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第11話:レウシア、お掃除する

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 サーシャとエルが止める間もなくレウシアは足を踏み出し、藪をがさりと踏み分け前へ進む。

 自ら近寄ってくる獲物の姿を見据え、オークの群れはゲヒゲヒと笑い声とも鳴き声ともつかない声を漏らす。
 数匹のオークが粗末な棍棒をぶん、と見せつけるように一振りした。

 レウシアは一番先頭のオークまで辿り着くと、その豚のような顔を見上げ何事か告げようと口を開く。その途端――

「――っ!」

 棍棒が勢いよく振り抜かれ、レウシアの頭を強打した。

 殴ったオークはゲヒリと鳴き声を漏らしてから、ふと握った棍棒に視線を移して黄色い目を見開いた。

 ――小さな少女えものの頭に振り下ろした棍棒が、中ほどからぼきりと折れてしまっていたのである。

「……かえっ、て」

 殴られたはずのレウシアは微動だにせずオークを見つめ、静かな声で要求を述べる。

「――ッ!!」

 オークは折れた棍棒を放り捨てると、今度は力の限りレウシアを蹴り上げた。
 常人ならば内蔵が破裂するような蹴りをまともに受け、少女の体が宙を舞う。
 あまりの光景に、エルが鋭く息を呑み込む。

「……むぅ」

 蹴り飛ばされて地面を転がった拍子にレウシアの背負ったリュックから中身が飛び出し、ジャムの空瓶がいくつか割れる。

 普段はぼんやりしている顔を珍しくしかめてそれを見ながら、レウシアはゆらりと立ち上がった。

 ずるりとリュックをその場に落とし、竜の少女は再びオークの前に立つ。

「かえって!」

 どん! と小さな両手での突き飛ばしに、今度はオークの巨体が宙を舞う番だった。

 後ろで見ていた数体のオークを巻き込んで、突き飛ばされたオークが地面を転がる。
 その有様に、勇者の剣と盾を持ったオーク――群れのボスがぎろりとレウシアを睨みつけた。

「……帰って。おそうじ、するから」

 じろりと睨み返し、レウシアがびたん! と尻尾で地面を打つ。

「――ッ、――ッッッ!!」

 群れのボスは怯むように後ずさりしたのち、手にした剣を頭上に掲げ、がっと大きく口を開き咆哮。

 すぐさま他のオークたちの叫びも続き、森からばさりと鳥の群れが飛び立つ。
 オークの群れはレウシアへと殺到し、手にした鈍器を次々に振り下ろした。

 竜の少女はそれを避けようともせず殴られながら、もう一度びたん! と尻尾で地面を叩く。
 レウシアの体から黒い〝魔力〟が立ち昇り、岩に映った彼女の影がにわかにぐにゃりと歪み始める。

「……かえっ、て」
「ッ!? ――!?」

 オークの群れは今度こそたじろぎ、揃って自分の武器を見た。

 ――この小さな獲物はどれほど硬いのか。
 振り下ろした棍棒はそのほとんどが折れ砕けてしまっていた。

「……かえっ、てよ」

 俯いてぼそりと呟く少女の姿に、何匹かのオークがじりじりと後退る。

 ――彼らは以前、ずっと昔にこんな生き物を見た経験があるのを、じっとりと湿った恐怖とともに思い出した。

 初めは丸まって動かない、ただの大きな獲物だと思っていたのだ。

 だが、どんなに武器を打ち付けても全く意に介さない巨大なそれは、やがてこちらへゆらりとを向けて――

「――帰れッ!!」

 魔力の籠ったレウシアの咆哮が響き渡り、森全体がびりびりと震えた。

 驚いて尻もちをついたオークたちの後ろで、群れのボスが手にした盾をがらんと取り落とす。

 ――そうだ、こいつだ。姿が変わっていても解る。こいつはあの大きな生き物だ。

 オークたちの体がぶるりと震え、何匹かのオークが一斉に群れのボスへと視線を向けた。
 その黄色い眼球は恐怖に怯え、〝逃げよう〟と訴えかけている。

「ッ――!!」

 群れのボスはがっと再び咆哮をあげると、手にした剣を振り上げてレウシアへと駆けた。

 ここで逃げ出してしまえば、若いオークたちに示しがつかない。――群れを自分が維持するために、たった一匹の小さな獲物を相手に引くわけにはいかなかった。

「レウシアさん――ッ!」

 振り上げられた勇者の剣がレウシアへと迫り、エルの叫びが辺りに響く。

 そして次の瞬間。

「ッ――ガ、フ――!?」

 胸元から鋭い剣先を生やした群れのボスは、口からごぼりと血潮を吐き出し、どうと地面に倒れ伏した。

「――背中がお留守っすよ」

 赤い髪をポニーテールに結った傭兵の女性――サーシャは吐き捨てるように呟くと、手にした剣を無造作に引き抜き、びしゃりと雑に血振りを済ませた。

「ッ!? ――ッ!?」

 群れのボスが倒された途端にオークたちは統率を失い、草木を掻き分け思い思いの方角へと逃走を始める。

 それを横目で鋭く見据えながら、サーシャは大きく息を吐いた。

「ほんとに追っ払っちまいやしたね……でもレウシア様、その戦い方は危ねぇっすよ……」
「……さー、しゃ?」

 レウシアは地面に倒れ伏したオークをじっと見つめると、やがてサーシャの顔を見上げて、不思議そうに首を傾げる。

「……これ、食べる、の?」
「へ? ああ、いや、食わねぇっすけど……?」
「……食べないのに、だめ、だよ?」
「えっ? ええ……いや、ううん? えっと、まあ、そっすね、はい……」
「――レウシアさんっ!」
「ぴっ!?」

 駆け寄ってきたエルに両肩を勢いよく掴まれ、レウシアは悲鳴を漏らし飛び上がった。
 そのままばっと逃げ出してサーシャの後ろへと隠れるレウシアにエルが詰め寄り、心配そうに手を伸ばす。

「怪我っ、怪我を見せてくださいっ! いま回復を――ッ!」
「エル様、落ち着いてくだ――ちょ、なんであたしを軸に追いかけっこをっ!?」
「ぴぃぃっ!?」
「どうして逃げっ!? 怪我をっ、レウシアさんっ――」

 逃げるレウシアと追いかけるエルがサーシャの周りをぐるぐる巡り、ふいに伸ばした手を下ろしたエルの目尻に、じわりと涙が浮かび上がった。

「わ、私びっくりして、し、心配、心配したんですからっ、怪我、怪我を……」
「……える?」
「怪我を、治療させ、死んじゃうって、びっくりして、レウシアさんが――」
「……けが、してない、よ?」

 レウシアはサーシャの後ろからぴょこりと顔を出すと、エルの頭に手を伸ばす。

「――ぁ」
「……ごめん、ね?」

 銀色の髪をさらりと撫でてびくりと体を震わせてから、レウシアは洞窟おうちへと向きなおった。

「……おそうじ、しなきゃ」
「へ?」

 ぽかんと口を開けるサーシャをよそに、レウシアはてくてくと洞窟へ向かう。

「……ん」

 そして、元邪竜の少女は入り口にあった白いローブに目を止める。

 うん、これでいいかな。とばかりにレウシアは頷き、神官のローブを拾い上げた。
 オークたちが骨を踏み荒らしたのだろう。ローブからは、砕けた欠片がぱらぱらと落ちる。

「あ、あの、レウシアさん?」
「……待って、て」

 同じデザインのローブの裾で涙を拭いながらエルが声をかけると、レウシアはひょいと振り返り、こくんと小さく頷いた。

 そして手にした神官ローブを使い、岩に付着した泥をごしごし拭い始める。

「あの、サーシャ、あれって……?」
「……たぶん、死んだ勇者サマ一行のじゃねぇすかね……?」

 レウシアがずりずり岩を擦るたび、ローブについた骨の欠片がぱらぱら落ちた。
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