Aランクパーティーから追放されるかと思いきや、溺愛されています

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第二ジョブの発現

一話

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 タリヤ、トラス、サイリ、レンの四人は、リビングにあるテーブルに置かれた魔法具を、そろって眺めていた。
 タリヤが緊張した面持ちで、拳を握り、ごくりと固唾を飲む。
 サイリとレンが互いに顔を見合わせて首を傾げ、トラスは、タリヤの表情をまじまじと見つめた。
 テーブルに置かれた魔道具は、巻物の端を巻いた、不思議な羊皮紙の様なデザインをしていた。
 中央には魔法陣が描かれており、その魔法陣は緑色に染まっている。
 魔法陣の上には枠が描かれ、枠の中に第一ジョブの名称が記載される仕様の様で、枠の中には『シーフ』と書かれていた。
 魔法陣の下にも同じように枠があるが、そこには、まだ何も記載されていない。
 四人の目の前にある魔法具は、タリヤが合同任務の報酬としてもらったお金で買った、第二ジョブの発現を促す魔法具だ。
 発現が成功すると、第二ジョブの名称が浮かび上がり、魔法陣の色も、上がシーフの緑と、下半分が第二ジョブのイメージになる色へと変化し、見事なグラデーションになる。
 勿論それらはの話である。
 皆がこうしてリビングに集まって、もう、三時間になる。
 タリヤは、自分で買ったその魔法具を前に、いつまでも、緊張した面持ちでそれを見続けていた。
 勿論、タリヤが三人にお願いして集まったわけではない。
 約束をする事もなく、自然とこうして集まった。

「…ふぅ…」

 タリヤが深呼吸をする。
 サイリも、トラスも、レンも、とうとうこの瞬間が来たのかと、期待と不安が入り混じる眼差しをタリヤに向けた。



   ***



 遡る事一週間前。
 アーチェスたちとの合同任務の翌日、つまり、トラスがタリヤに告白した翌日の事だ。
 合同任務の翌日なのもあってか、皆の朝はそこまで早くなかった。
 珍しくばらばらで朝食をとり、それぞれ、好きなことをする。
 サイリは合同任務で赴いたダンジョンで手に入れた鉱石や薬草を早速錬金術で試していた。
 レンは日課の訓練に勤しんでいた。
 そしてトラスはと言うと――

「…あ、あの…?近くないかな…?」

 お昼の支度をしようとキッチンに立つ、エプロンをつけたタリヤの手伝いをしに来たのか、それとも邪魔をしに来たのか、まじまじと、タリヤを眺めていた。
 トラス本人はいたっていつもと変わらないつもりの様だが、その頬は真っ赤だ。
 真っ赤な頬で、真面目な、いつもと変わらない表情をしている。
 だが、しかし、タリヤに告白の返事を貰いに来たわけでもないようで、そのことについては一切触れようとしなかった。
 距離がいつもより近いだけで。

「あの、トラス。危ないよ」

 対して、包丁を持っているタリヤはあまりにも近い距離で見つめられ、視線を泳がせた。
 思い出すのは、前日の夜の事。
 星と月明かりの中で、視界いっぱいに広がる吸い込まれそうな金色の瞳。
 甘くはない、切ない声で囁かれたトラスの気持ち。
 そしてその後に見せた、真っ赤な顔。
 思い出して、今でも見つめ合ってしまいそうになって慌てて視線を逸らす。
 手に持っているのは包丁だ。
 うっかりなんて話になったら一大事である。

「今日の昼は何だ」
「え?」

 至近距離で聞くような内容ではないのだが、トラスはやはり、タリヤに、真っ赤な顔を近づけたままだ。
 問いかけられた言葉がなんてことない日常会話にありそうな内容で、反射的にタリヤは逸らした視線をトラスに向けた。
 トラスと視線がかち合う。
 金色の瞳に、前夜と同じように吸い込まれる様な感覚に陥った。
 目が逸らせない。
 引力の様な何かが働いているのだろうかと思うほどだ。
 その輝きは前夜とは違い人工光に照らされた鈍いものだが、それでも、人を魅了するには十分な輝きを放っている様に見える。

「…すまない」

 ふ、とトラスが視線を逸らし、キッチンから出ていく。
 顔どころか、耳まで真っ赤にして。

「あらあら、睨めっこはタリヤの勝ちですわね。それにしても、トラスがヘタレだったなんて、わたくし、心配以外のなにものでもありませんわよ。まあ、今に始まった事じゃありませんけれども」

 いつの間にかキッチンの様子を二階の踊り場から眺めていたサイリが、にやにやと、まるで煽る様な笑みで言った。

「はいはい、それ、トラスに言ったらダメっすよ。大喧嘩になってタリヤ姉が大変な事になるっすからね~」

 レンもまた同じように、二階の踊り場から眺めていた一人だった。
 ぷ、と吹き出すものの、わざと煽る様な事はしないらしい。
 レンは前日、トラスをたきつけた事で満足したらしかった。
 一階にある自室に戻るトラスの背中は、ガラにもなく丸まっていた。

 キッチンでは、タリヤが微かに顔を赤くしながらも何とか昼食を作るため作業に集中する。
 今日の昼食当番であるタリヤが準備したのは、ビーフとチキン、玉子がたっぷりのサンドウィッチだ。
 レタスとトマトを挟んだものもある。
 前日の夜にちょっとしたパーティーの様な状態になった事もあって、軽めのご飯が良いだろうと考えた。
 包丁は、まあ、具材を切るために使うだけだったため、実際の作業で使う時間は短かったのだが、不用意にトラスが近づいてきたために危険度が上がったとでも言うか。
 サンドウィッチの断面を綺麗に切り、皿に盛り付けるとテーブルへと運ぶ。
 タリヤが二階の部屋へと続く踊り場へ視線を向けると、微笑んでいるサイリが降りてくる。
 レンは、先ほどまでの煽るようなニヤついた笑みから、一瞬での笑みに切り替えたサイリに口元を引きつらせたが、すぐにサイリを追いかける様にして一階へと降りた。

「トラス呼んでくるね?よかったら先に食べててくれる?」
「はぁ~!綺麗な断面!具もたっくさん!流石ですわタリヤ!」

 サイリが盛り付けられたサンドウィッチ一つにでさえ、感動している――というよりは、いつもと同じく暴走しだす。
 レンはそれを横目に席に座ると、早速サンドウィッチにかぶりついた。
 サンドウィッチを両手にして天を仰ぐサイリ、かぶりついて「うまいっす」と言うレン。
 タリヤは二人の反応の差に苦笑してから、部屋に戻っていったトラスを呼ぶべく、一階にある、トラスの部屋の前へと向かった。

 リビングから続く廊下を少しだけ歩くと、トラスとレンの部屋が、それぞれ向かいにある。
 その更に奥にはレンとトラスがよく使っている訓練ルームと、シャワールームがある。
 タリヤは、トラスの部屋の前で止まり扉を軽くノックした。

「トラス、昼食出来たよ?」

 声をかけると、中からガタンッという大きな音がした。
 タリヤが驚き慌ててドアノブに手を伸ばすと、開けるよりも先に中から扉が開けられた。
 出てきたトラスは平静を装っているが、髪がやや乱れ、頬も微かに赤かった。

「あの、トラス…?中からすごい音がしたけど…大丈夫?」
「問題ない」

 そう言って、トラスは何事もなかったかの様にリビングへと向かう。
 トラスがそう言うなら、と、タリヤもまた、トラスの後をおってリビングに向かった。
 当然、サイリは大笑いせん勢いで肩を震わせていたし、レンも、トラスを直視する事は出来なかった。
 ダンジョンに入っていないにも関わらず距離を詰めたり、動揺したり、平静を装ったり。
 まるでトラスの行動は、初めての感情に振り回されている様だった。
 タリヤはそんな事を考えて、そんな状態を引き起こしているのが自分に対する感情だと思うと、頬が熱くなる。
 だが、それが単なる照れなのか、それとも違うものなのか、まだ、分からなかった。



   ***



 昼食をとった後、タリヤは町の魔法具店に足を運んだ。
 様々な魔法具の中でも、冒険者協会の研究者たちが日々研究を重ねて開発された魔法具を扱う専門店であるその場所は、以前、タリヤが一度足を運んだ店だ。
 冒険者協会が運営をしている、冒険者になるための専門の学校に息子が通っていると、以前、女主人は話していた。

「いらっしゃい――おや?あんた…」

 今日も店番をしている恰幅の良い女主人がタリヤに視線を向け、一瞬心配そうに眉を寄せる。
 タリヤは女主人に柔らかい笑みを浮かべると、彼女は安心した様に深く頷いて、タリヤに笑みを返した。
 店の出入り口から、続いてトラスとサイリ、レンも店内に足を踏み入れた。

「今日はお仲間と来たんだね」
「はい。あの時はありがとうございました」

 タリヤは女主人に頭を下げた。
 行き詰まり、焦りから第二ジョブの発現を促す魔法具を買いに来た時、仲間によく相談した方が良いと説いたのは、外ならぬこの女主人だ。
 あのまま焦って魔法具を購入していたら、きっと今頃後悔していただろうと思うとお礼を言わずにはいられない。

「何かあったんですの?」

 すかさずサイリがタリヤに問いかけると、タリヤは、初めてこの店に足を運んだ時の事をサイリに話して聞かせた。
 初めてタリヤが店に訪れた日、第二ジョブの発現を促す魔法具を購入しなかった事、女主人が仲間にちゃんと相談した方が良いと言ってくれたおかげで、三人に自分が思っている事を話す決心ができた事。
 タリヤがサイリに話した事は、近くにいたトラスとレンの耳にも、もちろん届く。

「このパーティーが前に進めたのは、あなたのおかげでしたのね。わたくしからもお礼申し上げますわ」

 サイリも女店主に頭を下げると、タリヤに説いた当の本人は「何言ってんだい」と笑った。

「決心をしたのは、ほかならぬこの子だろう?あたしゃ、そうだねぇ、歳の功だよ。ただちょっとしたお節介をしただけだからね。それより、今日はどうしたんだい?」
「第二ジョブの発現の魔法具を買いに来たんです」
「そうかい」

 女主人が頷いて、タリヤをまじまじと見る。
 そして、納得した様に頷いた。

「今のあんたなら、大丈夫そうだね」

 女主人は、タリヤが焦りや不安から魔道具に手を出そうとしているのではなく、新しい一歩を踏み出すため、前向きな気持ちでこの店にやってきた事を見抜いている様だった。

 それから暫く、四人は店内を見て回った。
 協会認定の研究機関が製造している魔道具を扱う店なだけあって、値段はするが、効果は協会のお墨付きだ。
 サイリは錬金術に使う道具が並ぶコーナーへ、レンは、様々な効果付与コーティングがされた盾が並ぶコーナーへと足を運んだ。
 トラスは、タリヤと共に第二ジョブ発現を促す魔法具が並ぶコーナーに居た。
 第二ジョブの発現を促す魔法具は幾つか種類があり、製造された年が違うほか、製造した研究機関が違うものなども並んでいる。
 真剣な眼差しで、一つ一つ、タリヤは商品を手にとって製造年月日と製造している機関を確認していく。
 自分の今後を左右するかもしれない道具。
 しかも、発現するかどうかも不明な状態で買うのだ。
 吟味もしたくなる。
 トラスはタリヤの真剣な横顔に視線を向けてから、同じように、商品を手に取った。
 製造年月日が新しいものの方が、どの研究機関から出ているものであってもより高い値段になっているのはそうだが、トラスが見ていたのは、研究機関の名前だった。
 中には複数の研究機関が合同で出しているものもある。

「…これはどうだ」

 トラスが商品を手に取ってタリヤに手渡す。
 製造年月日が比較的新しく、研究機関は中央の機関のものだった。

「冒険者協会の本部が中央にある関係で、中央の研究機関が、第二ジョブ発現の研究においては一番進んでいるという」

 随分と詳しいなとタリヤは思いながら、トラスの説明を聞き、商品の値札もしっかりと確認をした。
 合同任務の報酬として冒険者協会から支払われた額はかなりのものだった。
 トラスが手にした第二ジョブ発現の魔法具の値段は予算の範囲内でもある。

「うん、じゃあこれにしようかな」

 タリヤが「ありがとう」と微笑むと、トラスは、頬を赤らめて視線を逸らした。
 錬金術師向けの魔法具が並ぶ売り場からはサイリが、盾師シールダー向けの売り場からはレンが、それぞれ二人の様子を見てはニヤついていた。
 何なら女主人もタリヤとトラスの様子を見ていたが、女主人に関しては、まるで母親の様な顔をしていた。

 そうして魔道具を購入してから、使用するまでに一週間の間があった。
 それはタリヤの決意が揺らいだわけではなく、第二ジョブについての話し合いが四人の間で入念に行われたからだ。
 発現しなければ今までと同じ連携の取り方で構わないが、もし発現に成功したのであれば連携の取り方も変わってくる。
 どのジョブなら、どう動くか。
 それを話し合ったのが前半の四日間。
 後半は…
 タリヤの心の準備期間だった訳である。



   ***



 そうして一週間を過ごして、冒頭に戻るわけだが。
 深呼吸をしたタリヤが、三人に視線を向ける。

「じゃあ、やるね」

 サイリもレンも、そしてトラスも頷いた。
 タリヤが緊張をほぐす様に軽く肩を上下させ、それから、テーブルに置かれた魔法具の上に手をかざし、手のひらに魔力を集中させる。

 魔法具に変化があったのは、それからものの数秒だ。
 全体がグリーンだった魔法陣の色合いは、下側から少しずつ、朱色が浸食していく。
 それは、タリヤが第二ジョブの可能性を秘めている事を示していた。
 だが、変化があったのは魔法陣だけで、ジョブ名が記載されるはずの四角い枠に変化はない。
 第二ジョブ発現の魔法具と一緒に入っていた仕様書には、魔力を送り込む時間も、おおよそだが記載されていた。
 仕様書によると、魔力を送り込む時間はわずか三十秒ほどだ。
 タリヤが魔力を流して一分ほどしても、枠にジョブ名の記載はされなかった。
 手のひらに魔力を集める事をやめ、その手を、魔法具のそばに置く。
 魔法陣はやはり、グリーンと朱色のグラデーションで、上部の枠には『シーフ』と記載されているが、下部の枠組みに記載はないままだ。

「どういう事っすか?これ」

 レンがタリヤの代わりに質問をする。
 当然質問されたところで全員が同じ気持ちだろうから、誰も答えられなかった。
 サイリがそばに置いていた仕様書に手をのばし、ぺらぺらと捲っていく。
 協会が認定した研究機関が製造している物だから不良品という事はないだろうが、それでも、予想外の出来事にタリヤは首を傾げた。

「さっぱりですわね。仕様書にも記載されていませんし」
「協会に行って、情報を集めた方が良いだろう」

 トラスの提案は最もだ。
 第二ジョブの発現を夢見て魔道具を購入するシーフは、なにもタリヤだけではない。
 実際に魔道具で第二ジョブを発現させたシーフや、シーフでなくとも、一般的なジョブを有して生まれた冒険者は少なくないはずだ。
 そしてそんな冒険者が自然と集まるのは、やはり、冒険者協会本部である。

「あんまり落ち込んでないんすね、タリヤ姉」
「うん。魔法陣に変化があったって事は、私の中にもちゃんと、第二ジョブの可能性があるんだってわかったから。それだけでも今は十分な情報だよ」

 レンの言葉にそう答えるタリヤは微笑んでいた。
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