あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》

み馬下諒

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さくや亭にて

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 どうやら、文字を書いた本人の心が乱れていると、正しく文章をまとめられないようだ。話し手のことばに動揺した螢介は、後半部分がうまく書き記せておらず、料紙のうえで筆致が暴れていた。

「午后までにおちつかせろって云われてもな、炎估のせいで、気が散るっての。……あと、ネコ!」

『なんだ、けいすけ。きげんがわるいな』

「機嫌なら、そこそこ良好だよ」

『むむっ、ならばなぜ、そのようにかおをしかめておるのだ?』

「目のやり場に困るからだ。ワンピースの下、なんでパンツを穿かないンだよ。いいのか? 丸見えだぞ」

 人型でくつろぐネコは、おなかを天井に向けて、畳のうえに寝ころんでいる。ワンピースの裾がめくれ、生身の太ももが螢介の視界に映りこむ。床の間には長方形の卓袱台ちゃぶだいと習字道具がそろっているため、螢介は銘仙の座布団に腰をおろすと、料紙をおいて腕組みをした。卓袱台の横で、ネコがごろごろしているが、最初のうちは気にならなかった。……いくら正体が動物の猫とはいえ、人型時のプロポーションがやばすぎるだろ。まえみたく、小さな女の子にもどれねぇのかな。

 螢介のウロコを手にいれて(なにやら)パワーアップしたと思われるネコは、豊満な肉づきをした女体と化している。しかも、薄着だ。思春期の高校生には刺激が強すぎる見た目につき、なるべく平静をよそおって会話した。

『ぱんてぃーは、いらんのだ。おそとにいるときは、みんな、、、はだかなのだ』

「そりゃ、野生での話だろ。いまは飼い猫なんだし、同居者(おれのことだよ)もいるわけだし、慎みをもてよ」

『にゃにゃっ、やはり、きげんがわるいな? いえのなかで、かっこうにもんくをつけるとは、よけいなおせわなのだ。どんなすがたでも、あたしのかってだろう!』

 ガバッと上体を起こしたネコは、人型のまま押入れで丸くなった。……勘弁してくれ。先生といい炎估といい、こっちの身がもたねぇ。大胆な性格にふりまわされる螢介は、深い溜め息を吐いた。

 おちつきたいのに、おちつけない。人間の感情は、環境的要因の影響を受けやすい。螢介は精神統一を思いつき、巻紙をひろげて文鎮(石づきなめこ秘蔵の呪具)でおさえると、墨をった。手ごたえはやわらかく、墨は、思っていたよりもすんなり融けてゆく。墨液が滝壺へ沈むまえに手をとめ、習字道具のなかにある筆を持ち、墨をふくませた。

 百歳ももとせで亡くなった師である曾祖母の声が、いまでも耳にひびく。いいかいケイちゃん。書写は、文字を正しく美しく書く練習なんだよ。どんな文字にも意味があってね、一字ずつ大切に書いてあげること。……はぁい。よしよし、いい子だね。ケイちゃんは、ほんとうにいい子だねぇ。


「おれは、いい子じゃねぇよ。……ひいばあちゃん」


 幼いころの記憶は、成長と共に薄れてゆく。遠い過去に存在した曾祖母の声も、やがて、完全に忘れるのだろう。どんな思いで子どもたちに文字をおしえていたのか、いまとなってはたずねることもできない。葬式に参列した螢介は、棺桶ひつぎといっしょに燃やされる曾祖母の旅だちを、ふしぎな思いで見送った。いつかまた逢えるのだと、勝手に信じこみ、秋の夕暮れに舞う落葉おちばを拾いあつめ、火葬場の駐車場を走りまわっていた。


「どあほう」という、炎估の低い声でハッとなる。螢介は、筆を持ったまま居眠りをしていた。卓袱台の向こう側に、炎估が立っている。巻紙には、「火」「風」「天」の三文字を書き記してあった。とくに深い意味はない。だが、炎估は険しい表情で口をはさんだ。

「象形文字を書くやつがあるか。この屋敷いえを燃やしたいのなら、べつの話だがな」

「そんなわけあるか。なにがそんなに危険なんだよ」

「さわってみろ」

「さわるってなにを……、あつっ!」

 巻紙に書いた「火」の文字から、けむりが立つ。文字も、チリチリと赤くなってゆく。偶然腕にれ、とっさに筆を手放した。「なんだよ、これ!」あわてる螢介をよそに、炎估が息を吹きかけて鎮火した。

「……聞書すると、文字が動いたり、火がでたりするのかよ?」


〘つづく〙
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