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第56話:レウシア、焼き魚を食べる
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◇
まやく おいしくない
◇
湖の傍で、少女二人が濡れた服を絞っている。
彼女らはどちらも簡素な下着のみの格好で、そのうちの一人――聖女エルがちらりと横目でレウシアを見ると、竜の少女は首を傾げて聖女の蒼い瞳を見つめ返した。
「っ!?」
ばっとエルが顔を逸らして、広い湖の中央へ視線を移す。
湖にかけられた木造りの長い橋が視界に映り、その先が濃い霧の中へと続いているのを確認すると、エルは僅かに目を細めた。
この橋の先に目的の街があるはずなのだが――あまりにも霧が深いせいで、いまはその城壁の影すら見えない。
「……あ、音」
ぴくり、とレウシアの肩が動き、森のほうへと顔を向ける。
「あの笛の音ですか?」
「……うん」
その声に反応したエルも森に目を向け、微かに上擦った声でレウシアに尋ねた。
ヴァルロが逃げた走竜を呼び戻すために使った特殊な笛の音は、どうやら離れていてもレウシアの耳には届くらしい。――最初に吹いてみせたとき、彼女が飛び上がるほど驚いたのはいうまでもない。
竜の少女がこくりと頷くと、聖女は湖へと視線を戻し大声で告げる。
「メメリさん! 岸へ上がりましょう! ヴァルロさんが戻ってきますよ!!」
「――はーい!」
桃色髪の巻き角少女――メメリは湖の深い場所で浮かびながら返事をすると、エルたちのいるほうへと泳ぎ始めた。
その泳法は犬かきだ。にこにこ笑顔を振りまきながら、ぷっかり浮かんだピンク髪少女の頭が向かってくるさまは、なかなかシュールな光景である。
メメリはエルの近くまで泳ぐと、ざぱりと水を跳ねさせて立ち上がり、袋代わりに手に持っていた民族衣装の外套を掲げた。
「天使様! 見てください! こんなにお魚さんが捕れましたよっ!!」
外套に包まれた魚がぴちぴちと音を立て、メメリの大きな胸元からはざっと小さな滝が流れる。エルはぽかんとその滝を眺めてから、ふっと自らの胸元に視線を落とした。
「…………むぅ」
僅かにエルの瞳が曇る。
聖女は緩くかぶりを振って、羊角の少女へ力なく述べる。
「いえ、ですから何度も言うように、私は天使ではないですよ……」
「? はい、天使様っ!」
「ですから……はぁ。〝エル〟と呼んでください。お願いします」
「はい! エル様っ!」
にぱっとメメリが笑顔を浮かべ、エルは乾いた笑みを浮かべた。
戻る前に――と、エルはレウシアのほうへ視線を向けて、すでに遠ざかっていた尾を眺める。
「……どうして、いまなのでしょうか」
「はい?」
――こんなことなら勇気を出して、温泉のときにも服を脱いでもらうべきだった。
二人きりでの裸の付き合いを逃した事実を思い出し、がっくり肩を落としながら、エルも森へと歩みを進めた。
* * *
パチパチと焚火がはぜる音とともに、木串で刺された魚の焼ける、香ばしい匂いが辺りに広がる。
レウシアがじゅるりと唾を飲み込み、焼ける魚をじぃっと見つめるその隣で、エルはちらちらと彼女の横顔を窺っていた。
――ぼさぼさの髪を梳いてやりたいのだが、《神気》が邪魔して触れられないのだ。
ふとメメリへ目を向けて、彼女に頼もうか――と考えてから、それは絶対嫌だなと、エルは大きく溜息をつく。
「え? え? ど、どうしたんですかエルさま!? あ、あたし、なにか失礼なことでもっ!?」
「……いえ、なんでもありません。それよりメメリさん? 街へ行きたいとのことでしたけど、あの街にどなたか、知り合いの方がいらっしゃるのですか?」
「へ? いえいえとんでもないっ! 見るのも行くのも初めてです! それで道に迷っちゃって、迷っちゃって――ぱくんって……」
メメリの声のトーンが段々と落ちていき、薄赤い瞳に影が差す。
「ま、生きてんだからいいじゃねぇか。それより街へ入るなら、その角は隠さねぇとやべぇぞ」
ヴァルロが木の幹に寄り掛かりながら、落ち込む少女へぼそりと忠告した。
メメリはゆるりと顔を上げて、木陰のヴァルロへ言葉を返す。
「やっぱり、そうなんですか……。おじさま、なにか帽子の代わりになるものって、持っていたりしませんか……?」
「あん? 気色わりぃ呼び方すんじゃねぇよ。ヴァルロでいい」
「はい、ヴァルロ様!」
「……いや、そもそもお前は何者なのだ? 我の記憶にもない種族に見えるが」
「っ!? あ、えっと……」
石の上に置かれた魔導書が訝しげな声で尋ねると、メメリは急に口ごもり、視線を宙に泳がせた。
本が喋ることにまだ慣れないのか――それとも他の理由があるのか。
やがてメメリは己の巻き角に手を触れて、つっかえながら問いに答える。
「その、あた、あたしは、アレですっ! 羊族ですよ! 羊族!!」
「羊族ぅ? 知らねぇ種族だが、まあそれはいい。世の中は広ぇしな。……んで、その羊族の嬢ちゃんは、なんだって一人で旅なんかしてんだ?」
言外に〝向いてねぇだろ〟と含ませながら、顔をしかめてヴァルロが訊くと、メメリは〝よくぞ訊いてくれました〟とばかりに、大きな胸をぐんと反らした。
「それはもう、あたしの料理を世界へ知らしめるためです! 料理人なんですっ、あたし!」
「料理だぁ? できそうにゃ見えねぇが」
ヴァルロが訝しげにそう呟くと、桃色髪の巻き角少女はむっと頬を膨らませ、彼をじとりと睨みつける。
「なにを言いますか! 故郷では有名な料理人なのですよっ、あたしは!」
「……そうかよ。どうやら、てめぇの故郷には魚がいねぇってこたぁわかったが、それにしたって、なぁ……」
ぼりぼりと頭を掻きながら、ヴァルロは深く嘆息した。――ちなみに現在、目の前の焚火で焼き上がりつつある魚の下処理を行ったのは、この金髪初老の男であった。
「そ、そんなこと言ったって、刃物って苦手なんですもん。それに天使さ――エル様だって、魚は料理したことないって言ってましたよ!」
「……じゃがいもなら、ありますし」
「お前ら、それでいいのか……?」
魔導書の声が虚しく響き、料理などしたこともないレウシアが、魚を見つめてぽつりと呟く。
「……もう、食べて、いい?」
「え? あ、はい神様! ちょっと待っててくださいね! いまからあたしが料理人としての腕を見せますので!!」
「……うで?」
首を傾げる竜の少女は、どうやらメメリの中では神様であるらしかった。――怪物の腹から救い出したのが、レウシアさんだからなのだろうか――と、安直な呼び名にエルが苦笑する。
「腕だぁ? いまさらなにを――おい、塩ならもう振ったぞ?」
「ふっふっふ、まあ、見ててください!」
メメリは腰のポーチから小さな瓶を取り出すと、きゅぽんと蓋を取り外し、なにかの粉を焼き魚へと振りかけた。
「さあ、ご賞味あれ!」
塩のような白い粒子をすべての魚に振りかけて、メメリは自らの胸をぽんと叩く。大きな胸がぽよんと弾み、エルはぴくりと片眉を動かし目を伏せた。
「……わ、あ?」
「チッ、なんだか知らねぇが、次からかける前に言え」
魚に伸びたレウシアの腕を掴んで止めて、ヴァルロが苛立たしげに少女へ告げる。
束の間、彼は迷うように視線を動かし、聖女の姿へ目を止めてから、焼き魚を手に取った。
「あ、私には毒は――」
「言わんでいい。……ほれ、先に食えよ? レディーファーストだ」
「むぐっ!?」
急に魚を口の中へと突っ込まれ、メメリは咽そうになりながら、もぐもぐとそれを咀嚼する。
ごくんと自称料理人が謎の粉の振りかかった料理を飲み込み、涙目でヴァルロの顔を睨むと、元船長はにやりと笑って食べかけの魚を手放した。
「い、いきなりなにするんですかっ!?」
「そりゃこっちの台詞だ。まあいい、俺らも食うか」
魚を受け取るメメリの様子に、特に異常のないことを確認してから、ヴァルロが残りの焼き魚に手を伸ばす。
レウシアとエルも魚の串を手に取ると、ごくりと唾を飲み込んで、がぶっとその背中から齧りついた。
途端に濃ゆい旨味が口の中へと広がって、エルは目を白黒させる。
「――なんだこりゃ、やたらうめぇな、この魚」
「んぐ、本当ですね。これほど旨味の濃い魚は食べたことがありません」
そう言いながら、がぶりと二口目に齧りつくヴァルロと違い、エルは躊躇した様子で魚を見やった。
「でしょう! なにを隠そう、この調味料こそがその美味しさの理由なのです! もっとかけますか? どうですかエル様?」
「あ、いえ、その、私は結構です。ちょっと私には、味が濃いかなって……」
「へ? そ、そうですか……では神様は?」
「……しょっぱにがい」
顔をしかめた竜の少女は、ぴっと舌先を出しながら、悲しそうに魚を眺める。エルが指先で自分の魚から粉を落として、それをレウシアに差し出した。
「えっ、と、どうぞ?」
「……あむ」
口を開いた顔を向けて、竜の少女が聖女の手ずから魚を食べる。エルは蕩けるような笑みを浮かべて、ぼそりと小さく呟いた。
「間接キス……」
「え? え? だ、ダメですかね? あたしの地元で〝砂糖〟の原料に使われている植物から、魔法で〝旨味成分〟だけを抽出して作った、特製の調味料なんですけど……」
「――俺はうめぇと思うがな。まあ好みっつか、慣れだろうな。こりゃ」
気落ちした様子でメメリが尋ねると、ヴァルロが二匹目の魚に手を伸ばしながらそれに答えた。がぶりと焼き魚に齧りついてから、元船長は少女を見据える。
「つーかお前、〝魔導士〟だったのかよ?」
「え? いえ、まあ、料理に必要だったので。あたしが学んだのは〝魔法薬学〟ですけどね。この調味料も、それにちなんだ名前をつけています!」
「ほう、なんて名だ?」
売り物になるかもしれないと考えたのか、これから海賊船を商船しなければならないヴァルロは、興味深げにメメリに尋ねた。
「〝魔法薬学〟で作った調味料、名付けて〝魔薬調味料〟ですっ!」
ぶっとヴァルロが噴き出して、エルがけほけほ咽返る。焚火のひのこがぱちりと跳ねて、レウシアはこてんと首を傾げた。
まやく おいしくない
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湖の傍で、少女二人が濡れた服を絞っている。
彼女らはどちらも簡素な下着のみの格好で、そのうちの一人――聖女エルがちらりと横目でレウシアを見ると、竜の少女は首を傾げて聖女の蒼い瞳を見つめ返した。
「っ!?」
ばっとエルが顔を逸らして、広い湖の中央へ視線を移す。
湖にかけられた木造りの長い橋が視界に映り、その先が濃い霧の中へと続いているのを確認すると、エルは僅かに目を細めた。
この橋の先に目的の街があるはずなのだが――あまりにも霧が深いせいで、いまはその城壁の影すら見えない。
「……あ、音」
ぴくり、とレウシアの肩が動き、森のほうへと顔を向ける。
「あの笛の音ですか?」
「……うん」
その声に反応したエルも森に目を向け、微かに上擦った声でレウシアに尋ねた。
ヴァルロが逃げた走竜を呼び戻すために使った特殊な笛の音は、どうやら離れていてもレウシアの耳には届くらしい。――最初に吹いてみせたとき、彼女が飛び上がるほど驚いたのはいうまでもない。
竜の少女がこくりと頷くと、聖女は湖へと視線を戻し大声で告げる。
「メメリさん! 岸へ上がりましょう! ヴァルロさんが戻ってきますよ!!」
「――はーい!」
桃色髪の巻き角少女――メメリは湖の深い場所で浮かびながら返事をすると、エルたちのいるほうへと泳ぎ始めた。
その泳法は犬かきだ。にこにこ笑顔を振りまきながら、ぷっかり浮かんだピンク髪少女の頭が向かってくるさまは、なかなかシュールな光景である。
メメリはエルの近くまで泳ぐと、ざぱりと水を跳ねさせて立ち上がり、袋代わりに手に持っていた民族衣装の外套を掲げた。
「天使様! 見てください! こんなにお魚さんが捕れましたよっ!!」
外套に包まれた魚がぴちぴちと音を立て、メメリの大きな胸元からはざっと小さな滝が流れる。エルはぽかんとその滝を眺めてから、ふっと自らの胸元に視線を落とした。
「…………むぅ」
僅かにエルの瞳が曇る。
聖女は緩くかぶりを振って、羊角の少女へ力なく述べる。
「いえ、ですから何度も言うように、私は天使ではないですよ……」
「? はい、天使様っ!」
「ですから……はぁ。〝エル〟と呼んでください。お願いします」
「はい! エル様っ!」
にぱっとメメリが笑顔を浮かべ、エルは乾いた笑みを浮かべた。
戻る前に――と、エルはレウシアのほうへ視線を向けて、すでに遠ざかっていた尾を眺める。
「……どうして、いまなのでしょうか」
「はい?」
――こんなことなら勇気を出して、温泉のときにも服を脱いでもらうべきだった。
二人きりでの裸の付き合いを逃した事実を思い出し、がっくり肩を落としながら、エルも森へと歩みを進めた。
* * *
パチパチと焚火がはぜる音とともに、木串で刺された魚の焼ける、香ばしい匂いが辺りに広がる。
レウシアがじゅるりと唾を飲み込み、焼ける魚をじぃっと見つめるその隣で、エルはちらちらと彼女の横顔を窺っていた。
――ぼさぼさの髪を梳いてやりたいのだが、《神気》が邪魔して触れられないのだ。
ふとメメリへ目を向けて、彼女に頼もうか――と考えてから、それは絶対嫌だなと、エルは大きく溜息をつく。
「え? え? ど、どうしたんですかエルさま!? あ、あたし、なにか失礼なことでもっ!?」
「……いえ、なんでもありません。それよりメメリさん? 街へ行きたいとのことでしたけど、あの街にどなたか、知り合いの方がいらっしゃるのですか?」
「へ? いえいえとんでもないっ! 見るのも行くのも初めてです! それで道に迷っちゃって、迷っちゃって――ぱくんって……」
メメリの声のトーンが段々と落ちていき、薄赤い瞳に影が差す。
「ま、生きてんだからいいじゃねぇか。それより街へ入るなら、その角は隠さねぇとやべぇぞ」
ヴァルロが木の幹に寄り掛かりながら、落ち込む少女へぼそりと忠告した。
メメリはゆるりと顔を上げて、木陰のヴァルロへ言葉を返す。
「やっぱり、そうなんですか……。おじさま、なにか帽子の代わりになるものって、持っていたりしませんか……?」
「あん? 気色わりぃ呼び方すんじゃねぇよ。ヴァルロでいい」
「はい、ヴァルロ様!」
「……いや、そもそもお前は何者なのだ? 我の記憶にもない種族に見えるが」
「っ!? あ、えっと……」
石の上に置かれた魔導書が訝しげな声で尋ねると、メメリは急に口ごもり、視線を宙に泳がせた。
本が喋ることにまだ慣れないのか――それとも他の理由があるのか。
やがてメメリは己の巻き角に手を触れて、つっかえながら問いに答える。
「その、あた、あたしは、アレですっ! 羊族ですよ! 羊族!!」
「羊族ぅ? 知らねぇ種族だが、まあそれはいい。世の中は広ぇしな。……んで、その羊族の嬢ちゃんは、なんだって一人で旅なんかしてんだ?」
言外に〝向いてねぇだろ〟と含ませながら、顔をしかめてヴァルロが訊くと、メメリは〝よくぞ訊いてくれました〟とばかりに、大きな胸をぐんと反らした。
「それはもう、あたしの料理を世界へ知らしめるためです! 料理人なんですっ、あたし!」
「料理だぁ? できそうにゃ見えねぇが」
ヴァルロが訝しげにそう呟くと、桃色髪の巻き角少女はむっと頬を膨らませ、彼をじとりと睨みつける。
「なにを言いますか! 故郷では有名な料理人なのですよっ、あたしは!」
「……そうかよ。どうやら、てめぇの故郷には魚がいねぇってこたぁわかったが、それにしたって、なぁ……」
ぼりぼりと頭を掻きながら、ヴァルロは深く嘆息した。――ちなみに現在、目の前の焚火で焼き上がりつつある魚の下処理を行ったのは、この金髪初老の男であった。
「そ、そんなこと言ったって、刃物って苦手なんですもん。それに天使さ――エル様だって、魚は料理したことないって言ってましたよ!」
「……じゃがいもなら、ありますし」
「お前ら、それでいいのか……?」
魔導書の声が虚しく響き、料理などしたこともないレウシアが、魚を見つめてぽつりと呟く。
「……もう、食べて、いい?」
「え? あ、はい神様! ちょっと待っててくださいね! いまからあたしが料理人としての腕を見せますので!!」
「……うで?」
首を傾げる竜の少女は、どうやらメメリの中では神様であるらしかった。――怪物の腹から救い出したのが、レウシアさんだからなのだろうか――と、安直な呼び名にエルが苦笑する。
「腕だぁ? いまさらなにを――おい、塩ならもう振ったぞ?」
「ふっふっふ、まあ、見ててください!」
メメリは腰のポーチから小さな瓶を取り出すと、きゅぽんと蓋を取り外し、なにかの粉を焼き魚へと振りかけた。
「さあ、ご賞味あれ!」
塩のような白い粒子をすべての魚に振りかけて、メメリは自らの胸をぽんと叩く。大きな胸がぽよんと弾み、エルはぴくりと片眉を動かし目を伏せた。
「……わ、あ?」
「チッ、なんだか知らねぇが、次からかける前に言え」
魚に伸びたレウシアの腕を掴んで止めて、ヴァルロが苛立たしげに少女へ告げる。
束の間、彼は迷うように視線を動かし、聖女の姿へ目を止めてから、焼き魚を手に取った。
「あ、私には毒は――」
「言わんでいい。……ほれ、先に食えよ? レディーファーストだ」
「むぐっ!?」
急に魚を口の中へと突っ込まれ、メメリは咽そうになりながら、もぐもぐとそれを咀嚼する。
ごくんと自称料理人が謎の粉の振りかかった料理を飲み込み、涙目でヴァルロの顔を睨むと、元船長はにやりと笑って食べかけの魚を手放した。
「い、いきなりなにするんですかっ!?」
「そりゃこっちの台詞だ。まあいい、俺らも食うか」
魚を受け取るメメリの様子に、特に異常のないことを確認してから、ヴァルロが残りの焼き魚に手を伸ばす。
レウシアとエルも魚の串を手に取ると、ごくりと唾を飲み込んで、がぶっとその背中から齧りついた。
途端に濃ゆい旨味が口の中へと広がって、エルは目を白黒させる。
「――なんだこりゃ、やたらうめぇな、この魚」
「んぐ、本当ですね。これほど旨味の濃い魚は食べたことがありません」
そう言いながら、がぶりと二口目に齧りつくヴァルロと違い、エルは躊躇した様子で魚を見やった。
「でしょう! なにを隠そう、この調味料こそがその美味しさの理由なのです! もっとかけますか? どうですかエル様?」
「あ、いえ、その、私は結構です。ちょっと私には、味が濃いかなって……」
「へ? そ、そうですか……では神様は?」
「……しょっぱにがい」
顔をしかめた竜の少女は、ぴっと舌先を出しながら、悲しそうに魚を眺める。エルが指先で自分の魚から粉を落として、それをレウシアに差し出した。
「えっ、と、どうぞ?」
「……あむ」
口を開いた顔を向けて、竜の少女が聖女の手ずから魚を食べる。エルは蕩けるような笑みを浮かべて、ぼそりと小さく呟いた。
「間接キス……」
「え? え? だ、ダメですかね? あたしの地元で〝砂糖〟の原料に使われている植物から、魔法で〝旨味成分〟だけを抽出して作った、特製の調味料なんですけど……」
「――俺はうめぇと思うがな。まあ好みっつか、慣れだろうな。こりゃ」
気落ちした様子でメメリが尋ねると、ヴァルロが二匹目の魚に手を伸ばしながらそれに答えた。がぶりと焼き魚に齧りついてから、元船長は少女を見据える。
「つーかお前、〝魔導士〟だったのかよ?」
「え? いえ、まあ、料理に必要だったので。あたしが学んだのは〝魔法薬学〟ですけどね。この調味料も、それにちなんだ名前をつけています!」
「ほう、なんて名だ?」
売り物になるかもしれないと考えたのか、これから海賊船を商船しなければならないヴァルロは、興味深げにメメリに尋ねた。
「〝魔法薬学〟で作った調味料、名付けて〝魔薬調味料〟ですっ!」
ぶっとヴァルロが噴き出して、エルがけほけほ咽返る。焚火のひのこがぱちりと跳ねて、レウシアはこてんと首を傾げた。
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