ある面倒くさがりな勇者が珍しく頑張るしかなくなった話

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本気を出し始める頃かもしれない

個性:勇者

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 森での出来事が嘘だったかの様に、シーアラの剣術の稽古は容赦がないままだった。
 ぶつけた肩が治るまでの間は、ひたすら攻撃を避ける訓練をさせられ、肩が治った後は、またいつもと同じ剣術の稽古。
 鬼だ、氷柱だ、極寒の中の雪男だと言いたくなったものの、やっぱり悔しくて、負けじと食らいついた。
 肩を怪我しても普段と全く変わらなかったのは、座学の勉強も同じだ。
 文字を読む事も、教科書に書かれている文字を目で追う事も、先生の音読を聞く事も、肩が負傷していても問題なく行えることだったからだ。
 寧ろ居眠りをしようものなら肩が痛くて、居眠りの方が出来なかった。
 そのおかげで、文字もだいぶ読めるようになってきたと思う。

 の、だけど、現実は、そう甘くない様だ。

「…うへぇ…なにこれ…」

 魔法のかかったパイプオルガンの演奏が響く空間を、天井のステンドグラスから差し込んだ陽の光りが照らす。
 何人かの受付の人が赤ちゃんを連れた夫婦を案内したり、怪我人を手当てしている人が居たりと、色んな事を請け負っている教会で、私はベンチに座って、渡された紙を見て口元を引きつらせた。
 知性・体力・魔力・魔法基礎・肉体戦術と書かれた五角形のグラフは見るも無残な姿になっていた。
 グラフは大きくなるほどいい成績らしいが、まず、知性。
 殆ど真ん中にある。
 次に体力。体力は外側にせり出てはいるが、それでも、五角形の真ん中と限界のちょうど中間くらいだ。
 魔法基礎もグラフ全体の中心にある。
 ただ、魔力と肉体戦術の項目だけは違った。
 魔力なんか外側に吹っ切れて、限界値を越えている。
 肉体戦術は、体力よりもやや外側に点がある。
 これが何を意味してるかっていうと、つまりこうだ。
 脳筋バカって事だ。

「わぁ…ハイシア、魔力のところが振り切れてる…凄いねぇ」

 隣で同じように紙を見ていたメイが私の手元の紙を覗き込み、感心した様に呟く。
 そのしみじみとした言い方が余計に心臓に突き刺さるのだが、彼女はそれには全く気付いていない様だ。

「メイのは?」
「私はねぇ…はい」

 私の紙を覗き込んだんだから、メイのだって見てみたいと思うわけで、聞いてみたらあっさりと手元の紙を私に差し出してくれた。
 そして驚くわけである。
 まず知性。中央と限界値のちょうど真ん中くらいに点がある。
 体力はやや中央に寄っていて、肉体戦術はグラフの真ん中、つまりゼロだ。
 私の知性の項目と同じ状態。
 魔力と魔法基礎は、もう少しで限界値まで達しそうだ。
 つまりメイは、体力があまりなくて肉体戦術は苦手だけど、そのぶん、頭が良くて魔法も使えるということだ。

「メイ、ずっとポーション作るの頑張ってるもんね。凄い」

 この結果になるのは、ある意味で当たり前と言えばその通りだ。
 コントロールが難しいと言いながら、諦めないで努力をしている結果が、こうして目に見える形で表れている。
 薬を作るということは、きっと、頭もよくないといけないのかもしれない。
 そのために勉強だってしてるのかもしれない。

「えへへ、でも、もっと頑張るんだ。お母さんみたいな薬師になるために」

 はにかんだメイは、私に差し出した紙をじっくりと見なおして嬉しそうに笑った。
 私ももう一度、まじまじと、自分の紙を見る。
 グラフの外側にはいろいろなことが書かれている。
 一文字ずつ、ゆっくりとなら読める部分も多い。
 その中に書かれている、『個性』の文字に目が行く。

『個性:勇者』

 なにも変わらない、変えられない、唯一の個性だ。
 メイの紙には、『個性:魔導士』と書かれている。

「ハイシア?」

 手に持っていた紙にシワが出来ていた。
 メイが不思議そうに私の顔を覗き込み、慌てて首を横に振る。

「なんでもない。それより、そろそろ行こう」
「うん!」

 シーアラが言った、『今の自分の力量を知れ』というのは、つまり、現状を見てもらえという事だった。
 教会は、生まれた時に個性の神託を受けるためだけに来る場所ではなく、現状を知れて、怪我人の治療も行っている場所だと初めて知った。

 教会を出て、広場に向かった。
 その間にも何人かの大人や子供が、教会に入っていった。
 教会から広場までの道は一本道で、他の場所に行く道もないから、すれ違う人たちはみんな、教会に用があるみたいだった。

「でもびっくりしたよ。いきなり教会についてきてー、って言ったと思ったら、今の自分の状態を知りたいなんて。しかも教会についた途端に、迷子みたいになっちゃうんだもん」
「そ、それは言わないでよ。教会なんて初めてなんだから仕方ないでしょ」

 メイの言葉に、さっきまでのことを思い出してげんなりとする。

 シーアラの言った事が本当かもわからないから、それを確かめるためにメイの家に行った。
 店番をしていたメイのお姉さんに、教会がどういう事をする場所なのかを教えてもらったけど、いざ行こうと思っても、初めて行く場所だったから―赤ちゃんの時の記憶なんてあるわけないし―メイにお願いしてついてきてもらった訳だ。
 初めて見た教会の内装に驚いたのと、たくさんある受付のどの人に要件を言えば良いのかもわからず、ずかずかと一人で歩き出して、結果、教会の内部でメイの言う通り迷子になったのだ。
 軍の宿舎と訓練所の間にある建物で、サイトゥル達を見つけた時の様に、足が勝手に動いたと言えば良いか。
 あの時と比べると、今回は完全に好奇心が勝っていた。

 村長ではなくメイに頼んだのも、ちゃんと理由がある。
 『村長たちの望む』勇者になることを決意したと思われたくなかったからだ。
 そうなると、事情を知るメイか、あるいは教会に行くことを勧めてきた張本人であるシーアラに頼むのが良いだろうと考えた。
 シーアラに頼まなかったのは、結局あれ以来、容赦のない大佐に戻ってしまったからだ。
 なんだかムカつくから、というのも、もちろんある。

「けど、そっか~…ハイシア、とうとうやる気出したんだね」
「人をなまけものみたいに言わないでよ」
「え、だっていっつも面倒くさいって言って、お稽古もお勉強もサボってたのに?」

 可愛い顔してトゲのある事を言う。
 あまりにも当たってるから、これ以上言い返すことも出来ず、ぐぬぬ、と唸ることしか出来ない。

「どうせまたサボるに決まってる!」

 きゃんきゃんと吠える声に、私とメイが立ち止まって振り返れば、案の定と言うべきか。
 ブラウンのオーバーオールに、少し太めの木の枝、頭にはバケツの底を被り、木の板をもう片手に持った、恋患いの少年――チャーリーの姿があった。
 この一本道で一体どうやったら後ろから声をかけてくるのか。
 たまたま教会にいたというにはあまりにも不釣り合いな恰好だ。
 ちょっとだけ変わったかなと思うのは、オーバーオールの裾がやや短くなって、足首が見えている所だ。
 オーバーオールが短くなったというより、チャーリーの背が少し伸びたといった方が、正しいかもしれない。

「チャーリー、いいかげんにしなよ!どうしてハイシアにそんな意地悪するの?」

 チャーリーにとっての中心人物であるメイに詰め寄られ、またも顔を真っ赤にしていた。
 なんなら、チャーリーの背が少し伸びた事で、詰め寄ったメイが見上げる形になって、より可愛らしく見える事だろう。
 私も、メイは可愛いと思うよ。

 実際、チャーリーがメイに惚れちゃう要素はかなりあると思う。
 ものをはっきりと言うし、時には無自覚に人をぐさぐさと言葉で刺してくるところもあるけれど。
 なんだっけ、えっと、先生が前に言ってたな。
 そう、あれだ、『シンラツ』ってやつだ。
 メイは正にそれだけど、人の事で喜ぶことが出来る優しい子なのだ。
 多分、チャーリー以外にもメイの事が好きな村の男の子は居るんだろう。
 チャーリーがうるさくて目立つだけで。

「うっ…そ、それは…と、兎に角!いい加減俺からの果たし状を受け取れ!」
「…えぇ…めんどうくさい…」
「ほら!どうせそうやって、勉強も剣の稽古も、いつかほっぽりだすに決まってるんだ!」
「あ~はいはい、言いたい事がそれだけなら、どうぞおかえりくださーい」

 ひらひらと手を振って、背中を向けて歩き出す。
 メイが慌てて私の隣までやってきて、一緒に広場に向かった。
 後ろでチャーリーが文句を言ってたけど、さして気にしなかった。



   ***



 強烈な痛みと共に、地面にしりもちをついた。
 目の前にはシーアラが握る訓練用の剣の切っ先があり、反射的に、持っている盾で剣を弾くと素早く立ち上がり体勢を立て直そうとする。
 だが一拍動きが遅く、今度は盾を、シーアラの重い一撃が弾いた。
 力がかかる方に体がもっていかれ、その隙に、喉元に切っ先が向けられる。
 氷柱の様な鋭いアイスブルーの視線が私を見下ろした。
 うぐぅ、と唸る私を見た後、シーアラは剣先を降ろす。

「休憩だ」

 今日も派手にやられてしまった。
 立ち上がって言われた通り休憩スペースへ向かい、ベンチに座って水を飲む。

 さっきまで私とシーアラが使っていたスペースに、別の組の兵士たちが入って稽古を始める。
 シーアラほど鋭い動きではないものの、見てるだけでもわかるほど、その一撃一撃は重く、やっぱり動きに無駄がない。

「また絡まれた様だな」
「んげぇ…なんでもう知ってんの」

 チャーリーのことを言っているのだとすぐに分かった。
 まさに数時間前に起こったばかりの出来事なのに、なんでそんなに伝わるのが早いのか。
 シーアラが、ヘルメット一つ分のスペースを開けてベンチに腰掛ける。

「言っておくが――」
「教わってる剣術使って喧嘩しませーん」

 前にもあった会話に、今度は先手をかけて返す。
 シーアラは、そうか、と言って水を飲んだ。

「なんでそんな面倒な事しなきゃいけないの~…面倒だよ、喧嘩なんて。そもそもなんで果たし状なんて送り付けられてるのかわかんない」

 無意味だし、なんならメイはもっとチャーリーの事を嫌いになって、ついには口まできかなくなりそうだ。
 チャーリーは、その辺をどう思っているんだろうか。
 そんな事態を予想すらしていないのだろうか。
 私は何もしていないっていうのに、なんだってまたこんな面倒なことに巻き込まれなければならないのか。
 ぶつくさと文句を言う私に、シーアラはそれ以上何も言わなかった。

 少しの休憩時間を挟んだ後に再開された剣術の稽古でも、私はシーアラから一本もとることが出来なかった。
 今日も今日とて体がぼろぼろである。
 あちこちが痛い。
 明日こそはシーアラに負けないんだから、と、帰り道、一人息巻いていた。
 道なりに沿って歩いて、しばらくすると、ぽつんと影が見えてくる。
 立ち止まってじっと目を凝らして影の正体を判別し、そして私は、深くため息をついた。
 ここから遠回りをしようにも、村長の家へ戻るには影が佇んでいる道を通る必要がある。
 止まっていた足を動かしだして、影に近付いていくと段々と影は輪郭を顕わにしていく。
 つんつるてんなブラウンのオーバーオールに、金髪。
 チャーリーだ。
 最近ずっと被っている印象があった、バケツの底で出来たヘルメットは被っていなかった。
 チャーリーに気付かないフリをして、目の前を通り過ぎていく。

「おい」

 案の定、声をかけられて、歩みを止めた。

「はぁ~、今度は何?」

 わざとらしくため息をつき、チャーリーを見上げる。
 私よりも背が高いぞ、こいつ。
 同じくらいの目線だったはずなのに、と、そのことにむっとした。
 だから思いっきり睨み上げてやったら、チャーリーは「うぐっ」と狼狽え、そのすぐ後に、真剣な顔をする。

「お、俺と決闘しろ!」

 真剣な顔をして、言いだす事は果たし状と何ら変わらない事に、がっかりした。

「な~んで私があんたと戦わなきゃいけないの。面倒くさい」
「お、お前が、お前が悪いんだぞ!いっつもメイと一緒にいて、メイが初めて作ったポーションだって貰って!」

 びしぃ、と音がしそうな勢いで指をさすチャーリーが言う事はなんとも呆れる内容だった。
 ようは、私が羨ましいんだろう。
 自分は見向きもされないのに、メイが私の事を気にかけているから。

「ゆ、勇者だからって!」

 チャーリーから出てきた言葉に、冷めた視線を向けた。
 何だかお腹の底が、内側から冷たくなっていく感じがする。

「それ、関係ないと思うけど」

 そう、冷たい声で言い放った。
 何でもかんでも、勇者だから、勇者だからと大人たちは言う。
 それが伝染してチャーリーや村の子供も私をそんな目で見るということは分かっていた。
 だからこそ、そんな事など関係なく接してくれるメイの優しさで、私とメイの関係は成り立っているんだと思う。
 メイ以外に、私に人間の友達がいないのはそれが原因だ。

「私が勇者だからメイが仲良くしてくれてるって?なにそれ。そんな事してなんのメリットがあんの?みんなが思う勇者になんて、なってない私に?ばっかじゃないの?」
「どうせお前がだまくらかしたんだろ!」
「勝手に言ってろ」

 今度こそ歩き出す。

「あ、明日、十時に広場に来い!絶対だぞ!約束だからな!」

 後ろでぎゃんぎゃんとわめく声が聞こえてきたが、そんなの知らない。
 この面倒くさい出来事を、どうやったら終わらせる事が出来るのかを考えた方がいいのかもしれない。
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