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過去と向き合うこと
豊穣の国
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ルーンサイト国の王都は、デイスターニアと違いのどかな場所だった。
デイスターニア国製の鎧を着た兵士はいるものの、城下町を歩くのは平服を着た人がほとんどだ。
教会や冒険者ギルドもあるけど、建物の外観はヘントラスで見た大きさに近く、デイスターニアの城下町との違いをまざまざと見せられた。
その中を城まで真っ直ぐと歩いていく。
蔦でぐるぐるに巻かれた山賊を連れて。
先方を、馭者を務めた兵士が歩き、後ろをサイトゥルが歩く。
城門まで行くと、兵士が二人、構えていた。
「お勤め、ご苦労様です」
「道中山賊を捕まえたので、引き渡しに来ました」
兵士たちがそんな会話をしているのを聞きながら、あたりを見回す。
平服を着た人たちは、リオンを見ても動じない。
動じるには山賊の方が目立ちすぎているからなのかもしれないが、皆、山賊たちに視線を向け、こそこそこと何かを話している様だった。
何を話しているのかまでは、想像もつかない。
「勇者様、お手を煩わせて申し訳ございませんでした。王があなた様にお会いしたいとおっしゃっております」
門番をしていた兵士に声をかけられた途端、うげぇ、とあからさまに、顔に出た。
「それ、会わないといけないやつ?」
「はい。お願いいたします」
デイスターニア国の時同様、面倒くさい事に巻き込まれる予感しかしない。
メイとリオンに視線を向けると、メイは緊張した面持ちで「会わなきゃだね」と口にする。
リオンはぼんやりと街を眺めていて、どうとも思っていない様だった。
「絶対会わなきゃだめなわけ?」
「はい」
嫌だ、会いたくない。
面倒なことに巻き込まれる気しかしないが助けを求められる人はいなさそうで、深いため息をついて、仕方なく頷いた。
門番の一人が山賊たちを何処かへと連れて行き、それを見送る。
「こちらです」
もう一人の門番がそう言うと、私たちを城の中へと通した。
山賊を連れた門番が戻るまでの間は、馭者を務めた兵士が門を見る様だったが、サイトゥルは、私たちが城の中に入るのを城門前で見ているだけだった。
案内された城の中は、デイスターニア国と同じで煌びやかだった。
違うところと言えば、シャンデリアのデザインだとか、灯りが少しだけ暖かみのある色をしているとか、その程度だ。
大理石の壁も、赤い絨毯も、天井から下がるシャンデリアも、見ていてむず痒くなるのは変わらない。
いっそう大きな扉の前まで通された。
ここが玉座の間の可能性が高いということは、デイスターニア国の時に学んだことだ。
兵士がまず部屋に入る。
王様とやらに、私たちが到着した事を話しているんだろう。
「は、ハイシア…ふ、不敬罪…」
メイが恐々とした顔をして、私の服の袖を遠慮がちに引っ張る。
本当に私の事をなんだと思っているんだろう、この子は。
そうは思うものの、前回メイの眼前で盛大にやらかしているから、任せなさいよとは言えなかった。
最悪、何かあっても逃げられるが、面倒なことになるのは明らかだ。
頑張って王様の前で取り繕うのと、国を追われて逃亡劇を繰り広げるの、どちらが面倒くさくないかを考えて、セフィアが言った言葉を思い出す。
――面倒くさいと言いながら、自分に降りかかる最悪の面倒くさい事を避けるために、敢えて小さな面倒くさい事に首を突っ込む。あなたは、そういう人でしょう
心当たりがありすぎて言い返せなかったが、まさにその通りだと、口元を引きつらせた。
「今回喋らない方が良い?もしかして」
「オマエ、それ、無理だ」
口もとを引きつらせたまま聞く私に、リオンはぼんやりとした目のまま、けれど、すかさず返してきた。
「我慢、多分、無理だ」
「そうだけど!」
即答した理由が『勇者だから』ではなく、我慢が出来ないだろうからっていうところを聞くと、ちょっと腹も立つが、リオンは私の事をよく分かっているとも思えてしまう。
扉が開いて、中から、私たちを案内した兵士が顔を出す。
「どうぞ、お入りください」
当たり障りのない笑みを浮かべて私たちを部屋の中へ招き入れた兵士は、私たちが部屋に入ったのを確認すると、自分は外に出て扉を閉めた。
デイスターニア国と同じように、中央に赤い絨毯が敷かれ、奥には玉座が二つ並んでいた。
玉座に座っているのは、中年の男性と女性だった。
歳の割にふさふさの、短いくすんだ金髪に、ブルーの瞳をした王は、格好こそ王様の様に大きなマントをつけているが、清潔感があり、体格もでっぷりとはしていない。
女王も優し気な目元をして、綺麗だが目に眩しくないドレスを着ていた。
ブラウンの髪はシャンデリアに照らされて、艶やかだ。
もっと傲慢で、もっとでっぷりとして、何ならじゃらじゃらとした指輪を四つくらいはつけているだろうと思っていただけに、拍子抜けである。
「きみが、今代の勇者か」
落ち着いた声色をする王に、やっぱり、一拍遅れて頭を下げる。
デイスターニア国でやった挨拶と同じことをすれば良いと思い、口を開いた時だった。
「どことなく、前の勇者様と雰囲気が似ていらっしゃるのね」
そう言ったのは、女王だった。
顔をあげて、目を見開く。
私の驚きように女王たちも驚いて、つられたように目を丸くした。
「知ってるの?お父さんの事」
自分で思っているよりも震えた声を発していた。
手を見れば、微かに指先が震えている。
恐怖は感じていない。
慄いてもいない。
ただ、村の人以外の、自分よりもうんと年上の人から聞かされる先代勇者という言葉に、何とも言いようのない気持ちになった。
挨拶をすることも、敬語で話すことも忘れる程。
王と女王は互いに顔を見合わせると、驚いた顔は笑みへと変わる。
「そう、あなたが。不思議なこともあるものね」
女王は嬉しそうに、暖かい笑みを私に向けた。
メイやセフィアとも違う笑みだ。
お母さんの記憶が私にもあれば、多分、こんな感じだったのだろうかと思うほど、その笑みは暖かく、柔らかかった。
「聞きたい事も山々だろうが、まずは、私たちの話を聞いてくれるかい?」
王の言葉に、頷いた。
不敬どころか、王も女王と同じように柔らかな笑みを浮かべていた。
それはすぐに真面目な顔になってしまったが。
「デイスターニア国が、魔族との会談を行ったという情報があってね。聞けば、きみがそれに一役買ったとか」
あの元・王様代理は、やはり書状にサインをしたという事の様だった。
「デイスターニア国は冒険者に、魔族を捕まえ、魔族の領域に返すための正式な依頼を出したと聞く。他国はデイスターニア国の兵力の援助がなくなるのではと不安な様だが、それも続けるとも声明を出していてね。ただ、それを評価しないのが、東側の国と南側の国だ」
王の言葉に、箱馬車で見た地図を思い出した。
海人族の領域に最も近い国である東側の国と、ひたすらに、砂漠が広がる南側の国。
このルーンサイト国は西側に位置しているから、と思いながら、ふと、疑問が浮かぶ。
「この国は、どうな…ん、ですか」
慣れない敬語に直そうと思いとどまりながら言葉を並べると、王と女王はまた顔を見合わせて、笑みを浮かべた。
「ああ、言葉遣いは気にしないから、普段通りに喋ってくれて構わないよ」
デイスターニアの王様は、単に面白みを求めるために。
年齢的に近いという事もあって、普段通りに喋っていた。
が、この目の前の王様たちは、歳も離れていて、恐らく王として国を治めて長いだろうに、そう言ってくれる。
土地柄の問題なのかとも思うが、甘える事にした。
「…じゃあ…そうさせてもらうわ」
私の言葉に、女王はくすくすと笑って、まるで、子供を見る親の様な顔をした。
村で見た、噴水の近くで魔法の攻防をしていたパン屋のお母さんの様な。
「この国も、ゆくゆくはデイスターニアの話にのれないか、こちらからデイスターニアに働きかけようと思っているよ」
「どうして?あのデイスターニアの元王様代理と違って、あなたたちは長く生きてるでしょ?魔族に不安とか、ないわけ?」
「そうだな。それを語るには、この国が保有している情報を、きみに知ってもらう必要があるだろう。兵士に案内をさせよう。そこで様々なことを見て、聞いておいで。それがきっと、我々の答えにあたる」
直接答えてくれない様で、王様は、扉の外で待機していたらしい兵士を呼び、案内をする様にと申し伝えた。
兵士に案内されて城を出ると、メイはほっと胸を撫でおろした。
前回とはまた違った雰囲気の謁見で、安心した様だ。
リオンはぼーっとしていて、何を考えているのかは分からない。
「これから、城下町から少し離れた場所にあるところに向かいます」
兵士が丁寧に説明をしてくれた。
城下町の端から更に西の方に、ぽつんと、大きな屋敷が建っている。
兵士が足を進めたのは、その建物に続く道だった。
どうやら建物に向かっているらしい。
「あそこには、この国で唯一の冒険者が居るんです」
「唯一?けど、冒険者ギルドの建物はあるわよね?城下町に」
「あれは、他国から来た冒険者を迎え入れるための場所の様なものなんです。これから向かうのは、代々冒険者としての仕事をしている、言わば、由緒正しい冒険者の家なんです」
個性である冒険者に、由緒正しいも何もある?と、兵士の言っている意味がわからず、メイと二人、顔を見合わせて首を傾げた。
兵士は私たちの反応を見ると「最初はそうなりますよね」と笑っていた。
この国は、王族が朗らかそうだからなのか、兵士までそうみたいだ。
防衛を任されている兵士がそれで良いのだろうかとも思う。
問題はないのだろうかと考えたが、山賊の事があった手前、問題がないはずがないと思ってしまった。
それは国の問題であって私たちの問題ではないから、口を挟まずに居ようと思った。
兵士の目的地はやはり、大きな屋敷だった。
立派な門はあるが、古くなってところどころ錆びている。
屋敷の外壁には蔦がはびこっていた。
噴水や門のすぐそばの出入り口付近は手入れをされている様で、綺麗に芝が揃えられていた。
兵士が門につけられた、魔法陣の書かれている鈴を鳴らす。
小さな音だったはずが、屋敷の敷地内からは、ゴーンという低い鐘の音が響いた。
小さな呼び鈴の音を、魔法で拡張して、それで屋敷の人間に知らせる仕組みらしい。
暫くすると屋敷の中から、グレーの髪をした少年が出てきた。
少年と言っても私やメイより少し年下なくらいだ。
青渕のメガネをかけて、襟のついたシャツにジャケットと、冒険者とは程遠い格好をしている。
どちらかと言うと、司書や物書きの様な格好だ。
兵士が言っていた冒険者というのは、彼の親の事だろうか。
「ああ、待ってました。王様から至急の取次があったから。びっくりしちゃいましたよ」
少年は、大人びた笑みを浮かべ兵士に言葉をかけると、次に、私、メイ、リオンを、観察するかの様にじっくりと眺める。
品定めというよりは、まるで、脳に焼き付ける様な集中力だ。
「今代の勇者様は、勇ましい女性なんですね。その旅の仲間はダークエルフと…魔導士かな?それとも薬師?今までにないパターンだな。しっかりと記しておかないと…」
「ちょっと、なに?どういう事?」
まじまじと見たと思ったら、次にはぶつぶつと独り言を喋り出す。
自分の世界に入ってしまった様で声をかけると、眼鏡の奥がギラリと光った。
が、すぐに、はにかんだ。
「すみません、つい。僕の癖なんです、気にしないでください。僕はキーア・ビストといいます。この国唯一のちゃんとした冒険者です」
親ではなく、彼自身が冒険者?ちゃんとしたとはどういう意味?
冒険者と呼ぶには、少しずれている気がする。
旅装束でもないし、ましてや剣を扱えそうな見た目もしていない。
現役を引退しているとはいえ、冒険者だった父親とのあまりの違いに、メイも目を丸くしていた。
「立ち話もなんですから、入ってください。王様から、あなたたちをここにお泊めするように言われているので、ルーンサイト国に滞在している間は、僕の屋敷を使ってください」
「まあ、宿探しをする必要がないのはありがたいけど…」
キーアが門を開け、中へと入る。
兵士は「私は城におりますので、城に御用の際はお声掛けください」とだけ言って、帰っていった。
キーアに案内された屋敷の中では、メイドや執事が働いていた。
キーアとすれ違うと、仰々しく頭を下げる。
キーアは私たちより年下そうだけど、大人びていて、屋敷の主ですと言われても納得してしまいそうになった。
「あんた、お父さんとかお母さんは?」
「お勤めです。今は確か…ちょうどデイスターニアで大きな動きがあったので、恐らくヘントラスに居るんじゃないかな」
「ヘントラス?!ここから結構距離あるわよね…」
デイスターニアからルーンサイトまでは馬車で来た。
デイスターニアの王都からヘントラスまでは何日か歩いた。
だから、ここからだと…
考えて、途中で途方に暮れそうでやめた。
とにかく、この少年はずっと遠いところに親がいるという事だ。
「さ、寂しくない…?」
メイが聞くと、キーアは首を横に振る。
「僕も、あなたたちよりは年下かもしれませんが、冒険者の一人ですからね。寂しくはありません。寧ろ、今回の出来事を父と母が、どのように記し、残したのかが気になります」
屈託ない笑みを私たちに向けるキーアに、私とメイは顔を見合わせる。
後ろでリオンはぼんやりとしていたけど、特に何かを聞こうとはしなかった。
天井から下がるのは、シャンデリアではなく魔術式で起動しているランタンだった。
均等に並べられたランタンが天井から赤い絨毯を照らす中を、キーアを先頭にして歩いた。
階段を一度だけ登り、廊下に沿って造られた部屋の扉をいくつか通りすぎると、キーアは足を止めた。
角部屋だった。
「ここの三つを使ってください。夕食の時には、メイドが呼びに来ますから、その時までは自由に過ごしてください。この部屋三つ、庭がよく見えて、とても景色が綺麗なんですよ」
「あ、ありがと…」
大人びた少年に気を使われて、呆気にとられた。
庭が綺麗だと言ったという事は、敢えて、この三部屋を選んだという事だ。
庭や景色を見せたくて。
なんでこんな屋敷に来たんだっけ?と、一瞬、目的を失いそうになって、はっとした。
「って、そうじゃなくて!王様が、色々見て、聞いておいでって言ったんだけど。ここは何なの?」
「ああ、そのことは明日にしましょう。長旅で疲れたんじゃないですか?山賊たちも捕まえてくれたと聞いていますから。まずは、しっかりと旅の疲れを癒してください。話はその後にしましょう」
これじゃあ、どっちが年上か分からない。
キーアに気を使われた私たちは、今日は一先ずキーアの言う通りにして、あてがわれた部屋へと入った。
部屋の中は綺麗だった。
ベッドがあって、小さな円卓と椅子もある。
窓に寄り見下ろすと、キーアの言う通り綺麗な庭が伺えた。
出入り口の門から続く庭は、噴水の周りに花が咲いていた。
複数の種類が区画ごとに分かれて咲いている様だったけど、花の名前までは分からなかった。
遠くに金色が広がっていた。
小麦をデイスターニアに輸出しているらしいけど、遠くに続く金色は、全部、小麦畑なんだろうか。
ふと、今日会ったサイトゥルの事を思い出す。
何処かで生きていればそれで良いと思っていた。
本人を目の前にして、どうしてか心臓が縮こまった。
サイトゥルに勇者と呼ばれた事が、モヤモヤして、言い表せない感情になった。
罪悪感の様な、怒りの様な、そんな、ぐちゃぐちゃとした感情だった様に思う。
これは何なの。
何でサイトゥル相手にイライラしなくちゃいけないの。
そんな事を思いながら、ただ、ぼんやりと夕日に照らされている金色の小麦畑を眺めていた。
デイスターニア国製の鎧を着た兵士はいるものの、城下町を歩くのは平服を着た人がほとんどだ。
教会や冒険者ギルドもあるけど、建物の外観はヘントラスで見た大きさに近く、デイスターニアの城下町との違いをまざまざと見せられた。
その中を城まで真っ直ぐと歩いていく。
蔦でぐるぐるに巻かれた山賊を連れて。
先方を、馭者を務めた兵士が歩き、後ろをサイトゥルが歩く。
城門まで行くと、兵士が二人、構えていた。
「お勤め、ご苦労様です」
「道中山賊を捕まえたので、引き渡しに来ました」
兵士たちがそんな会話をしているのを聞きながら、あたりを見回す。
平服を着た人たちは、リオンを見ても動じない。
動じるには山賊の方が目立ちすぎているからなのかもしれないが、皆、山賊たちに視線を向け、こそこそこと何かを話している様だった。
何を話しているのかまでは、想像もつかない。
「勇者様、お手を煩わせて申し訳ございませんでした。王があなた様にお会いしたいとおっしゃっております」
門番をしていた兵士に声をかけられた途端、うげぇ、とあからさまに、顔に出た。
「それ、会わないといけないやつ?」
「はい。お願いいたします」
デイスターニア国の時同様、面倒くさい事に巻き込まれる予感しかしない。
メイとリオンに視線を向けると、メイは緊張した面持ちで「会わなきゃだね」と口にする。
リオンはぼんやりと街を眺めていて、どうとも思っていない様だった。
「絶対会わなきゃだめなわけ?」
「はい」
嫌だ、会いたくない。
面倒なことに巻き込まれる気しかしないが助けを求められる人はいなさそうで、深いため息をついて、仕方なく頷いた。
門番の一人が山賊たちを何処かへと連れて行き、それを見送る。
「こちらです」
もう一人の門番がそう言うと、私たちを城の中へと通した。
山賊を連れた門番が戻るまでの間は、馭者を務めた兵士が門を見る様だったが、サイトゥルは、私たちが城の中に入るのを城門前で見ているだけだった。
案内された城の中は、デイスターニア国と同じで煌びやかだった。
違うところと言えば、シャンデリアのデザインだとか、灯りが少しだけ暖かみのある色をしているとか、その程度だ。
大理石の壁も、赤い絨毯も、天井から下がるシャンデリアも、見ていてむず痒くなるのは変わらない。
いっそう大きな扉の前まで通された。
ここが玉座の間の可能性が高いということは、デイスターニア国の時に学んだことだ。
兵士がまず部屋に入る。
王様とやらに、私たちが到着した事を話しているんだろう。
「は、ハイシア…ふ、不敬罪…」
メイが恐々とした顔をして、私の服の袖を遠慮がちに引っ張る。
本当に私の事をなんだと思っているんだろう、この子は。
そうは思うものの、前回メイの眼前で盛大にやらかしているから、任せなさいよとは言えなかった。
最悪、何かあっても逃げられるが、面倒なことになるのは明らかだ。
頑張って王様の前で取り繕うのと、国を追われて逃亡劇を繰り広げるの、どちらが面倒くさくないかを考えて、セフィアが言った言葉を思い出す。
――面倒くさいと言いながら、自分に降りかかる最悪の面倒くさい事を避けるために、敢えて小さな面倒くさい事に首を突っ込む。あなたは、そういう人でしょう
心当たりがありすぎて言い返せなかったが、まさにその通りだと、口元を引きつらせた。
「今回喋らない方が良い?もしかして」
「オマエ、それ、無理だ」
口もとを引きつらせたまま聞く私に、リオンはぼんやりとした目のまま、けれど、すかさず返してきた。
「我慢、多分、無理だ」
「そうだけど!」
即答した理由が『勇者だから』ではなく、我慢が出来ないだろうからっていうところを聞くと、ちょっと腹も立つが、リオンは私の事をよく分かっているとも思えてしまう。
扉が開いて、中から、私たちを案内した兵士が顔を出す。
「どうぞ、お入りください」
当たり障りのない笑みを浮かべて私たちを部屋の中へ招き入れた兵士は、私たちが部屋に入ったのを確認すると、自分は外に出て扉を閉めた。
デイスターニア国と同じように、中央に赤い絨毯が敷かれ、奥には玉座が二つ並んでいた。
玉座に座っているのは、中年の男性と女性だった。
歳の割にふさふさの、短いくすんだ金髪に、ブルーの瞳をした王は、格好こそ王様の様に大きなマントをつけているが、清潔感があり、体格もでっぷりとはしていない。
女王も優し気な目元をして、綺麗だが目に眩しくないドレスを着ていた。
ブラウンの髪はシャンデリアに照らされて、艶やかだ。
もっと傲慢で、もっとでっぷりとして、何ならじゃらじゃらとした指輪を四つくらいはつけているだろうと思っていただけに、拍子抜けである。
「きみが、今代の勇者か」
落ち着いた声色をする王に、やっぱり、一拍遅れて頭を下げる。
デイスターニア国でやった挨拶と同じことをすれば良いと思い、口を開いた時だった。
「どことなく、前の勇者様と雰囲気が似ていらっしゃるのね」
そう言ったのは、女王だった。
顔をあげて、目を見開く。
私の驚きように女王たちも驚いて、つられたように目を丸くした。
「知ってるの?お父さんの事」
自分で思っているよりも震えた声を発していた。
手を見れば、微かに指先が震えている。
恐怖は感じていない。
慄いてもいない。
ただ、村の人以外の、自分よりもうんと年上の人から聞かされる先代勇者という言葉に、何とも言いようのない気持ちになった。
挨拶をすることも、敬語で話すことも忘れる程。
王と女王は互いに顔を見合わせると、驚いた顔は笑みへと変わる。
「そう、あなたが。不思議なこともあるものね」
女王は嬉しそうに、暖かい笑みを私に向けた。
メイやセフィアとも違う笑みだ。
お母さんの記憶が私にもあれば、多分、こんな感じだったのだろうかと思うほど、その笑みは暖かく、柔らかかった。
「聞きたい事も山々だろうが、まずは、私たちの話を聞いてくれるかい?」
王の言葉に、頷いた。
不敬どころか、王も女王と同じように柔らかな笑みを浮かべていた。
それはすぐに真面目な顔になってしまったが。
「デイスターニア国が、魔族との会談を行ったという情報があってね。聞けば、きみがそれに一役買ったとか」
あの元・王様代理は、やはり書状にサインをしたという事の様だった。
「デイスターニア国は冒険者に、魔族を捕まえ、魔族の領域に返すための正式な依頼を出したと聞く。他国はデイスターニア国の兵力の援助がなくなるのではと不安な様だが、それも続けるとも声明を出していてね。ただ、それを評価しないのが、東側の国と南側の国だ」
王の言葉に、箱馬車で見た地図を思い出した。
海人族の領域に最も近い国である東側の国と、ひたすらに、砂漠が広がる南側の国。
このルーンサイト国は西側に位置しているから、と思いながら、ふと、疑問が浮かぶ。
「この国は、どうな…ん、ですか」
慣れない敬語に直そうと思いとどまりながら言葉を並べると、王と女王はまた顔を見合わせて、笑みを浮かべた。
「ああ、言葉遣いは気にしないから、普段通りに喋ってくれて構わないよ」
デイスターニアの王様は、単に面白みを求めるために。
年齢的に近いという事もあって、普段通りに喋っていた。
が、この目の前の王様たちは、歳も離れていて、恐らく王として国を治めて長いだろうに、そう言ってくれる。
土地柄の問題なのかとも思うが、甘える事にした。
「…じゃあ…そうさせてもらうわ」
私の言葉に、女王はくすくすと笑って、まるで、子供を見る親の様な顔をした。
村で見た、噴水の近くで魔法の攻防をしていたパン屋のお母さんの様な。
「この国も、ゆくゆくはデイスターニアの話にのれないか、こちらからデイスターニアに働きかけようと思っているよ」
「どうして?あのデイスターニアの元王様代理と違って、あなたたちは長く生きてるでしょ?魔族に不安とか、ないわけ?」
「そうだな。それを語るには、この国が保有している情報を、きみに知ってもらう必要があるだろう。兵士に案内をさせよう。そこで様々なことを見て、聞いておいで。それがきっと、我々の答えにあたる」
直接答えてくれない様で、王様は、扉の外で待機していたらしい兵士を呼び、案内をする様にと申し伝えた。
兵士に案内されて城を出ると、メイはほっと胸を撫でおろした。
前回とはまた違った雰囲気の謁見で、安心した様だ。
リオンはぼーっとしていて、何を考えているのかは分からない。
「これから、城下町から少し離れた場所にあるところに向かいます」
兵士が丁寧に説明をしてくれた。
城下町の端から更に西の方に、ぽつんと、大きな屋敷が建っている。
兵士が足を進めたのは、その建物に続く道だった。
どうやら建物に向かっているらしい。
「あそこには、この国で唯一の冒険者が居るんです」
「唯一?けど、冒険者ギルドの建物はあるわよね?城下町に」
「あれは、他国から来た冒険者を迎え入れるための場所の様なものなんです。これから向かうのは、代々冒険者としての仕事をしている、言わば、由緒正しい冒険者の家なんです」
個性である冒険者に、由緒正しいも何もある?と、兵士の言っている意味がわからず、メイと二人、顔を見合わせて首を傾げた。
兵士は私たちの反応を見ると「最初はそうなりますよね」と笑っていた。
この国は、王族が朗らかそうだからなのか、兵士までそうみたいだ。
防衛を任されている兵士がそれで良いのだろうかとも思う。
問題はないのだろうかと考えたが、山賊の事があった手前、問題がないはずがないと思ってしまった。
それは国の問題であって私たちの問題ではないから、口を挟まずに居ようと思った。
兵士の目的地はやはり、大きな屋敷だった。
立派な門はあるが、古くなってところどころ錆びている。
屋敷の外壁には蔦がはびこっていた。
噴水や門のすぐそばの出入り口付近は手入れをされている様で、綺麗に芝が揃えられていた。
兵士が門につけられた、魔法陣の書かれている鈴を鳴らす。
小さな音だったはずが、屋敷の敷地内からは、ゴーンという低い鐘の音が響いた。
小さな呼び鈴の音を、魔法で拡張して、それで屋敷の人間に知らせる仕組みらしい。
暫くすると屋敷の中から、グレーの髪をした少年が出てきた。
少年と言っても私やメイより少し年下なくらいだ。
青渕のメガネをかけて、襟のついたシャツにジャケットと、冒険者とは程遠い格好をしている。
どちらかと言うと、司書や物書きの様な格好だ。
兵士が言っていた冒険者というのは、彼の親の事だろうか。
「ああ、待ってました。王様から至急の取次があったから。びっくりしちゃいましたよ」
少年は、大人びた笑みを浮かべ兵士に言葉をかけると、次に、私、メイ、リオンを、観察するかの様にじっくりと眺める。
品定めというよりは、まるで、脳に焼き付ける様な集中力だ。
「今代の勇者様は、勇ましい女性なんですね。その旅の仲間はダークエルフと…魔導士かな?それとも薬師?今までにないパターンだな。しっかりと記しておかないと…」
「ちょっと、なに?どういう事?」
まじまじと見たと思ったら、次にはぶつぶつと独り言を喋り出す。
自分の世界に入ってしまった様で声をかけると、眼鏡の奥がギラリと光った。
が、すぐに、はにかんだ。
「すみません、つい。僕の癖なんです、気にしないでください。僕はキーア・ビストといいます。この国唯一のちゃんとした冒険者です」
親ではなく、彼自身が冒険者?ちゃんとしたとはどういう意味?
冒険者と呼ぶには、少しずれている気がする。
旅装束でもないし、ましてや剣を扱えそうな見た目もしていない。
現役を引退しているとはいえ、冒険者だった父親とのあまりの違いに、メイも目を丸くしていた。
「立ち話もなんですから、入ってください。王様から、あなたたちをここにお泊めするように言われているので、ルーンサイト国に滞在している間は、僕の屋敷を使ってください」
「まあ、宿探しをする必要がないのはありがたいけど…」
キーアが門を開け、中へと入る。
兵士は「私は城におりますので、城に御用の際はお声掛けください」とだけ言って、帰っていった。
キーアに案内された屋敷の中では、メイドや執事が働いていた。
キーアとすれ違うと、仰々しく頭を下げる。
キーアは私たちより年下そうだけど、大人びていて、屋敷の主ですと言われても納得してしまいそうになった。
「あんた、お父さんとかお母さんは?」
「お勤めです。今は確か…ちょうどデイスターニアで大きな動きがあったので、恐らくヘントラスに居るんじゃないかな」
「ヘントラス?!ここから結構距離あるわよね…」
デイスターニアからルーンサイトまでは馬車で来た。
デイスターニアの王都からヘントラスまでは何日か歩いた。
だから、ここからだと…
考えて、途中で途方に暮れそうでやめた。
とにかく、この少年はずっと遠いところに親がいるという事だ。
「さ、寂しくない…?」
メイが聞くと、キーアは首を横に振る。
「僕も、あなたたちよりは年下かもしれませんが、冒険者の一人ですからね。寂しくはありません。寧ろ、今回の出来事を父と母が、どのように記し、残したのかが気になります」
屈託ない笑みを私たちに向けるキーアに、私とメイは顔を見合わせる。
後ろでリオンはぼんやりとしていたけど、特に何かを聞こうとはしなかった。
天井から下がるのは、シャンデリアではなく魔術式で起動しているランタンだった。
均等に並べられたランタンが天井から赤い絨毯を照らす中を、キーアを先頭にして歩いた。
階段を一度だけ登り、廊下に沿って造られた部屋の扉をいくつか通りすぎると、キーアは足を止めた。
角部屋だった。
「ここの三つを使ってください。夕食の時には、メイドが呼びに来ますから、その時までは自由に過ごしてください。この部屋三つ、庭がよく見えて、とても景色が綺麗なんですよ」
「あ、ありがと…」
大人びた少年に気を使われて、呆気にとられた。
庭が綺麗だと言ったという事は、敢えて、この三部屋を選んだという事だ。
庭や景色を見せたくて。
なんでこんな屋敷に来たんだっけ?と、一瞬、目的を失いそうになって、はっとした。
「って、そうじゃなくて!王様が、色々見て、聞いておいでって言ったんだけど。ここは何なの?」
「ああ、そのことは明日にしましょう。長旅で疲れたんじゃないですか?山賊たちも捕まえてくれたと聞いていますから。まずは、しっかりと旅の疲れを癒してください。話はその後にしましょう」
これじゃあ、どっちが年上か分からない。
キーアに気を使われた私たちは、今日は一先ずキーアの言う通りにして、あてがわれた部屋へと入った。
部屋の中は綺麗だった。
ベッドがあって、小さな円卓と椅子もある。
窓に寄り見下ろすと、キーアの言う通り綺麗な庭が伺えた。
出入り口の門から続く庭は、噴水の周りに花が咲いていた。
複数の種類が区画ごとに分かれて咲いている様だったけど、花の名前までは分からなかった。
遠くに金色が広がっていた。
小麦をデイスターニアに輸出しているらしいけど、遠くに続く金色は、全部、小麦畑なんだろうか。
ふと、今日会ったサイトゥルの事を思い出す。
何処かで生きていればそれで良いと思っていた。
本人を目の前にして、どうしてか心臓が縮こまった。
サイトゥルに勇者と呼ばれた事が、モヤモヤして、言い表せない感情になった。
罪悪感の様な、怒りの様な、そんな、ぐちゃぐちゃとした感情だった様に思う。
これは何なの。
何でサイトゥル相手にイライラしなくちゃいけないの。
そんな事を思いながら、ただ、ぼんやりと夕日に照らされている金色の小麦畑を眺めていた。
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