俺は配管工だけど勇者として世界を救うことになった

チャハーン

文字の大きさ
10 / 13
第2章・爆裂旅団結成!

10.中年職人、煤だらけの少女

しおりを挟む
「ここが工業都市ベルマインか!」

 異世界と聞くとやはり中世の城下町や農村が思い浮かぶが、目の前の工業都市はとても異世界とは思えない街並みだった。
 建物自体はレンガ造りで中世を感じるのだが、それ以外の景色は圧巻だ。まさに産業革命中の欧米諸国と言っても差し支えないだろう。

「ずっと小さな村ばっかり見てたから……こういう都市を見るとすごいなって思うよ」

「は?うちの村が小さいって言いたいわけ?」

「じゃあ少し小さい村に訂正するとしよう」

 エルフィーナは俺の足を踏み抜くと街の景色に吸い込まれるように歩き出した。幼い子供かよ。

「冒険者登録をするには……ギルドに行かなきゃいけないが、どこにあるかわかるか?」

「知るわけないでしょ?大半を村で過ごしてたのに。でもギルドって凄い場所だから目立つところにあるんじゃないの?」

 雑談しながらギルドを探していると、いかにもな建物が見えた。ドラゴンの頭の上を剣と杖が交差していたので、多分ギルドに違いないはずだ。西部劇でよく見るあの押して入るタイプの扉、それを冒険者らしき男がくぐっていった。

「これだな……」

「入りましょう。これでいよいよ私達も冒険者よ──入らないの?」

 俺は怖かった。ギルドに入って、冒険者登録の手続きをして、晴れて魔王を討伐しに行ける。しかし……ここで一歩踏み出したら、なんだか今までの俺には戻れない気がする。

 他人からの評価?それとも勇者としての価値を否定されるのが怖い?いや……このモヤモヤとした感情はあれだ。俺は始まりの一歩を踏み出す。つまりは今までの俺──日本にいて配管工として働いていた頃の俺──との決別を意味する。

「怖いの?」

「こ、怖いわけないだろ!ちょっと足が痺れてただけだ……!」

 ギルドの扉をくぐった。典型的な酒場だった。筋骨隆々な男達が騒いで、女騎士のパーティーが雑談を交わし、魔法使いがジョッキを持ちながら寝ている。

「ぼぼ、冒険者登録をしに来ました」

 受付のおばさんは二枚の紙を手渡すと、冒険者の概要について説明し始めた。
 話がかなり長かったので、エルフィーナは近くにあった椅子を引き寄せてそこに座る。

「まずは貴方達の力を測定するために、この魔力水晶を使います。最近は便利になって、適正の高い職業も教えてくれるんですよ」

 水晶玉。たまに占い師が持っているのをテレビで見たことはあったが、生でこんなに大きいのを見るのは初めてだった。
 エルフィーナが水晶玉に両手を置くと、パッと光り文字が朧気に浮かび上がった。〈魔法使い/ハイウィザード〉を見るとエルフィーナは誇らしげに俺の顔を見た。

「ハイウィザード……上級魔法使いに与えられる称号です。活躍を期待しています!」

 気怠げな態度は一変し、いかにも仕事の出来るキャリアウーマンのような姿勢になった。エルフィーナが素質のある人間だと知ったら態度を変えやがって……

「ではいかにも勇者様のような貴方様も!」

 俺は言われるがままに手を置いた。一瞬電流が走った気がしたが、それも本当に微弱なので気になるほどでは無い。受付のおばさんの態度が癪に障るが、まぁこうやって目上の人のように扱ってくれるなら気にしないことにしよう。

 ビリビリと火花が散る音が鳴り、丁度静まり返っていたギルドの視線が俺の方に集まった。周囲の冒険者達は俺やエルフィーナを見てざわついた。期待の新人へ向ける視線、とかではないかもしれない。

 そして──水晶から文字が浮かび上がった。

〈特別職/職人〉

「おいこれ壊れてるぞ」

 *

「あっはっはっはっ!職人って!勇者のあなたが職人って!」

 兎にも角にも、俺達はギルドで冒険者の登録を終わらせた。勇者よりも職人適正の方が高い俺はしばらくの間エルフィーナの笑いの種になりそうだ。軽く腹に肘打ちすると俺を睨みながら黙る。

 魔導塔の近くにある草むらで寝転がりながら俺達は束の間の休息を楽しんだ。これから新しい仲間の募集をかけるか、それともこの二人で魔王を討伐するか。
 どちらにせよ険しい道なことには変わりない。

「まぁそんなこともあるわよ。あまり気を落とさずに行きましょう?」

 エルフィーナ……
 そんなに優しい言葉を投げかけながら口元は笑ってるのは何故だ。

 俺は何か良さそうな言い訳が無いか思考を巡らせた。適正職業が勇者でも冒険者でもない俺は職人のスキルで異世界を無双しました、とかにはならないよな……多分だが夢想になるだろう。

「そういえば、前々から気になってたことなんだけど、タクミって私と会う前は何やってたの?」

 この世界の核心に迫るような質問だ。まだ旅を共にして一週間程度の仲だが、話すべきかそれとも適当に誤魔化すべきか……悲しいことに今の俺にはわからない。

「俺は……俺はなんなんだろうな」

 そう呟いた頃と同時に、大爆発の音が耳に入った。

「伏せて!」

「いってえ!」

 俺はエルフィーナに数少ない頭髪を掴まれると、そのまま地面に押し当てられた。大地と抱擁を交わしている間、頭上を無数の瓦礫が掠めた気がする。

「な、なんだ!なんの爆発だ!」

「見て!魔導塔が爆発したみたい……」

「そんな……とりあえず行くぞ!」

 さっき魔導塔には触れてみたが、ダイナマイトでも壊せなさそうな強度を持っている。TNT火薬が大量にあって壊せるか、壊せないかくらいの硬さだというのに粉々に吹き飛ぶとは……

「すごい煙の量だ……まるで煙幕でも放ったみたいだな」

 足元に落ちた瓦礫を掻き分けながら歩いた。もうもうと煙が空に立ち上り、やがて空に消えていく。俺とエルフィーナは爆発の中心に人が立っているのを見つけた。

「おい、大丈夫か!」

「子供じゃない?」

 爆心地は煤が濃く、口元を抑えないと肺をやられそうだ。煙の中立っている子供に俺は大きな声で聞いた。が、返事は無くただその場に立ち尽くして空を眺めていた。

「うわあああ!また失敗だあああ!」

 突如その子供は叫び出し、魔導塔の付近を走り出した。少女の声だ。煤と塵で見えなかったが、その正体はまだ小さい女の子らしい。身長は……エルフィーナよりも遥かに小さく、大体小学生くらいってところか。

「お……落ち着きなよ!」

 エルフィーナが弱々しい声でその女の子に話しかける。ふと足を止め、俺達を見るとまた叫びながら走り出す。なんなんだこれ、コントか?
 とにかく俺達は二人がかりでその女の子を抑えた。体格は小さいのに力は大人くらいあって結構大変だった。

 ようやく落ち着いた彼女を座らせると、俺達は話を聞いた。

「おい……君は何者なんだ?」

「あ、えと……アタシはメルル、この塔に住んでる研究者だよ」

 既に瓦礫と化した塔を見ると、メルルという名の少女は顔から血の気が引いていった。ようやく自分の家が無くなったことに気づいたのか、今度はその場で叫び出した。

「ひゃ、ひゃあああ!アタシの家があああ!」

 話を聞いたところ、メルルはドワーフとエルフのハーフで、幼い外見とは裏腹にベルマインの中でも指折りの技術と才能を持つ技術者だという。

「煙で見えなかったがまさか研究所が吹き飛ぶとは!」

 しかしさっきのようにしょっちゅう爆発を起こしては、周囲に甚大な被害を出すためこうして街からちょっと離れた魔導塔で研究──という名の隔離だろう──しているらしい。

「はぁ……アンタ達は?」

「俺はタクミ、こっちはエルフィーナ」

「爆心地にいたけど大丈夫だった?」

「よく聞いてくれたね!それはこれのおかげさ!」

 メルルは自慢げに着ていた服を見せた。体を薄く包む膜のような、インナーと言うべきだろうか。こんな薄い布が爆発を耐えられた理由にはならないと思うが……

「これはアタシが開発した対魔力爆発用緩衝材の〈アブソーフェル〉、危険な実験や魔力融合炉から身を守れる」

「へえ……すごいじゃないか、防具にすれば無敵になれるんじゃないか?」

 メルルは首を横に振る。どうやら、この道具は特定の波長の魔力しか無力化することが出来ず、固有の魔力は逐一調整しないと防ぐことが出来ないらしい。
 そしてそれだけ面倒なことをするなら単純に軽くて強力な防具を作る方がコスパ的にもいいとか。

「ところでメルル、他にはどんな発明品があるんだ?もっとすごいもの作ってそうだが」

 その瞬間、メルルの目の奥が光った気がした。今まで光っていなかった、というわけではない。より一層光が増して、ワクワクと元気でいっぱいの子供が現れたようだった。

「本当か!さすがタクミは見る目がある!アタシの家に来い。発明品を全部見せてやる!」

 成り行きだが、まぁついていってもいいかもしれない。しかし……そんな余裕はあるのか、俺は疑問に思いながら立ち止まっていた。棒立ちした俺とエルフィーナを見たメルルは、手を引っ張って走り出した。

「えっ?おい……力強っ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

追放された【鑑定士】の俺、ゴミスキルのはずが『神の眼』で成り上がる〜今更戻ってこいと言われても、もう遅い〜

☆ほしい
ファンタジー
Sランクパーティ『紅蓮の剣』に所属する鑑定士のカイは、ある日突然、リーダーのアレックスから役立たずの烙印を押され、追放を宣告される。 「お前のスキルはゴミだ」――そう蔑まれ、長年貢献してきたパーティを追い出されたカイ。 しかし、絶望の中でたった一人、自らのスキル【鑑定】と向き合った時、彼はその能力に隠された真の力に気づく。 それは、万物の本質と未来すら見通す【神の眼】だった。 これまでパーティの成功のために尽くしてきた力を、これからは自分のためだけに行使する。 価値の分からなかった元仲間たちが後悔した頃には、カイは既に新たな仲間と富、そして名声を手に入れ、遥か高みへと駆け上がっているだろう。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた男が、世界で唯一の神眼使いとして成り上がる物語。 ――今更戻ってこいと言われても、もう遅い。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...