記憶は返事にこたえない

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1幕

1-3

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 ゴイチはワゴン車の後部座席に座っていた。腕には枷が付けられ、頭には袋をかぶせられている。隣にはカナミも座っていた。そしてその後ろの座席には、ゴイチと同じく枷を付けられ、袋をかぶせられていた。

 ゴイチは耳に入る情報を頼りにどこを走っているかを推測していた。強く速い心臓の鼓動が邪魔をしていたが、すれ違う自動車の数からおそらく街の方向ではないことだけはわかった。

 後ろから微かに塵のようなリズムが耳に入ってきた。もしかしたらもうひとり俺を同じような奴がいるのかもな、と同情した。すると口内から鉄の味と車内のわざとらしい芳香剤の匂いを感じた。おそらく少しずつ落ち着いてきたのかもしれない。しだいに食いしばっていた歯から痛みを感じ始める。冷静になれ、冷静になれ、そう自分に言い聞かせるも湧き上がってくる感情を抑えることができず、また強く奥歯をかみしめた。

「落ち着いてきましたか?」カナミが見計らったように訊いてきた。「手の力が緩んできたように見えます。手のひらを見せてください」

 カナミはそっと加々島の手に触れた。

「さわるな!」カナミの手を拒絶した。
「……では――」
「一回で終わりじゃなかったのかよ。二回目のやつなんか視たことねえぞ」
「視てたのですか? てっきりアンインストールしてるものと思ってました」
「消したよ。はじめはな」
「どうしてまた視るように?」
「夢に出るようになったんだよ」
「夢に、ですか」確認するかのように訊いた。
「ああ、あの地下にいるときの冷たさや匂い、光景、感触、声や視線、そこで食ったもの、苦しい心臓、いくら吸っても酸欠は収まらない感覚。全部だ。全部リアルに出てくるんだよ。わかるか? わかるよな? お前もそこにいたんだからな」一息に言いきり、呼吸を整える。「いつも殺すところで目が覚めるんだよ。まるで同じ映像を繰り返し見ているようにな」
「視るようになったあとはその夢は見なくなったんですか?」
「夢には、見なくなったな」
「なにか含みがある言い方ですね」
「……もういいだろ。何を言いかけたんだよ」
「……ではなぜ今回、私たちの番組に再度出演してもらうことになったかといいますと、当番組の人気投票で上位にランクインし、抽選の結果、加々島ゴイチさんに決まりましたことを再度お伝えします」
「はあ!? 何だよそれ! 知らねえぞふざけんな!」
「メールで通知してあります。見た形跡がなかったのでおそらく知らないとは思っていました」
「見た形跡って」
「登録者様がメール等を閲覧されるとこちら側にわかる仕組みになっています」
「ああそうかよ。じゃあ俺が番組を視てたのも知ってるじゃねえか」
「そこは私の担当ではないので」
「しらじらしい」
「信じなくてもかまいません」
「そもそも、人気投票ってなんだよ。あれか? 何度もタップできる気持ち悪い音符の数か?」
「それもあります」
「それもって、他にはなんだよ」
「加々島さん、賞金はどこから出てると思いますか?」
「は? 広告料とか有料会員からだろ」
「その程度で運営できると思っているんですか? 賞金の金額を考えてください」
「まさか、出資者がいるのか?」
「その通りです」
「こんなのに出資するやつなんかろくでもねえな。俺もだけどな。で、その出資者様が何か関係あるのか?」
「あなたを選ばれました」
「……」
「加々島さんの行動を見てらっしゃったようで――」
「殺さねえ」
「……」
「もう人は殺さねえからな」
「かまいません」
「どういうことだよ」
「今回の収録場所は前回と同じ内装です」
「は?」
「ですので、いつでも脱出しようとしてもかまいません」
「お、おい」
「世話役の管理人も前回と同じで、巡回時間、上階への経路ともに同じで――」
「待て待て待て! それはどういうことだよ! 教えていいのか?」
「はい、かまいません」
「まるで八百長じゃないか」
「まるでじゃなくて八百長です」
「……何を考えてるんだ?」
「毎回最低ひとりはいるので安心してください」
「俺のときはお前か」
「はい」
「ですから」カナミはゴイチの手を強く握った。「今回は加々島さん、あなたに助ける役のカードが配られます。地上に出ればもう安全――」

 ゴイチはカナミの手を強引にふりほどいた。

「お前らは何を考えてるんだよ」震え声が出た。

 相手の考えてることがわからない。いや、わかるが理解したくない。そんなせめぎあいの思考の中、
「視聴者のための番組作りです」

 カナミは当然のように言った。
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