17 / 70
流言は知者に止まる
しおりを挟むウロコを狙ってあらわれるものは、この世に未練のある亡者だけとはかぎらない。石づきなめこの主人で、十翼のひとり風估いわく、「護身用」にさしだされた文鎮は、うけとった瞬間、ずっしり重たく感じた。
「浮かない顔だな」
帰り道、ならんで歩く炎估がしれっと声をかけてくる。なんとなく腹がたつ螢介は、わざとらしく「ふんっ」と鼻息を吐いた。
「おい、炎估。おまえ、もしかしてあの雨の日、おれが川に落ちたところを見ていなかったか?」
何日も雨がふりやまず、増水した川にのみこまれそうになっている高校生(おれのことだよ)は、濁流の水面に顔だけ浮かせ、呼吸をするのもやっとの状況だった。水底にあるなにかの塊に片足がはさまって、すべり落ちた斜面をのぼることもできない。自力では助からない状況だが、螢介は、泣きもわめきもしなかった。
「助けてほしかったのか」
「質問に質問で返すな。……炎估、おまえは、なんのためにおれのそばに」
ことばのとちゅうで鳩尾に打撃を喰らった螢介は、意識が飛んだ。ドサッと、炎估の足もとに倒れると、草履で軽く肩を足蹴にされた。大の字でからだをさらす。……このやろう、ぜってぇ、あとで殴り返す(意識はない。無意識に悪態づいた)。
『ふぅむ、ふぅむ。ざっかしょうのしゅじんから、じゅぐをもらってきたのか。よかったな、けいすけ。これで、すこしはたたかえるな』
炎估に気絶させられた螢介のまえに、ひょこっとネコが姿をあらわす。小さな女の子は、なにも身につけておらず裸足でペタペタと歩き、螢介の脇へしゃがむと、つんつんと頬を指で突く。螢介もネコも、人間のかたちをしている。体温もある。怪我をすれば、血も流れた。もちろん痛みも感じる。
「なにしに来た」と、ネコを見おろしてきく炎估は、眉間に皺を寄せた。ネコは螢介の前髪をひっぱりながら、『はらがへったのだ』という。彼女の朝食は、螢介が台所に用意してある。炎估がそうおしえると、ネコはうれしそうに笑い、学ランのズボンを脱がそうとする手をとめた。螢介のウロコは、股のあいだの裏庭に封じられている。三枚あるうちのひとつは、ネコがもっていた。どうやって剥がしたのか、それは本人がいちばん気になっていたが、ウロコを剥がした張本人は、ほかにいる。
『けいすけ、おきろ。いっしょにごはんをたべよう。よいはなしを、きかせてやるぞ』
螢介の肩をゆさぶるネコに向かって、「さきに行け。このあほうが目を覚ますまえに、おまえは服を着ろ」という炎估は、ネコのうなじをつかんで強引に吊りあげた。
『むむっ、なにをするのだ』
「べつになにもしない。ところで、ウロコはどうした?」
ネコのからだを見たところ、とくに変わったようすはない。ストンと地面に降ろされたネコは、黒猫へ姿をうつし、ニャアと、鳴いた。炎估の質問には答えず、タタッと[さくや亭]のほうへ駆けてゆく。螢介のウロコには、ふしぎな力が宿っている。それを証すことができるのは、手にいれたものだけである。ネコはまだ、ウロコをじぶんのために使っていない。螢介と同じく、からだの一部に隠していた。
〘つづく〙
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる