あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》

み馬下諒

文字の大きさ
37 / 70

少年B

しおりを挟む

 石突いしづき滑个なめこの主人に助けを求められた螢介は、黒傘をさして雑木林のなかを歩き、ふたたび商會へ足を運んだ。とても繁盛しているようには見えないが、商品棚には細々こまごまとした雑貨がならんでいるし、衣類もとりあつかっていた。いまのところ螢介の着るものは、学ラン以外、このみせで買っている。

「うわ……、たしかにこれは、耳が痛いな……」

 はいるなり、少年のものと思われる苦しげな声が、呪文のようにひびいてきた。頭のなかに直接語りかけてくるようなイメージだ。

「わしには、意味がわからぬ。人間のことばは、伝わらないのだよ」
「……伝わらない? でも、なめこさんはおれと会話してますよね?」
「おぬしのタマシイは、くらやみの亭主がつかんでおるからな」
「それ、よく云われるけど、だからって、おれは十翼でもないし、空蟬とか亡人もうけになんて、なりたくないですよ」
「おぬしは何者でもないわい。おかにいるかぎり危険はつきものじゃが、亭主が封じたウロコには、十翼とて手がだせぬ」
「……ウロコなら、一枚なくしたけど」
「ほう? それは愉快だのう」
「愉快なもんか。まさかネコにとられるなんて思わなかった……ですよ」
「あれは十翼のなりそこないみたいなものだからのう。おぬしのウロコが、めずらしかったのだろう」 
「ネコは、十翼じゃないのか?(敬語が面倒くさくなった)」
「ただの化猫ばけねこじゃ」
「ば、ばけねこ……」

 風估との会話は、予想外の結論に至る。十翼だと思いこんでいたネコの正体は、化猫らしい。……なんだ、そりゃ。ネコは妖怪だったのか? 化猫の定義は不明だが、なんとなくすっきりした螢介は、商品棚の料紙を拝借して、少年が眠る座敷へ向かった。風估は「近づくと頭が割れそうになる」といって、廊下にとどまった。螢介だけが敷居をまたぎ、少年の枕もとに坐った。


「……死んだのか」


 あまりにも安らかな寝顔につき、思わず声にでた。しかし、商會中にひびき渡る声は、少年の心の叫びでまちがいない。螢介は料紙をひらいて文鎮でおさえると、筆をおこした。墨液は必要ない。穂先に神経を集中させると、じわっと、墨がふくんでくる。……おまえの話は、おれが聞いてやる。だから、しっかりしろ。おまえはまだ、生きられるはずだ。そうだろう? ……先生。


 筆をもつと、さくやの気配を感じる螢介は、どんな仕掛けであろうと助かったと思った。聞書に挑むのは、ひとりではない。さくやの目的であり、たとえ利用されていたとしても、かまわなかった。……役にたってやる。おれにできることは、なんでもやってやるさ。べつに先生のためじゃない。全部、おれの勝手だ。

 螢介は、スゥッと息を吸いこみ、ゆっくり吐く。そして、天井で渦を巻く声のひびきに耳をかたむけた。書き記すさい、手もとは見ない。意識は指と連動する。誰かが「さあ、一画目だ」と、ささやいた。


 かすれた声で少年が唄う。「夜になる、依るになる」「まがごころ、深くなる」「ぼくの、ねたみ、深くなる」


 ……くそ、またこの唄か。「る」の文字は、毛筆だとやっかいなンだけど、書くしかねぇよな!


〘つづく〙
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...