21 / 70
旅をするタマシイ
しおりを挟む亭主に云われるがまま、あやしいタクシーに乗って雨あがりの町をさまよう螢介は、老婆の写真を頼りに、この界の謎を解くしかない。そうすることで、ネコとの関係が安定(?)するらしい。いまいち状況はのみこめないが、亭主の助けは必要につき、タクシーに乗りこんだ次第だ。
「ケイちゃん、ごめんなさいね。お約束の日は、きょうだったかしら。うちのひとったら、まったくもう、困っちゃうわね」
物干し台でため息を吐く女は、痩せ形であるが、むかしの輪郭は崩れ、目尻や唇の角に強いくっきりとした線があり、花やかな顔だちの面影は荒廃をあらわしていた。「ケイちゃん、なかへどうぞ。いま、鍵をあけますから、お待ちくださいな」
螢介は女の芝居を見つめ、カチャッと玄関の鍵があくと、「どうも、こんにちは」と、まじめにあいさつした。女との歳の差はあきらかだが(螢介のほうがずっと子ども)、丁寧な口を訊く。
「雨のなかを、わざわざ来てくださったのに、どこもぬれてはいらっしゃらないのね」
「はい。ここへくるとちゅう、すっかり晴れましたので」
「傘は、お持ちでないの?」
「……はい。タクシーを使いました」
「そうでしたの。さあさ、なかへ、はいってくださいまし。すぐ、お茶を淹れますわ」
座敷に案内された螢介は、運ばれてきた湯呑みをうけとり、なんとなしに視線を泳がせた。海辺の町ではないのに、どこからともなく潮のにおいがする。もとより、現在地を理解していない。だれかとまちがえてケイちゃんと呼ぶ女の言動から、状況を把握するしかない。……ケイちゃんか。偶然にしては、気味悪いな。
夫人は座敷から姿を消していたが、奥のほうで声がきこえる。「あのひとったら、やめてって云ってるのに、性懲りもなく阿婆擦を拾ってしまうんですのよ。ほんとうに、困ったものだわ。……ええ、いま、座敷にいらっしゃるわ。あのひとはね、ケイちゃんって呼ぶのよ。このまえはクドウさんで、そのまえはキタノさんだったでしょう。いよいよ、コウノトリが来てしまいそうで、なんだかこわいわ」
コウノトリとは、人里近くに暮らし、赤ちゃんを運んでくるという伝承をもつ瑞鳥で、古くから人々に親しまれてきた。大型の水鳥で、全身は白い羽毛で覆われており、尾にかけて黒羽がまじる。足とのどもとは暗赤色で、まっすぐに長くのびた黒いくちばしが特徴的だ。かつては各地に生息していたと思われるが、乱獲や河川改修による湿地の消滅、さらに農薬の使用等によって餌となる生物が減少し、野生のコウノトリは絶滅している。羽をひろげて飛行すると、全長は約二メートルもあり、思わず身を低めてしまうほど、迫力を感じられた。
……コウノトリって、あのコウノトリのことか? たしか、赤ちゃんとか幸福を運ぶとか、そんなような話を、どっかで聞いたことあるような……。
すすんで調べたり興味を示さずとも、周囲の人間から得られる情報は多岐にわたる。ケイちゃんと呼ばれる人物は、どうやら女性のようだ。……おれのどこをどう見たら、女とまちがえるんだ? この屋敷に住まう夫人は、螢介を阿婆擦の女と見なしている。
「……もしかして」
白黒写真の老婆が、ケイちゃんではないかとうたがった螢介は、湯呑みを卓袱台へもどすと、ジャージのポケットへ手を突っこんだ。……ない。
「ん? んんっ? どこいった?」
小さな写真につき、うっかり落とした可能性が高い。卓袱台や座布団の下を探したが、見つからない。文鎮が襖の手まえに転がっている。石づきなめこの主人からもらった呪具も、いつのまにかポケットから落ちていた。
〘つづく〙
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる