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第6話

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 それからも、公爵は毎日欠かさず聖女の元を訪れた。

 三食の食事を運んできて、たまに花を取り換える。聖女と短い会話をし、そして〝籠〟をあとにした。

 聖女の色違いの瞳は、いまだに虚ろなままである。笑顔もない。嘆きもしない。

 彼女は湯浴みのとき以外は〝籠〟から一歩も外へ出なかった。鉄扉には、鍵はかかっていなかったのだが――

 そうして幾日もの時が過ぎ、幼体であったクルルがすっかり成体になった頃。

 その日も小竜を膝に乗せ、聖女は格子窓を見上げていた。少しだけ大きくなったクルルは重く、彼女は一度竜を持ち上げて足を崩す。

 本日は、公爵の訪問がまだであった。――いつもより、だいぶ遅い。

「聖女様。食事をお持ちいたしました」
「…………はい」
「ここに置かせていただきますね」
「………………あの?」
「――はい」

 やがて食事を持ってきたのは、公爵ではなく湯浴みの際の侍女であった。珍しく、戸惑った様子で聖女は侍女に声をかける。

 侍女もまた、珍しく緊張した面持ちで声に答える。――普段ならば、彼女はもっとはつらつとした女性であった。

「………………あの方は、本日はいらっしゃらないのでしょうか?」
「はい」
「…………どうしてでしょうか?」
「……お忙しい、ようでして」
「……なにか、あったのですか?」
「…………喋るなと、仰せつかっております」

 本来ならば、この返答は間違いである。侍女は公爵から、上手く誤魔化せと命令されていた。

 拙い返答から、公爵の身に何かあったのは明白である。

「……わかりました」
「あっ、聖女様!?」

 聖女は立ち上がり、鉄の扉へと向かう。

 床に下ろされ、竜はクルル――と小さく唸った。擦り寄るように少女のあとへ続く。

「…………っ」
「その、お部屋を出て大丈夫なのですか? あっ!?」

 初めて自分の意思で〝籠〟を出て、聖女はすぐによろめいた。息が切れ、にわかに壁に片手をつけた。

「あの、ご無理はなさらず、お部屋に――」
「どこですか?」
「えっ!? いえ、あの――」
「……あの方の部屋は、どこですか?」
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