あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》

み馬下諒

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螢介、聞書に挑厶

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 石づきなめこ商會にとどまる螢介けいすけは、結果として、学校へいく機会をのがした。ひき逃げの現場に出喰わし、助けた少年は、タマシイをなくした空虚うつろの状態で、声をだすことも、自力で歩くこともできなかった。

「はやく対処せねば、空蟬うつせみになってしまうぞ。場合によっては亡人もうけにもなるゆえ、気をつけるがええ」

「気をつけろって云われても、おれにだって、なにがなんだか、さっぱりなんですけどね。……先生は?」

 布団で眠る少年のかたわらに胡坐こざする風估は、座敷に顔をだした螢介を、ちらッと見、小さく息を吐いた。亭主の姿を探して歩くうち、自然と座敷までやってきたが、さくやらしき人影は発見に至らず、肩をすぼめた。

「なめこさん、ちょっといいですか」

「なんじゃ?」

「おれ、聞書ききがきってのをやらされたンですけど、書き記したことばは、たぶん、こいつの声なんだと思います」

「ほう、聞書とな。よくも適した筆を所持しておったな」

「それが、風呂場に落ちていたんです。その筆を勝手に使いました。……あれは、なめこさんのものですか?」

「ほうほう、風呂場に筆とな。わしのものではないが、わしのものかもしれんな」

「……どっちですか」

 飄々とした調子の風估は、見た目こそ若い今風の男だが、炎估より歳上としうえらしい。料紙と筆は亭主がうけとっているため、内容を確認したい螢介は、いったん、さくや亭へもどることにした。

「なめこさん、そいつ、、、のこと、見てもらってていいですか。おれ、先生に逢ってきます」

「うむ。それはよいが、傘を忘れるでないぞ」

 ネイビーの房飾りのついた黒傘は、みせの入口に立て掛けてあった。雨の勢いは弱まっていたが、空は暗い。気はすすまないが、黒傘をさして雑木林を歩き、さくや亭に帰宅した螢介は、ネコに出迎えられた。


『けいすけ! やけにはやいではないか。じゅぎょうは、どうしたのだ?』

「いろいろあって、きょうは学校へは行ってないよ」

『なんと、そうであったか。むひひっ』

 なぜかうれしげに笑うネコをよそに、螢介は傘をとじて雨水をはらうと、亭主のへやに向かった。

「先生、おれだけど、はいるぜ」

 もう敬語は使わない。室内に人の気配がする。扉をあけると、亭主は窓辺にたたずみ、待っていたよという顔つきで螢介のそばへ歩み寄った。

「先生、さっきの聞書だ……けど……」

 顔が近い。キスをされると思った螢介は、ぎょっとなるが、亭主の唇は耳もとへそれた。

「期待した?」

「は? なにがだよ」

 グイッと、亭主の肩をつかんで躰の距離をとる螢介は、一瞬にしろ、愚かなカン違いを恥じて、顔をそむけた。……くそ、なんか調子が狂うぜ。

「あのさ、云っとくけど、おれはあやまらないぜ。いっつも、そっちの説明不足が問題なんだよ」

 朦朧となった意識下とはいえ、螢介は手をあげてしまった。炎估の制止がなければ、亭主を殴っていたはずだ。だが、謝罪には及ばない。亭主にも落度があると主張しておく。……おれのからだにウロコを封じたのは、あんたなんだからな。タマシイだって、いつか返してもらう。せいぜい、責任をとってくれよな。

「わたしは、こうして無傷でいるわけだし、天蔵くんが気にむことはないよ」

「そうじゃなくて、べつに病んでねぇし。……で、聞書の料紙はどこだよ。あれ、おれにも見せてほしいンだけど」

「ここにあるよ。どうぞ」

 亭主は、机のうえに置いてある料紙をひらいて見せた。螢介がのぞきこむと、ニュッと、蛇のような白い物体が表面から飛びだした。

「うわーっ!?」

 おどろいて尻もちをつくと、蛇だと思った物体は、にょろにょろと不規則な動きをして料紙へ吸いこまれていった。

「なんだよ、いまの!」

「きみの文字だよ。とても生生いきいきとして、よいだ」

「だから、なんで文字が動くンだよ! さきに説明しろっての。心臓に悪いンだってば……、くそっ!」

 過剰反応だとじぶんでも思いつつ立ちあがり、亭主をにらみつける。料紙に書き記された文字が、魚のように泳いでいる。

「なんだよこれ、気持ちわりィな」


〘つづく〙
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