32 / 70
螢介、聞書に挑厶
しおりを挟む石づきなめこ商會にとどまる螢介は、結果として、学校へいく機会をのがした。ひき逃げの現場に出喰わし、助けた少年は、タマシイをなくした空虚の状態で、声をだすことも、自力で歩くこともできなかった。
「はやく対処せねば、空蟬になってしまうぞ。場合によっては亡人にもなるゆえ、気をつけるがええ」
「気をつけろって云われても、おれにだって、なにがなんだか、さっぱりなんですけどね。……先生は?」
布団で眠る少年のかたわらに胡坐する風估は、座敷に顔をだした螢介を、ちらッと見、小さく息を吐いた。亭主の姿を探して歩くうち、自然と座敷までやってきたが、さくやらしき人影は発見に至らず、肩をすぼめた。
「なめこさん、ちょっといいですか」
「なんじゃ?」
「おれ、聞書ってのをやらされたンですけど、書き記したことばは、たぶん、こいつの声なんだと思います」
「ほう、聞書とな。よくも適した筆を所持しておったな」
「それが、風呂場に落ちていたんです。その筆を勝手に使いました。……あれは、なめこさんのものですか?」
「ほうほう、風呂場に筆とな。わしのものではないが、わしのものかもしれんな」
「……どっちですか」
飄々とした調子の風估は、見た目こそ若い今風の男だが、炎估より歳上らしい。料紙と筆は亭主がうけとっているため、内容を確認したい螢介は、いったん、さくや亭へもどることにした。
「なめこさん、そいつのこと、見てもらってていいですか。おれ、先生に逢ってきます」
「うむ。それはよいが、傘を忘れるでないぞ」
ネイビーの房飾りのついた黒傘は、舗の入口に立て掛けてあった。雨の勢いは弱まっていたが、空は暗い。気はすすまないが、黒傘をさして雑木林を歩き、さくや亭に帰宅した螢介は、ネコに出迎えられた。
『けいすけ! やけにはやいではないか。じゅぎょうは、どうしたのだ?』
「いろいろあって、きょうは学校へは行ってないよ」
『なんと、そうであったか。むひひっ』
なぜかうれしげに笑うネコをよそに、螢介は傘をとじて雨水をはらうと、亭主の室に向かった。
「先生、おれだけど、はいるぜ」
もう敬語は使わない。室内に人の気配がする。扉をあけると、亭主は窓辺にたたずみ、待っていたよという顔つきで螢介のそばへ歩み寄った。
「先生、さっきの聞書だ……けど……」
顔が近い。キスをされると思った螢介は、ぎょっとなるが、亭主の唇は耳もとへそれた。
「期待した?」
「は? なにがだよ」
グイッと、亭主の肩をつかんで躰の距離をとる螢介は、一瞬にしろ、愚かなカン違いを恥じて、顔を背けた。……くそ、なんか調子が狂うぜ。
「あのさ、云っとくけど、おれはあやまらないぜ。いっつも、そっちの説明不足が問題なんだよ」
朦朧となった意識下とはいえ、螢介は手をあげてしまった。炎估の制止がなければ、亭主を殴っていたはずだ。だが、謝罪には及ばない。亭主にも落度があると主張しておく。……おれのからだにウロコを封じたのは、あんたなんだからな。タマシイだって、いつか返してもらう。せいぜい、責任をとってくれよな。
「わたしは、こうして無傷でいるわけだし、天蔵くんが気に病むことはないよ」
「そうじゃなくて、べつに病んでねぇし。……で、聞書の料紙はどこだよ。あれ、おれにも見せてほしいンだけど」
「ここにあるよ。どうぞ」
亭主は、机のうえに置いてある料紙をひらいて見せた。螢介がのぞきこむと、ニュッと、蛇のような白い物体が表面から飛びだした。
「うわーっ!?」
おどろいて尻もちをつくと、蛇だと思った物体は、にょろにょろと不規則な動きをして料紙へ吸いこまれていった。
「なんだよ、いまの!」
「きみの文字だよ。とても生生として、よい筆だ」
「だから、なんで文字が動くンだよ! さきに説明しろっての。心臓に悪いンだってば……、くそっ!」
過剰反応だとじぶんでも思いつつ立ちあがり、亭主をにらみつける。料紙に書き記された文字が、魚のように泳いでいる。
「なんだよこれ、気持ちわりィな」
〘つづく〙
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる