あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》

み馬下諒

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詰め腹を切らされる

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 亡人を追いはらって居間へもどると、第二の危機に直面した。


『せきにんをとるのだー!!』

 
 いきなり飛びついてきたネコを、正面からうけとめた螢介は、ゴンッと、廊下に頭を打ちつけた。かなりの激痛が走り、一瞬、タマシイはあの世へ旅にでた。が、すぐにもどってきた。むにゅっとした感触がある。……なんだ? この、やわらかさは。

 少しだけ頭を浮かせてみると、胴体にまたがっているネコが、おとなの女性に成長していた。しかも、胸が大きい。子ども服のまえが破けそうなほど、しっかりもりあがっていた。長い黒髪の女性は、褐色の肌をしている。手も足も細くて長い。異国のモデルのような風貌である。

「お、おまえ、ほんとうにネコか!?」

『あたしは、あたしだー!! こんなすがたにしおって、けいすけのばかものがぁ!! からだがおおきくては、うごきにくいではないかぁ!!』

 なんのことだかさっぱりにつき、螢介は炎估に助けを求めた。土壁に背中を預けて腕組みをしている。

「ネコの云うとおり、責任をとってやればいい」

「責任って、なんのだよ」

「嫁にするとか、子守歌を唄うとか」

「よ、嫁? 子守歌? なに云ってんだ。頭おかしいぞ!」

 炎估の発言がまともではないため、螢介はネコの肩をつかんでからだの距離を保つと、学ランを脱いで羽織らせて、目のやり場に困る胸もとを隠した。……すげぇ巨乳。Gカップってやつか? こんなにでかいと、いやらしいというより、迫力がやばいぜ。

 気持ちをおちつかせてネコを見すえると、黄金きんの猫眼が、至近距離へ迫ってきた。

『よいか、けいすけ。あたしを、こんなすがたにしたせきにんはおもいぞ。いますぐ、もとにもどせとはいわない。だが、かならずせきにんはとってもらうからな!』

 シャーッと、牙を見せて云いはなつと、四つん這いの前傾姿勢で、タタッと廊下を駆けていく。

「ネコ! どこへ行くんだ」

「雑貨商だろう。あの体形になっちまったのだから、あたらしい服が必要だ」

 炎估いわく、ネコは石づきなめこに向かったらしい。外は雨がふっている。ネコは、傘をさしていくべきだ。あわてて追いかけたが、廊下のとちゅうには学ランが落ちており、玄関の硝子戸は数センチほどあいていた。

「……ネコ」

 ふりしきる雨を見つめ、螢介は後頭部にできたこぶを指でなでた。ズキンと痛む。なぜ、ネコが成長を遂げたのか。思いつく理由は、ひとつしかない。螢介のウロコをもっているからだ。使い方がわらかないのか、からだが成長するとは予想外だったのか、手にいれたネコ自身が、いちばんおどろいているようすだった。

「責任をとれって云われてもな」

 まさか、人外を嫁になどできない。いくら人間の女性に見えても、ネコの本体は動物の猫である。あほうの螢介でも、そこまで血迷ったりはしない。だが、豊満な肉体をもったネコは、独特な色気があった。……よせ。なにを考えてんだ、おれは。あの子はネコだ。さくや亭の飼い猫だぞ。

 いろいろありすぎて疲れたが、螢介は昼ごはんを軽くすませると、亭主のへやを掃除した。なにか発見がないか期待したが、めずらしいものは見あたらない。……そういえば、学ランのズボンは、どこにいった?

 炎估もネコも姿を消しているため、屋敷を歩きまわって探した。ズボンは、居間の押入れで発見した。その場所は、ネコが寝床として占拠している。……おれのズボンを脱がせたのは、ネコなのか?

 枕にでも使いたかったのか、どうにも複雑な心境になった螢介は、結局、ズボンは押入れのなかにもどしておいた。


「遅いな……」


 夕刻になっても、亭主はおろか、だれも帰ってこない。縁側に佇む螢介は、雨のふる中庭を見つめた。


〘つづく〙
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