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少年B
しおりを挟む石突滑个の主人に助けを求められた螢介は、黒傘をさして雑木林のなかを歩き、ふたたび商會へ足を運んだ。とても繁盛しているようには見えないが、商品棚には細々とした雑貨がならんでいるし、衣類もとりあつかっていた。いまのところ螢介の着るものは、学ラン以外、この舗で買っている。
「うわ……、たしかにこれは、耳が痛いな……」
はいるなり、少年のものと思われる苦しげな声が、呪文のようにひびいてきた。頭のなかに直接語りかけてくるようなイメージだ。
「わしには、意味がわからぬ。人間のことばは、伝わらないのだよ」
「……伝わらない? でも、なめこさんはおれと会話してますよね?」
「おぬしのタマシイは、くらやみの亭主がつかんでおるからな」
「それ、よく云われるけど、だからって、おれは十翼でもないし、空蟬とか亡人になんて、なりたくないですよ」
「おぬしは何者でもないわい。陸にいるかぎり危険はつきものじゃが、亭主が封じたウロコには、十翼とて手がだせぬ」
「……ウロコなら、一枚なくしたけど」
「ほう? それは愉快だのう」
「愉快なもんか。まさかネコにとられるなんて思わなかった……ですよ」
「あれは十翼のなりそこないみたいなものだからのう。おぬしのウロコが、めずらしかったのだろう」
「ネコは、十翼じゃないのか?(敬語が面倒くさくなった)」
「ただの化猫じゃ」
「ば、ばけねこ……」
風估との会話は、予想外の結論に至る。十翼だと思いこんでいたネコの正体は、化猫らしい。……なんだ、そりゃ。ネコは妖怪だったのか? 化猫の定義は不明だが、なんとなくすっきりした螢介は、商品棚の料紙を拝借して、少年が眠る座敷へ向かった。風估は「近づくと頭が割れそうになる」といって、廊下にとどまった。螢介だけが敷居をまたぎ、少年の枕もとに坐った。
「……死んだのか」
あまりにも安らかな寝顔につき、思わず声にでた。しかし、商會中にひびき渡る声は、少年の心の叫びでまちがいない。螢介は料紙をひらいて文鎮でおさえると、筆を発した。墨液は必要ない。穂先に神経を集中させると、じわっと、墨がふくんでくる。……おまえの話は、おれが聞いてやる。だから、しっかりしろ。おまえはまだ、生きられるはずだ。そうだろう? ……先生。
筆をもつと、さくやの気配を感じる螢介は、どんな仕掛けであろうと助かったと思った。聞書に挑むのは、ひとりではない。さくやの目的であり、たとえ利用されていたとしても、かまわなかった。……役にたってやる。おれにできることは、なんでもやってやるさ。べつに先生のためじゃない。全部、おれの勝手だ。
螢介は、スゥッと息を吸いこみ、ゆっくり吐く。そして、天井で渦を巻く声のひびきに耳をかたむけた。書き記すさい、手もとは見ない。意識は指と連動する。誰かが「さあ、一画目だ」と、ささやいた。
かすれた声で少年が唄う。「夜になる、依るになる」「禍ごころ、深くなる」「ぼくの、ねたみ、深くなる」
……くそ、またこの唄か。「る」の文字は、毛筆だとやっかいなンだけど、書くしかねぇよな!
〘つづく〙
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