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ときはなつもの
しおりを挟む夫人は、来訪者をケイちゃんと呼んだ。夫人は、義姉の娘をケイちゃんと呼んでいた。夫人は、螢介をケイちゃんと呼ぶ。これからの共通点は、ケイちゃんとは女性であり、夫人にとって好感の持てない人物である。そして、五十年まえに、亡くなっているということ──。
いつのまにか落とした白黒写真を探して歩きまわる天蔵螢介は、ほこりだらけの仏壇がある部屋に迷いこみ、遺影を目にして愕然となる。
「……おれ?」
学ラン姿の高校生が、ぼんやりと写されている。現在の時代は不明だが、三島という姓に縁もゆかりもない螢介は、いよいよ、探偵気分になってきた。
「ケイちゃんは女じゃない。男だったのか……。阿婆擦女は、男の実姉……? だとしたら、生まれてきた子どもは、三島家の娘はどこに……」
夫人の独りごとは、頭のなかへ直接ひびいてくるようだった。
「だめよ、景ちゃん。もどりなさい。そっちはだめって、いつも注意していますでしょう。座敷に近づいたことがお義母さまに知れたら、たいへんなのよ。……ああ、うちのひとったら、きょうも残業ね。こんな大雨のなか、傘もささずに出ていくなんて、ほんとうに、なんてひとでなしなの……」
外は激しい雨がふっている。螢介は遺影の写真を抜きとり、ジャージのポケットにつっこむと、玄関へ急いだ。廊下で夫人と出喰わしたら、きっと無事ではすまされない。命がけで謎を解く螢介は、あの老婆の写真を見つけたら、遺影にもどすことを思いついた。……あれは、弔いの写真だったのか? あの老婆は、いったい何者なんだ。……ケイちゃんでなければ、まさか、三島家の娘?
キィーンと、耳鳴りがした。
背後をふり向いたとき、長い腕が首や胴体に巻きついた。ギリッと絞めつけられ、「ぐはっ!」と、息を吐く。
「ああ、あなた……、こんなところにいたの……。座敷の声を、聞いてしまったのね。だから、お義母さまに報せるつもりなのでしょう。そうはさせません。うちのひとと恵御子お義姉さまのじゃまは、だれにもさせないわ!」
「……なに云ってるんだ? あんたは、旦那の姉貴を、憎んでたんじゃないのか……?」
「憎むですって? よくも、そんな勝手なことを……! そのような感情は、とっくに葬りました。そんな感情は、とっくのむかしに葬ったの。だって、そうでしょう。わたしたちには、子どもが必要なんですから。三島家の跡を継ぐ正式な嫡子を生まなければ、血すじが絶えてしまうわ。そんなこと、わたしの代で、できるはずもないのよ……。わかるでしょう? 血は、濃いほうがいいの……」
呼吸が苦しくなる螢介は、なんとか文鎮をふりまわして絞めつける腕からのがれると、伸びたゴムのように長い腕を廊下に擦りながら夫人が詰め寄ってきた。……この女は亡人だ。おれには供養する力なんてないぞ!
「ああ、あなた……、あなた……、だめよ、逃がしません。恵御子さんは、あんなにお体の具合がよろしくなかったのに、うちのひとのために、命をかけてひきうけてくださったのよ。……それをケイちゃんったら、うちのひとったら、なんて恐ろしいことを!」
グワッと、長い腕で襲いかかる夫人の言動は、まともではなかった。病人は男の実姉ではなく、この夫人ではないかとうたがう螢介は、長い腕をかわして脇をすり抜けると、仏壇のある部屋まで走った。遺影に、写真がセットされている。あの、老婆である。だれかが、螢介のかわりに拾った写真をもどしたのだ。
……この家には、
もうひとりいるな。
まだその姿は確認できないが、亡人となってしまった夫人を憐れむものが近くにいた。
〘つづく〙
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