ある面倒くさがりな勇者が珍しく頑張るしかなくなった話

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本気を出し始める頃かもしれない

「面倒くさい」の気配を察知

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 重たい一撃が放たれて、手に衝撃が伝わった瞬間、持っていたはずの訓練用の剣は手を離れた。
 ふぉんふぉんと音を立てて空気を斬り、空中で数回転しながら高く飛び、そして地面に突き刺さる。
 刺さった訓練用の剣がびぃぃんっと震えて、普段なら絶対それを見て笑ってるはずなのに、目の前に、シーアラが突きつけてくる剣先にしか目がいかなくて、そうは出来なかった。
 ひゅっと心臓が音を立てて、おでこから変な汗が出てくる。

「なるほど、弱い」

 剣先が降ろされると、今度は氷柱の様な言葉が降ってくる。
 大佐自らが剣術の稽古をしているからなのか、先に訓練所を使っていた他の兵士たちが、こそこそと、「容赦ねぇ…」「あんな子供相手にマジか」「いやいや、けど相手はいくら子供っつったって、勇者だろ?」なんて小声で話していた。
 小声だろうと聞こえてるんだけど。

「命のやり取りを行ったという割に、弱い。まぐれか?」

 また氷柱が落ちてきた様な気がした。
 本当にあった事を話したら、この人たちにとっては、きっと、まぐれなんかよりももっと恥ずべき事だとか、そんな事を言われそうだ。
 この人たちからしてみれば、敵に情けをかけられただとか、そんな風に言われるんだろうから。
 実際、ランが本気で私を殺そうとしていたら、死んでた。
 ランは私を殺せたのに殺さなかった。
 それだけの力がランにあったという事は、小さいながらに認めなければならない事だ。
 何かの間違いでも何でもなく、事実として、ランはサイトゥル達をあの場所から消して、眠らせたんだから。
 それも王都に仕える偉くて凄腕であろう魔導士たちが、何人がかりでも、目覚めさせることの出来ない力で。

「っ…う、うるさいな…」

 ぐっと下唇を噛んで、地面に突き刺さった訓練用の剣を引き抜いた。
 もう面倒くさい、嫌になってきている。
 それと同じくらい、どうしてか、悔しくてたまらなくなった。
 こんな力をつけても、友達を殺してしまうだけだと分かっているのに。

「ほう。負けん気はある様だな」
「違う。むかつく。いーっ」

 あっかんべーじゃないだけマシだと思えよ、このヤロウ!

 稽古は景色がオレンジ色に染まるまで続いた。
 終わった頃には体のあちこちが痛くて、ところどころ擦り傷もある。
 なんでこんな思いをして稽古をしなきゃいけないんだと思うも、『悔しいから』なんて答えが自分に返ってくる。
 他の兵士たちは宿舎に戻っていき、私も、訓練用の剣をシーアラに預けて、帰るために建物の中を歩いていく。
 宿舎と訓練所を結ぶ渡り廊下へと繋がる道は、あの、大きな建物へも繋がる。
 ふと、進行方向を変えて、立派な建物へと向かった。
 暫く歩いていると、長テーブルがある広い空間に出る。シーアラと初めて面会した場所だ。
 その空間の奥に、さらに建物の奥へと続く廊下が右側と左側に見えて、自然と足が向いた。
 ちょっとした探検と言うよりは、探し物でもしてる様な気分だった。
 適当に曲がり角を三つくらい曲がると、また、広い空間に出る。

 軍の建物には似つかわしくない白い空間だった。
 何人もの兵士がベッドに寝かされている空間。

「―…」

 勝手に足は動いて、中へと入っていく。
 眠ってるのは、みんな、知ってる顔だった。
 人の事をバカにしたり、見下したり、笑ったり、日記を読んで困った顔で知らないと嘘をついてきた顔だ。
 特に大きなベッドには、雷親父一級保持者までいる。

「サイトゥル…」

 呼んでみても返事はない。ただ寝てるだけ。
 こんな、雷親父一級保持者までずっと眠らせてしまう程、ランの力は強い。
 けど、ランは嘘つきだ。大ウソつき。
 だから倒したくない。

「何をしている」
「んぎゃっ!」

 突然の声に慌てて振り返る。
 アイスブルーの冷たい目が私を見ていた。
 やっば、バレた。
 途端に冷や汗が出てくる。
 雷親父一級と二級はこういうとき、雷を兎に角落としてくるけど、この男はどんなふうに私を叱りに来るのか、全く予想できないから余計に怖い。

「あの日、何があったのかを話していないらしいな」

 一歩、また一歩と、この空間に入り込んで近づいてくるシーアラに、気圧されない様に睨み返す。

「勇者とは、何だと思う」
「…魔王を倒す人、じゃないの」
「なぜ魔王を倒す人が勇者なのか知っているか」
「聖剣を使えるのは勇者だけだから、でしょ…」

 じりじりと寄ってくる。
 思ったよりも圧はない。
 ただ、足元に冷たい空気が漂っている様な気がする。
 気がするだけで本当にそういう訳じゃないんだけど、何となく、足元が冷たい気がする。

「なら、冒険者がその聖剣を使い、魔王を倒せばそれは勇者か」
「…出来るの?そんなこと」
「例え話だ」
「勇者、じゃないの」
「なら、聖剣を使わず、魔王を倒した者はどちらだと思う」

 シーアラの言いたい事がよくわからず、戸惑ってしまう。

「貴様は迷っている。恐れているのではなく、迷っている」
「な、なにが」
「お前の剣が、だ」
「いみわかんない」
「貴様の様な子供クソガキに分かってたまるか」
「じゃあそんな事いわないでよね」

 確かにクソガキだと、自分でも思うけど。

「早く帰れ」

 シーアラに促されて、私は軍の建物を後にした。



   ***



 首がこくん、こくんと動いて、聞こえてくる声がまるで子守唄の様に思えた。
 窓から入る太陽の光りが心地いい。
 机には真っ白なノートと教科書、机の周りを歩くヒールの音も聞こえてくる。

「聞いているのですか、ハイシア・セフィー!」

 かん高い声と共に、ぴしゃんっ!と指示棒が机にぶつかる音がして、目が覚めた。

「うわっ」
「うわ、じゃありません。ちゃんと聞きなさい。それから、何度も言っているでしょう、ノートをとるようになさいと。文字を読めるようになりたいというから、こうして音読をしているのですよ」
「は、はい…」

 ぎろりと睨みつけられて、身が縮こまってしまう。
 村長が雷親父二級なら、この先生は多分、稲光系雷の資格を持っていると思う。

「しっかりと目で文字を追って、音で覚えるのです」
「は、はい…」

 教科書に目を向けると、先生は、「最初からいきますよ」と言って、また音読し始める。
 最初からと言ってくれたから今度こそは目で追えたものの、私にとっては、教科書に書かれている文字は暗号や記号なんかに見えて仕方がなかった。

 そんな地獄の暗号読解訓練を終えて、次の勉強まで時間があるから、広場へと向かった。
 新しい兵士たちが来たからか、すっかり前と同じように、子供たちが広場で遊んでいる。
 大人も安心して外に出ている様で、集まっているわけではないが人がそれなりに居た。
 噴水の近くでは、まだ二歳くらいの子が水遊びをしていた。
 別のところでは、赤ちゃんが、何もないところから水の泡みたいなものを作ってきゃっきゃとはしゃいでいる。

 その赤ちゃんは、生まれた時にどんな神託を受けたんだろう。
 個性スキルは何だと言われたんだろうか。
 子供の様子に、親は慌てて水の泡を魔法で消していく。
 別に遊ばせてあげれば良いのにと思うんだけど。

「あれ、ハイシア~!」
「あ、メイ」

 メイの家がある方向から、彼女が私を見つけて駆けてくる。
 ぶんぶんと手を大きく振るから、私も小さく手を振り返した。

「お勉強は?」
「次の時間までちょっと休み~」
「そっか」

 この前と同じように、メイが私の隣に腰かけて、私が見ているものの視線の先を追いかけた。

「あ!あの子、パン屋さんの赤ちゃん」
「水の泡作ってたんだけど、あの子の個性スキル、何だろうね」
「う~ん、魔導士かな?」
「水の泡くらい遊ばせてあげればいいのに、なんか、お母さんが必死に消してた」

 今しがた起こった事をメイに教えると、私の予想に反して、メイは「えぇ?!」なんて驚いた。
 寧ろその声に驚いて、私が慌ててメイに視線を向ける。

「ハイシア、知らないの?」

 ぎょっとしたまま私に詰め寄るメイに、思わず体がのけぞった。

「な、なにが?」
「あの年齢から魔法を使っちゃうと、あとあとコントロールが難しくなっちゃうんだよ?それに大きな事故だって起こっちゃうんだから!」
「え、そんなに大変なの?」
「そうだよ!コントロールが出来ない小さい子が魔法を使うと、危ないんだよ!」

 何がどう危ないのか教えて欲しいと思ったけど、メイは兎に角、赤ちゃんの魔法は大変なんだという事を私に伝えたいらしく、具体的なことは教えてくれなかった。
 ただ、メイがそう言うんだからきっとそうなんだろう。
 何が大変なのか、想像も出来なくて、いまいちピンときてないけど。

「もう、ちゃんとわかってる?」
「う、う~ん…危ないのは、わかった」

 そう言うと、満足そうにメイが頷く。
 生まれ持った個性と赤ちゃんの頃から向き合うのって、凄く大変な事なんだろうか。
 勇者になる、勇者として生まれたとか、魔王を倒すとか、そんな事しか言われず、それに歯向かってきた私には、やっぱりわからない事だった。
 赤ちゃんとお母さんの小さな攻防を二人で眺めていると、突然視界に、ブラウンのオーバーオールが映る。

「おまえ、そんな事もわかんねーのかよ!」

 片手に金槌を持ち、すすがちょっとついたブラウンのオーバーオールを着た、金髪緑眼のチャーリーだ。
 顔のそばかすが印象的な、同じ年頃の村の男の子である。
 今まで話しかけてきたことなんてないのに、今日に限って、何故か、噛みつくみたいにして話しかけられてしまった。

「え、なに?なんの用?」
「そんな事もわかんねーで勇者なのかよ!」

 随分大きい声で喋るもんだから、周りにいた大人たちも、他の子供たちも、私達に視線を向ける。
 大人はひそひそと何かを喋り出して、子供は逆に興味があるのか、こっちに走り出そうとしてきて近くの大人たちに止められていた。

「いっつもサボってたお前に勇者なんかできんのかよ!」
「別になりたくなしいし」

 実際なりたくないのは本当だ。
 魔王を倒さない勇者がいたっていいとメイは言ってくれたけど、周りがそれを許してくれるとは思っていないし、それに抗いたいから、今でも勇者にはなりたくない。
 私の答えに、チャーリーはぎょっとして、その次には「はぁ~?!」と、どうしてか、また突っかかってきそうだった。
 面倒くさいな、どうしようかなと思い、何となく、広場の時計に視線を向けると丁度いい時間をさしていた。
 次の勉強の時間まで、あと少しだ。

「メイ、そろそろ次の勉強の時間だから帰るね~」
「え?!う、うん」
「バイバイ、またね~」

 メイにひらひらと手を振って、とん、とベンチから降りる。
 面倒くさいチャーリーのことは完全に無視したからか、顔が真っ赤になっていた。
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