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九話

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 帰宅早々にそれぞれ戦いの汗を流し、ラフな格好へと着替えると、四人はリビングに集まっていた。
 今回の任務の反省点もそうだが、それよりも話の中心は、タリヤにあった。

「第二ジョブの発現…ですの?」

 不安気なサイリの言葉に、タリヤは深く頷いた。

「アーチェスさんが、どうしてパーティーメンバーを入れ替えてたのか聞いたんだけど、彼女には、彼女なりの理由がちゃんとあって。それで思ったんだよね。選択肢は多い方がいいのかなって」
「選択肢?どういう事ですの?」

 サイリの問いかけに、タリヤは穏やかな表情で頷く。

「今回の任務で、シーフの重要性を改めて認識出来たっていうか。私はシーフでいいし、シーフの能力が、このパーティーにも必要な時があるっていうことは分かったの。だけど、それだけじゃなくて。色んな事が出来たら良いなって」
「色んな事…」

 タリヤの言葉を、サイリは噛み締める様にオウム返しする。
 トラスは何も言わないが、あまり納得はいっていない様だった。
 対してレンは、どこか、余裕を漂わせる様な表情をして聞いていた。

「あのダンジョンを再攻略するには、他にも必要なんだと思う」

 真っ直ぐと三人を見つめるタリヤの決意は固いものだった。
 チームワークだけではいつか躓く時が来る。
 そうなった時、ジョブの相性というのはどうしても欠かせない要素になってくる。
 今の状況に満足出来ないわけではないが、タリヤにとって、第二ジョブの発現を試みるという結論は、パーティーのために苦し紛れに出した決断から、より自身とパーティーを高めるためという目標に切り替わっていた。

「あのダンジョンのためか」

 やはり納得がいっていないのか、トラスは、微かに眉間にしわを寄せる。

「そうでもあるし、それだけじゃない。自分のためでもあるよ」

 穏やかに、けど、諦めなど一切含んでいない笑みに、トラスはそれ以上何も言わない。
 かわりに、眉間によっていたしわがなくなる。

「このパーティーには、当然、残ってくださるんですのよね?」

 なおも不安気な表情で、こわごわと口にするサイリに、タリヤは深く頷く。

「もちろん」

 こうも言いきられてしまっては、サイリも、トラスも、タリヤの考えを呑むしかないようだ。
 二人の表情が、安堵からか緩んでいく。

「明日、魔道具買って来ようと思うんだ。まあ、それでだめだったら、第二ジョブの発現についての研究資料とかも、少し漁ってみるつもり。それでもだめなら、潔くシーフの能力により磨きをかけるよ」

 空間もある程度把握できて、消えたと人に思われるほど足も速くなった。
 薬草なんかの回収の手際もよくなり、それ以上、一体どの要素を詰めていけば良いのか、正直それはタリヤにもわからない。
 だが、何かしら、次に向けて形にしていきたいという希望だけは、確かにタリヤの中にあった。

「透視…でも挑戦してみようかな」
「いやいや、難解すぎるっすよ、タリヤ姉…」
「あはは、流石にそれは冗談だよ、うん、半分くらい」
「半分は本気なやつ!!」

 ぽつりと出てきた言葉にレンが突っ込みを入れる。
 そのやり取りがタリヤにとっては楽しいもので、笑みが零れた。



   ***



 その日の夜は、高難易度の依頼を終わらせたという事もあり、少しばかり豪華な食事となった。
 レンの好物や、サイリの故郷の料理、トラスも珍しく食べたいものがあり、タリヤの好物と共にそれらが食卓に並んだ。
 時間の歪みのせいなのか、一週間と言われてもそれだけの疲労は感じなかったが、やはり、任務終わりなのもあって、みんな眠りにつくのは早かった。
 そんな中、タリヤは一人庭に足を運んでいた。
 シーフの能力は使わず、ただぼんやりと星を眺める。
 パーティーが有名になるにつれ、シーフという能力と世間からの目に俯いていたのが、なんだか嘘のようだ。
 勿論悩んだことは嘘ではないし、その悩みを抱えながら、まるっきり考え方の違うパーティーと合同任務にあたったからこそなのだが。

 アーチェスはティオルたちに、ちゃんと話が出来ただろうか。
 彼女が思っている事を聞いて、ティオルたちは何を思うだろうか。
 そういえば、子供だと言った事を謝っていなかった様な。

 思い出しては、一人、苦笑いを浮かべた。

「風邪を引くぞ」

 突然聞こえた声と同時に、肩に何かがかけられる。
 何をかけられたのかと視線を下げると、トラスのジャケットが見えた。
 ふと顔をあげる。
 予想以上にトラスの顔が近くにあり、タリヤは目を見開いた。

「トラス…?」

 そういえば、あの日の夜も、それからダンジョン内でも、気が付けばトラスは近くにいて、距離が少しだけ、他とは違う気がしたことを思い出す。
 普段は表情を見せない金色の瞳が、優し気に自分を見下ろしている事を改めて意識して、心臓が小さく音を立てた。

「お前が、パーティーに残ると決めてくれてよかった」
「あ…うん、ごめんね。あの時は、色々迷ってて」
「あのダンジョンの中で、不覚にも慄いた時、タリヤ、お前がそばに居てくれてよかったと思っている」
「…うん」

 じっと、一ミリも目を逸らさずトラスの口から出てくる言葉に、どうにも気恥ずかしさを覚えてしまう。
 それでも何故か視線を逸らせない。

「お前はいつも、俺を助けてくれる」

 俺ではない事に妙な引っかかりを覚えた。
 ただそれは嫌悪や怪訝ではなく、なんだかちょっぴり甘いものの様に感じてしまうタリヤに、トラスは、更に顔を近づける。
 少しでも息を漏らせば、トラスの顔に息がかかってしまいそうなほどの距離に、顔が熱くなっていくのを感じた。

「あ、あの…トラス…?ち、近い…」
「ああ、近づけてるからな」

 目の前が金色一色になる。
 タリヤの心臓は、小さい音だったはずが今は破裂しそうな程大きなものになっている。
 頬が熱く、僅か、期待でもしてしまいそうな自分がいる事がまた恥ずかしい。
 恥ずかしいが、身をのけ反ってでも引くという事が、タリヤには出来なかった。

「こんな事を言うのは、俺らしくないと思うだろうが」

 トラスの吐息が唇を震わせた。
 微かに、細く吐き出されていく。
 金色の瞳が薄く開かれる。

「どうか、これからも俺のそばに、居て欲しい。そう思う」

 そう、切なげにつぶやかれた。
 とうとうタリヤの方が耐えられなくなりそうだった。
 熱くなった顔が、より熱を持つ。
 恐らくは真っ赤だ。
 心臓はバクバクと音を立てて、体中の血液という血液が循環速度を速めていく。
 頭の中だけがパニックになりそうだ。

「タリヤ・アージャー…君が好きだ」

 タリヤの鼓膜を揺さぶる声は、甘くはない。
 やはり切ないものだった。
 なんと答えるべきなのか、一瞬で判断がつかないまま、トラスは顔を離す。
 タリヤが見たトラスは、頬を赤くして、さっきまで見つめていたはずの目は恥ずかしさからなのか、逸らされていた。

「返事は…その、今度で良い。お前も疲れているだろうから、早く寝ると良い」

 そう言って、一足先に部屋に戻るトラスを、タリヤはぼうっと眺めていた。

 夜風が優しく、タリヤの火照った頬を撫ぜる。
 トラスの言葉が頭の中をぐるぐるとまわって、次第に現実味を帯びてく。
 どういうことなのか、流石にタリヤでも理解が出来る。
 その好きが、どんな意味なのかを。
 あんなにトラスが感情を顕わにするなんて、そうそうない――なくもない、か、と考え直す。
 相変わらず、付き合いが浅い人では変化を読み取れないだろうが、それでも専門学校時代に比べると、表情豊かになった方だ。
 しかし、今のは多分、誰が見ても、分かる様な変化だった。

「え、あ…う…」

 トラスの言葉が、していた表情が、じわじわと効いてくる。
 遅効性の毒なのか、薬なのか。
 タリヤは誰も居ない庭で、しどろもどろになった。

 少し離れたリビングでは、寝たはずのレンとサイリが、互いに顔を見合わせて肩を竦めていた。
 この二人がどんな道に進むのか―というより、タリヤが、トラスの異常な距離の近さを拒否しない時点で、決まったも同然なのだが―タリヤがいつ自覚をするのか、トラスのやきもきとしたものは続くのか、レンもサイリも、楽しみで仕方がないようだった。

 こうして、トラス・ラージ率いるパーティーは、一つ、難局を乗り越え成長したわけである。
 その後の二人がどうなったのかは、また別のお話。
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