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さくや亭にて
しおりを挟む螢介が書き記した文字が、料紙のうえを泳ぐように動きまわっている。漢字の部首もバラバラになり、一文字ずつを目で追うのはむずかしい。
「これ、どうやったらふつうに読めるんだ?(うじゃうじゃ集まるオタマジャクシみたいで、ぞわぞわするな……)」
「話し手のことばを、どう文章にまとめるかは、聞き手のセンスにゆだねられるね」
「そんなセンス、おれにあると思わないでくれ」
「でも、天蔵くんなりの良識というものがあるだろう。ぜひ、存分に活かしてもらいたいな」
「意味わかんねぇよ。おれの良識をたよられても、あの少年を成仏させる方法すら思い浮かばない」
「彼は死者ではないよ。いまはね。きみと同じだ。タマシイは、わたしがつかんでいる」
亭主は笑みを浮かべ、螢介の胸もとを人さし指でトスッと突いた。その細い手首をつかんでひき倒してやろうかと血迷う螢介は、亭主の顔を見おろした。……いま気づいたけど、おれのほうが少し背が高いのか。……男のくせに、まつげ長いし、きれいな顔だ。
亭主の骨格は、螢介より脆弱そうに見える。細身で色白につき、腕力では勝てそうな気がした螢介は、心の底で優越感にひたると、むにっと、頬を軽くつねられた。
「なにするんだよ」
「エッチなことを考えたでしょう」
「か、考えてない」
「わたしのほうが非力だとでも?」
「ちがうってば。……そっちこそ、おれのからだにウロコを封じるとき、どんな手段を使ったんだよ。きわどいところに封じやがって。断りもなく裸身にされるし、もしかして、さそってんの?」
「きみが欲求不満ならば、わたしは受け身に徹してあげるべきかな」
「冗談だろ」ムッとして眉を寄せる螢介に、「冗談だよ」といって笑う亭主は、料紙を丸めて紐を巻きつけた。
「きみの文字は、しばらく暴れているだろうから、つづきは午后にしようか。それまでに、心をおちつかせておくこと。……いいね?」
「あ、ああ。わかった」
螢介をどぎまぎさせた張本人は、さきに室から出ていき、すれちがいざまに炎估が姿を見せた。いつ、どこでなにをしているのか、亭主より実体があやふやな十翼である。螢介の手もとへ視線を落とし、あからさまに眉をひそめた。
「な、なんだよ、その顔……」
「べつに。なにをさかっているのかと思えば、聞書を仕上げていないようだな」
「これのこと?」螢介は、紐で丸めてある料紙を持ちあげ、「文字が動きまわって、読めねぇんだよ」と唇を尖らせた。すると、炎估に溜め息を吐かれた。
「それは、おまえの問題だ。筆を発すときは無心になれ。よけいなことに気をとられると、文字が制御できなくなる」
「よけいって、おれは、ちゃんと真剣に聞きとったつもりなんだけど……」
科白のとちゅうで、トスッと、炎估から亭主と同じく胸もとを人さし指で突かれ、一瞬、ズキンッと痛みを感じた。躰に、小さな穴が空いたような気がした。
「炎估……?」
「ひとつ忠告するが、咲夜はあきらめろ。いつか、おれが灼き殺してやる」
「殺す? 先生を? なんで」
「ことばのとおりだ。おまえの存在がじゃまになれば、きさまも灼き殺す。せいぜい、家族ごっこを満喫しておくんだな」
「待て、炎估。いまのは聞き捨てならねぇぞ!」
云うだけいって姿を消す十翼は、亭主に遺恨があるような口ぶりで、螢介の頭を悩ませた。
……殺すって、なんでだよ。先生が、なにをしたって云うんだ? ってか、おれも殺すとか、ありえねぇ発言しやがって! ……くそっ、あのやろうの思いどおりにさせてたまるか。こうなったら、おれが先生を守ってやる!
〘つづく〙
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