あやし聞書さくや亭《十翼と久遠のタマシイ》

み馬下諒

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少年B

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 子どものおつかいは、目的地にたどりついたと思わせてしまえばいい。帰り道の心配はいらない。なぜなら、もう二度と、家にはもどってこないからだ。


「ぼくがいって、ぼくが願った」「質問をうける、頭を横にふる」「なにもかも、消してしまおうか」「ぼくは笑った」「ぼくは、いま、しあわせの顔をして、おそろしいことにとりつかれている」「頭を横にふらなくては、ならないのに……」


 話し手は少年で、聞書ききがきをする螢介は、つい最近まで、ごくふつうの高校生だった。雨で増水した川に溺れ、タマシイをつかまれて生きのびて、さくや亭に住みこんで、あやしいアルバイトを始めた。聞書もそのひとつで、タマシイが抜けてしまった空虚うつろの声を、一字一句、書き記して文章にまとめる。

 ポタッと、額の汗が料紙に落ちると、雪の結晶が手のひらの体温で融けるように、静かに染みこんだ。

 
 ……まだ、やれる。
 まだ、いけるか? 
 ……くそ、目がかすむ
 腕が痺れてきたぜ。


 話し手の声を聞きとるうち、体力と気力は消耗してゆく。一字でも多く少年の思いを書き記そうとして筆を動かす螢介は、聞き手のあんばいをまちがえた。無理して続行する手をとめたのは、亭主の白い指だった。


「天蔵くん、そこまでです」

「……先……生? おれは、まだ、やれる。……もっと書かないと、声が、……聞こえるんだ」

「これ以上は、いけません。きみの精神がもたない」


 聞書を中断された螢介は、いつのまにか脇に坐っている亭主の顔をにらみつけたが、ポロッと、筆は料紙のうえに転がった。抱擁されたので、肩の力を抜いて、そのまましばらく過ごした。亭主の心臓の音が聞こえる。螢介は亭主の背中を抱きしめ、気息を合わせようとして、われにかえった。

「おい、拒めよ」ムッとして云う。

「なんのこと?」知らん顔で笑う。

 うっかり唇をのせようとした螢介は、恥ずかしそうに顔をそむけた。……冗談きついぜ。いまのは少しやばかった。当惑する螢介をよそに、亭主は横から腕をのばし、料紙を手にとった。

「がんばりましたね。だいぶ、まとめがいのある文章です」

「声は、まだ、なにか伝えようとしているけれど……」

「これで充分だ。わたしが云うのだから、天蔵くんには自信をもってほしいな」

「自信ねぇ? なんのためにだよ」

「いろいろと、そのうち有効になるよ」

 亭主は、くすッと笑い、屋敷から持ってきた丸めておいた料紙の紐を、するするとほどいた。たったいま螢介が聞書したぶんとあわせ、記された文字を目で追う。文字たちはもう暴れていなかったが、読みやすい筆致とはいえない。とにかく、書こうとする意識のほうが強くはたらき、線の太さや書き順もバラバラだった。

「うわ、じぶんで書いておいて云うのもあれだけど、下手すぎて読めねぇな……」

「そんなことはないさ。ご覧、わたしがまとめてあげよう」

 亭主が料紙に手のひらをかざすと、螢介の書体が読みやすくととのってゆく。……手品師みたいだな。散文でしかない文字が整列すると、少年の物語が綴られた。

 螢介と風估は顔を見合わせ、「これって……」「ほほう」と、同時に料紙の内容(少年の心の叫び)に眉を寄せた。


〘つづく〙
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