。
「婚約したら、こうやって一緒に食事をしたり、同じ部屋で本を読みながら過ごしたりしたいな」
「もちろんだよ。君の望みはなんだって叶えたいし、きっと僕の望みと同じことばかりだと思う」
「ありがとう。あなたと結婚できるの、とっても嬉しい」
私がそう言うと、いつの間にか集まっていた周囲の人たちから大きな拍手と声援が送られた。
「レオって女子に興味あったのか!おめでとう!!!」
「リアーーーーよかったねーーーーー!!!」
昨日の今頃は、夜の卒業パーティーに誰からもエスコートされないことを残念に思っていたというのに、たった一日でこんなに幸せになれるなんて想像もしていなかった。イグナーツも愛する人と婚約をするようだし、お互いにとっていい結果になったと思う。レオカディオに卒業間際まで婚約者がいなかったことにも感謝したい。
こうして私は、愛してくれる婚約者と最高の就職先を手に入れた。
「で、それからどうなったの!?」
「いいお話だし、有難くお受けしますって返事したよ。とはいえまだイグナーツとの婚約解消が成立してないから、まずはそれからだよね」
「そうだけど、そうじゃなくてー!!!!リアってばなんでそんな平然としてるのよ!!!!!」
あの後ハーヴェイさんと二人でパーティー会場に戻った私は、婚約者と仲睦まじく過ごしていたはずの友人たちから質問攻めに遭い、なんとかそれを躱しながらごちそうを堪能した。開始早々にイグナーツに連れ出されて何も口にしていなかったので、学生食堂のコックさん渾身のパーティー料理は骨身に染み渡る美味しさだった。そのまま大満足で寮に戻ったところ、ルームメイトからものすごい勢いで詰め寄られて今に至る。
「今聞かれても答えられることはないし、お父様にもハーヴェイさんにも迷惑かけたくないもの。だったらご飯食べるしかないなって」
「そんなこと言っておきながら、ハーヴェイさんと最初のダンスを踊っていたじゃない!イグナーツも口開けてあなたたち二人を見てて、ツベルトさんに叱られてたわよ」
「そうなの?せっかくツベルトさんと婚約できそうなんだし、余所見なんてしてたら彼女に失礼だよね」
「最初に言うことがソレでいいの!?」
「マリアベルはパーティーの後だっていうのにそんな大きい声出して、元気ね」
「これが出さずにいられますかっての!!!!!」
この国の作法では、夜会の最初のダンスは伴侶か婚約者と踊ることになっている。相当する人物が居ない場合は親族と踊るか、輪に加わらないのが一般的だ。なので、傍から見たら私とハーヴェイさんは婚約者同士に見えただろう。
「たぶんだけど、ハーヴェイさんも決まったお相手がいなくて焦ってたんじゃないかな。それに、私から急にイグナーツとの婚約解消の話を聞かされて、同情してくれたんだと思うの」
「要するにリアは、ハーヴェイさんは自分の事を好きなワケじゃないって思ってるの?」
「彼って本以外のことに興味ないんじゃないかなぁ。私は言語学をかじってるから話が合うところもあるけど、基本的に人間に興味がない人に見える」
どんな相手とも当たり障りなく接しているし、クラス委員を務めていたこともあって大勢から慕われている人だけど、彼が一番生き生きとしているのは読書中だと思う。いつもいい笑顔で読んでいるし、異国の言葉で書かれた古い物語本を持ってきて「ここの解釈ってこれで合ってるかな?レルネさんはどう思う?」と質問してきたときも、頬を薄っすら紅潮させていた。よほど本が好きなのだろう。
「私としては、なんなら婚約の話はその場しのぎのことでも構わないから、就職の斡旋は本気の言葉であってほしい。書面にしておけばよかった!」
「フツー逆じゃないー…?」
あははと笑いながら、私はベッドに潜り込んだ。
今日という一日の最後に考えるのが婚約解消のことじゃなかっただけでも、ハーヴェイさんには感謝したい。
◇◇◇
翌朝はスッキリと目が覚めた。卒業パーティーを終えると最終学年の生徒たちは一度王都の屋敷か領地に戻り、卒業後の進路のための準備期間に入る。本来だったら私はオル子爵夫人から必要なことを学び、イグナーツが騎士団の見習い期間の三年を終えたのちに正式に婚姻を結ぶ予定だった。そのため今日から領地の屋敷に帰り、数日ゆっくり過ごしてからオル子爵家の領地を訪ねる予定だったが、どうしたものか。ハーヴェイさんは詳しいことは追って連絡すると言っていたけど、その連絡は寮に来るのか屋敷に来るのか聞いていなかった。
「リア、おはよう。私は今日から領地に戻る予定だけど、そっちの予定が決まるまで一緒にいようか?」
「ううん、大丈夫よ。妹さんも待ってるだろうし早く帰ってあげて」
「水臭いこと言わないでよー!せめてハーヴェイさんから連絡来るまではいてもいい?それか、カミロにお願いしてハーヴェイさんを呼び出してもらう?」
カミロはマリアベルの婚約者で、ハーヴェイさんと親しくしている男子のうちの一人だ。お願いしようか迷っていると、魔術具のメモが家族からのメッセージが来ていることを示す淡いピンク色になっていた。
「ごめん、家族から何か連絡が来てるみたい。ちょっと待ってて」
「イグナーツのことかしらね…?困ったことが書いてないといいのだけど」
この国には王族とそれに連なる者だけが起動できる古の魔術遺産と、少量でも魔力を有する貴族なら使用できる魔術具がある。各国がそれぞれ異なる魔術遺産を保有しており、そこから派生した魔術具の性質が国の在り方を決めていると言っても過言ではない。
私が暮らすアデリア王国は生活を豊かにするような便利な魔術遺産を多数保有していて、家事全般をはじめとする暮らしを助けてくれるものから、長距離の移動や通信を簡単に行えるようなものまで、用途は幅広い。このメモもそのうちの一つだ。近年では更なる改良が進んでいて、魔力を持たない平民でも使える短いメッセージをやり取りできる魔道具が普及し始めている。これらを主に研究するのが王立研究所で、魔術遺産を魔術具や魔道具に転用するためには様々な言語や魔法陣の知識が必要なのだ。
『アイディリアへ
昨夜、ハーヴェイ伯爵家の執事の方が我が家においでになり、レオカディオ・ハーヴェイ伯爵令息からの求婚をリアが承諾したので明日にでも顔合わせの場を設けたいと申し入れがありました。
半年ほど前からオル子爵の我が家への態度が横柄になっていたので、このままイグナーツ君と婚約させておくのは心配だと思っていたところです。既に彼から婚約解消の申し入れがあったと聞いたので、オル子爵と手続きをしておきます。この件で困ったことがあればハーヴェイ伯爵がお力添えくださるそうなので、リアは何も心配しなくていいからね。伯爵はおじい様の元で学んだこともあり、この婚約を歓迎してくださっているそうです。
ふがいない父だけど、リアが幸せな結婚が出来るよう頑張るからね!
お父様より』
ぽやっとした父だけど、娘の幸せを願ってくれているのが伝わってくる。そしてハーヴェイさんの動きが早くてびっくりだ。お陰でお父様が婚約解消に責任を感じて落ち込んでしまわずに済んだので、後でお礼を言わなくては。
「お父様やレルネ家の皆が心配しなくて済むよう、早めに根回ししてくれたのかな」
「それもあると思うけど、サッサと外堀を埋めて婚約を確実なものにしようとしてるんじゃない?ハーヴェイさんって思った以上にリアに本気なのかも」
「卒業しちゃったら、同年代でちょうどいい結婚相手を探すのって難しいからね。私も昨日焦ったもの」
「んんー?それだけじゃないんじゃないかなぁ…?」
ニヤニヤするマリアベルを横目に見つつ、身支度を整え食堂に向かった。運が良ければ食堂でハーヴェイさんに会えるかもしれない。
◇◇◇
食堂に着くと、窓際の席に座っていたハーヴェイさんがこちらを見付けて手を振ってくれた。いつもは二学年下の弟さんと一緒にいるけど、今日は一人のようだ。
「アイディリア、おはよう。ラウレーさんも、よかったらこちらの席で一緒にどうかな?」
「おはよう、ハーヴェイさん。もしかしたら私もレオカディオって呼んだ方がいいのかな?」
「そうしてくれると嬉しいな。ゆくゆくはレオって呼んでくれると一番嬉しい」
「段階を踏んでいくって、親しくなっていく実感が持てていいね。じゃあ、今日からレオカディオって呼ぶね。いつかはリアって呼んで欲しい」
「イグナーツは君を愛称で呼んでなかったし、早くそうなれるよう頑張りたいな」
「ヤダこの二人、相性バツグンじゃない…?」
ニヤニヤするマリアベルと共に食事を受け取りに向かうと、昨夜と同じように友人たちから再びの質問攻めに遭った。
「ねぇねぇねぇ!なんでアイディリアがハーヴェイさんと一緒にご飯食べてるの!?初めのダンスも踊ってたし、婚約するの!!??」
「ていうかイグナーツはどうしたのよ!婚約解消したの!?」
「どうせイグナーツはツベルトさんに夢中なんだからどうでもいいでしょ!そんなことよりどうやってハーヴェイさんを射止めたの!?」
理解のある友人たちで何よりだけど、私が射止めた訳じゃないのでなんと答えたらいいものか。そして早くレオカディオのところに戻りたい。
「アンタたち、仮にも淑女なんだから落ち着きなさい!ハーヴェイさんがリアを待ってるんだから、早く行かせてあげなさいよ!!」
「あ、だったらマリアベルはこっち来て色々教えてちょうだい。リアはハーヴェイさんと二人っきりにさせてあげましょ」
マリアベルが快くみんなを引き受けてくれたので、一人でハーヴェイさんのいる席に戻ることにした。厚い友情に感謝だ。
「ごめんね。人目につかないところで話せたらよかったんだけど、あまり時間もなかったから…」
「ううん、大丈夫。魔術具のメモを分け合っておけばよかったね」
「用意してあるから後で渡すよ。とりあえず、食べながらこれからの話をしようか」
レオカディオは昨夜のうちに伯爵家に遣いを出し、婚約が決まったことと、相手のレルネ子爵令嬢は元婚約者との婚約解消手続き中なので、そちらが円滑に済むよう口添えしてほしいと伯爵であるお父様に頼んでくれていた。伯爵夫妻と弟さんはこの報せを大いに喜んでくれて、早急に正式な婚約を結ぶため各所に連絡を取り、オル子爵家にはなるべく早く婚約解消の手続きをして欲しいと伝えたようだ。
「オル子爵はイグナーツからまだ何も聞いていなくて慌てていたけど、レルネ子爵家との婚約は解消する予定で動いてたから支障はないそうだ。よほどツベルト男爵家と縁を結びたいらしい」
「勢いもお金もある男爵家だし、なにより隣国との縁を結べる機会なんてめったにないから、オル子爵の考えは当然のものだわ。それにしたって、もっと早く言ってくれればよかったのに…」
「その通りだね。そしたらもっと早くアイディリアと婚約出来て、恋人同士として学園生活を楽しめたのにと思うと、僕も残念だよ」
「え…恋人同士?として?」
レオカディオは、ただの婚約者として私を受け入れるんじゃないのだろうか。私だってイグナーツと婚約していたからわかるけれど、婚約者イコール恋人同士とは限らないのが貴族社会というものだ。婚約はあくまで家同士の結び付きや貴族としての義務を果たすためのものであり、そこに心が伴っているとは限らない。そういったことを説明すると、レオカディオは初めて見るような物凄くいい笑顔でこう言った。
「それってさ、逆もアリだよね?貴族同士の婚約でも恋人同士にはなれるし、心が伴っていて悪いことなんて一つもないだろう?それに僕はイグナーツと違って、婚約者は自分の意思で選ぶ。将来を共にしたい相手としか結婚する気はないからね」
その言葉を聞いて、途端に胸が高鳴った。
「レオカディオは…私の事が好きで、ずっと一緒にいたくて婚約を申し込んだの…?」
「もちろんそうだよ。信じがたいなら、改めてここで申し込もうか」
昨夜はあまりに急だったしねと言うと彼は席を立ち、私の前に跪いた。
「アイディリア・レルネ子爵令嬢。僕、レオカディオ・ハーヴェイは初めて言葉を交わした日からあなたをお慕いしていました。既にイグナーツという婚約者がいたのでこの想いは秘めていたけど、彼との婚約が解消されたので、正式に婚約を申し込みます。僕と結婚してくれますか?」
昨夜婚約を申し込まれたときは余りにさらっとしていたし、何よりその後に提示された勤め先が魅力的過ぎてそちらにばかり気を取られていた。
「え、えっと、私の、一体どこがいいの…?イグナーツには、見た目も家柄も趣味も地味で面白くない女だって言われ続けていたから、男性から見た私が魅力的だとはとてもじゃないけど思えないの」
「僕はアイディリアのふわふわの巻き髪もキラキラした緑の瞳も可愛いと思ってる。レルネ領の領民の暮らしは安定していて堅実な領地経営をしていることがわかるから、お父上には凄く好感が持てるよ」
「そんな風に言ってもらったの、はじめてだわ…」
「それに、君が学んでいる言語学は魔道具の発展に必要不可欠な学問だ。地味の一言で片付けるような人間はうちには居ないから、安心してほしいな」
「そっかぁ……なんだか、凄く嬉しい。容姿を褒められてドキドキしているし、家の事を悪く言われなくてホッとした」
私はレオカディオが差し出してくれた手を取った。
「婚約したら、こうやって一緒に食事をしたり、同じ部屋で本を読みながら過ごしたりしたいな」
「もちろんだよ。君の望みはなんだって叶えたいし、きっと僕の望みと同じことばかりだと思う」
「ありがとう。あなたと結婚できるの、とっても嬉しい」
私がそう言うと、いつの間にか集まっていた周囲の人たちから大きな拍手と声援が送られた。
「レオって女子に興味あったのか!おめでとう!!!」
「リアーーーーよかったねーーーーー!!!」
昨日の今頃は、夜の卒業パーティーに誰からもエスコートされないことを残念に思っていたというのに、たった一日でこんなに幸せになれるなんて想像もしていなかった。イグナーツも愛する人と婚約をするようだし、お互いにとっていい結果になったと思う。レオカディオに卒業間際まで婚約者がいなかったことにも感謝したい。
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