シールドランド物語 第一部 カタ=リナの少女

A.N.

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第四章

第四章第二節 ワールとの対峙

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「何者だ、貴様らは!」王宮の裏門にて、リザ男、リス蔵、ネコ美の三人は門番に呼び止められた。夕暮れ時の半ば薄暗い門に立つ彼らの姿は、門番にとっては明らかに不審な訪問者に映ったのだろう。

「申し訳ありません、正門を通ることは憚られてゆえ、こうして裏門に通ります。どうかお許しを。」ネコ美は、穏やかな声で門番に謝罪しながらフードを外した。その顔を明かした瞬間、門番の態度は一変した。

「げ、げえっ! カタ=リナの聖女様ではありませんか!」門番は驚きと敬意を込めて声を上げた。ネコ美の顔を認めた彼は、すぐさま彼女の地位を理解した。

「すいません。重ねて申し上げますが、人前に出ることは憚られるのです。至急、宮廷賢者殿に連絡を」と、ネコ美は引き続き穏やかに語った。彼女の言葉には、緊急性と静かな威厳が含まれていた。

「は、はいっ!」門番は急いで彼らの来訪を上に伝えた。リザ男たちの前に立ちはだかる門が開かれ、三人は早速謁見の間に通された。彼らの歩みは速く、しかし落ち着いていた。宮廷の深くへと進むにつれ、彼らの心は対決への覚悟で固まっていった。

宮廷の廊下は静かで、足音だけが響き渡る。リザ男はひときわ落ち着いた様子で、リス蔵はいつものように軽やかに、ネコ美は淑やかに歩みを進めた。彼らが謁見の間に到着するその時、王宮全体が彼らの訪問の重みを感じ取っているかのようだった。

謁見の間に通されたリザ男、リス蔵、ネコ美の三人の前に、ついに宮廷賢者アレン・フォートライトが姿を現した。彼の高身長と細身ながらも肩幅のしっかりした体格は、深緑色の衣服に包まれ、その立ち姿からはすでに風格と威厳が漂っていた。

「お待たせいたしました、お客人。私がアレン・フォートライト。ここバークレンで、宮廷賢者の役目を務めさせていただいております。」彼の声は滑らかで、鋭い眼差しを際立たせる整えられた髪と、濃い茶色の瞳が、深い知識と経験を秘めているかのように時折相手を鋭く見据えた。

しかしリザ男はアレンの挨拶を受けることなく、開口一番叫んだ。「出たな、宮廷賢者とは名ばかりの「悪(ワル)」よ! これまでにどれほど悪事を働いてきたかは知らんが、ネコ美殿には手を出させん!」リザ男の声は謁見の間に響き渡り、その言葉には断固たる決意が込められていた。

その激しい発言に、リス蔵はあわわわと焦り、「せ、成敗するのは無しって話でしょ、リザ男様~」と、半泣きになりながら抗議した。しかしリザ男の覚悟は固く、彼の態度は変わらなかった。

アレンは一瞬の沈黙の後、嘲るように言った。「はて、なかなか面白い事をおっしゃられますね。新手の道化師のコンビですか。」しかし、ネコ美が静かに前に一歩踏み出し、言葉を続けた。「お待ちなさい、アレン。このお二方に手を出してはなりません。街で倒れていたわたくしを助けてくださったのです。」

アレン・フォートライトは、一瞬の静寂の後、微笑を浮かべて応えた。「ええ、存じ上げております。その節は、大変お世話になりました。トカゲ殿」彼の言葉は丁寧であったが、その声のトーンにはわずかな皮肉が含まれていた。

リザ男はその感謝の言葉を受け止め、力強く返した。「うむ、その感謝は受け取っておこう。ワルも人に礼を尽くすぐらいのことはできると見える。」彼の声は自信に満ち、アレンへの挑戦を明らかにしていた。

アレンの反応は一瞬凍りついた。「‥先ほどより失礼な方よ。」彼の言葉は冷ややかで、リザ男の発言をたしなめるようなものだった。

リザ男は更に追及を続ける。「で、俺を収監でもするか? ここで切り捨てるか? できまい? 貴様には立場というものがある。俺を排除しようとすれば、その理由を国王から求められる。それが用意できない貴様はここで俺が好き勝手に捲し立てるのを見ていることしかできない。」

アレンは返答を留め、沈黙を保った。リザ男の強気な挑戦に対し、彼は言葉を失っていた。

「言え、ネコ美に「何を」している?」リザ男は最後の賭けに出る。味方に聞いても答えは得られないから、敵に直接聞くのだ。この無茶苦茶で大胆な対応は、自分自身を危険に晒しているにもかかわらず、リザ男は一切の恐れを見せなかった。確かに無茶苦茶であったが、その目的は純粋なものだった。

アレンは冷静さを失わずに部下に命じた。「弓箭隊、長槍隊を呼べ」。しかし、その命令に部下たちも混乱している様子だった。「し、しかしアレン殿?」と、彼らは疑問を投げかける。

「何をしている、貴様らはわが国が誇る精鋭部隊、王宮守護隊であろう!あのような下賤の輩の声に心を惑わされるな!」アレンの声は、厳格さを増していった。

その時、ネコ美がはっきりとした声で言った。「聞こえませんでしたか?わたくしはこの者たちに手を出すな、と申し上げているのです!」彼女の言葉は、謁見の間に響きわたり、リザ男にも向けられた。「リザ男殿も、ここはお控えください。」

「お主に従おう。」リザ男はネコ美の言葉に従い、彼女の意思を尊重することを決めた。

アレンは明らかに苛立ちを隠せずに言った。「‥ええい、面倒な奴らめ!」彼の心の中では、矛盾した感情が渦巻いていた。片方は彼を煽り立て、片方は静止を求める。そして彼は、立場上従うしかないのが至極腹立たしい。

ネコ美はリザ男に向かって、静かながらも決意を込めて言った。「リザ男様、わたくしはアレン殿の元に戻ります。わたくしが目指す道のために。安心してください。元気でやっていきますので、どうか私のことはお忘れに‥」それは、謁見の間に静かながらも重い空気をもたらした。

しかしリザ男は、そう簡単に彼女を見送ることを受け入れるわけにはいかなかった。「そうはいかん。治癒魔法を使えばお主の身に危険が及ぶのであろう? そして、その鍵はお主が身につけている首飾りにある。大方、お主の寿命なり生命力なりを犠牲にして、他者を癒す、というカラクリであろう」

ネコ美は驚愕する。何も伝えてはいないのに、ここまで首飾りの力の秘密を喝破されるとは!やはり「乱れ突き」侮りがたし。その知識と洞察力に、彼女は改めてリザ男の深さを認識した。

アレンはその会話に押し黙った。心の中では、このリザードマン、生かして帰すわけにはいかないと冷静に計算していた。しかし、今リザ男を排除できる手札が、今のアレンには無かった。

「‥しかし、わたくしはそれでも傷ついた人々を放ってはおけません」と、ネコ美は静かに、しかし確固たる意志を持って言った。

その言葉に、リザ男は突如、大きな声で笑い出した。「‥ふふ、ふははは!そうか、そういうことか。あの黒猫がこの状況を看過しているのは。確かに、できぬなぁ。確かに。」彼の笑い声は、謁見の間に響き渡り、一瞬、緊張が和らぐ。

リザ男の笑い声は、彼らが直面している状況の真実と、それぞれの立場からの複雑な感情を表していた。アレン、リザ男、ネコ美、それぞれが抱える思いが、この重要な瞬間に交錯している。

しばらくの沈黙の後、リザ男は重い口を開いた。「ワール!」その呼びかけは、謁見の間に響き渡った。

「‥何だというのだ?」アレン・フォートライトは、若干の驚きを隠せずに応えた。

「我らの聖女の身、貴様に預ける。しかし、彼女の身に危害は決して及ぼすな!及んだ場合には、我が国シールドランドの精鋭『グリフォンズ』が、地の果てまでも貴様を追い詰めよう!」リザ男の言葉が終わると、謁見の間には一瞬の静寂が訪れた。

その瞬間、アレンの心の中には、グリフォンズの名が重たく響いた。グリフォンズ――シールドランドが誇る、無敵の精鋭部隊――噂では、世界随一の戦闘能力を持ち、グリフォンズが動けば、追われる者に逃げ場はなく、彼らの手から逃れることは不可能だと聞く。

「‥っ!」と、アレンは思わず動揺を隠せない。だがそれは噂だ、トカゲのハッタリに決まっている! アレンは即座に判断したが、リザ男の自信満々な語り口には説明がつけられない。もしも、仮に噂の脅威が現実のものだったとしたら?――、それは彼にとってあまりにも致命的に映った。

「ネコ美よ」
「はい」
「辛ければ、黒猫殿を、そして俺を頼れ。諸国漫遊中の身ゆえ、すぐにはとは言えぬが、必ずお主を助けるために現れることを約束する。」

「‥リザ男様」とネコ美は言った。

リザ男は再びアレンに向けて、強い意志を込めて言った。「聞いたな、ワール。ネコ美は我が庇護下に入った!今は聖女が手元に戻りしことをせいぜい喜ぶがいい。しかし、いかなる時でも俺の目が貴様を見張っていることを、ゆめゆめ忘れるな!」

リザ男は、決意の光を眼に宿しながら続けた。「安心せよ。お主がネコ美に危害を及ぼさぬ限り、国王陛下に咎め立てすることはない。」

アレンは一瞬の沈黙の後、淡々とした声で応じた。「‥結構。私もあなた方が武闘会において口を挟まぬことを約束しましょう。」

しかし、リザ男はその約束を軽く一蹴した。「何の価値もない。貴様がいかように策を巡らせようとも、俺は優勝するからな。」彼の声には、揺るぎない自信が込められていた。

ワールは黙っていた。しかし、彼には確かに切り札があった。それは北風に吹かれてやってくる――電光石火の閃く二本の片手斧を携えた存在。我々はそれを知っている。

別れの時が来た。リザ男は堂々と去ろうとし、ネコ美は名残惜しそうに彼を見送った。彼女の心の中には、どこまでも実直なリザ男へのほのかな恋心が芽生えていた。その微細な感情の変化に気づいたリス蔵は、何とも言えない複雑な感情を抱えていた。
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