ある面倒くさがりな勇者が珍しく頑張るしかなくなった話

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本気を出し始める頃かもしれない

うまくいかない事もある

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 月あかりが照らす湖が、万華鏡みたいに輝いていた。
 まだ眠っているスライム達は私達が来たことに気付かない様で、目を瞑り続けている。
 湖のそばに腰を降ろすと、メイもまた、拳一個分くらい距離を開けて腰を降ろす。真ん中にランタンを置いて、ぼんやりと、反射する光りを眺めた。

「すんごい心配してたよ?メイの両親」
「…黙って、出てきちゃったから…」
「だろうね。家までやってきて、もう、村長に掴みかかりそうなぐらい凄い勢いだったんだから」

 真夜中に突然やってきた嵐の様だったと、思い出した。
 セフィアの暴風一級は、たぶん、母親譲りだ。
 思い出したら、何だか口元が引きつった。
 私とは反対に、メイは視線を降ろして膝を抱えてしまった。

「ごめん。メイが悩んでる事、知ってたのにさ」
「ハ、ハイシアは悪くないよ!」

 落ちたばかりの視線が勢いよく上がって、拳一個分あいた距離を埋める様に、メイが身を乗り出す。
 月明かりに照らされたメイが必死な顔をするのを見て、なんとなくわかったかもしれない。

「メイって、自分のためとか、そういうの苦手でしょ」
「え、え?」
「人のために頑張っちゃうタイプ」

 私の言葉に、メイが首を傾げ不思議そうにする。
 あ、自覚がないんだ。

「チャーリーから聞いた。どんな事に悩んでたのか。何で私には相談してくれなかったのか」
「…それは、その」

 言いよどむメイに、首を横に振る。

「いいの。チャーリーの話し聞いても、確かに私にはわかんなかったもん。だから、言えなかったのはしょうがないよ」
「…その…私…お姉ちゃんも、ハイシアも凄いなって。私、そんなに立派な目標も、ないし…本当に薬師になりたいのかなって、なんだか、すごくぐるぐるしちゃって」

 俯いて、指先をくっつけたり離したりをするメイが、ぽつり、ぽつりと話し出す。
 すぐに口から言葉が出そうになるのを、ぐっと呑み込んで、メイの話に耳を傾ける。

「お姉ちゃんが王都に旅立つ前に、ここで、お姉ちゃんとハイシアが、『負けてらんない』って話をしてたでしょ?」
「そんな事もあったね」
「その時ね、私だけ、『お母さんみたいな薬師になる』って、なんだか、あまんりはっきりしない事を言っちゃって。二人は明確な目標があるのに、私だけって…」

 メイが細く息を吐き出す。

「それが、凄く恥ずかしい事みたいに思えちゃったの。それから調合のお勉強にも集中出来なくなっちゃって。その間にも、ハイシアは、剣術のお稽古も、お勉強も頑張って、前に進んでたのに。私だけが、前に進めてないって思えて。だから…」

 段々とメイの言葉が震えて、小さくなっていった。
 隣を見れば、メイが肩を震わせている。私はその肩に手を伸ばす。触れる前に、手を引っ込めた。
 上を見ればてっぺんにあった月は、少し傾いて森に遮られようとしてる。

「メイが教えてくれたんでしょ、私に」
「え?」
「魔王を倒さない勇者がいちゃいけないの?って。そう言ってくれたの、メイでしょ。誰かと比べたり、今までの勇者と比べたりなんてしてたら、私の目標は達成されない。誰かと比べる必要なんかないって、私にそう教えてくれたのはメイなのに、そのメイが、私やセフィアと自分を比べるの?」
「…それは…」

 月を眺めながら、私は言葉を続ける。
 いつもの、弾いたような、反発した様な声ではなく、優しい声を意識して。

「いいんじゃない?お母さんみたいな薬師になるっていうのだって。それだけメイが、お母さんの事を見てきた証拠でしょ?私には、そういうのないから、ちょっと羨ましいくらい」
「…あの…そんなつもりじゃ」
「わかってるって。ただ、せっかくそばに居て、お母さんみたいになりたいって思えるんだから、その気持ちは大切にしたら?メイは、メイの思う薬師になったら良いんだよ」
「…うん」

 メイの反応は、何かが突っかかった様だった。
 メイが私の悩みをふっ飛ばしてくれた様に、そんな、うまくはいかない様だ。

「聞いてみたら?お母さんに。何で薬師になったのか、とか」
「聞いてみる…?」
「そ。何で薬師になったのかーとか、この『魔族の領域に一番近い村』で薬師として、お店を出した理由とか。私も、お父さんが生きてたら聞いてみたいよ。どうして勇者だったお父さんが、ランを助けたのか。お母さんの日記に書いてあっても、本当のところなんて、本人じゃないとわからないんだもん。だから、聞いてみたい」

 どんな人だったのかも、どんな見た目をしていたのかも、私は知らない。
 お母さんが書いた日記でしか知らない。

「…うん…。聞いてみる…」
「んー、じゃあ、帰ろっか」

 ぐっと背を伸ばしてから、立ち上がる。
 置いていたランタンを持って、メイを見下ろした。
 怪我が治りかけというのは本当の様で、ランタンで照らしたメイは、見たところ包帯をしてなかった。すでに包帯は取れてるのかもしれない。
 メイも立ち上がると、スカートの裾と軽く叩く。

「ねえ…旅に出るって、ほんと…?」

 ぽつりと、小さくメイが呟いた。

「ん?ああー、まだ先の話。もう少し、ちゃんと剣術の稽古と魔法基礎の実技の訓練やって、それからだから」
「…そう、なんだ」
「お母さんの日記にあった、お父さんの旅の仲間がどうなったのかも気になるしね」
「それって、行方不明だっていう…?」
「そう。それにお母さんがどんな人だったのかも気になるし。もう、気になることばっかり。大人に聞いてもどうせ嘘つくだろうし?だから、自分の目で確かめる事にしたの」

 私の言葉に、メイはただ、「そっか」とだけ返す。
 眠ってるスライム達に軽く手を振ってから、村へと続く道を歩き出した。
 村へ戻る間、終始無言のままだった。
 本当は、言いたいこともたくさんあったはずなのに、その殆どが、どうでも良くなった。
 私にはメイの悩みを代わりに解決してあげる事も出来ないし、どうしたら、メイが悩みから抜け出せるのかも、やっぱり分からない。
 きっと、メイ自身が答えを見つけるしかない。

 村と森の出入り口付近は、夜明け前なのに騒がしかった。
 大人が何人も集まって、何かを話し込んでるらしい。

「うげぇ…人多すぎじゃない?」

 思わず足を止めて、顔をしかめる。
 多分、みんなメイを探してるんだと思う。

「…わ、私のせいだ…」

 ランと顔を合わせたときよりも、メイの顔が青くなる。

「はぁー、しょうがない。一緒に怒られよっか」
「え?!ハイシアは悪くないよ?!」
「いーのいーの、どうせ何言ったって聞かないんだから。右から左に流しときゃいいの」
「え、ええ…?でも…」
「ほら、行こう」

 戸惑うメイの手をとって、村の出入り口へと向かう。
 集まっていた大人たちが、こっちに視線を向けてきているのがわかった。
 ランタンが小さく揺れて光りが動く。それが目印になったのかもしれない。
 出入り口にたどり着いた私達を、寝間着姿のままの大人たちが囲う。きっと、身支度もそこそこに、慌ててメイの捜索に加わったんだろう。
 村長も、メイのお母さんも凄い顔をしていた。目が吊り上がって、鬼みたいだ。
 メイのお母さんが、一歩前に出る。

「メイを森へ連れて行って、どうするつもりだったの」

 震えた低い声に、私はふいと視線を逸らす。
 その態度が気に食わなかったのか、メイのお母さんは更に目を吊り上げた。

「まだ怪我も完治してないの!それなのにどうして森なんかへ連れて行ったの!魔族の領域に足を踏み入れでもしたら、どうするつもりだったの!」

 右から左へ、受け流す。
 何だかキーキー言ってるなと思うことにして、私は何も言わなかった。
 今までさんざん、私を怒鳴ってきた人を見ていて分かったことがある。怒るという行動には、限界があるって事。
 怒鳴ったりするの、そんなに長い時間はもたないんだよね。
 だから、相手が怒鳴ることをやめるまでひたすら待てば良い。

「違うの、ハイシアは悪くないの、お母さん」

 けど、メイは私の一歩前に出ると、そう口にする。
 メイのお母さんは目を見開いて、たちまちに怒りも何処かへ吹っ飛ばされてしまったみたいだった。

「私、どうしても考えたいことがあったの。それで、森に行ったの。ハイシアは私を探しにきてくれただけで…だから、ハイシアは、悪くないの。心配かけてごめんなさい」

 深く頭を下げるメイは、やっぱり大人だと思った。
 もっと怒鳴られるかもしれないのに、それを知ってても、ちゃんと謝るなんて。
 私だったら根負けするまで待つか、予想よりも怒る時間が長かったら、睨み返すだけだったかもしれないのに。

「本当だろうな?ハイシア」

 村長も、一歩前に出て私に言う。
 疑いの目を向ける村長に対して、口を開きかけた。

「その娘が言うのだから、本当だろう」

 私が言葉を発するよりも先に、奥からシーアラの声がする。
 奥の方から、前髪を崩したシーアラと、ランタンを手に持ったリオンがやってきた。
 二人とも、昼間にしている装いだ。

「それとも、嘘をつくような娘に育てたか?」

 なんとも意地悪な言葉を口にして、冷たい視線をメイのお母さんに向ける。
 まあ、確かに、メイは私に嘘をついたけど。でもそれは、誰かを傷つけたり、心配させたくてついた嘘じゃない。
 メイのお母さんは、一瞬目を見開いたあと、シーアラに向かって頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしました」

 メイの『素直に謝れるところ』はきっと、お母さん譲りなんだろうな。
 なんて、そんな事をのんきに考えた。

 メイが見つかった事で、村の人たちは解散して次々と自分の家に戻っていく。
 メイのお母さんは、メイの手を引いてその場を去っていった。
 私の手にあるランタンは、あとで返しに行くしかなさそうだ。
 その場に残ったのは、私と村長と、シーアラ、リオンだけだった。
 リオンはランタンを手に持ったまま、ぼんやりと立っている。シーアラは村長に、冷たい視線を向ける。
 村長は何も言わずに頭を下げて、私に、睨むような視線を向ける。

「帰るぞ」
「はぁーい」

 一応、一言はくれた。
 今更ながらに眠気が襲ってきて、村長を追うように歩きながら、盛大なあくびをかました。
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