22 / 70
旅をするタマシイ
しおりを挟む螢介がするべきことはなにか。亭主には、なにか目的があって、現在の場所へ螢介を向かわせている。その謎を解く鍵は、見うしなってしまった白黒の写真で、老婆に秘められた謎を解かないかぎり、さくや亭にはもどれないのだろう。
……とにかく、まずは写真だ。
あの写真をなくしたらまずい。
どこで落とした?
ポケットから消えた写真を探すため、螢介は「あの、すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」と、座敷の襖ごしに声をかけた。とくに返事はなく、ぼそぼそと夫人の独りごとだけ聞こえる。しかも、言動がおかしい。……近くにいるはずなのに、こっちの声は、とどかないのか?
廊下へ顔をだして「すみません、だれかいませんか?」と人を呼んでみたが、夫人が動く気配はなかった。
……相手がこなけりゃ、
おれから行くしかない。
……そうだよな、炎估?
期待はしていなかったが、やはり、十翼は肝心なときに無反応である。ばかにされているような気もするが、相手は人間とは異なる存在につき、ひとまず放っておく。
「よし、行くか」
なにもせず待っていても、時間ばかりが過ぎてしまう。螢介は文鎮を左手に持ち、座敷の外ヘでた。ザァザァと激しい雨がふってきた。こんなふりかたのときは、とくに注意が必要だ。空蟬や亡人といった連中が動きだす。
「……ええ、そうよね、わたしもね、それがいいと思いますの。ケイちゃんのためにも、わたしたち夫婦が育てるべきだわ。……うちのひと、雨があるのをいいことに、いつも傘を忘れていくんですもの。それどころか、お義姉さんに、会社まで傘をとどけさせるのよ。……とどけたあとは、きまって残業のお仕事をひきうけてしまうの。……ふだんからお具合のよろしくない恵御子お義姉さんが身ごもったとき、うちのひと、泣いてよろこんでおりましたわね。そりゃ、実姉の懐妊ですもの。めでたい事情ではありますけれど、ちょいとばっかし、義姉さんのことになると目つきが異常になりましてねぇ。……ああ、いやだ。ほら、また呼んでましてよ。座敷で、じっとしていられなくなったのね。ケイちゃんったら、いけないわ。おとなしそうな顔をして、なんて欲が深いのかしら。まるで、うちのひとそっくりだわ」
穏やかだった夫人の表情が変わる。スッと立ちあがり、微笑いながら螢介のもとへ向かった。だが、座敷にはだれもいない。最初から、だれもいなかった。湯呑みには、冷めた緑茶が残っていた。五十年まえ、夫人が淹れたままになっている。
「なんてお行儀の悪い子。いくらなんでも、勝手にいなくなるなんて。……子どものうちは、躾が大事。お義姉さまにかわって、わたしがケイちゃんを叱ってあげましょうねぇ」
夫人は、湯呑みをふりあげて叩き割ると、鈍く光る破片を手にして廊下へでた。「さあ、ケイちゃん。出ておいでぇ。わたしがあなたを教育してあげるからぁ……」ふらふらと歩きまわる夫人は、螢介を憎らしい姪っ子と勘ちがいしている。身ごもった義姉は、父親についてはいっさい語らず、産後、病院を抜けだして、消息をくらませた。残された娘は景と名づけられ、子どものいない三島家の養女となった。
「身ごもったのは、わたし……。ほんとうはね、ケイちゃんは、わたしの子なの……。ねえ、あなた。あなたも、そう思うでしょう? あの憎らしい娘が、わたしたちの子だったら、どんなに愛せたことか……」
夫人が三島家へ嫁いだとき、義理の姉は座敷で寝こんでいた。世話をする家人はなく、ひどく衰弱していた。
〘つづく〙
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる